62スコットランド沖の砲火④
やはり今回も出ましたお約束。
イギリスというと私たちはひとまとめにグレート・ブリテン島がイギリスだとひとまとめに考えがちですが、国旗の示す通りイングランド・スコットランド・ウェールズそして北アイルランドからなる国です。幾度となく争いがおこなわれ、アン女王治世の1707年イングランドとスコットランドとでグレートブリテン王国が形成されました。初のグレートブリテン島支配国家となります。
フレッドが橋梁爆破の為に橋へ戻っていた頃、海上ではカトリーヌ号から海賊船へ向けて放たれたボートが燃えながら漂流していた。ここまで来ると海賊たちはボートが途中で燃え尽きて沈むと判断したようだ。だが、忘れてはならない。カトリーヌ号はオルソンが乗っていた船だということを。
海賊船を前にしてボートは激しい爆音とともに自爆する。
白煙と火薬の臭いをまき散らしたどころか、火のついた破片が海賊船へ降る結果となった。それだけではない。カトリーヌ号は海賊船を回り込みながら2隻目3隻目と同様のボートを送り込んでいるではないか。海賊船は降りかかった火のついた破片の消火に追われ、向かってくるボートの対応をしなければならない。
乗員達が慌てている海賊船へ砲丸が飛ぶ。
ピューッ。
だが、火のついたボートは気まぐれであり、まるで誰かが舵を切っているかのようにかわしている。波や砲撃の水柱があがる中で2隻のボートは漂流し続けた。
海賊たちはボートしか目に見えていないようだ。
「よーし。フランス女から愛のこもった贈り物だぜ。受け取れえ!」
クレマン船長の声でカトリーヌ号から海賊船へ向けて一斉に砲撃がなされた。
ドーン、ドーン。
海賊船がボートに気をとられているうちにカトリーヌ号は距離を縮めていたのである。
砲撃により破壊され、沈んでいく海賊船。たちまち海上は船の残骸だらけだ。この結果に満足をしたクレマンはジェーン号から新たな仲間として入ってきたジャンたちとも固い握手を交わす。
「やはり俺たちサン・マロ海賊は誰よりもスマートでかっこいいぜ。イギリスの海賊なんて目じゃねえや」
と自画自賛である。偶然にも同郷であることがわかってからは特に連帯が強い。サン・マロ人はフランス人というよりもサン・マロという郷土の誇りを持った人々なのだ。
爆破の様子はスパロウ号からも確認されていた。
「なかなかのものだな。ボートを3隻も犠牲にして海賊船を破壊している。そして牧羊犬効果もこうして結果を出しているぞ。さて、我々も腕を披露しようではないか」
そういってエヴァンズ艦長がいったとき、望遠鏡で陸を見ていた下士官から、作戦を終えた上陸部隊のボートが戻ってきつつあることを聞く。
「誰か怪我をしている……あれはラッセル少尉のようです。……しかしボートにはスチーブンソン中尉の姿がありません」
慌ててエヴァンズ艦長も望遠鏡で確認をする。
「上陸中に何かがあったかもしれん。援護しろ」
躊躇しながらもエヴァンズ艦長は作戦を終えて帰ってくるボートの援護をするよう命令をする。
ドーン!
直近の海賊船が砲を撃つ。スパロウ号へ帰艦を目指すボートを狙ったようだ。砲撃はボートのすぐ近くに大きな水柱を揚げ、反動でボートが横転してしまう。
次々に投げ出される乗員たち。腹を見せたボートを起こそうにもボートは破片で損傷しており、使用できない。それでも必死にボートへしがみつく乗員たち。だが、負傷しているラッセル少尉は体を思うように動かすことができず、ぐったりをした様子で波間に見え隠れしていた。ただならぬ気配を感じたエヴァンズ艦長は投げ出された乗員たちをかばうかのように海賊船の前へ船を進める。その一方でスパロウ号から2隻目のボートが急いで降ろされた。漂流をしている乗員たちのためである。
「ラッセル少尉!ここで死んでも良いという命令をもらっていません。さあ一緒にボートへ」
波間に沈みかけたラッセル少尉を3名の乗員たちが囲み、援護のボートへたどり着く。
プハーッ。
ボートへ乗り込むや否や口に入っていた海水を吐き出すラッセル少尉。その後何度も咳き込みをした後、深呼吸をして息を整えた。それを確認しながら乗員たちはオールを使って漕ぎ出す。スパロウ号の右舷側からは彼らに向けて縄梯子が降ろされる。短時間に引き上げをやらねば戦闘態勢中のスパロウ号がいつまでも静かにしているとは限らない。縄梯子とともにさらに1本のロープも降ろされる。これは負傷したラッセル少尉の体をくくりつけるものだ。
第一優先でラッセル少尉がロープで引き揚げられ、その後に上陸部隊の仲間が次々に縄梯子でスパロウ号へ帰還を果たす。
「スチーブンソン中尉はどうしたのだ。何があった」
ねぎらいの言葉よりも先にフレッドがいないことを心配するエヴァンズ艦長。その横でラッセル少尉が船医のもとへ運ばれていく。
「武装した民間人たちが追いつきそうになり、しかも橋梁爆破に時間を要したことからひき返しています。中尉を助けに行かねばなりません!」
息を切らしながら状況を説明する乗員たちの言葉。聞いていたその場の者たちも顔を見合わせる。
「どのみち日が落ちては闇雲に砲撃手も同士討ちをする危険がある。スチーブンソン中尉の救出を行い、船へ帰還するのだ」
エヴァンズ艦長の言葉に目が覚めたかのようにそれぞれの仕事へ就く乗員たち。
本来なら連携をして戦うのが本分だと思われるが、先ほどまで海賊船団を囲むように集めていたスパロウ号とバラクーダ号、アーティガル号、カトリーヌ号、ノアズアーク号はそれぞれの海賊船の相手をしているうちにその余裕がなくなってしまう。烏合の衆は連携が取れていないといったことが、今まさに自分たちの側で起きており、結果的に牧羊犬効果で距離を縮めていた個々の海賊船の距離が再び離れだす。
「おいおい、なんかまずいんじゃないのか。羊が逃げちまうぜ」
アーティガル号のリトル・ジョンは望遠鏡で周りを確認すると逆に自分たちが追いこまれているのではないかと感じる。
「確かに。集められているのはあたしたちなのかもしれない。陽気なフランス女(カトリーヌ号)は恐れを知らず船団へ飛び込もうとするし、船団で戦うよりも移乗攻撃がメインのあたしたちはエヴァンズ艦長の思考を読み取ることが難しい。リトル・ジョン船長、何か手を打たないと分が悪くなるぞ」
リトル・ジョンから望遠鏡を手渡されて状況を確認したマリサも思うように連携をとれない事態に焦り始める。しかしやはり手慣れたものが一人でもいると助かるものである。
「この状況でどう戦うかって?私がエヴァンズ艦長ならまず夜間に攻撃はしない。相手の動きもよく見えないばかりか、天候も悪化しつつあるときに攻撃どころではないからな。ということは、いったん我々はこの牧場を去らねばならんということだ。この気象状況で日没は不利な条件が増えるだろうからな」
そう言ったのはマリサたちと同じく望遠鏡であたりを確認していたディクソン氏とテイラー子爵である。
「悔しいがそれは本当の話だ。ほら、スパロウ号から信号が送られてきたぞ」
マリサが檣楼を見上げると、今まさにメーソンが見張り台で信号を読み取っていた。その後メーソンは読み取った内容をノアズアーク号とカトリーヌ号へ送る。
「あのフランス女は信号の意味わかってくれるかな」
サン・マロ海賊の子孫であり、やたらにプライドの高いクレマン船長はじめカトリーヌ号の乗員たちに対して不安とともに気遣うマリサ。
「好いた惚れたに言葉なんていらねえよ。黙って俺たちについてくりゃいいのさ」
リトル・ジョンはそう笑って見せた。
やがて雨風があたりをたたきつけていくようになった。それとともに波も高くなっていく。そんな天候の中でスパロウ号から1隻のボートが送り出される。まるで風に舞う落ち葉のように波にもてあそばれるボートには幾人かの乗員たちが武装して乗っており、時折アーティガル号の方を見てきた。
「スパロウ号からボートが降ろされた……何か様子が変だぞ……」
波に乗り激しくローリングするボート。そこにいる乗員たちのひとりが上陸を促している。
「これはいつもの上陸部隊のお誘いだぜ。全く、いつもこの展開があるなんざ、お約束ってやつだろうかねえ」
ハーヴェーは早速準備をしている。なるほど、彼らの動きはまさに手招きをしているのだ。
「バカ、老いぼれたあんたが行っても活躍できる場なんてないぞ。ここはあたしが行く」
マリサも早速準備をする。だが、ハーヴェーは本気のようで譲らない。そうこうしているうちにアーティガル号からもボートが降ろされる。真っ先に飛び乗ったマリサの後に続き、乗り込み組からギルバート、オオヤマが飛び乗る。そして言っても聞かない頑固なハーヴェー。その彼も体を鍛えていたのは確かで、身軽な動きでボートへ飛び乗る。
「いったい何がおきているんだ。上陸はアーティガル号の役目とは聞いてないぞ」
天候悪化でわざわざ上陸するのは余程の事だ。アーティガル号ではディクソン氏とテイラー子爵が難しい顔をしている。いや、これは本来の彼らの顔なのだ。アーティガル号の連中は少なくともこのふたりが”お客さん”感覚で来ているのではと思っている。そう思っているのはデイヴィージョーンズ号とのかかわりを知らない連中だ。もしかしたら緊急ごとなのかと不安と焦りで一杯になる連中。そしてその不安は的中することとなる。
風雨の中、沖合いへ流されそうになるのでオールを持つ手に力が入る。そんな状況下で叫ぶような声がスパロウ号側の乗員から聞こえた。
「マリサ、スチーブンソン中尉がひとり残されているものの安否がわからない。我々は中尉を探しだし帰艦させなければならない。援護を頼む」
そう言ったのはフォスター中尉だ。その横にはコックス少尉もいる。
風の音に負けじと大声で叫ぶフォスター中尉の言葉にマリサは耳を疑った。いや、乗り込み組の連中も顔を見合わせる。
「フレッドの安否がわからない......?」
マリサと共にボートに乗っている連中もオールを波にもっていかれそうになるほど呆然としている。
「俺たち乗り込み組がやるべきことはひとつ。フレッドを助けることだ。お前ひとりで心配することじゃあねえ。さあ、ここは乗り込み組としての働きをしっかりとみてもらおうぜ」
そう言ってハーヴェーは連中を鼓舞した。こうでもしなければマリサは怒り狂って単独行動をしかねないだろう。こうした判断は古参の連中であり年長者でもあるハーヴェーの判断だ。なんといってもフレッドはデイヴィージョーンズ号へ乗り込み、ともに戦った仲だ。そして亡き大耳ニコラスが認めた副航海長でもあったのだ。
(ニコラス、かっこいいところをおまえひとりにもっていかれたまんまだぜ……。だからよ、なんとしてもフレッドを捜してマリサのもとへ返さねえと俺は死んでも天国へいけねえや)
ハーヴェーは本来、乗り込み組ではない。彼は元々掌帆長である。だが、どうしてもここで皆と働きたい理由があった。
(デイヴィス船長、マリサにはもうお目付け役なんぞいらねえ。だから俺もひと暴れさせてもらうよ)
マリサは彼に何か言わなければと思ったが、ここで何を言っても始まらないので言葉を胸に収めた。今やるべきことはフレッドの為だけでなく計画全体のことである。自分ひとりの感情で台無しにするわけにはいかなかった。
2艘のボートを見送るスパロウ号とアーティガル号。
「グリーン副長……いやテイラー子爵。スチーブンソン君の為にこうまで人員が動くなんて正直私は思ってもみなかった。我々の目的はケント伯爵の反乱の芽を潰すことだ。しかも海軍側がたったの2隻、あとはアーティガル号と仲間の船。先遣隊が破壊工作をして補給路と人員の流入を防ぐことでいくらかは力を弱めることができるだろうが、叩き潰すにはまだ船が必要だ。しかも大型の……」
ディクソン氏は荒れる海を避けてアーティガル号はじめ仲間の船を沖合へでるようリトル・ジョン船長に命じた。このまま暗くなれば相手が見えないまま攻撃することになる。同士討ちの危険もあるので撤退を決めた。マリサたちを待ったところで、ずっと同じ場所へいるわけにいかないのである。
「確かに我々にはまだまだ協力者が必要です。ノアズアーク号やカトリーヌ号は移乗攻撃や工作にはいいと思われますが、それが可能な海賊船ばかりじゃない。もし攻撃するとしてもまた牧羊犬として動かねばならないでしょう」
テイラー子爵は時折望遠鏡でスパロウ号の様子を確認している。夜ともなればこのような確認もできない。
「その件はエヴァンズ艦長とも話をしているよ。艦隊としての攻撃をどうするかはすでに刷り込み済みだ。1692年5月ラ・ハーグ沖の海戦を知っているだろう?これに挑んだ蘭英艦隊は戦艦60隻、それ以外の船50隻、大砲の攻撃力では6700門、乗員4万人(参考:西欧海戦史ーサラミスからトラファルガーまでー 外山三郎 著 原書房)だ。それに比べたら今の我々はほんの小競り合いだと言えるだろう。だが、小競り合いだとて侮ってはいかん。大きな戦いの芽を潰すということはそういうことだ」
ディクソン氏はそう言って髭を撫で始めた。気持ちを落ち着かせるための癖であることをテイラー子爵は知っている。
「そうですね……。まずは今のうちに英気を養い、戦いの準備をしておくべきでしょう。乗り込み組がいない今、アーティガル号は少し手薄となっています。彼らの帰還をまちたいところです」
テイラー子爵はそう言ってリトル・ジョン船長に交代で食事と休息をとらせることを提案、すぐに受け入れられた。
スパロウ号では懸命にラッセル少尉の手当てがなされている。それまで大声を出して叫びまくり、ラッセル少尉がこのような大声を出すとは思わなかった乗員たちは、艦内中に響き渡る彼の叫び声を聞いて震えあがった。
「うぐっ!ぐぐっ!」
傷口から銃弾を取りはらう際、ラッセル少尉は痛みのあまり目を見開いたまま気を失ってしまった。むしろこの方が船医にはよかっただろう。
「ラッセル少尉の様子はどうだ」
叫び声に心配をしたエヴァンズ艦長がやってくる。
「ありがたいことに今しがた眠りました。気を失ってそのままです。目を閉じるのを忘れていたようですので閉じさせておきました。……銃弾は取り除いています。しかしこの傷で戦闘は難しいでしょう」
船医の服も血がいたるところに付着している。恐らくラッセル少尉は痛みのあまり暴れたのだろう。
「ご苦労。彼への命令は『休め』だ。そう伝えてくれ」
エヴァンズ館長はそう言って再び甲板へ上がる。あたりはすっかり夜だ。雨風もあり、周りの様子などわかりにくい状況だ。
(うまくやってくれ。君たちの成功は我々の成功だ)
フレッド救出の為上陸していった仲間たちを思いやりながら彼は一息ついた。
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