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49それは演劇か現実か

マリサの言うように演劇なのか日常なのかわからなくなることがあります。人は仮面をもっており、相手によって使い分けることもあるでしょう。それは自己を守るため。相手を守るため。

オルソンを罠にかけた面々が次々にやられていきます。

 デュマ一座は路上公演を済ませた後、港町にある寂れた宿へ投宿した。翌朝はいよいよイギリスへ向かうのだ。そして今回は公演目的のほかにスコットランドへ立ち寄る用件もあった。いや、本当の目的はこれだと言ってよかった。もっともそれを知っているのはデュマとヘンリエッタぐらいである。

「国王がまだ子どもであるのをいいことに、権利や欲にまみれた取り巻きの多いことよ。奴らはジェームズ・スチュアート様の保護に反対をし、前国王ルイ14世にジェームズ・スチュアート様の追放を吹き込んだ。ジェームズ・スチュアート様を後ろ盾にして、戦争で弱体化したフランスを立て直す必要があったのに……外交に不利と見たのか国外へ追放した奴ら……」

 デュマはヘンリエッタから渡された箱と書簡を見つめながらつぶやく。

 

 マルセル・ぺール・デュマ。演劇団長であり、俳優でもある。そして公演をしながら密かに政界や貴族間の情報を集めたり、歯向かうものを排除しているジャコバイト派の一員である。彼もまた、ジェームズ・スチュアートを支持し、自身の運命を彼にかけていた。フランス人でありながらジャコバイト派として行動をしているのには理由があった。

「団長、なんでル・アーブル港から出発しないんだ?一番の近道だと思うんだが。もしかしてここに団長のお気に入りの娘がいるのか?」

 幾人かの団員が尋ねてきた。それも無理のないことである。彼らはデュマのもうひとつの顔を知らないのだからそう疑問に思っても仕方がない。

「この港になんと我々をル・アーブル港へ運んでくれたジェーン号がいるんだよ。乗ったことがある船なら安心だろう?あのマリサもいるんだぞ」

 などと適当なことを言って団員たちを納得させる。デュマ一座はフランスとイギリスを何度か行き来していた。フランス演劇を広めるためだが、団長のデュマは公演巡業中にジャコバイト派と連絡を取っていた。演劇集団なら怪しまれないだろうという目論見である。



 翌朝、荷づくりを済ませて乗船していくデュマ一座。ヘンリエッタがあの場にあらわれたことで、デュマとの繋がりがはっきりしている。ルークはというとジェーン号ではなくカトリーヌ号へ乗り込んでいた。ネズミ捕りで儲けたアルベール(オルソン)の息子リュカとしてである。クレマンたちはアルベールに家族がいたことに驚いていたが、ネズミ捕りの薬を作ることができると知り、仲間にすれば儲かるだろうと納得をした。マリサにしても、このような時期にデュマと会わせるわけにはいかないからだ。

「どこでどうぼろが出るかわからないからな。出てくるのはネズミだけでいい」

 マリサの言葉にアーサーやギルバートが笑みを浮かべる。彼らはまた活劇をすることが出来そうだと知り、ワクワクしている。根っからの海賊であった彼らは平和な航海に飽き飽きしていたのである。


 

「帆を張れ!錨をあげろ!」

 ハーヴェーの声が響き渡る。掌帆長サイモンのもと、熟練した船乗りの連中がたちまち帆を展開していく。操舵長のベネットや甲板長ゴードンもこれから起きることに少なからず不安を覚えていたが、海賊上がりのジャンやその部下たちが興奮気味に帆を展帆するのを見ると不安はすぐにかき消された。幸運なことにヘンリエッタはこの船の乗員たちにかつてのムエット号の乗員やムエット号を襲わせた海賊がいることを知らなかった。そして2度目のジェーン号乗船ということでデュマ一座には気持ちの余裕があるように見受けられた。それだけでなく、乗員たちはあたかも長らくジェーン号の乗員として働いているかのようにきびきびと連携をして働いていたので、デュマ一座に何ら不信感をもたせることはなかった。


 甲板上から離れ行く港町を見つめるデュマと団員たち。彼らはイギリスまでの短い航海を穏やかに過ごすものと思っている。しかしこの時間はマリサたちが事を起こすには十分な時間だった。


 やがて船は遠回りをするかのように西へ針路をとる。しかし彼らはそのことに気付いていない。頃合いよく、マリサがギャレー(厨房)でデュマたちの食事を作っており、そのにおいに船酔いも忘れるほどだったからだ。これもマリサに考えがあってのことだ。

「せいぜい美味しいものを食べさせておかないといけない。人間は美味しいものに弱いんだ」

 フランスから仕入れた食材はまだ新鮮である。パンだってカビていなく柔らかい。そして干し肉でなく柔らかな牛肉。新鮮な野菜や果実。とはいっても手の込んだものを作ることができないので牛肉の煮込みを作った。海が荒れたり戦いが始まったら火を使えなくなるので、出帆からすぐに準備に取り掛かっていた。

「この航海が終わったらあんたの旦那にもうまい飯を食わせてやれよ。海軍って言ったって食事情は俺たちと変わらないだろう。子どももいるのにこうして船に乗っていることを許している旦那なんてなかなかいねえよ。というより、いないと思うぜ」

 司厨長がそういいながら調理の指示をしてくる。

「わかっている……。フレッドはあたしが船に乗ることをあまりよく思っていない。解決したとはいえ、ハリエット義母さんやエリカまで海賊騒動に巻き込んでしまっているからな。オルソンの件が片付いたら気持ちを整理するよ」

 いつかは船を降りなければならないことをマリサは覚悟している。今だって育児と家事を義母ハリエットに押し付けているようなものだ。ハリエットが理解しているからこその航海なのだ。

「さて……客人の食事としますか」

 気をとりなおして食卓の準備に取り掛かる。ジェーン号は元々客船ではないので、こんなときは船長室を使わせてもらっていた。


 デュマたちは温かい料理を有難くいただく。匂いと食事の温度は最高のご馳走だ。給仕をしながらマリサはデュマたちに愛嬌を振りまく。

「あんたは何でもできる女だな。フランス語をすぐに覚えたかと思うと演技をし、こうして船でも役目をもって働いている。もったいないくらいだ。どうだい、本気で女優を目指さないか?」

 デュマは半分本気だった。演技力のある俳優は劇団の看板になりうるからだ。

「ほめていただき、ありがとうございます。私はこれでも十分に演技をしておりますよ。毎日が演劇みたいなものですから」

 そうマリサは笑みをもって返した。

「それはそうと、俺たちが前回、俺たちがル・アーブルまで送ってもらった際にいたあの若い兄ちゃんが見えねえようだが……」

 デュマだけでなく団員たちもルークがいないことになにか事情があるのかと聞いてくるものがいた。

「彼は物知りであり、いろんなことに興味を持っています。ペストとネズミの関係に興味を持ち、フランスに残って勉強をするとのことでした」

 マリサは素知らぬ顔で答えた。

 

 

 やがて六点鐘がなり、連中にちょっとした緊張が走る。これから演劇が始まるのである。

「見えたぞ。カトリーヌ号だ」

 アーサーに言われて望遠鏡で確かめるマリサとハーヴェー。ゴードンやサイモンも確認をすると、まるで気にも止めなかったかのように自分の持ち場へついていく。

 

 沖合から追い上げてくるカトリーヌ号。甲板上にはネズミ捕りに扮したオルソンとルークが立っている。これから海上でネズミ捕りが行われるのだ。


「きゃー!厨房にネズミが出たわ!早く退治して。荷積みの際にあれほど迄に確認をしてといったのになんてことでしょう!」

 マリサが叫び声をあげてネズミ捕りを連中に言いつける。手一杯の人員しかいないジェーン号の連中はネズミを捜しまわるふりをしてちょっとした大騒ぎだ。このネズミ出没騒ぎはデュマたちの関心を寄せ、気を船内へ向けさせた。幾分落ち着いたとはいえ、マルセイユのペスト大流行が終息したわけではない。ネズミは今でも厄介で恐怖なのだ。

「おらよ、始まったぜ。恒例のマリサ劇場がな」

 ハーヴェーがマリサの様子に苦笑いをするとサイモンとジャンが肩を(すく)めた。

「あんた達イギリス人は船の上でも演劇をやるのか。……というよりマリサの芝居に俺たちも巻き込まれている感じがするぜ」

 そう笑って芝居に一役かっているサイモン。その間にもカトリーヌ号はどんどん接近している。それに気付いている連中はマリサのネズミ芝居の役を演じつつもカトリーヌ号がある行動をしやすくしていた。


「ネズミって……この船は殺鼠剤の効果でネズミがいないんじゃなかったのか。もしもペストをまき散らすネズミだったら大変なことだぞ」

 船内では食事を終えたばかりのデュマたちは騒動に不安を感じている。とにかく船は逃げ場がない。たとえ一匹であっても食い物や綿製品などかじることができるネズミは何でもかじるのだ。そしてそれは汚染されてしまう。しかし慌てつつもマリサ劇場の連中は皆知っている。ジェーン号のネズミはただひとりの男であることを。

 船内は人があちこちネズミ探しで船外のことなど気にも止めないようだった。


 

 ドーン!


 カトリーヌ号から威嚇の砲弾が近くに着水し、船が大きく揺れた。船内の至ることろで客たちの悲鳴が響き渡る。

「海賊だ!お前たち客を守れ、残った奴は応戦しろ」

 ジャンとギルバートがカットラスを抜きアーサー、サイモンが他の連中に指示をして応戦にあたらせる。移乗させてはだめだからだ。そしてラビットはデュマ以外の客人を船倉へ避難させる。もっとも、これはすべて計算されたことだ。

 

(いつもながら丁寧な砲撃だぜ。さあ、ネズミ捕りを実行するか)


 客人たちがラビットに導かれて移動するのを確認したマリサ。そのデュマは最も大事な荷物である例の箱と封書を守るために自分の荷が置いてある小さなキャビンへ向かっている。あとをつけていくマリサ。


「ネズミ騒ぎかと思ったら今度は海賊なのか……?いったいどうなっているんだ!」

 デュマは次々に起きた騒ぎに落ち着きを失っている様で、()()()()()()()を手にしているのに回りを見ようともしない。

 そう言って箱と封書を戻そうとしたとき、背後にするどい痛みが走った。マリサがナイフを投げつけたのだ。ゆっくりと振り向き、その姿に驚くデュマ。

「マリサ、何を……」

「自分のしたことはわかっているだろう?マリーを殺しただけでなく、ジャコバイト派の手先となって意にそぐわない貴族や市民を狙うなんて俳優のすることじゃないぜ。残念ながらその箱と封書はいただくよ」

 マリサはそう言ってふらついているデュマを殴り飛ばした。不意を突かれたデュマはそのまま床へ倒れ込み、彼の手から離れた箱と封書が転がる。

「いただきだ!」

 マリサの背後からラビットがでてきて箱と封書を拾い上げた。痛みをこらえつつデュマはよろよろと立ち上がるとラビットに向かっていく。それを阻止しようとマリサは剣を抜いた。

「ぐわっ!」

 サーベルで胸を突かれ、血を流して倒れるデュマ。

 しばらくすると、こと切れたのかそのまま動かなくなった。

「デュマ、間違えるな……これは演劇でも夢でもなく現実だ。……ラビット、後は頼むぞ。くれぐれも他の客に見つかるなよ」

 マリサはラビットと他の連中にデュマの後始末を任せ、証拠物件となった箱と封書を受け取った。


 甲板上では、強引に移乗を仕掛けてくるカトリーヌ号に連中は慌てるふりをしながらわざと隙を見せている。それがまるで出迎えであるかのように、カトリーヌ号からの移乗は難なく行われた。


 移乗してきたネズミ捕り姿のオルソンは空へピストルを撃ち放ち、その場の者を威嚇した。そして滑らかなフランス語で話した。

「さあ、命が惜しくばお宝をだしてもらおう(Si vous tenez à votre vie, donnez-moi votre trésor.)」

 マリサのそばにいたハーヴェーは奇妙な海賊に思わずニヤリとしてしまう。

「御願いだからこれで助けて頂戴」

 大げさに嘆いて見せたマリサは箱と封書をオルソンに差し出した。

「なるほど……これは相当価値のあるお宝だ。本来なら女や金品を奪うところだが、これはそれ以上のものだ。結構なことだ」

 中身を見て納得したオルソンは証拠となる封書を胸元へ入れると箱をわきに抱えてカトリーヌ号へ移乗していった。


 

「実に平和的な海賊だ。俺たちも見習わないといけねえよ」

 ハーヴェーは相変わらず機敏なオルソンの身のこなしに、自分もそうでありたいと思う。まだデイヴィスが船長だった”青ザメ”時代から古参の海賊として皆をまとめ、引っ張ってきたオルソン。古参のキャリアはマリサでもかなわないものだ。

「さて、ハーヴェー。我々は次の行動に出るぞ。まずはあの客人に渡英の意思があるか聞かねばならない。団長がいなくなればイギリス公演どころじゃないだろうからな」

 離れていくカトリーヌ号を確認するとそのまま船倉へ行き、避難していた劇団員たちをだした。そしてデュマは海賊に殺されて海へ投げられたと話す。キャビンの一室で血の跡を見た劇団員たちは大いに嘆き、彼らはその後の話し合いで渡英をしないことを決めた。劇団として体制を立て直す必要があるからだ。

 彼らの便宜性を考えてル・アーブル港まで送り届けることになったマリサたち。団員たちが体勢を立て直すと言ってもそれなりの資金も必要だ。稼ぐことのできる賑やかな町であれば、それは困難でないだろう。


「連中は活動が足りなかったって文句を言っているぜ。今度は演劇でなく本当に暴れたいようだ」

 ギルバートが彼らの様子を話してくる。話によれば海賊上がりのジャンとその配下の者たちは暴れたくて仕方がなかったらしい。

「大丈夫。彼らが暴れる舞台はちゃんと用意しておく。そのあたりはあたしから彼らに話をしておくよ」

 それでなくても言語の問題で意思疎通が不十分なのだ。通訳として役立っていたルークはカトリーヌ号で父オルソンとともにいる。まずは彼らを安全に送り届けることが先だった。

最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想ツッコミお待ちしております。

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