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64スコットランド沖の砲火⑥

少しフレッド君に日の光が当たりました。ヒロインの相手として十分な活躍エピソードがあり、物語に重要な役目を担うのがいいのですが、仕組まれた罠編でも目立ちませんね。

挽回しなければ……。

 武器弾薬の倉庫、そしてかつては処刑も行われていた地下牢のある石造りの建物。長い歴史の中で住居として仕えなくなったこの建物をケント伯爵は倉庫として使っていた。石造りということもあり、あるときは歯向かう者を虐殺し、またあるときは魔女の処刑など様々な使い方をされてきた。それだけでなく地下牢は隠さねばならない病気の者を閉じ込めた時期もあり、彼らの生きていた頃の痕跡が壁面に掘られていた。恐らく気が狂ってしまいそうな状況で少しでも平穏を保つために掘ったのだろう。中には冤罪で捕えられた者の恨みのような言葉も掘られており、フレッドは自分のことのように胸が痛んだ。


(だからこそ、こんなところにいつまでもいる気はない。ここから何としてもでてやる)


 フレッドが立ち上がったとき、何やら地上部の倉庫の方で話し声と物音が聞こえてきた。

「新たな荷だぞ。何とか置き場所を作ってくれ。……ああ、そうだ、そのあたりでいい。橋が爆破されてしばらくは荷が入らないだろうから、その前に決着をつけたいもんだ」

「爆破は残念だ……これで陸路から軍隊が来ることもできなくなってしまった。まあ、川を渡ればどうにかなるかもしれんが」

「それはそうと聞いたか?あの海賊共和国の巨頭のひとり、ジェニングスがベルシェバ号を率いて傘下に加わるってよ。海賊をまとめ上げた男だ。海上の戦いはそいつに任せたらいいぜ」

 男たちは橋梁が爆破されたことにあまり衝撃を受けていないようだ。それはヘンリエッタが送り込んだ荷のほとんどが届いており、最後の荷だけは届いていないということだった。もちろんその最後の荷についてはオルソンとルークによって爆破処理されている。


 荷の運び込まれる物音がしばらく続く。結構な量があるのだろう。しばらくすると音と話し声が聞こえなくなった。


(さっきの話ではジェニングス率いるベルシェバ号が戦列に加わるとか……。彼らは投降したのではなかったのか?ベルシェバ号クラスの船が戦列に加わるとなると対応を迫られる。この僕に奴らが何の用があるのか知らないが、いつまでも長居をする気はないぞ)


 フレッドは一計を案じると、そのままうずくまってうめき声をあげた。


 ううっ……。


 うめき声は静かになった地下牢内に響き、見張りの男が駆け寄ってくる。

「おいおい、なんだ……。どうしたってんだ……。お前は取引材料なんだぜ……ひょっとして頭の打ちどころが悪かったのか……」

 そう言っておろおろしている。確かにフレッドは頭を打っているので打ち所が悪いともいえる。

「頭が……頭が……割れそうだ……うううううううっつ……」

 フレッドは頭を抱えてうずくまっており、慌てた見張りの男が急遽鍵を開けて入ってくる。

「お前に死んでもらうわけにいかねえんだ。領主様が人質だって言ってるからよ、死ぬなよ、おいおい……」

 この男はどうも気が弱いようでフレッドの演技を信じきっており、心配してフレッドの体を抱き上げた。チャンスとばかりにフレッドは体を起こされた瞬間、拳で男の顔を思い切り殴る。1回、2回、3回……。

 

 ぐわっ!


 気を失った彼の手から鍵を奪い、牢から出たフレッドは武器庫にあったピストルやサーベルを持ち出す。

 見ると地下牢の上の倉庫は相当量の武器弾薬が所狭しと積まれていた。長期戦に備えたのかもしれないが、補給路のひとつを絶たれており、国を相手にどれだけ粘ることができるかはわからない。何より海上の戦いが未知数だ。ジェニングスがどのような動きをするか気になる。


(まだ仕事が残っているということだ)


 大量の武器弾薬をこのままにして逃げるわけにいかなかった。


 

 その頃、城内へ潜入してフレッドを捜していたマリサたち。何人かに分かれて潜伏しながら様子を探ってみたが見つけることができなかった。それだけでなく、ジェニングスがスコットランド沖に入り、船団に加わっているという声があちこちから聞こえた。それだけ期待をされているのだろう。はやくフレッドを見つけて合流しなければ、少なくとも万年人手不足に悩まされているアーティガル号は行動が半減するわけだ。

「聞こえたか?あのジェニングスが来ているってよ。全くこんなときにしつこい奴だぜ」

 そう言ってギルバートはため息をついた。アーティガル号はジェニングスの策略によって海賊旗を揚げる羽目になった経緯がある。すでに恩赦を受けていた自分たちの首を賭けてのことだ。ジェニングスがジャコバイト派だということをマリサたちは知っていたが、よもやこんなところで戦うことになるとは思ってもみなかった。


 回廊を女中がパンとスープの入った器をトレーに乗せて運んでいる。粗末なパンであることから、身分の低いものや使用人向けだろうと思われる。使用人のためだとしたら時間が遅すぎる。すでに周りは日の光で満たされているのだ。それだけでなく、彼女は城外へ出てしまった。粗末なパンを食べる者は城の外というわけである。不思議に思ったマリサたちは身を隠しながら後をつけた。

「最後の晩餐か?」

 庭の警備をしていた男が声をかける。

「どうやらそうみたいね。用無しになったらスコットランドの土になるだけだからこっちは構わないけどね」

「こっちは橋を爆破されていい迷惑なんだ。さっさと片付けてもらった方がせいせいするぜ」

「全くね……」

 女中はそう言って不満顔で出ていく。


 

「あの女中のいる方向にフレッドがいる。このことをフォスター中尉達にも知らせなきゃ」

 マリサがそう言って再び城内へ入ろうとしたとき、見覚えのある男たちが様子を伺いながら窓から抜け出してくるのが見えた。フォスター中尉達だ。

 ハーヴェーは側にあった石を彼らの足元へ投げる。自分たちがここにいることの合図だ。これによって彼らはマリサたちのもとへ集まった。

「マリサ、スチーブンソン中尉はここにはいないようだ。ケント伯爵の話を盗み聞きしたが、彼は城外の倉庫にいるらしいぞ。それだけでなく海賊共和国の残党が合流したそうだ。急がないといけない」

 そういうフォスター中尉の横でコックス少尉は緊張がとけたからかハアハア大きく息をしている。

「あたしたちもそのことを知ってあんた達に話さなきゃと思っていたんだ。今しがた城の外に女中が出ていった。そいつが行く方向へフレッドがいる。フレッドは人質として捕らわれているらしい。それからフォスター中尉、海賊共和国の残党というのはジェニングスたちのことだ。あいつは海賊共和国ナッソーを制していた巨頭のひとり。どうやら厄介者を敵に回すこととなったぜ。なんていったってスパロウ号を鹵獲して多くの乗員の命を奪った張本人だからな」

 マリサはそれ以上に恩赦を受けたジェニングスを再び海賊化させているケント伯爵も許せない。


 フォスター中尉達は真っ先に女中の後を追いかける。マリサたちは彼らが救出にかかることができるように、使用人たちの動きを封じるつもりであり、なんだかんだを理由をつけて倉庫へ向かう者たちを排除していった。

 ひとり、ふたりと剣で切りつけていく。ピストルを使わないのは音で気づかれないためである。オオヤマの刀は自分たちの剣とはまた違う剣さばきであり、このような刀を知らない敵は対応を考えきれずに次々に切り捨てられていく。これは大きな強みでもある。

「よし、あたしたちもフォスター中尉の後を追うぞ」

 邪魔者がいないことを確認するとマリサたちもフォスター中尉たちのもとへ向かう。

 

 

 ケント伯爵は城に起きている異変に気付き始めていた。使用人や傭兵たちの動きがおかしい。いつもの静寂な城内とは違うのだ。

 

(どうやらネズミが入ったようだな……)

 

 彼は武器を手にすると城内の使用人たちの様子を観察する。そして明らかにいるはずの傭兵や使用人が少ないことに気付いた。


「侵入者がいるぞ!お前たちは気づかなかったのか!」

 庭を調べると茂みの片隅に遺体が転がっている。相当の手練れと見えて心臓を一突きだ。

 ケント伯爵の声に使用人や傭兵たちが集まってくる。中には遺体を見て大騒ぎする者もいた。

「城内をしらみつぶしに捜せ!侵入者は即刻排除しろ!念のため、あの倉庫も捜せ」

 ケント伯爵の苛立ちが彼らに伝わり、顔色が変わっていく。そして命令を遂行するために武器を手に侵入者探しが始まった。その一部は石造りの倉庫へと向かっていく。


 

 その頃、地下牢から脱出したフレッドは石造りの倉庫のいたるところに仕掛けをしていた。次の段階へ行こうとしたのだが、食事をもってきた女中の声で中断される。

「キャア!」

 地下牢にいるはずの男が目の前にいるものだから驚き、持っていたパンとスープをひっくり返してさらに叫びそうになった。

「うるせえ!」

 こう言って女中の口をとっさにふさいだのはマリサだ。マリサがそのまま肘で彼女の体を激しく突くと、ぐったりしてそのまま動かなくなった。

「スチーブンソン中尉、大丈夫か。すぐにここを出よう」

 フォスター中尉がフレッドの手を引く。

「ここは彼らの武器弾薬庫でもあります。ここを爆破します」

 そう言ってフレッドは彼らの目の前で導火線に火をつけた。フレッドによって張り巡らされた導火線は火薬の詰まった多くの木箱へ一直線だ。

「よし、ならば我々も速やかに撤退するぞ!」

 フォスター中尉の声で上陸部隊をはじめ乗り込み組もその場を後にする。しかし女中が意識を取り戻してしまい、逃げるマリサたちの後から仲間へ知らせようと声を上げる。


 「キャー!キャー!侵入者がいたわ」


 倒れていたにもかかわらず全くどこにそんな力があったのかわからないほど大きな叫び声だ。そしてこの声に城の使用人や傭兵たちも気づき、マリサたちの視界に入る。

「何で女を仕留めなかったんだ?」

 殺さず気を失わせただけにしていたことにハーヴェーが疑問に思い尋ねる。

「……あいつが女だったからだよ。それだけだ」

 マリサは含み笑いをして目の前へ迫ってくる敵に銃を向けると撃っていく。これに合わせて他の乗り込み組も撃っていった。


 バン!バン!バン!

 バン!バン!バン!


 銃撃戦が続く。だが、マリサたちはいつまでも彼らの相手をしているわけにいかない。自分たちが巻き込まれる前に立ち去らねばならない。

「フォスター中尉、あんたたちはフレッドを連れて先に行ってくれ。あたしたちは少しでも奴らの戦力を削ってから追いかける」

「マリサのいう通りだ。俺たち乗り込み組を信じてくれ」

 自分は乗り込み組でもないのにこのようなことを言いうハーヴェーをマリサは不思議に思ったが、銃撃戦の中、深く考えている暇なぞない。

「スチーブンソン中尉は頭を負傷しています。手当てを急ぎましょう」

 コックス少尉が促すと上陸部隊は銃撃しながら先に上陸した地点へ向かっていく。

 マリサたちも銃撃しながら敵を密かに石造りの倉庫へ近づけさせていた。そして自分たちは倉庫から離れていく。

「ちっ!弾ぎれだ」

 ハーヴェーはピストルを投げすてる。

「無理するな、おじいちゃん。もう少しで彼らはここへ近づいてくる」

 マリサはハーヴェーをオオヤマの側へ行かせた。


「あいつら何か企んでいるぞ!深追いするな」

 そう言って傭兵たちが叫んだ瞬間である。


 

 ドガーン!


 

 爆裂音とともに大地が激しく揺れ、あたりに硝煙がたちこめた。倉庫からは火が吹き出し、その後何度も火の手が上がっては爆破音が響きわたった。


 先ほどまで銃撃をしていた傭兵たちは爆破に巻き込まれ、いたるところで横たわっている。そのほとんどは目を当てられないほどだ。

「見事です、スチーブンソン中尉」

 上陸部隊の仲間たちが木っ端みじんとなった倉庫、追手が一掃されたことに興奮している。

(たた)えるのは船へ戻ってからだ」

 そう言ってフォスター中尉がいさめる。こんなところで油断すれば元も子もない。

 ボートへ乗り込み、スパロウ号への帰艦を目指す。このときが一番危ないからだ。

 少し遅れてマリサたちがボートへ乗り込む。

「あれでしばらく追手は来ないだろうが、とにかく早く漕ぐんだ。ボートを狙い撃ちにされたら皆海の底だぞ」

 ギルバートも焦っている。


 この様子をスパロウ号のエヴァンズ艦長、アーティガル号のリトル・ジョンも確認していた。彼らはボートが狙い撃ちにされないようにそれぞれの船をボートへ近づけていく。

 もちろんケント伯爵も黙っていられなかった。フレッドの逃亡と武器弾薬庫を破壊されて怒りでいっぱいである。

「海賊どもは何をやっているんだ!指示をしなければ動けないのか!」

 思うように海賊たちが動かないのでそのことも腹立たしかった。


 城の高台から望遠鏡で海上の様子をみる。すると待望の船が動きを見せている。

「ベルシェバ号!海賊どもを統率するのだ」

 待ち望んでいたジャコバイト派で知られるジェニングスの船をみて望遠鏡を持つ手が震えた。海賊たちが集まっていても自分は陸の人間であり、船のことを知っているわけではない。ジェニングスの存在はケント伯爵に希望を与えるものだった。

 

 追手を排除したものの、陸のどこから攻撃されるかわからないマリサたち。懸命にオールを力強く漕いでいく。そして早朝おさまっていた風が再び吹き出し、ボートは波で揺れる。

 「あと少しだ。みんな油断するなよ」

 フォスター中尉が部下たちに声をかける。ボートには負傷したフレッドがいるが彼にオールをもたせたら傷口が開いてしまう恐れがある。少しでも早くスパロウ号へ戻らねばならない。恐怖もあり部下たちは声を出すことなく必死にオールを漕いでいる。

 これをケント伯爵は黙って見過ごすことをしなかった。


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