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55夜明け前

仕組まれた罠の糸が少しずつほぐれていきます。おらよ、悪さする奴出てこいや!

何かが起きそうな夜明け前。いいことあるのかなあ。

 一方イングランド本土でも絡み合った糸が解けていき、人々が動きを見せている。

 ゴブリン号反乱事件の首謀者であるスミス少尉は服毒で自ら命を絶っており、その真相究明のために海軍が動くこととなった。なぜなら亡くなったスミス少尉は『スミス少尉を名乗る誰か』であり、正体をあかさないまま亡くなっていたからである。薬屋のスミスを名乗っていたが、本物の薬屋のスミスは若くして亡くなっていた。あの男はスミスに成りすまして海軍に入隊し、成り上がって少尉となったのだ。それもかなり順調な昇進であり、何度も昇進試験に落ちたフレッドからすれば若い士官だった。

 誰が『平和的な要塞爆破』の封緘命令をだしたのか、まだ明らかにされていない。フレッド他元ゴブリン号の士官たちの証言では本物の封緘命令書に見えたということだ。

 

 その日、海軍本部ヘ呼び出されて出向くふたりの男がいた。テイラー子爵とあの元提督ディクソン氏である。

「引退した我々をどうにかしたいと思っているのだよ。これこそ裏の仕事だ」

 ディクソンは片足の膝から下が義足であり、早歩きをすることができないため杖をついている。

「海軍は臭いを嗅ぎつけているんでしょうかね。まっとうな商船として英仏間を往復しているブリトマート号はともかく、艤装しているアーティガル号とノアズアーク号が一昨日帰港したばかりなんですよ。こうして海軍は自分たちが表立って動けないことを我々民間に投げかけてくる……。だが、陸のことは陸で解決してもらいたいものですな」

「テイラー子爵、こうして裏仕事が来るということは、我々にまだ活躍の余地があるということだ。私もいい加減にのんびりと孫や猫と暮らす日々に退屈をしていたのだ。船に乗って何かやれといわれたら喜んで受けるぞ」

 なんだかんだ言ってもふたりは再び活躍できることを喜びとしている。


 本部では丁重に迎え入れられたふたり。部屋へ通されると懐かしい艦長たちの顔があった。特にゴブリン号奪還に貢献したバラクーダ号のエヴァンズ艦長は機嫌よくふたりを迎えている。

「ご無沙汰しています。ディクソンさん、お孫さんとの生活を楽しんでおられますか。テイラー子爵、商船会社の経営は順調だと伺っていますよ」

「そういう君は以前より貫録づいているようだ。艦長として相応しい風貌だよ。おっと、失敬……私は民間人だ。言葉が行き過ぎた」

 ディクソンはこのような場へ来ると、現役時代の感覚が戻るらしい。

「商船会社の経営は収益がまあまあですよ。儲けすぎるとまたいつバブルが崩壊するかわかりませんから」

 テイラー子爵は南海泡沫事件以降シビアになっている。アトランティック・スターズ社は南海会社のように多くの株主を抱えているわけでないが、それでも取引先がバブル崩壊の影響を受けていた。

「で、ここへお呼びになったのは我々に何か用があってのことでしょう?ディクソン氏を迎えているということは船にかかわることだと思いますが」

 テイラー子爵がそう言うと、ディクソンも問題ないという風に笑みを浮かべている。彼はもうその気満々だ。

「ええ、飛び切りの活躍をお願いします。格好の場を設けてあります」

 エヴァンズ艦長は何故か筆談で他の艦長たちとふたりの客人に用件を説明する。


「ジャコバイト派を潰す。……大事(おおごと)にならないように芽を摘むのは重要なことです」

 エヴァンズ艦長のささやき声で説明は終わる。海軍の内部に偽の封緘命令を出したものがいるのではとのエヴァンズ艦長の推察で、あえて筆談をしたとのことだ。スミス少尉の正体と偽の封緘命令書を出した者は必ずつながっていると見ていたのである。


 

 この頃、スコットランド近海ではいくつかの艤装した船が集結していた。それらは海賊共和国瓦解後に結成された私掠や海賊たちだった。彼らは自分たちに対する擁護と引き換えにジャコバイト派として戦うことを決めた集団だ。そしてこれまでヘンリエッタがフランスの拠点から手配していた火薬や弾薬も相当数スコットランドの拠点に集まっていた。この集団を陰で指揮しているのはケント伯爵である。表向きは国王に従順な貴族でありプロテスタントを装っていたが、彼の家系は元々カトリックであり、ピューリタン革命以降、改宗したとされていた貴族だった。しかしこの素性を知る者はわずかとなっており、ヘンリエッタは彼の手先となって動いていたのである。

「あの要塞爆破以降、ゴブリン号を鹵獲してあちこちで私掠ができたのにゴブリン号は再び海軍の手の中だ。先駆けてゴブリン号を鹵獲し、乗員を意のままに操っていた()()()()()はひとりで罪を負って命を絶った。彼の無念を晴らすかためにも我々は勝利をしなければならない。いつまでもジェームズ国王ジェームズ・スチュアートを遠くローマで亡命生活を送らせてはならない。我々の国王は我々の手で迎えるのだ。すでに陸では要人排除のためにヘンリエッタが動いている。何としてもスチュアートの血を引く国王をこの地へ招く」

 ケント伯爵の言葉に集まった配下の者たちは大きく頷く。歓声を上げたいところだが、今はそのときではない。

 普段は市民や農民、漁民を装っていざとなれば行動ができるように拠点の近くで生活をしている人々。その彼らが粛々と武装をしていく。


 

 ロンドン港。あの奇妙な航海を続けていたブリッグ船とカトリーヌ号、続いてジェーン号が入港する。しかしすでにオルソンは決断をしていた。

 

(ブリッグ船にお前がのっていないのなら他の船で渡英したのだろう。港だってロンドン港とは限らない。このブリッグ船は3隻の船と同様、我々を引き留める囮かもしれない。だが、お前のやろうとしていることは目に見えているし、お前の手の内にあるものを私は知っている。必ず私はお前のやろうとしていることを阻止し、お前を抹殺する)

 

 すでにこの奇妙な航海が囮である可能性に気付いていた。ヘンリエッタはあのフランスの拠点から陸路でいくらでも他の港経由で渡英しようと思えばできるのだ。ル・アーブル港のように大きな港だと余計に紛れて乗船できるだろう。

 

 入港した3隻の船はそれぞれ上陸の準備に入る。ジェーン号とカトリーヌ号は商船として航海をしていたわけでないので商売人が来ても相手にできない。自分たちの不幸を嘆いた港の商売人だが、ブリッグ船に荷があると知り、飛びついていく。ブリッグ船の荷は小麦粉だ。このブリッグ船はカトリーヌ号とジェーン号を引き寄せながら小麦粉を運んでいたようだ。何とも美味しい航海である。

「クレマン、後を任せた。私とリュカ(ルーク)は別の仕事で上陸する。後はお前の活躍どころだぞ。マリサにアレをちょん切られないように男気をみせるのだ」

 そう言ってオルソンはクレマンに笑みを投げかけた。

「ヒエッ!脅すなよ、アルベール(オルソン)。……だが、俺はマリサに負けたままじゃ女も抱けねえ。いいぜ、マリサたちと協力して男気を見せてやる」

 自分たちは何か大きな事件にかかわろうとしている。それでなくてもわけのわからない擬装を船に施し、カトリーヌ号よりも大きな帆船に立ちむかって航行不能にしている。

 バブル経済がはじけて南海泡沫事件のあおりを受け、借金を背負って人身売買まで手を出していたクレマン。人生を諦め、自暴自棄になっていた自分にオルソンは役目を与えてくれた。挽回するのはこの機会だろう。

 自分は何かを成し遂げることができるという自信が支えとなっている。


 遅れてジェーン号が上陸準備に入る。船を損傷させながらもなんとか短い航海をしてきた。

 マリサは出迎える人の姿や港に停泊をしているのをみて、何ともよくできた話だと仲間に状況を話す。港にはジェーン号を迎えるかのようにアーティガル号とノアズアーク号、ブリトマート号が停泊していた。そして出迎えた人々の中にテイラー子爵とハリエットの姿もあった。しかしなぜかエリカはいない。まだ子どものエリカを一人残してハリエットが迎えに来るわけがない。このことはハリエットが何か話をするだろう。


「ハーヴェー!十分体の疲れが取れただろう。ふて寝はおしまいだ」

 船内へ戻ったマリサは、船長をアーサーに替わってもらってからふて寝をしているハーヴェーの頬を引っぱたく。

「うわっ!……痛えよ、仲間に暴力をふるうんじゃねえぞ」

 頬をさすりながら起き上がるハーヴェー。いきなりのことに驚いている。

「このときの為に休養してもらったのさ。有難く思え」

 マリサはハーヴェーの手を引くと甲板へ上がる。ひっぱたかれてぶつぶつ言っていたハーヴェーだが、港に停泊をしている船をみて笑みを見せる。

「おお……。わが古巣よ……」

 演劇めいた言葉を言うハーヴェー。アーティガル号を見て顏の表情が緩くなった。


 戦闘のときは気づかなかった損傷があちこちにあるジェーン号はそのまま修理となった。テイラー子爵は(かね)勘定を考えて目を丸くして驚いていたが、それよりも人的な被害がなかったことを喜んだ。テイラー子爵の采配で乗員たちはめでたくアーティガル号へ船替えとなった。これは万年人手不足のアーティガル号に福音をもたらした。このことで古巣の連中は仲間との出会いに互いに喜び合う。ジェーン号で採用されていたジャンたちフランス海賊の仲間やサイモンたちは言葉の壁が少ないカトリーヌ号への乗船を希望し、ジェーン号の修理が終わるまで一時的に仲間入りをした。

 

 

 彼らと別れるとマリサはまっすぐハリエットとともに家へ向かった。共にパイを作った台所や、エリカに勉強を教えていたテーブルもそのままである。

「おかえり、マリサ。無事に帰ってくると信じていたわ。エリカはオルソン伯爵様のお屋敷へシャーロット様と行ってるの。いつもの音楽の練習よ。そしてフレッドも疑いが晴れて今はエヴァンズ艦長のもとでバラクーダ号勤務よ。……あなたはオルソン伯爵様を見つけることができたの?」

 ハリエットは心なしか老けたようだ。いつも気を張り続けていたせいだろう。

「もちろん。無事にオルソン伯爵を見つけられたよ。今、彼は別の船で帰っている。……義母さん、長いこと留守にしてごめんなさい……」

 マリサの言葉にハリエットは頷き、抱きしめる。

「あなたの目的はオルソン伯爵を探すこと。見つかったのなら、もう全て解決したのよね。家族で暮らせるわよね」

 ハリエットの言葉がマリサの胸に突き刺さる。

 そう、自分はフレッドの妻として、エリカの母としてやるべきことをやったのだろうか。アーティガル号のときはハリエットとエリカを拉致され、ジェーン号のときはイライザを毒殺されかけただけでなく、ハリエットやエリカに寂しい思いをさせてしまった。

 事件に巻き込んでいるのは自分だ。これはどうしようもない事実だ。

「あと少し……あと少しで全て解決すると思います。オルソンは見つかっても事件の首謀者がまだわかっていない。まだ根本的な解決になっていない。この事件はオルソン伯爵拉致だけでなく、ジャコバイト派が深くかかわっている。こうしている今も彼らは蜂起に向けて準備をしている。あたしたちは何としてもその目を摘まねばならないんだ。だからまだ船を降りられない。詳細を話せばわかってもらえると思うけど、今はそんな時期でないし、話したところで余計な心配を義母さんにさせてしまう……。本当にごめんなさい」

 さすがのマリサもハリエットを前にしては強がりを言えず、我慢していた感情がわき上がってくる。妻として、母としてもっと十分にやりたいことがある。それは海賊時代からの願望だった。今のマリサはそれらを投げ出しているのだ。

「じゃあ、約束よ。必ず無事に仕事を終えて帰ってらっしゃい。そしてフレッドともしっかり話をしなさい。私から言えることはただひとつ。あなたが帰る家はここ。あなたの家族が住み、あなたを待つ家。フレッドはまた任務があるらしいから今日だけでも会って話をしなさい」

 ハリエットの言葉に涙ぐむマリサ。この姿を連中は想像できただろうか。


 夕刻にはフレッドが帰ってきた。相変らずすれ違いばかりのふたりだが、互いの無事を喜ぶ。マリサの目の前にいるのは、反乱罪で処刑されるかもしれなかったフレッドだ。晴れて無実が証明されたが、あの事件はフレッドたち4人の士官の心を大きく傷つけてしまった。

 

 この日の夕食に合わせてハリエットはマリサにあのとっておきのパイを伝授しただけでなく、マリサに自分流のパイを考えなさいと宿題をいう。

「あなたは、自分流のパイを披露するのよ。だからちゃんと無事に帰ってきなさいね」

 ハリエットのささやかな作戦でもある。

 そう、フレッドはいつかマリサのとっておきのパイを食べたいと言っていた。その約束をまだ果たせていない。


 

 エリカが不在の夜はずいぶんと静かだ。寝室で久しぶりの時間を共有するふたり。

「あたしはいつかあんたを待つ身となる。それに耐えられるかどうかはわからないし、それでいいのかもわからない。でもエリカの成長を見られないのもつらい。正直、あたしは迷っている。……いや、迷っている場合じゃないね……。事件が全て解決したら……」

 そうマリサが気持ちを話していたところで、フレッドはキスをしてきた。

「それ以上は言わなくても理解しているつもりだ。ただ、君が全て背負うことはない。自分らしい生き方を考えたらいい」

 フレッドはマリサを責めなかった。それも重荷のひとつでもあるが、悩んでいたところで始まらないのだ。

 まるで鳥のようにいつもマリサはとびたってしまう。そんなマリサの生き方が結婚して少しづつ理解できるようになった。でも今は、今の時間だけはマリサをとめおきたかった。マリサはまたこの家へ帰ってくるのだから拘束はしなくていいはずだ。

「頼むから、もうこれ以上、体に傷を増やさないでくれ」

 傷跡が残るマリサの体。特に腕の傷はハリエットがマリサに禁酒を言いつけたほどの傷であり、くっきりと残っている。

「それはお互い様」

 マリサはデイヴィージョーンズ号時代を思い出して笑った。

 離れていた時間を埋めるかのように、ふたりはゆっくりと熱い一夜を過ごした。

 

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