表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/70

61スコットランド沖の砲火③

 上陸慣れしているはずのフレッド君。爆破により残骸が飛散ることをわかっていて処理に臨みました。

 海上の船の伝達は信号旗を用いることでいくらかは情報伝達ができたようですが、細かな情報伝達はできなかったそうです。大声を上げても風でかき消されます。無線でやり取りができる今を有難く思います。


 ドーン!


 アーティガル号よりひと回り小型のノアズアーク号めがけて砲丸が飛ぶ。右舷付近に大きく水柱があがり、反動でノアズアーク号は左舷側へ傾くほど大きく揺れた。

「弱い者いじめをしやがって!」

 エズラ船長と乗員たちは必死に体を支えると、いったん射程外へ出ることにした。身軽なノアズアーク号の連中は元々小回りの利く海賊船を利用し、砲撃よりは移乗攻撃の得意な海賊たちである。

「船長、不意打ちぐらいでビビるようじゃマリサにアレをちょん切られるぜ」

 仲間のひとりが言うと周りの連中も大笑いだ。笑っていられる状況ではないが、そうでも言わないと落ち着かないのだろう。


 この様子を見ていたカトリーヌ号のクレマン船長は射程外へ出ながら風を読む。一荒(ひとあ)れきそうな天候であり、風がやむことはない。恐らくこのままさらに雲を呼び、雨を降らすだろう。そうこうしているうちに頬にあたる風が冷たくなってきており、波の高さも徐々に高くなりつつあった。

「俺たちが先手を打ってやる。マリサにいいところを見せるんだ」

 クレマン船長のこの言葉に仲間たちは何を考えているのかと、不安になった。

「マリサに、じゃなくてサン・マロ海賊の意地を見せるっていうことだろ。俺たちはフランス人やブルターニュ人じゃあない。俺たちは自由を求めて戦ってきたサン・マロ人だ。活躍の場がこんな寂し気な海だということに悔いが残るが、贅沢は言ってられない。しっかりと働かせてもらうぜ」

 ジェーン号からカトリーヌ号へ移ったフランス海賊のジャンたちは、久しぶりに母国語同士で存分に意思表示ができるのでストレスなく仕事に打ち込んでいる。一番驚いたのはクレマン船長とジャンが偶然にも同郷だったということである。まさに奇遇であるが、彼らは思わぬところで同郷の者たちと一緒に働くこととなり、一体感を持って臨んでいた。

 

 遠く高台にあるケント伯爵の古城が波による揺れで見えたり見えなかったりする沖合。すでに空は鉛色である。

 ノアズアーク号と入れ替わるように射程ぎりぎりまで進むカトリーヌ号。

「ネズミ捕りの旦那が作ったあのおもちゃを使いたいと思わねえか?」

 それはオルソンが甲板に設置させた大型の大砲のことである。これが爆弾ケッチであるなら臼砲を設置するのだが、オルソンは臼砲でなく大型の大砲を置かせていた。それは臼砲の狙いが動かない港や建造物であり、しかも高く弧を描いて撃たれるので射程は短くなるからだった。オルソンのちょっとしたプライドがこうしたおもちゃを設置させたのだ。

「おもちゃはおもちゃだぜ。楽しんで使わないといけねえよ、クレマン船長」

 ジャンは仲間に命じて砲撃の準備をさせた。洋上に吹く風が身体を吹き抜けていく。それは緊張と興奮で震える身体を冷やしていった。

 

 ドーン!


 金切り音とともに敵の海賊船から砲撃がなされた。まだ近距離ではないため硝煙で見えなくなるわけでないが、彼らは自分たちが民間船と知って軽く見ているのだろう。何せ先日までカトリーヌ号やノアズアーク号、アーティガル号は真面目な商船・私掠船だったからだ。

 距離を置いて点在する海賊船を前にしたクレマンは、彼らが城を守っているのではないかとも考えた。そしてスパロウ号側でも同じ見解がなされている。


 

「ケント伯爵の領地と城を守ろうとしているな。船の数はあちらが約20隻ほど……。私掠船団の力を得ているとはいえ、戦力となるフリゲート艦は我々スパロウ号だけだ。……上陸部隊が無事に任務を遂行すれば本当に心強いのだが」

 エヴァンズ艦長が望遠鏡で様子を探りながら、陸ですすめられているもうひとつの動きに関心を寄せる。

 陸でも繰り広げられている人の動き。農民や市民に紛れてこの日を待っていたジャコバイト派である。彼らの中には王室に反旗を翻したために親を処刑され爵位も失った貴族の子息もいる。ゴブリン号を乗っ取ったスミスことライアン、オルソンを無実の罪に陥れて拉致したマティルダことヘンリエッタもそうした子息だった。

「これまでにも上陸部隊としての任務をスチーブンソン中尉はこなしています。きっとやるべきことを成し遂げてくるでしょう」

 彼の言う通り、フレッドはデイヴィージョーンズ号へ乗船していたころから上陸して何かを爆破処理することを何度か経験している。名誉回復のために僅かな船の編成で公にせず戦う士官たちを不憫に思いながらもやるべきことをやらねばならない。


 固まったり船隊を組むでもなく洋上に点在する海賊船。これでは戦力が分散されてしまい、下手をすれば囲まれることもあるだろう。


(何とか奴らをまとめることはできないものだろうか……)


 ドーン!ドーン!


 再びいくつかの砲撃がカトリーヌ号めがけてなされている。

「フランス女をひとりで戦わせるのは我々の意図することではない。我らも行くぞ!」

 健気に戦うフランス船を前にしてエヴァンズ艦長は迷いが吹っ切れた。

 彼の指示でスパロウ号は大きく前進をし、砲撃をしてきた海賊船の前にすすむ。

「奴らは国王陛下の恩赦の布告を有難く思わず、ジャコバイト派側についた者たちだ。臆するな!」

 次々と攻撃態勢に入るスパロウ号の乗員たち。


 カトリーヌ号に負けじとアーティガル号も前進をする。しかしその動きはスパロウ号とは違った。ノアズアーク号とともに点在する海賊船から離れると砲撃をしながら彼らの風上に位置する。

「数だけはどうしようもない。点在する海賊のために我々がすべきことは牧羊犬になることだ」

 気難しい顔をしながらこのようなことを言うディクソン。これは笑っていいのかわからない連中はしばし手を止めた。

「牧羊犬ってのは散らばっている羊を追い立てて集める犬のことだよ。つまり我々がすべきことはあの海賊たちを集めることだ」

 従軍時代にディクソンの忠実な部下だったテイラー子爵(当時はグリーン副長)が助け舟を出したことで意味をようやく理解した連中は、ディクソン氏が甲板上に現れると慌てて服装を整えた。マリサは相変わらず仏頂面である。ディクソンとは距離を置きたいという意識があるが、同じ船に乗っている以上反目して得られるものは何もないことを自覚している。

「乗り込み組は操船に支障をきたさないよう、何かあれば銃撃してくれ」

 マリサたちへの指示がでた。といっても銃撃できる距離が取れたらという話だ。それまでは他の部署の手伝いをしつつ待機だろう。牧羊犬は点在する羊を周りから追い立てて目的地へ集めるものだ。アーティガル号とノアズアーク号、これに倣ってカトリーヌ号も牧羊犬としていったん射程外へでた。規模の大きなスパロウ号は威嚇するかのように静かな航海をしている。だが、攻撃するという意思は開かれた砲門で明らかである。

 

 カトリーヌ号は船に付随していた小型のボートを降ろすと海賊船へ向けた。何をやっているのかとアーティガル号の連中は不思議に思ったが、アーサーはかつてのトラウマからそれが何か理解をした。

 ボートには何か端材のような荷が乗っているようである。そしてカトリーヌ号から何かに火をつけたものがボートに落とされると、ボートの上で燃え続けた。

「フランス女は火遊びが好きなんだな」

 アーサーたちの目には海賊船めがけて進んでいくボートが見えた。その方向の海賊船側は慌てて砲門を開けている。どうやら砲撃でボートを破壊しようとしているらしい。火のついたボートをぶつけられたらたまったものではない。アーサーは自分の船を作戦とはいえ、自らの手で火をつけて火事を起こし、敵船へ放っている過去があった。(本編13話 アカディア襲撃②)この状況にカトリーヌ号の連中は大いに興奮をして終始つかないようだった。しかし、クレマンは船長たる威厳をもってこの興奮を静めるといつでも攻撃できる体制に入った。カトリーヌ号にはオルソンの置き土産というべき規模の大きな大砲が臼砲の代わりにおいてあるので、それを信頼してのことだ。

 アーティガル号、ノアズアーク号も砲門を開き、無言の攻撃を続ける。海賊たちは自分たちが集められていると知らず、かえって自分たちは敵をおびき寄せているとおもっているようだ。もっともアーティガル号側に何かの不都合が生じればこの体制は逆転してしまう。


 気付かない間に点在していた海賊たちは互いの距離を縮めていく。


 

 その頃、密かに上陸していたフレッドとラッセル少尉が率いる部隊は樹木の影に潜んで古城へ続く道路を見ていた。どう見ても村人としか思えない人々が武器を手にしている。丘に広がる草花のじゅうたんに似つかわしくないような人々の姿をみて、彼らが覚悟をもって挑んでいることを感じ取ることができた。生活の中にあった宗教を改宗することは彼らにとって苦痛であり、それが今回の行動力となっているのだろう。ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏を国王に迎えることが出来れば彼らにとってこれ以上の喜びはない。そうなれば肩身の狭い思いをしてきた同胞にいい知らせができると信じている。

 

「恐らくあの道は彼らにとって何か重要な意味を持っているのだろう。海を望む古城が要塞化しているとも考えられる。となると、これまでに多くの武器や火薬類が運び込まれているだろうし、もちろん人や食料もだ。我々の手でこの道路を遮断する意義は大きい」

 フレッドは状況をラッセル少尉と確認すると、さっそく実行するために目的としている橋へ向かう。彼らが目的としている橋は人だけでなく馬車も通る橋であり、ロンドン橋のような大規模な橋ではないものの、この橋からあらゆるものが運び込まれている重要な橋である。それだけでなく、この橋を渡ることで海岸部へ人が行くこともできる。


 上陸部隊はそのまま茂みに隠れながら橋へ移動すると、見張りを立てて橋の下へもぐりこみ、持ってきた火薬や導火線などを用いて破壊工作をした。短時間でやらねばならず、ラッセル少尉は緊張して手元が震えていたが、フレッドが手を添えることで落ち着きを取り戻したようだった。

「スチーブンソン中尉、村人の一群がこちらへ向かってきます。どうやら我々の動きを察知したようです」

 見張っていた部下が慌てた様子で報告をしてきた。

「よし、点火しろ」

 フレッドの声で導火線に火がつけられると、彼らは一斉に橋のたもとから出た。それとほぼ同時につんざくような音が響き渡った。

 

 バン!バン!


 銃撃音がしたかと思うと見張り役の男が血しぶきをあげて倒れた。頭を撃ち抜かれており即死である。しかしこの状況で弔っている暇はない。海岸部まで逃げ延びなければ自分たちも危ない。海岸部のボートまでたどり着いたとしても、とにかく彼らから離れなければ動く標的とされてしまう。

 

 バン!

 バン!

 バン!


 逃げながらフレッドたちも応戦をするが、向こうの方が人数的に多い。

「撤退だ!急げ!」

 しかしこの場でも銃撃により負傷する者が出てくる。

「うがあっ!」

 ラッセル少尉が倒れ込む。足を撃たれたようだ。フレッドはラッセル少尉の腕を肩にかけると海岸部まで逃げ、ボートに彼の体を投げ込んだ。そして部下たちにスパロウ号への帰還を命じた。銃撃の射程外へ出ればあとはスパロウ号の仕事だ。

「スチーブンソン中尉、あなたは」

 ボートへ乗らずに村人のほうへかけていくフレッドを心配して部下たちは声を上げるが、フレッドはあえて返事をせず、彼らに手を振って背を向け、そのまま村人の一群へ向かう。農民たちはまだ橋へたどり着いていない。そろそろ爆破されてもいいころだ。


(何かの不具合か……)


 あの橋を爆破しないと物資が古城へ供給され続けるだろう。橋の爆破は急務であった。

 フレッドは身を隠しながら橋へ向かう。望遠鏡で状況を確認すると爆破に時間がかかっている原因がわかった。何と一部に水気があったと思われ、導火線の火が消えていたのである。火薬は橋の袂から中央に向けて設置されている。この橋を落とすためだ。

 村人たちの一群が橋の近くまできている。海上ではボートが徐々に小さくなっているのが見えた。もう銃の射程から外れたようだ。そしてスパロウ号が近づいている。

 フレッドはピストルを出すと茂みから設置した火薬類に向けて撃った。


 バン!バン!バン!


 橋のたもとから中央へ撃たれた弾は眠っていた火薬を起こした。


 ドガーン!ドガーン!


 爆音とともに昔ながらの橋が木っ端みじんになっていく。長い間この橋は生活道路の橋として使われていた。それを破壊されたら村人たちだって困る。叫び声をあげて村人たちが白煙漂う橋のあった場所までたどり着いた。

「なんてことだ!」

「あいつらやりやがった!」

「ただじゃおかねえぞ!」

 口々に罵声が聞こえる。橋を破壊されたことによる喪失感よりも腹立ちが上にあるのだ。その川に橋の姿はなく、破壊された橋の残骸がいたるところに飛び散っているだけだ。


 彼らの様子を確認すると次第にフレッドの体から力が抜けていき、そのまま倒れ込んだ。

 フレッドは爆破で飛び散った残骸があたり、負傷したのである。


(マリサ……)


 アーティガル号にいるマリサ。あの日、機嫌の悪いマリサを避けるようにして言葉を交わすことなく任務についたことが今ごろになって悔やまれる。しかし後悔もしてももう遅い。

 意識がだんだん遠くなっていくフレッドを村人たちが発見するまでに時間はかからなかった。


 

 ボートの乗員たちは皆スパロウ号へ戻ることができた。エヴァンズ艦長も橋の爆破が命令通りに行われたことを知った。ただ、ラッセル少尉他上陸部隊からフレッドの様子を聞いて対応を迫られる。マリサにこれを伝えなければならないだろう。

 

(今回の爆破で奴らはさらに警戒をするだろう。スチーブンソン君が無事であるといいが……)


 牧羊犬効果によって海賊船団のそれぞれの距離が縮められたが、まだ彼らとはいがみ合ったままだ。海賊船団を無力化しないとフレッドを助けることもできない。

 そんな思いを笑うかのように風は少し穏やかになったものの、あたりは暗くなっていく。もう夕刻だ。雨がぽつぽつ降り始めたかと思うと、そのままザーッと音を立てて降っていく。本格的な雨だ。


 そんな彼らのもとへあの船団が近づきつつあるのを彼らは知らないでいた。

 


最後までお読みいただきありがとうございました。

ご意見ご感想突っ込みお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ