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5マリサ、口論する

仕組まれた罠編の年代を忘れていました。マリサがアーティガル号を降りてからしばらく後の話となります。フレッドが中尉に昇進し、マリサとオルソンが商船会社を立ち上げ、アーティガル号は海賊ハンターとして活躍しているころです。

 数日もするとイライザは問題なく体を動かすことができ、使用人として働くには十分な程回復した。ただ、ヘンリエッタはあれ以来姿を見せないでいる。素性がわかった以上屋敷にいるわけにはいかないのだろう。ジョナサンについてはトーマスやアーネストと話をし、あえて突き止めることは避けた。迷いがあったジョナサンがなぜヘンリエッタにたぶらかされてしまったのか、なぜヘンリエッタはジョナサンがオルソン家の秘密の鍵であると知り得たのかなど疑問が残されているからである。そうはいっても要注意要観察の対象となるジョナサンを自由にしたのはまだ未知の展開が考えられるからだ。ジョナサンに何らかの迷いがある以上、それをはっきりさせなければ沙汰もできない。

 


「マリサ、僕たちはお父さまの無実を信じている。君も何か情報があれば教えてくれ」

 馬車に乗り込むマリサとエリカをアーネストとトーマスが見送る。そばにいる使用人たちの中には回復して再び使用人として働き始めたイライザもいる。

「この事件はオルソン家だけの問題ではない気がします。あたしは領主様の情報を探り、救出するつもりです。ジョナサンとはしばらく距離を置いたほうがいいでしょう」

 小声でアーネストに言うとマリサは御者に目くばせした。


 オルソン家の馬車はマリサとエリカをのせて帰路に就く。しかしこの一件に立ち会った者の誰もが胸中に重苦しいものを持っていた。マリサも軽やかな馬車の音とは裏腹にこの問題の解決をどうするか考えるだけで胸がいっぱいになった。




 長い時間をかけて家へ到着すると不安顔のマリサとエリカをハリエットが出迎えた。マリサが帰ったということはイライザの()()がよくなったということだとハリエットは思っている。

「お帰りなさい。イライザはもう大丈夫なの?」

 エリカが馬車から降りるのを手伝いながらハリエットはマリサを気遣う。

「イライザ母さんは()()()()()()()が効いて回復しました。ただ……」

 そう言ってマリサはあたりを見回す。ここは市内の人通りの多い地域だ。誰かがどこかに潜んでいてもわからない。この様子にハリエットは荷物を持ちふたりを家の中へ入れる。

「何かあったのね。いいからおっしゃい」

 ハリエットはマリサの様子から何かの事件が起きたのではと察する。

「領主様が貴族殺害の罪で捕えられてしまいました。しかも冤罪です……オルソン家は今存続の窮地に立たされています。お義母さん、オルソン家の嫡子アーネスト様からの要請で事件の解決のためにあたしは動くことになります。領主様はあたしの後見人であり恩義があります」

 マリサの言葉にしばらく無言となるハリエット。

「自分の立場をわかっているの?もうあなたは海賊じゃなく、スチーブンソン家の嫁なのよ。気持ちがわからないでもないけれど、もう戦いの場に出ないで頂戴……フレッドもようやく昇進したのに……」

 涙声になるハリエット。エリカとともにジェニングス一味に拉致され、海賊共和国の興亡に巻き込まれた日々が思い出される。このハリエットの痛みを理解したからこそ、船を降りたのではないか。マリサの葛藤は続いている。しかしそれでもオルソン家の問題は家の問題以上に国を巻き込んでいる可能性がある。

 マリサは何も言わず寝室からサーベルとピストルを持ち出す。この光景にハリエットが取り乱した。

「マリサ、変な考えを起こさないで!」

 しがみつこうとするハリエットを制止し、顔を見つめるマリサ。

「ともに命を懸けて戦った仲間だからこそ、オルソンを見捨てるわけにいかないでしょう!あたしは何もしないで見ているだけのいい嫁でいるつもりはありません」

 マリサはエリカにキスをするとそのまま家を飛び出した。


 

 ハリエットは夫亡きあと一人息子のフレッドを育て上げている。その苦労は図りれないものだろう。だからこそもう事件に巻き込まれたくないという想いがある。あのジェニングス一味に拉致され、海賊の戦いを目の当たりにしたことはハリエットだけでなくエリカにも影を落としている。それがわからないでもなかったが、子ども時代にオルソン家で過ごした日々は今の自分に大きくかかわっていることであり、このまま見過ごすわけにいかなかった。

「マリサ!どこへ行く気?あなたの家はここなのよ」

 そう叫ぶハリエットの声に背を向けてマリサは人通りの中を走っていく。武器を片手にした女が走り去るのを何ごとかとざわつく往来の人々。またコーヒーハウスのネタになるだろう。


 

 マリサの足は自然と港近くにある商船会社アトランティック・スターズの事務所へ向かう。アーティガル号はウオルター総督の要請で私掠免許をもらって海賊掃討にあたっているが、アトランティック・スターズ社として買い上げた数隻の船は交易に従事している。この私掠免許も海上が平和になれば返納して特別艤装許可書だけにするつもりである。このことはオルソンとも話し合ってきめたことだ。アーティガル号のもう一人のオーナーであり、マリサとともに商船会社を立ち上げたオルソンが重要な地位にいることは間違いでない。

「ハーヴェー!いたら返事しろ!」

 ドアを開けるなりハーヴェーの名を呼ぶ。彼は海賊”青ザメ”の古参の連中のひとりであり、マリサが生まれる前から当時の海賊船デイヴィージョーンズ号に乗っていた。しかし時の流れとともに体の衰えは彼にもやってきて、縦横索の昇降にひやりとすることがあったためマリサの勧めで事務所勤務となっている。

「何だい……夫婦喧嘩の八つ当たりはごめんだぜ」

 事務所に置いてある簡素な長椅子に寝そべっている男がめんどくさそうに答えた。元掌帆長のハーヴェーである。

「昼間っからいいご身分だな、()()()()()。暇そうだから悪いニュースを教えてやるよ」

 そう言ってマリサは声を落とすとハーヴェーに事のいきさつを耳打ちする。この悪い知らせは古参の連中として一緒にオルソンと戦ってきたハーヴェーの寝ぼけを覚ます。

「つまり……この事件はフランスの臭いがすると?で、()()()()()()()は解決のために家をとび出したと?」

 ハーヴェーはまだ信じられない様子だ。

「最後の一文は余計だぞ。お義母さんが猛反対するのはわかっている……フレッドの昇進にまた傷をつけることになるからな。だからと言ってこの事件を見過ごすわけにいかないだろう。あたしはそんな薄情じゃない。オルソンはあたしの人生に大きくかかわってきた。オルソンがいなかったら今のあたしはいない」

 思わずサーベルを強く握りしめるマリサ。

「俺たちが探りを入れるって言っても何かその筋の協力者があるんですかい。貴族様の事件なんて下っ端の身分の俺たちには調べようもないことですぜ」

 ハーヴェーがそういうのも(もっと)もなことだ。いくら海賊仲間とはいえ、船を降りたら身分の壁がそびえたっている。

「テイラー子爵がいるよ。元グリーン副長ことハリー・ジェイコブ・テイラー子爵。あたしにとって伯父様だ。海軍を引退した彼は今頃家の存続のために必死だ。いい気分転換にもなるだろう」

 マリサのいうテイラー子爵は結婚しないまま海軍へ入隊していたが、嫡子のないままで家の存続の危機に瀕していることから除隊後は”嫁探し”で躍起になっていた。ともにデイヴィージョーンズ号に乗っていたころはマリサを(おとし)めたこともあったが、今はマリサから『伯父様』と呼ばれることを喜ぶ貴族である。小規模の貴族であり、妹マーガレットがウオルター総督(当時は伯爵)の元へ嫁ぐことになった時は一族諸手を挙げて喜んだものだ。しかしその後マーガレットは輿入れする前に”青ザメ”前頭目ロバートと恋に落ちて懐妊してしまった。マーガレットを愛したウオルターは生まれた双子をウオルター家の子どもとして認め、育てる決心をしたが、その後マーガレットは産褥熱で命を落としてしまった。(幼少編 1話 マリサとシャーロットの誕生)

 輿入れ前に身分違いの相手を恋に落ちて子供まで産んだ妹をテイラー家は恥じ、口にしなくなった。彼が海軍へ入隊したのは海賊討伐にかかわることができるからだった。彼の悔しい思いを理解した上層部はその後、グリーン副長としてデイヴィージョーンズ号へ送り込んでいる。すべては海賊となってテイラー家の恥を上塗りしていたマリサを抹殺するためである。

 彼のこの陰謀は破られ、その後マリサと和解した。(本編 47話 内通者と謝罪)

「俺が思うにマリサの要望なら断らないだろうよ。それよりもな、そのテイラーの旦那が事務所へやってきて商船会社運営に自分もかかわらせろといってきたんだ。ついこの間の事なんでマリサやオルソンにも話していない新鮮なネタだぞ」

 ハーヴェーは誰も知らないことを自分が知っているという優越感なのか、自慢気に話す。

「会社経営よりも早く妻をめとって跡継ぎを何とかしなければならないだろうに。それは伯父様の逃げだな」

 そうはいってもつながりを持とうとしてくれることが嬉しい。このような状況でなくばすぐにでも返事をするのだが。


 

 オルソン家が爵位を得たのは毒の守り人として王室に貢献したからだろうとマリサは推察しているが、テイラー子爵家の場合、元々大手の服飾の仕立て店を営んでおり、財を成したことから爵位を買ったのが起源である。当時スチュアート王家の財政が緊迫しており、そうした爵位の売り買いが乱発されていたのだ。この爵位を相続できるのはひとりだけであり、当主が亡くなることで世襲する仕組みである。オルソン家には亡くなったアイザックを除いて2人の息子がいるが、世襲できるのはアーネストだけである。次男であるルークが遊学として見聞を広めていたのはそんな事情もあってのことだった。そしてウオルター家にはマリサの姉シャーロットがいるが、シャーロットは女性であるため相続できない。恋仲のルークと結婚して男の子を生むしかないのである。

「まあ、貴族様もご気楽じゃあないってことさ。さて、俺はオルソンの情報がネタになってないか探ってくるとしましょうかね」

 そうハーヴェーが立ち上がったとき、だれかが激しくドアを開けた。

 

「マリサが事務所へ走っていったと世間で噂だぞ!しかも武器を持っていたそうだな」

 その声はさっきまで話題にあったハリー・ジェイコブ・テイラー子爵だ。彼とは久しぶりに会うのだが、声が若々しくなっている。

「あら、丁度良いところへ。伯父様にぜひお話したいことがあるのでお座りください」

 マリサはそう言って彼を長椅子へ誘う。ハーヴェーは口笛を吹くと、ふたりを残して外へ探りに出ていった。


 マリサはコーヒーを点てるとオルソン家で起きた一件を話した。

「……なるほどな。もしそれが本当に貴族殺害事件であるならオルソン家にとって一大事だよ。しかしマリサの話を聞いているとそれは仕掛けられた罠としか思えない。現場に証拠を残すなんてあの()()オルソンがすることじゃなかろう。(ちな)みにその話題を私は今日初めて知った。それぐらいの大ごとなら議会でも取り上げられていると思うのだが、オルソンの一文字さえ聞かなかった。ということは国王陛下や貴族院の諸氏もご存じないことだろう。つまり、オルソンは裏の世界によって連れ去られたと言っていい。それにしてもなぜ田舎の貴族であるオルソンが狙われたんだろう」

 テイラー子爵の話し方は船の仲間としてのオルソンの呼び方だ。一時敵対していた彼がこのように仲間としてオルソンを呼んでいる。だからといってオルソンの裏の仕事をここで明かすわけにいかず、マリサは適当なことを言うしかなかった。

「オルソンはお金を貯めてこのアトランティック・スターズ社をたちあげたぐらいですから財産目当てで拉致されたのではないかと」

 そう言いながらマリサにひとつの考えが思い浮かぶ。


(オルソンを狙った奴らは毒を用いて何かを変えようとしている……そいつはオルソンが毒の守り人だと知って拉致したんだ。オルソンは奴らに利用されようとしている……)


 オルソン家の秘密を知るものは執事のトーマスと庭師ジョナサン、マリサとオルソンの息子だ。今のところジョナサンが一番怪しいが、そもそもジョナサンに何の利点があるというのか。


「私の考えではフランス、もしくはジャコバイト派がかかわっていると思う。アーティガル号がジャコバイト派の海賊とかかわったようにな。ジャコバイト派の根は深い。併せてカトリックの聖職者たちも何か絡んでいるかもしれない。名誉革命後、カトリックの聖職者と信者は居場所を奪われたようなものだからな」

 彼の言うことはマリサを納得させる。

 

 1642年から1649年にわたって起きた清教徒革命では、時の国王チャールズ1世が公開処刑の形で斬首され、王政が共和制へと変わっている。この時のリーダーであったクロムウェルは独裁を行ったが、彼の死によって共和政は崩壊し1660年、王政復古となった。クロムウェルに対する怨念は根強く、1661年チャールズ2世の戴冠式に先立ち、埋葬されていたクロムウェルの遺体を掘り起こして『国王殺し』の罪で斬首しただけでなく、その首をさらしている。まさに海賊よりも根が深い。しかしチャールズ2世の次に国王となったジェームズ2世が信仰していたのはイングランド国教会ではなくカトリックだった。このことで国王は議会やイングランド国教会側と対立していく。

 

 1688年、6月。ジェームズ・エドワード・スチュアートがジェームズ2世の長子として誕生し、カトリックの王が続くことが懸念された。ジェームズ2世と対立していたホイッグ党急進派は密かにプロテスタントである国王を迎えるべく準備をすすめる。やがて名誉革命によりウイリアム3世とメアリー2世が迎えられ、廃位されたジェームズ2世は反乱を企てるも悉く失敗し、1701年に病死する。

 1701年に王位継承法が制定されているが、これはカトリックであるジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートが王位を継ぐのを防ぐものだった。しかしジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートこそ国王にふさわしいと考えるジャコバイト派は各地で活動を広げていく。

 名誉革命のときに新たなプロテスタントの国王による統治が始まり、カトリックのジェームズ2世の長子が誕生するという因縁めいた話である。


「ところで、お前に報告しておきたいことがあってな。いや……本当ならスチーブンソン君にも聞かせたいのだがね。ついに私は妻をめとることにした。相手はお前も知っているご婦人だよ。ここへ来たのはそれが理由だ」

 彼の声が若々しいのはそのためだろうか。

「お前が昇降口から船内へ投げ飛ばしたあのご令嬢だ」

 そう聞いてマリサは飛び上がらんばかりに驚いた。

「ジェーン・ブラント!なんであいつが」

 あの気位の高い貴族令嬢である。マリサが苦手で嫌いな女性だ。

「政治的な何とかで王室関係と結婚していたが、王朝が変わり、用がなくなったのか離縁されて隠遁生活を送っていたらしい。その彼女を妻としてめとるのだ」

 確かにジェーン・ブラントが政略結婚したとは聞いたことがあるが自分には関係のない話でかかわりたくもなかった。それほどマリサにとって天敵といえる相手だった。

「マリサがどうこう思うのはわかっている。私も家の存続のために選んだことであり、仕方のないことだ。彼女にとって自分より身分の低い家へ嫁ぐのだから自尊心もあったもんじゃないだろう。いや、私にとってその傷つけられた彼女のプライドは最高に美味だがね」

 デイヴィージョーンズ号に副長として海軍から乗り込んでいた彼は確かに野心家の目をしていた。それは今も相変わらずだ。政略結婚に破れ、離縁されて自尊心を傷つけられたまま隠遁生活を送っていたジェーンに目をつける彼もまた策略家なのだろう。

「……ではマリサ、愛しい我が姪っ子へ結婚式に出席していただきたいのだが、どうだね」

 これこそテイラー子爵が事務所へ来た理由だろう。

 

「もちろん、断固として拒否します」

 

 マリサはそう言って笑顔で断ると彼に抱き着き、こう呟く。

「おめでとう、伯父様。フレッドとすれ違いばかりだし、お義母さんとも距離を置いてしまうあたしが言うのもおかしいかもしれないけど、おめでとう」

 テイラー子爵はフレッドが貴賤結婚の重みに苦しんだように、マリサも嫁姑関係に躓いていることを感じ取っており笑顔で返す。

「では、シャーロットに出席していただこう。私の方もいろいろ体裁を保つ必要があるからな」

 彼の言葉に頷くマリサ。ジェーンはグリンクロス島に滞在中、シャーロットとうまく付き合っていた。そのほうが物事を穏便にすますことができてよかろう。


 用件が済んだテイラー子爵はマリサの要請でオルソンの件について情報はないかあたってみるとのことだった。

 

 

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