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6隠し事

イギリスの演劇の歴史を調べていたら、歌舞伎や能のように男社会だったとありました。本編からマリサの演技の良さを『女優』と記述しているのですが、はたして女優がいたのかどうかわかりません。今回、オルソンを助けようにも機動力がなく、気持ちばかり焦るマリサ。さて船を奪う?……ちょっ!それはだめだぞ。

 マリサの家ではマリサが家を飛び出してしまって頭を抱えているハリエットをエリカが不安そうにみていた。そのハリエットは流れ落ちる涙を何度もぬぐい取り、無言で考え込んでいる。エリカはハリエットの涙の意味をわかる気がした。ジェニングス一味に拉致されたときハリエットは全身全霊で自分を守ってくれた。エリカにとってとても大切な家族である。

「おばあちゃん、私いい子でいるから泣かないで」

 そう言ってハリエットに寄り添う。マリサがハリエットと言い争って出ていった細かな事情はわからない。母親であるマリサに時間と距離があいてしまいがちで、思うことも言えていない。唯一の楽しみが一緒に家事をすることだった。

「ごめんね、こんな姿をみせてしまって。マリサは私たちの知らない世界にずっといたから考えが違うところもあるのよ。それをわかってあげなきゃね」

 ハリエットはそう言ってエリカを抱きしめる。

「伯爵様に何か起きたことはわかる。母さんがそのために動くのなら私はがまんする。おばあちゃんが一緒だから大丈夫」

 そう言いつつもエリカは寂しさでいっぱいである。父であるフレッドは任務となれば長い月日帰らない。船を降りたマリサとともに暮らせることが嬉しかったのに、それがまた叶わなくなってしまうのか。

「……大丈夫、きっとうまくいく。だから母さんを怒らないで」

 やっとの思いでつぶやいた際、エリカの脳裏に何かの記憶が一瞬見え隠れし、突然の恐怖心となってエリカを包み込もうとした。とっさのことでハリエットにしがみついたエリカ。その温かみを体が覚えている。

 エリカの様子が気になったハリエットは何度も頷きながら涙をぬぐう。



 一方、アトランティック・スターズ社の事務所ではマリサがハーヴェーから話を聞いていた。

「あちこちのコーヒーハウスで聞き耳を立ててみたんだが、貴族殺しやオルソンの話なぞ言葉さえ聞けなかったぞ。益々この事件は怪しい。調べてみる価値はありそうだ」

 ハーヴェーは行った先でコーヒーでなく酒を飲んだのか顔が赤い。まあ様子探りにコーヒーを飲んで聞き耳をたてるなんて退屈だろう。

「……ハーヴェー、イライザ母さんはフランスに関係があるって言っていたし、伯父様もジャコバイト派とイングランドから追い出されるカトリック、フランスととの繋がりを疑っている。フランスとかかわりのある奴らがオルソンを連れ去ったなら……」

 マリサの思考はこの繋がりをどう整理するかで頭がいっぱいである。

「俺はね、政治のことはよく知らねえんだが、ジャコバイト派の活動はまだ続いているとみていい。ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートが生きている限りそれは続くだろう。敬虔なカトリック教徒を政治に利用する輩はいるからな」

 ハーヴェーも珍しく神妙な面持ちでつぶやいた。

「ところでイライザの過去をお前は知っているか?イライザは敬虔なキリスト教徒だ。……カトリックのな」

 ハーヴェーの話によれば、イライザはカトリック教会が土地を没収され、聖職者たちが離れざるを得なくなった後でも土地を離れようとしなかった。当時、自分がカトリック教徒であることを隠して結婚していたものの、子どもを産むことができず離縁されてしまう。カトリックであるイライザが生きるには不都合な社会情勢であり、オルソンが見かねて使用人として雇ったということだ。

「そうか……それは何となく感じていた。でもイライザ母さんは教義を押し付けたりイングランド国教会を批判したりせずに、受け入れていた。争いが嫌いな母さんだから寛容な態度で臨んだのだろう」

 育ての父であるデイヴィスは犯罪人という過去があった。イライザもカトリック教徒であり、離縁された身という過去があった。惹きつけられたのはそうした互いの過去があったということだと思われた。


 マリサは窓を開けて港を眺める。そこは今にも泣き出しそうな雨雲が広がっている景色だ。そんな中でも大型の帆船へ人や荷を運ぶボートが忙しそうに行き交っている。オルソン家に起きた事件など誰も知らないというより、貴族社会でどんな事件が起きようと、その日の生活に精いっぱいの市民にはどうでもよかったのかもしれない。


(オルソンはどこに?オルソンはイングランド国教会を信仰しておりカトリックやジャコバイト派とは関係ない。ジャコバイト派がオルソンを利用しようとしているなら毒の守り人としてのオルソンだ。それならそのオルソン家の秘密をどうやって知った……?やはりジョナサンがヘンリエッタに騙されて秘密を明かしたのか?)


 考えれば考えるほど視点が広がりすぎて考えがまとまらない。


「……ハーヴェー、もし本当にジャコバイト派が関与していて、しかもフランスにそのカギがあるとしたらフランスへ渡ることは可能か?」

 マリサは椅子に座り込むとサーベルを鞘から抜いて眺める。こうでもしないと落ち着かない。

「マリサ、お前大事なことを忘れてやしないか?俺たちのアーティガル号はウオルター総督から私掠免許状をいただき、目下もっかその業務に徹している。他の船が商船として荷を運び利益を得ており、心置きなく海賊を狩っている。つまりよ、この会社の船は全て出払っているんだ。残念なことに俺たちには自由に航海する権限どころか船さえない。仮に船があったとしても航海にはそれなりの人員も必要だ。おっと……ここへきて無いなら奪うまでだなんて考えるんじゃねえぞ。海賊ハンターが海賊化しちまったら笑い話にもならねえ」

 ハーヴェーの言うことは(もっと)もである。幸か不幸かアトランティック・スターズ社の船は出払ってる。

「そんなことより今は家へ帰んな。そこでハリエットとエリカちゃんにちゃんと考えを伝えるんだ。喧嘩して家を飛び出したままだとお互い気まずいだろう?ハリエットは話が通じないような人間じゃないからちゃんと話せば理解してくれるはずだぜ。未亡人としてフレッドを育て上げたハリエットはマリサとはまた違った苦労をしてきている。それを忘れちゃいけねえよ。まずはオルソンの行方の手がかりだけでも見つけようぜ。船のことはそれからだ。なんとかなるさ」

 ハーヴェーに言われて納得せざるを得ないマリサ。そう、自分はハリエットと口論し家を飛び出したままなのである。まだ子供の顔をしたマリサが海賊の頭目としてデイヴィージョーンズ号に乗り込んだときからハーヴェーはマリサの力になっていた。古参の連中のひとりとして戦死したニコラス同様、なくてはならない人材である。

「……ありがとう、ハーヴェー……そうするよ。船と人員の件を任せた。あたしはいったん家へ帰ってお義母さんと話をしてくるね。オルソンの手がかりを見つけなければならないし」

 そう言ってサーベルを鞘に納めたマリサ。少し気持ちが落ち着いた感じだ。無言で頷くハーヴェーを残し、来るときはむき出しだったサーベルとピストルを布に包んで帰路に就くと、追いかけるような雨雲の接近がマリサを早足にさせた。



 先に事務所をでたテイラー子爵はオルソンに起きた事件が全く話題になっていないことに不信感を抱いていた。

 

(彼には私の知らない何か秘密でもあるのではないか……。マリサは幼いころからオルソン家で使用人の子どもとして働き、対価として教育を得ており、何かを知っている可能性がある。それはいったいなんだろうか。これがジャコバイト派の仕業だとしても、イングランド国教会員であるオルソンを冤罪で落としめる彼らのメリットはどこにある。……マリサ、お前は何か隠しているな)

 

 協力しようにもこの件が引っかかる。玄関で待たせていた執事には手短に事件について話し、共有した。


 ふと見ると通りに演劇のポスターが貼られており、目についた。

 

 ――コングリーブの『世の習い』、上演終了まで後3日――


 シェークスピア作品を代表とする演劇は広く親しまれたものの、清教徒を批判するような演目や女性役を男性が演じるなど性の乱れとも受け取れる演じ方に清教徒は敵意を抱き、1642年彼らによって劇場が閉じられた。これで演劇文化は衰退すると思われたが、1660年の王政復古によってクロムウェルの行った共和政が終焉を迎えるまで劇作家たちはフランスへ渡り、演劇再開の日のために研鑽を積んでいたのである。その後、劇場が再開されると悲劇や喜劇、史実もの、風刺ものなど演劇は人々の娯楽として広まり、その影響を受けてロンドン市の人々の識字率も上がっていた。


(芸術文化が栄えることは平和の証である……いや、それは裏社会で誰かがそうあるように動いているということだ)


 いつしかテイラー子爵はこの事件に興味を示し、目に見えない何かの推察に高揚を覚える。


「結婚は家の存続のために必要だが、冒険は人生を楽しむために必要だ」

 そう言って執事を誘い、ポスターにあった演劇を鑑賞することにした。雨が降り出しており、ちょうど雨宿りにも都合がよかったのである。



 オルソン家の屋敷では父の書斎にて嫡男であるアーネストが人払いをし、トーマスと小声で話をしていた。

「ヘンリエッタをこの使用人として雇ったのは間違いでした。昔ながらの使用人の何人かが歳をとったり病で亡くなったりで人手不足だったところへ、即戦力のある使用人として入ったものだから我々も頼もしく思っていたぐらいでした。雇用を認めたのは私です。私がご主人様を追い込んだようなものです」

 長年、この屋敷で執事として仕えているトーマスはうつむいたまま声を押し殺して泣いた。自分がヘンリエッタの雇用を認めなければこのような事態を防ぐことはできたはずだ。その呵責の思いで胸がいっぱいである。

「自分を責めるな、トーマス。僕たちは極力平然として日々を送ろう。ジョナサンもヘンリエッタに騙されたとみてよいだろう。裏切り者として始末するのは難しいことでもないが、ジョナサンひとりにこの罪を押し付けるのは何か違うだろう。マリサはきっと手がかりを見つけてお父さまを助けてくれる、そう信じるしかないのだ」

 今となっては嫡子である自分が家を守らなくてはならなかった。貴族殺しをやっていないのなら明らかに冤罪である。それが晴らされることなく罪を問われたら父は処刑されるだろう。そうなっては自分を含め家族、使用人たちは路頭に迷う。それを知っていてジョナサンは裏切ったのか。今はとにかくマリサからの情報を待つしかなかった。こうしている間にも捕らえられた父はどこかで助けを待っているのだ。

「……イライザはこの事件についてフランスとの関係を言っていた。だけどお父さまとフランスとの接点を僕は知らない。お父さまが海賊船に乗っていたのは知っているが、フランスとのかかわりは戦時中の事であってそれ以外のことを知らない。僕たちの知らない何かがあるということだろうか」

 今回の事件についてアーネストは弟であるルークに手紙を書いた。ルークはマリサにとって双子の姉であるシャーロットと恋仲になっており、結婚することが決まっていた。

「トーマス、お父様不在の今、僕たちができることは結束ではないか。ここで乱れてしまっては奴らの思うつぼだ。お父様が捕らわれたのは冤罪であるという立場をとり、そのためにマリサたちが動くと周知しておこう。いらぬ詮索は行動の乱れを引き起こすものだ。使用人頭のメアリーにもこのことを伝えてくれ」

 アーネストの言葉に頷くと、トーマスは涙を拭きさがっていった。


(さて……ジョナサンにはどのように対応すべきか……ヘンリエッタに騙されたとしても彼なりに思うことはあるはずだ……)

 

 鏡の前に立ち父親の姿を重ね合わせる。自分がこの家を守らなければならないという重圧があった。その顔つきは戦いの場のオルソンの姿そのものだ。海賊として共に戦ったマリサならそれに気づいただろうがアーネストは気づかないでいる。


 一呼吸をすると、庭の手入れ中のジョナサンの元へ向かっていった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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