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58解けた魔法

夜はネズミが悪さをするためうろつく。さてどんなネズミでしょう。オルソン家に危機が起こった最中、オルソンが恐れていたことが起きます。

 夜会は大盛況に終わり、招待されていた貴族たちは余韻に浸るかのように笑顔で次々に帰っていった。使用人たちもアーネストとメイジーの世話や夜会の片付けを済ませ、眠りについていく。真夜中の屋敷は薄っすらと回廊のろうそくの明かりがあるだけで、夜会の喧騒が嘘のように思えるほど動きがない。

 貴族に比べ使用人たちは朝早くから仕事である。そのせいか夜会の片付けで疲れた使用人たちは早々に寝入っていき、早朝から始まる仕事に備えている。


 庭の木々の葉が風に吹かれてさわさわと音を立てる。空では黒い雲がゆっくりと流れ、その隙間から西へ傾きつつある満月が見え隠れしていた。そんな静寂の中をうごめく影があった。目的を果たすために万全を期してこの日に挑んだ災いなすネズミである。


 背の高いネズミは獲物がどこでどうしているかすでに掴んでいた。この時間ともなれば獲物は無防備となり攻撃をしやすくなるだろう。狩るのは自分だ。すでに使用人たちは深い眠りについている。冷たく張り詰めた空気が彼の頬をくすぐる。


 そうだ、あの悲しくて忌々しい記憶もこんな空気の中にあった。自分の仕えていた主人が突然亡くなったのもこんな夜だった。残された家族を守るために奔走した日々。その時間は復讐という感情とともに過ぎていき、密かに機会を伺ってきた。そしてそのときが訪れた。

 彼は心の仮面を外し、一歩、また一歩と様子を伺いながら進んでいく。

 ジョシュアの眠る部屋を覗き見ると、満足したような顔つきで眠っていた。演奏会が成功して安堵しているのだろう。


(かわいい子はヘンリエッタがふさわしい)


 廊下の薄暗い明かりに照らされたその顔は使用人見習のクレメントだ。手には剣とナイフ、薬をもっている。

 ジョシュアとメイジーの眠る寝室へ忍び込むとふたりの寝息を確認した。仲の良いふたりは手をつないで眠っている。彼は薄ら笑いをすると手にしていた薬をジョシュアの口の中へ入れようとした。しかし、偶然ジョシュアは寝返りをうったため薬がこぼれてしまう。

「ちっ!」

 思わぬことにクレメントは舌打ちをすると、持っていたナイフを振り上げる。何としてもジョシュアの息の根を止めなければならない。もしメイジーが起きれば共に葬るつもりだ。


「うぐっつ!」

 クレメントの背後から鈍い音が聞こえたかと思うと激痛が走った。

「ふたりを安全な場所へ!早く」

 クレメントの背後にネズミ捕りの面をつけたルークが立っていた。ルークはクレメントがトーマスから離れたすきを狙って連絡を取り、今晩にもクレメントが本性を表すだろうと知って待機していたのである。そしてトーマスも眠ったふりをしてクレメントが行動を起こすと密かに後をつけていた。

 床へ倒れそうになりながら振り向くクレメント。この間にトーマスがアーネストとメイジーを彼から離した。アーネストもピストルを持ち出すとメイジーをかばう。

「僕はネズミ捕りだ。フランスで腕を磨いたよ。その成果をお前は身をもって知ることになるだろう」

 そう言ってルークはネズミ捕りの面をはずした。

「お前は……!」

 痛みとともにクレメントの四肢の先からしびれがはじまり硬直していく感覚が襲う。

「初めましてクレメント。僕はルーク。オルソン家の次男坊だよ。お父様とネズミ捕りをするために戻ってきたのさ。お前に刺さっているナイフには植物毒を使っている。残念ながら解毒はない。四肢の先から硬直が始まり、痙攣してくるだろう。毒が心臓までくればお前の心臓は動きを止める。どうだ?じわじわと死んでいく気分は」

 ルークの言葉に喚くしかないクレメントは叫び声をあげて逃亡を企てるが、肝心の足が思うように動かない。しかし彼の殺意はまだ稼働しているからだをメイジーに向け、動く限りの腕を伸ばした。恐怖で怯えたメイジーはアーネストの影に隠れようとする。

 

 バーン!


 アーネストがピストルの引き金をひく。そのまま血を流しながら倒れ込んでこと切れるクレメント。

「兄さま、お父さまは既にこの屋敷にいます。さっきの銃声を聞いて敵は姿を現すでしょう。兄さまはトーマスとともに使用人たちを安全な場所へ避難させてください。僕はジョシュアのもとへ行ってきます。長子であるということでジョシュアが狙われます」

 ルークはそう言ってジョシュアの眠る寝室へ向かう。父の話ではヘンリエッタは過去にオルソン家の秘密の執行の際にかかわっている人物だという。それはいつも完璧なはずのオルソンが、あることを見落としたことが原因のようだった。執拗なヘンリエッタの憎しみと殺意、そしてその面影がオルソンにそのことを思い出させた。

 

 

「ジョシュア、起きろ!ここにいちゃいけない」

 ルークがジョシュアの部屋の重い扉を開けて飛び込む。灯りとして置かれている燭台のろうそくの火がゆらゆらと揺れて影を大きくおとし、その中に確かに誰かがいるのを見た。その影は眠っているジョシュアの口へある者を流し込んでいた。

「あーら……貴方はいつかのネズミ捕りさんね。へえ……そういうことなの……貴方はオルソン家の次男ね。でも、もう遅いのよ。ジョシュアはオルソン家の毒物によって死んでいくの。そう……貴方たちの父親だったアルバート・オルソンが作った毒物でね」

 そういった人影はゆっくりとその場を離れてルークの前に近寄る。明かりで照らされた顏……ヘンリエッタである。ヘンリエッタは冷たい笑みを浮かべると隠し持っていたピストルをだし、銃口をルークへ向けた。

 ヘンリエッタとわかれて行動していたクレメント。先ほどの銃声で彼がアーネストの命を奪ったのを確信している。あの音はその証だ。どんな気持ちで自分たちは生きてきたかオルソンに知らしめたい。そして目の前にいる次男のルークを殺せばオルソン家は断絶するのだ。そう考えるとヘンリエッタは積年の思いが巡り、笑いが止まらなかった。

「あはは……。オルソン家はもうおしまいよ。恨むなら亡くなったアルバート・オルソンを恨むことね!」

 そう言ってヘンリエッタは引き金を引く。だが、銃声はひとつではなかった。


 バーン!バーン!


 重なる銃声。その音とともにヘンリエッタの体が大きくはじかれた。そしてもう一方ではルークがよろめきながら座り込む。正確にはヘンリエッタが先に撃たれ、わずかな差でルークが撃たれた。ヘンリエッタは撃たれたことで銃弾をそらしてしまったのである。

 「生憎(あいにく)、私はこの通り生きているよ。ネズミ捕りはしぶといんだ」

 部屋の片隅から聞こえる声。現れたのはオルソンである。彼はヘンリエッタをしとめず、わざと狙いをはずした。そしてもうひとり、オルソンが潜んでいた片隅からオルソンの忠実な家臣が現れる。使用人の避難を終えたトーマスである。彼はジョシュアを抱き起すと胸元から薬を出し口に入れる。解毒薬である。

「見ての通り、私は生きている。毒を操る者は毒の耐性を得る努力を惜しまないのだ。中には解毒可能なものもある。そう、お前に命じられて作った毒物は解毒薬が存在するのだ。……聞かれなかったので私も答えなかったがね」

 姿を現したオルソンを見て動揺するヘンリエッタ。

「どこまで卑怯な人間なの!あなたのおかげで私たちはお父さまとお母さまを失ったのよ!貴族という地位も失ったのよ!」

 血を流しながらも気力だけはあるヘンリエッタはよろめきながら立ち上がるとオルソンをにらみつけた。

「おまえの父親であるウィルソン子爵は王室に対して蜂起を企てていた。それは事実だ。オルソン家の長子は代々王室を陰で守る役目を負っている。王室の命によりウィルソン子爵を排除することとなり、私は速やかに実行した。しかし幼い子どもであったお前たちに事の次第を見られていたのは不覚だったよ。マティルダ・ウィルソン……それがお前の本当の名だ。ウィルソン子爵夫妻を排除後、兄ライアンとともに生死が不明のままであったため、信頼するこの家の執事にお前たちの消息を捜させた。幼なかったお前たちは私のことを覚えていないと思っていたかったが、どうやらそうでもなかったようだな。ライアンはジャコバイト派として内乱を起こすため海軍へ入隊し、お前は復讐を果たすため使用人としてこの屋敷へ来た。フランスから戻った私はすぐに元海軍の知人からゴブリン号鹵獲事件の顛末をきき、首謀者であるスミス少尉が服毒して命を絶っていたことを知った。その男こそがライアン、お前の兄だ」

「ば、ばかな……」

 オルソンに兄のことを聞かされたヘンリエッタは力が抜けてその場に座り込む。

「もう終わったんだよ、ヘンリエッタ、……いやマティルダ。私を罠にはめて拉致し、毒物を作らせ、さぞかしお前は満足だっただろう。残念だが劇団のデュマもマリサが仕留めている。それだけではなく、お前がデュマに手渡していた手紙と荷物は証拠品として王室へ提出している。これから事件の全容解明とお前たちへの裁きがあろう。……もう言い逃れはできないぞ」

 オルソンがそう言ったとき廊下の方から人々の走る音が聞こえ、部屋へ入ってきた。あらかじめジョナサンが役人を呼んでいたのである。

 泣き崩れるヘンリエッタ。もうこれで観念したかと思われたが、彼女の執念はまだ消えていなかった。

「私は死んでも構わないわ。でもこうしている間に仲間はスコットランド沖へ集まっているのよ。私を殺しても蜂起は決行されるの。おしまいなのはどちらか知らね」

 そう言ってピストルを拾うと大きく叫び声をあげながら魔女のような形相でルークを撃つ。


 バーン!


 一度撃たれたことで逃げ切れなかったルーク。そのまま血を流して倒れ込む。オルソンがわざと狙いをはずしたことで死ぬことはなかったヘンリエッタだが、それが仇になった。しかしオルソンはあえて役人たちにヘンリエッタを差し出すことを選んだ。自分がこの場でヘンリエッタを殺しても終わらない問題があるからである。オルソンの言う元海軍の知人とは他ならぬテイラー子爵のことである。ロンドン港へ到着してすぐに商船会社へ顔を見せ、短いながらも情報を交換していたふたり。敵対していたこともあったふたりだが、マリサを通して敵対関係がなくなった。

 使用人たちを避難させたアーネストとメイジーもやってきた。アーネストはオルソンを見て何度も頷き、笑みを見せる。声を上げて父の無事を喜びたかったが、まだそのような状況ではなかった。目の前のルークのことが気がかりだった。

 

 役人に捕えられ、屋敷から出ていくヘンリエッタ。クレメントは死に、ヘンリエッタは役人へ引き渡された。なぜオルソンはあえて狙いをはずしたのか。それは彼女が事件について語る必要があったのと、処刑だけが彼女の最期ではないことを考えていたからだ。カトリックであるならフランスでできることもあろう。


 事件はこれで終わりかと思われた。だが、いつの間にかそこに小さな目撃者がいたのである。


 ギャーッ!ギャー!


 邸中に響き渡るエリカの叫び声。銃声を聞いて目覚めたエリカがいつの間にか立っていたのである。心配そうにシャーロットもおり、血を流して倒れているルークのもとへ駆け寄る。

「ルーク!ルーク!」

 ルークを抱き起して涙を流すシャーロット。パニックになっているエリカはわめき散らし、自分の髪を引きちぎろうとしている。そしてルークのもとへ駆け寄ると何度も泣き叫んだ。

「死んじゃう……アイザックおじさんが死んじゃう。アイザックおじさん、アイザックおじさん……」

 この様子にオルソンはエリカへかけていた催眠がとけたことを知る。グリンクロス島海賊襲撃事件の際、海賊に命を狙われたエリカは、やむをえなかったとはいえ、アイザックの持っていた銃の引き金を引いた。例えアイザックの手を借りたとしてもエリカは身を守るために人を殺してしまった。崩壊しそうなエリカのためにオルソンはその記憶に催眠をかけたのである。それが似たような状況下の今、とけてしまったのだ。

 このままでは完全にエリカの心は崩壊してしまうだろう。オルソンは再び催眠をかけようと考えた。

 だが、ネズミ捕りはしぶといものである。

 

「大丈夫……僕は生きている……」

 目を開けてゆっくりと起き上がったルーク。衣服に染み出ている血は銃弾が皮膚をかすめたからのようだった。一呼吸すると服を脱いであるものを見せる。衣服の下から現れたのは防弾服だった。もともとはネズミ捕りの際、感染予防のマスクを使っていたが、体にも必要だと思い作っていたものである。諸国を巡って旅をしていたルークは何でも自分で作って試していた。ペストの為の鎧があってもいいのではないかと作っていたのが幸いとなったのだ。

「ルーク……」

 無事を知ってシャーロットはルークを抱き締めて頬ずりをする。

 ルークはシャーロットにキスをすると、何が起きたのかまだ把握していないエリカの涙をぬぐい、語り掛ける。

「アイザックの死……これは紛れもない事実だ。でもアイザックはエリカに自分の命をつないでもらうために亡くなったんだ。アイザックはエリカを可愛がっていたと聞いている。なんたってマリサの子どもだからね。僕たちはマリサが子どものころ、一緒に遊び、学んだ。だからエリカを思う気持ちはアイザックだけでなく僕やアーネストも同じだ……。もう泣くな、エリカ。僕は大丈夫」

 そう言ってルークが周りとみるように促す。そこには解毒が効いて目を覚ましたジョシュアもいた。


 あーん、あーん……。


 我に返ったエリカは緊張が解け泣きじゃくる。

「心配しないで、エリカ。僕もこうして生きている」

 ジョシュアはエリカの顔を覗き込んだが、まだ涙が止まらないエリカは顔を見せたがらない。

「ジョシュア、エリカは落ちつく方が先ね。朝になればきっといつものエリカに戻っているわ」

 シャーロットはエリカを部屋で休ませるために立ち上がる。


 ふと見ると避難していたはずの使用人たちも心配して集まっており、オルソンの無事を確認して皆が歓声を上げた。いわれのない罪で拉致されたままの領主オルソンは自分をおとしめた相手を倒すために帰ってきたのである。


「ご主人様、万歳」

 あちこちに響き渡る声、声。トーマスもようやく自分の仕事を取り戻し、表情がよくなってきた。しかしルークはまだ納得のいかない顔をしている。あのヘンリエッタにとどめをささず、役人へ引き渡したことである。その理由を尋ねようとしたが、オルソンにはまだ自分の知らない考えがあるのではと思い、あえて尋ねなかった。

最後尾までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想突っ込みおまちしております。


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