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59スコットランド沖の砲火①

マリサ、ついに戦力外通告か?

オルソンはテイラー子爵からあることを聞きます。

 オルソン家が夜会の準備をしている頃、マリサはアトランティック・スターズ社の事務所でアーティガル号のリトル・ジョン船長、ノアズアーク号のエズラ船長、カトリーヌ号のクレマン船長を交えて策を練っていた。マリサに男の象徴を切られかけたクレマンはマリサを見て固まってしまったが、マリサの夫がいまだにちょん切られずにいることを聞いて、少しだけ安心して臨んだ。クレマンの英語はあいさつ程度だったので、テイラー子爵が通訳してのことだ。

「全く……お前は海賊以上に○○切りのマリサの方が有名らしいな」

 テイラー子爵がマリサの小声でつぶやくとマリサは顔を赤らめる。

「伯父様、なぜ今その話題をするんですか。関係ないことでしょう」

 こんなことをフレッドに聞かれたらと思うと今更に恥ずかしい。そもそもあの○○ちょん切り事件は身を守るため必死にやった末のことなのだ。あれで抵抗しきれなかったら海賊マリサは存在しなかった。海賊社会は男社会である。そんな中へ少女とはいえ身を投じるのにはかなり危険があった。身を守ることが出来なかったら船を降りる……それは育ての親であるデイヴィス船長とイライザ母さんとの約束でもあった。


 テイラー子爵がすでに海軍側と交渉をしており、会社では民間の船としてどう協力をするか話し合う。情報によればスコットランド沖に何やら艤装した船、海賊船が集まっているとのことだ。不穏な空気を感じ、そこに反乱が起きるのではないかと警戒した国は密かに海軍の一部の船と、民間で海軍との協力体制ができているアトランティック・スターズ社へ対応を命じた。あの4人の士官たちもそれぞれ船に配置され、何よりもスパロウ号の艦長にエヴァンズ氏が返り咲いたとのことだ。エヴァンズ艦長の異動に伴い、4人の士官たちもスパロウ号勤務となった。濡れ衣を着せられて捕らわれていた彼らの活躍の場を設ける意味でもあった。それだけでなく、なんと民間船の総括として元提督のディクソン氏がアーティガル号へ乗り込むというサプライズがあり、その直属の部下としてテイラー子爵も乗船することとなった。このことは提督時代のディクソン氏を知っている古参の連中も驚き、或いは怯えた。引退して顔つきが穏やかになったというものの、彼は反乱を起こして自分に重傷を負わせたマーティン・ハウアド(デイヴィージョーンズ号の船長でマリサの育ての親)への復讐のために行方を追い、処刑台へ送り込んだ人物だからである。当然マリサもこのことに反感を抱いた。その配下のテイラー子爵もまた、マリサの命を狙い、敵と繋がった経緯があるが、和解した今は良き関係である。だが、”ウオーリアス提督”というふたつ名をもつディクソン氏とマリサは和解していない。そもそも彼は復讐を果たしただけであってマリサに恨まれるのは筋違いである。またデイヴィスも罪を償うために最後はマーティン・ハウアドとして自首している。

 その経過を知っていても育ての親を死に追いやった男と近い距離にいるのは耐え難かった。しかもここでマリサはあることをきく。

 

「オルソンとルークが領地へ帰ったって?あたしを置いていったのか。……きっとヘンリエッタの動向を掴んだんだ。あの女、あたしの手で首をへし折ってやりたかったのに……」

 育ての親イライザを殺そうとしたヘンリエッタを許すことができないマリサは、オルソンが自分に声をかけることなく領地へ帰ったことに憤慨する。そんなに自分は力にならないのか、屋敷の人間でもないのにかかわるのはお門違いということなのかと考えても悪い考えばかりだ。

「それは違うぞ。オルソン家の問題にマリサをまきこむことはできないということだ。オルソン家の秘密について私はアーネストから聞いたよ。だから彼ら自身で解決したかったんだろう。いまマリサがやるべきことはスコットランド沖の不穏な空気を知り、戦うことだ。ここでジャコバイト派の芽を摘まねば再び大反乱がおきるぞ。我々は民間の船として国を救わねばならないのだ。ディクソン氏への個人的な感情はこの際捨てておけ」

 テイラー子爵の厳しい言葉がマリサを貫く。

 

 

 オルソンが帰還して事件の概要を訪ねる際、アトランティック・スターズ社の事務所へ立ち寄っている。出迎えたテイラー子爵はスコットランド沖の不穏な動きがあり、オルソンに自分が船へ乗り込むことと元々の経営者であるオルソンに会社経営を交代することを話した。オルソンはこれを了承し、カトリーヌ号のクレマン船長に協力を依頼した。オルソン自身はヘンリエッタの脅威があるため領地へ急がねばならないことも話す。この際にテイラー子爵はゴブリン号事件を含め、それにかかわる毒物とマリサの関係や、『嘆きの収容所』からマリサがどうやって捕らわれていた自分たちを救い出すことができたのか、答えを見つけるためにオルソン家へ行きアーネストからオルソン家が引き継いでいる秘密を聞いたことを話した。それを知ったオルソンは非常に驚き、なぜオルソン家の秘密をアーネストだけでなくルークとアイザックが知っていたのか謎を理解した。そしてアーネストが兄妹に秘密を共有した理由もオルソンの心を動かした。それは後に復讐のために屋敷へ侵入していたヘンリエッタのとどめをささなかったことにつながる。

 

 こうしてテイラー子爵は難なく会社経営を本来のオルソンへ交代すると船に乗り込む支度をする。彼の胸のうちはディクソン氏と再び仕事をすることができる喜びでいっぱいである。彼もディクソン氏と同様に引退したものの、どこかで船を求めていた。

 テイラー子爵が再び船に乗って戦うという話は妻のジェーンにも伝わり、困惑させる。

「あなたはハリソンが可愛く思わないの?ハリソンは家を継ぐ嫡子よ。私はあなたの望み通りに男の子を産み、この家の系統を絶やさない努力をしたわ。何のために船へ乗るというの?戦争下ならいざ知らず、今は戦争でもないでしょう?働かなくてはならないほど私たちは貧しいの?」

 次々に言葉を浴びせるジェーン。格下の貴族へ嫁いで以来仮面夫婦といわれながらも彼に尽くしてきたつもりである。仲の良い子爵夫妻を演じなければもっと自分は物笑いの種になるだろう。貴族は労働しなくても困らないものなので商船会社などほんの退屈しのぎでやっているだろうとジェーンは思っていた。

「この国をジャコバイト派の脅威から守るためだ。心配するな。お前には貴族としてその気品を保つ権利と義務がある。このテイラー家へ嫁いできたのだから私はそれを後悔させる気はない。私にとって国を守ることは国王を守ることだ。元提督のディクソン氏も共に働くこととなっているから安心するがいい」

 テイラー子爵は涙ぐんでいるジェーンを抱き締めると、愛くるしい表情を見せるハリソンを見つめた。

「ハリソンはお前が産んだこの家の宝。私もこの子を大事に思っているのだ」

 長子たるハリソンはジェーンとテイラー子爵のどちらの特徴を引き継いだ顔立ちをしており、ふたりのいらだった感情を知ることなく笑みを浮かべて喃語を話していた。その姿にジェーンは頬ずりをし言い過ぎたことを謝る。もちろん年長者であるテイラー子爵はその感情をよく理解していたのでそれ以上言い争いを続けることはしなかった。


 

 マリサの方はというと、オルソンに戦力外通告を言われたようでむしゃくしゃしたままである。相変らずの仏頂面が延々と続き、ハリエットが心配して声をかけたが、マリサは何でもないといってそれ以上話さなかった。フレッドも下手に手を出せば棘で刺してきそうなマリサの様子をみて、さっさと乗船準備をしてでていった。

「全く!男って逃げ場所があるからいいわよね」

 いつもはちょっとのことでも動じないハリエットも息子の対応に腹を立てて愚痴をこぼす。エリカがいないスチーブンソン家。今更にエリカの家族としての役割を思い知った感じだ。しかしハリエットもだてに歳をとっていない。ハリエットからすれば若いマリサは子どもである。マリサの機嫌に左右するほど器の小さな人間ではなかった。マリサの仏頂面はいつものことだ。

「海賊を解党したとはいえ、今も立派に商船として彼らは働いているのでしょう?そして立場はないとしながらもあなたは頭目として彼らに存在を認められているのよ。海賊共和国から私とエリカを救い出したように、あなたはあなたなりに船ですべきことがあるの。オルソン伯爵はそれを言いたかったのよ」

 ハリエットはコーヒーを点てるとマリサに差し出す。家事の合間のほんのひと時のことだ。

「……何となく自分でもそれを気づいていたけど、長年オルソンと共に行動をしてきたからあたしはオルソン家に深い感情をもっていた。何せオルソンはあたしが幼少のころからずっとそばにいた人物だからね。もう一人の育ての親だと思っている。でも、あたしがオルソン家の家族でないことは紛れもない事実。オルソン家の問題にこれ以上首を突っ込んでも始まらない。……お義母さんのいうようにアーティガル号で存分に仕事をしてきます」

 差し出されたコーヒーを頂きながら、ようやくマリサは自分の気持ちを整理した。

「実は……オルソン伯爵の件で心配があるのよ。エリカとシャーロットお嬢様がオルソン家からまだ帰ってこないの。伯爵様がお屋敷へ帰られるのだから心配はしてないけど……いえ、やはり心配だわ。心配しつつ待ち続ける立場もあるのよ」

 ハリエットはそう言ってため息をついた。そう、ハリエットはフレッドとマリサが航海へ出ている間、心配をして待ち続けているのだ。それはかつてイライザ母さんを心配させてきたことと同じである。

 

 この何時もとは違う時間の流れはマリサの心に沈んでいたものを呼び起こす。

「……お義母さんからもらった宿題(マリサの味付けでホットパイを作ること)は難しいです。いろいろ考えたけどあたしはまだ自分の味がわからない。ホットパイのフィリングを何にするかなんて考えたこともない。イライザ母さんのキャロットケーキとお義母さんのウサギ肉のホットパイが一番おいしいと思っているからそれ以上のおいしさがわからない。あたしは長く船に乗っていてジャガイモや塩辛いもの、固い干し肉、コクゾウムシがわいたビスケット、臭いにおいの水などとにかくお腹にはいればいい状況に慣れてしまった。もっとフレッドに美味しいものを食べさせてあげなければいけないだろうにそれができない。美味しいものってどうやったら作ることができるんだろう。フレッドは何も言わないけど、きっとあたしの味を求めているのだと思う。でもできない……。お義母さん……あたしは嫁、妻として失格ですか……」

 マリサは胸にあったわだかまりをようやく話した。船に乗りながら家との両立に悩んでいた。家族の元を離れて仕事をしてきたのでエリカの成長を断片的にしかみていない。自分が幼いころ、イライザはいつもそばにいてくれたのにエリカには寂しい思いをさせていいる。それは自分が船に乗ってもいいのかと迷いを引き起こしていた。

 「あなたは、マリサよ。他の誰でもないし他の誰かと比べられないでしょう?フレッドと結婚する話が出てから私はずっとあなたを見てきたつもりよ。あなたが怪我をしたとき、私が禁酒を言いつけたことを覚えている?あなたと一緒に船へ乗ってグリンクロス島へもいったからあなたの気持ちをよくわかっているつもりよ。今宿題ができないからって嘆くことはないわ。その家の味は時間をかけて作っていくものだから」

 重圧で涙ぐむマリサをだきしめるハリエット。マリサがどんな人間か見るために同じへ乗り込んで旅をした。そしてマリサを家へむかえる覚悟をしたのである。

「だからエリカのことはシャーロットお嬢様に任せて、今なすべきことをやりなさい。あなたを嫁としてこの家に縛りたかった気持ちも無きにしも非ずだったけど、それはできないことだもの。マリサはマリサらしく生きたらいいのよ」

 ハリエットの言葉に深く頷くマリサ。ハリエット自身も夫を亡くし、息子を育てるために子息の教育をしたり刺繍を教えたりしてなんとか生活してきた。その姿を見て何とか母に楽をさせようと思ったフレッドは海軍へ入隊して士官を目指したのだ。働きながら家事をし子育てをする難しさを知っているハリエットはマリサの胸の内を理解していた。



 翌日、ハリエットの言葉で吹っ切れたマリサに迷いはなく、表情よく乗船の準備をして船に乗り込む。久々のアーティガル号だ。

「おう!やっと女神が現れたぞ、アストレア。アーティガルは待ちくたびれておりました」

 そう言って茶化すのはリトル・ジョン船長である。アストレアは伝説の騎士アーティガルを最高の騎士に育て上げた女神のことだ。

「女神さまが帰ってきたんだからアーティガル号には十分活躍してもらうよ。ジェーン号で腕を磨いたハーヴェーも老体に鞭打って貢献するだろうからな」

 マリサの言葉に連中は大笑いである。何せ、ハーヴェーは以前よりも動きが良くなって年齢を感じさせないほどだったからだ。

 マリサを出迎えたのは連中たちだけではない。テイラー子爵とディクソン氏もすでに乗船している。

 コツコツと義足の音を立ててマリサの方へ歩み寄るディクソン。その場の空気が張り詰めた。

「スペイン海賊”光の船”の『嘆きの収容所』での君の活躍を聞いているよ。君が捕虜を救い出さなかったらここにいるテイラー子爵やスチーブンソン君、アーティガル号のみんなも生きて帰れなかっただろう。君の勇気に感服するよ」

 マリサにとってディクソンはデイヴィスを処刑台へ送った仇である。筋違いだと思っていても反感を抱いてしまう。今までならそんなときは相手を思い切りひっぱたいて怒号も浴びせただろうが、もう今までのマリサと違っていた。

 相変らずの仏頂面でディクソンを一瞥すると、マリサは呼吸を整えて彼に応える。

「こちらこそ協力を感謝しますよ、ディクソンさん。あなたのご活躍も耳に入っております。どうか”光の船”の戦列艦へ砲を撃ち放して沈没させた話を精々連中にしてやってください。うちの連中はそういった武勇伝が好きですから。それから、あたしについての特別扱いは無用です。あの件は済んだことです」

 特に感情もなく淡々と話すことでデイヴィスへの思いをたたみかけるマリサ。今ここでディクソンを拒否したらこれから迎える戦いが思うようにならないだろう。

 マリサが自然にディクソンと言葉を交わしたことで古参の連中はほっと胸をなでおろした。ハーヴェーはハミルトン船医を待機させたほど心配したが、それが徒労に終わり安心してため息がでたほどだ。


 こうしてスコットランド沖の不穏な動きに合わせて海軍と民間の船団が組まれた。これは元々グリンクロス島のウオルター総督が”青ザメ”を擁護する条件として海軍への協力を命じた特別艤装許可証に加え、私掠免許も活かされた形だ。

 船団には海軍の船が加わっているが、あくまでも国としてでなく私掠としての戦いだ。これまでにも海軍が作戦において海賊船に扮して戦ったことがあった。相手を油断させ、万が一負けた場合でも責任の所在を自分たちはとらないというものである。ここでケント伯の反乱を潰さねばその火は英国中に広がるだろう。オルソンの話によれば、すでにフランスの拠点からヘンリエッタによって何度も密かに武器弾薬が運ばれているとのこと。相当数の量があるだろう。最後の荷は3隻の船を追跡したあの奇妙な航海の際、船を破壊したり航行不能としたりして、これ以上の武器弾薬が運ばれるのを防いでいるが、それまでにどれだけの量が運ばれているかわからない。

 戦いはそこまできていた。

 

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