表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/70

63スコットランド沖の砲火⑤

海賊の残党が集結しているという噂は本当だった。そこでジェニングスはジャコバイト派の反乱の気配を察する。ジャコバイト派でありながらも思慮深く、海賊共和国の巨頭から身を引いたジェニングスはある決心をする。

 あれほど荒れていた海は日が昇るころには少しずつ牙を見せなくなっていた。ひどかった風雨もやみ、波に幾分その影響がみられるぐらいだ。

 漁民も逃げたくなるような状況でも上陸したスパロウ号とアーティガル号の乗員たち。彼らは休む間もなく破壊された場所でフレッドの痕跡を捜した。まさかこのような状況で再び敵が侵入してくるとは予想しなかったと思われ、その場所に敵はいなかった。

「これ……これみてください。これは血……ですよね」

 コックス少尉が手招きをする。皆がそこへ集まり、僅かな灯りで指摘された草むらを確認をすると、確かに黒っぽい何かが広がっており、そばには橋の残骸と思われる太い木切れがいくつも転がっていた。

「もしスチーブンソン中尉がここで負傷したなら、遠くまで動くことはできないはずだ。なら、この辺りにいないということは奴らに連れ去られたのでは」

 フォスター中尉はそう言って古城を見上げた。

「あの城の中に?だとしたら何のために連れ去ったのでしょう」

 コックス少尉の言葉はその場にいる者たちの意見でもある。

「この機会は二度とないだろう。だから行こうぜ!命を預けてくれなんて言わないが、フレッドが生きているという可能性に賭けて最大限の努力をするのも悪くない。こういうことに海軍と私掠船という関係はないだろう?」

 乗り込み組のアーサーが連中をあおる。そう、乗り込み組は移乗攻撃だけじゃなく、こうした戦いを幾度も経験しているのだ。

 スパロウ号、アーティガル号双方の上陸部隊は互いに顔を見合わせると古城に向けて前進していく。


 

 橋梁爆破の際に飛散った破片が当たり、意識を失ったまま倒れたフレッド。彼は領地内にある石造りの倉庫にいた。そこは昔の城の一部であり、地下に牢や処刑場があった。かつて領主に仇なす者を何人も送り込み、亡き者とした場所だ。今はケント伯爵の領地内にあり、倉庫として使われている。そう、ヘンリエッタがフランスから武器や弾薬を偽装して送りだしたものがここへ運び込まれていたのだ。そして地下牢の片隅には、ここで命を落とした者たちの骨が手向けられず残されていた。

 意識を取り戻したフレッドはそうした状況にしばらく混乱をしていたが、領民が格子越しに声をかけたことで我に返る。

「どうだい、気分は。全くお前さんも愚かだねえ……飛散った爆破の残骸があたって意識を失うなんて軍人にあるまじきことだろうに」

 見張りをしていると思われる領民はそう言ってフレッドを嘲笑する。

「何とでも言ってくださって結構です……確かに愚かだと言えば愚かですから……」

 そう言って体を起こそうとするが、まだ頭がひどく痛み、じっとしていた方が楽だった。頭に手をやると出血していたらしく、手に血の跡がついている。だが相当時間が立っていたのか出血自体は止まっていた。ただ、残骸が当たったところにコブがあり、痛みはそこからきていた。

「生きのこったのが幸いとみるか俺は判断できないね。何たって領主様の考え次第でお前もそこの骨の仲間入りをするかもしれないんだからな」

 彼はそう言ってフレッドの前から離れると、他の領民たちと話したり倉庫からの運びだしに立ち会った。


 フレッドの目の前にある骨や衣服の残骸。怖いと言えば怖い。だが、”光の船”の『嘆きの収容所(Campamento de lamentación)』で行われた捕虜に対する惨たらしい扱いを目の当たりにしており、覚悟もできていた。何よりも自分はゴブリン号で無実の罪を着せられ、処刑を待つ身だったではないか。ただ、思うところはいつも同じだ。母やエリカ、そしてマリサへの思いが溢れてくる。

 昔からある建物は住居として整備されてなく、金属の部分に腐食があるのを見逃さなかった。地上部の倉庫に比べてあまり使われていなかったと思われる。唯一の明かりは牢の高い位置にある小さな窓だ。その明かりに照らされた牢内を確認しながらフレッドは何か策はないかと考える。



 同じころ、マリサたちは古城にフレッドがいるのではないかと判断をして茂みに身を潜めながら前進をしていた。昼間のことでもあり、様子を伺いながらのことだ。

 ふとそこへ3台の荷馬車が向かってくるのが見えた。これは橋梁爆破前に通過したものだろう。

「よし、あれを使おう」

 フォスター中尉が皆に指示を出す。荷馬車を乗っ取って城内へ入り込むというものだ。移乗攻撃の得意な連中は身が軽い。サーッと葉のこすれる音とともに飛び出すと一気に荷馬車に乗っていた者たちを排除し、たちまちの内に乗っ取ってしまう。年配のハーヴェーやギルバート、フォスター中尉が手綱を引き、ほかの連中は荷の中に身を潜めていた。マリサは農家の女のスカートを洗濯物から黙って借用しており、場にそぐわない女としてわざと気を引かせている。

「なんだ?あまり見かけねえ顔だな。ブレンダはどうした。金を用立ててくれるはずだったのに薄情な奴だ……」

 城門のところで家来と思われる男がマリサに尋ねる。家来といってもオルソン家や他の貴族にいるような使用人ではなく、どうみても寄せ集めの軍人のひとりだ。

「ああ、ブレンダね。橋が爆破されてケガをしたの。だから私が代わりに来たのだけどお金はここに預かっているわよ」

 マリサはそう言って笑うと彼の手を胸元に入れる。一瞬何事かと思っていた男はすぐに笑みを浮かべた。

「へへっ……じゃあ金は今度でいいから楽しもうぜ」

「もちろん。思う存分楽しませてあげるわ」

 口角を上げたマリサはそのまま胸元のナイフを抜くと男の胸を切りつける。彼はうめき声をあげて倒れるとそのまま動かなくなった。

「お休み。お馬鹿さん」

 乗り込み組の連中は彼の体を引きずって庭木の茂みに隠すとそのまま身を潜める。

 

「なんだい、荷を荷馬車へ置いたまま何処に行ったんだ?爆破を逃れた幸運な荷馬車なのに……全く無責任な奴らだ」

 城から出てきた男たちは何が起きたか様子がわからないようだ。それでも荷をそのままにしておくことはできず、仕方なく自分たちが運ぼうとするが、彼等もまた格好の標的でもあった。上陸部隊は荷を取りに来た男をひとり、またひとりと庭木や物陰に連れ込んで排除していき、とうとう辺りに誰もいなくなった。

 

 ぽつんと置かれた荷馬車にはまだ荷が残されている。このままでは不審に思われるだろう。案の定、荷がそのまま置かれていることに気付いた人々が荷馬車の周りに集まりだす。

「なんでこんなところに置きっぱなしなんだ?この荷は倉庫へもっていく物だろう?やれやれ……自分勝手な奴らだ。……ところでよ、大物の海賊がここへ来ることを知っているか。何とあのジェニングスも協力するらしい。海賊共和国の二大巨頭のひとりとされるジェニングスが来てくれたら勝ったも同然だぜ」

「え?ジェニングスは恩赦を受けて海賊を辞めたんじゃないのか」

「海賊なんてもんはな、一度大金を手にしたらその感覚を忘れられないらしいぞ。だからジェニングスが海賊として復活するのももっともなことなんだよ」

「さて、この火薬と弾薬を倉庫へ運び込まなきゃな。ネズミが震えあがる量だぜ」

「ああ、薄汚いネズミだな。そのうち駆除してやるさ。ペストはごめんだ」

 そう言いながら彼らは荷を運び出した。どうやら荷は倉庫とやらへ入れるものらしい。城で数を確認していくあたり、収支はしっかりしているようだ。

 

 

 彼らが荷とともに去った後、彼らの話に顔を見合わせるマリサたち。

 

(ジェニングス……!?あのベルシェバ号のジェニングスが?奴は恩赦を受けて海賊を辞めたはずなのになぜ……)

 

 ジェニングスの名を聞いてマリサの胸は大きく鼓動する。ジェニングスはかつてエリカと義母ハリエットを拉致し、マリサたちへ傘下に入るよう迫った人物だ。ここで再びエリカとハリエットをまきこむわけにいかない。これはアーティガル号の連中もいきさつを知っているだけに同じ思いだろう。

 彼らはそうした疑問を持ちながらもフレッドの捜索の為分かれて城内に忍び込む。



 マリサたちを不安にさせたベルシェバ号は確実に海賊船とともにスコットランド沖へ入った。海賊船の船長はそれまで獲物を見かけても目もくれないばかりか海賊旗さえ揚げずにまともな船を装っていたが、艤装をしているような船はやはり警戒される。だが、ベルシェバ号と海賊船は全く行き交う商船を襲わなかった。北海に目的があったからだ。

「どうやらここが活躍の場のようだな。見ろ、なんだか物々しい雰囲気だぞ。海賊船がこんなところに散在しているではないか」

 望遠鏡で確認しながらジェニングスは自分たちに声をかけてきた海賊の船長の話が本当だったことに驚く。


(奴らは国を敵にして勝てると思っているのか……?)


 そう言って望遠鏡を降ろすと深くため息をついた。声をかけられなかったら自分は大地主として土地を管理しながら生活に困ることもなかった。だがかつての海賊共和国の仲間の残党がこうして恩赦をうけないばかりか、スコットランド沖で何かやらかそうとしていることに、やり残した何かがあるのを感じた。海賊共和国の巨頭のひとりとして後始末をやらねばと思い、こうしてはるばる大西洋からやってきたのだが、こんなところに彼らが集結しているとは考えもなかった。

「ジャコバイト派が蜂起を企てているという噂は本当だったようですな。でも……」

 同じく望遠鏡を見ていた部下がジェニングスに確かめるよう促す。ジェニングスは再度望遠鏡を手に取ると部下の指し示す方向を見つめ、望遠鏡越しに見えたものを確認する。

「あれはアーティガル号!お前たちこそなぜここに?そしてあれは……海軍の船……ス、スパロウ号!」

 アーティガル号と距離を置いて停船しているスパロウ号はかつて自分たちがキャニオン島で鹵獲した船だ。その後、スパロウ号は弟子であるヴェインとその配下の者たちによりグリンクロス島を襲撃している。しかしマリサたちと海軍との協力によりグリンクロス島は解放され、スパロウ号も奪還された。このことは巡り巡ってジェニングスの知るところとなっている。(アーティガル号編 32話 国王の布告とアン・ボニー ~ 55話 反撃の火③)

「海軍の船は既に不穏を察知して警戒しているということか。そしてアーティガル号は協力体制にあるということだろう」

 ジェニングスはどうしたものかと考える。自分がなぜベルシェバ号を再び艤装してきたか。それは恩赦を受け入れずに海賊行為を続ける部下たちの一掃だ。ジェニングスがジャコバイト派だと知っていた彼らは、ベルシェバ号が船団に加わり、共にスコットランド沖で戦うことを望んでいる。敵はここにいるアーティガル号やスパロウ号だろう。だが、ジェニングスの信念は変わらなかった。

「お前たち、我々はジャコバイト派だがもはや海賊ではない。私掠として戦う。いいな?」

 ジェニングスの言葉に深く頷く配下の者たち。彼らも信念を貫き通すためにこうして共に航海をしている。


 

 こうしてジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏を国王に迎えたいジャコバイト派のケント伯爵、ジャコバイト派に加わることで利益と地位を得たい海賊たち、それを阻むスパロウ号、バラクーダ号、ノアズアーク号、カトリーヌ号、そしてアーティガル号。陸上からも陸軍の派遣が検討されたが、あくまでも公の戦いではないとされ、それは見送られた。そのため、補給と人員の移動を絶つために橋梁が爆破されたのだ。

 いったんは牧羊犬効果で海賊船同士の距離を縮めたのだが、夜間の天候悪化もあり、再び元の散在状態へ戻ってしまった。スパロウ号とアーティガル号としても上陸している者たちを迎えねばならない現実があった。


 昨晩荒れた天気は回復し、穏やかな朝を迎えているが風と波だけはまだ治まっていなかった。濡れた帆が風で乾いていく。

「あの船に因縁でもあるかね、テイラー子爵。まさかここであの船を見るとは思ってもみなかったよ」

 新たな来客に気付いたのはアーティガル号だ。ディクソン氏がテイラー子爵、リトル・ジョン船長と共に一転を見据えている。

「……あれはベルシェバ号。因縁どころの話じゃありません。スパロウ号をキャニオン島へ誘い出し、渓谷で多くの人員を殺した海賊たちとジェニングスの船です。おとなしく地主として暮らしていれば良いのに血迷ったのでしょう」

 テイラー子爵の目が冷たく光を放つ。そしてそれはスパロウ号側でも同じことだった。まるで苦虫をかみつぶしたかのような表情でスパロウ号の乗員たちはベルシェバ号を睨んでいた。以前からスパロウ号に乗っていた者たちにとってベルシェバ号とジェニングスは宿敵なのだ。

「こんなときに遭遇するなんて、これも神のいたずらか。投降して恩赦を受けたはずなのになぜ再艤装しているのだ。我々を敵に回す気か?」

 エヴァンズ艦長は波で揺れる船の甲板で腰から下に力を入れてしっかりと踏ん張っている。

「先に攻撃しなければならないのはベルシェバ号かも知れない。いつでも戦闘できるように態勢を組め」

「アイ・アイ・サー」

 エヴァンズ艦長の指示に多くの乗員たちが素早く行動を起こす。


 ジェニングスたちが参加に加わったものと思い、海賊たちは安堵をしている。ベルシェバ号は海賊共和国でも無敵の船だった。そしてジェニングスは海賊共和国の巨頭のひとりだ。このカリスマは彼がナッソーを離れても失われなかった。ジェニングスの弟子ヴェインは縛り首となり、すでに過去の人物だ。(アーティガル号編 63話 ヴェイン、伝説と化す)

 終焉を迎えた海賊共和国の残党は生き残りをかけてこのスコットランド沖へ集結している。本心からジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏を国王にと望んでいる者は僅かである。彼らは海賊共和国の再興が狙いだった。武器や弾薬、領主の加護があれば誰でもよかった。だが、ケント伯爵たち陸のジャコバイト派はこのような事情を知らない。

 様々な境遇の人々の思いはまるで叙事詩のように展開されていく。


最後までお読みいただきありがとうございました。

ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ