43海賊船ゴブリン号②
奴隷船はかなり劣悪な環境だったという記録があります。(本編30話 奴隷船襲撃とラビットの子守歌)歴史的に有名な三角貿易は奴隷の売買なしにはありえないものでした。アフリカから奴隷が西インド諸島やアメリカ植民地へ送られ、西インド諸島やアメリカ植民地からは砂糖や綿などがヨーロッパ大陸へ運ばれました。ヨーロッパからアフリカへはラム酒や武器、織物などが運ばれていました。その奴隷たちは部族間の争いで負けた種族がほとんどでした。アフリカから売買にかかわったのは争いに勝った種族。部族間の争いに勝つためにも武器は必要だったのでしょう。
イギリスは1833年に奴隷制度を廃止していますが、王室から正式な謝罪はないということです。それだけナイーブな問題ということです。
船の両弦側を海賊船に挟まれてしまった奴隷船では、海賊船からの銃撃の嵐にあい、多くの乗員たちが甲板上へ倒れていく。
「移乗だ!お前たち、乗り込めえ!」
ゴブリン号ともう一隻から次々に海賊たちが乗り込んでいく。不幸なことにこの奴隷船も南海泡沫事件で投資家や船会社が借金を負ってしまったため警護を雇うことができなかった。それがこのようなかたちで災いとなってしまったのだ。
「うわーっ」
「ぎゃーっ」
「た、助けてくれえ」
船のあちこちで響き渡る乗員たちの声。警護なしで奴隷を運ぶということは、このようなリスクがあるのをわかっていたはずなのに、会社は何ら対策をしてくれなかった。恨み言を言いたくなるほど彼らは無防備な状態で逃げ回る。
「これでお前らも自分の命が大切だって思っているんだろう。ほーら、こいつでどれだけ奴隷たちをいたぶってきたんだ?今わからせてやるぜ」
海賊のひとりが鞭を見つけて逃げ場を失った乗員にむかう。この鞭は針が付いており態度の悪い奴隷を見せしめで痛めつける鞭だ。
ピシッ!ピシッ!
笑いながら乗員たちを鞭で打つ。力の加減をすることなく打たれた鞭は乗員たちの衣服を破き、肌を引き裂いた。
「うがあっ!」
血がほとばしり、たちまち体が血だらけになっていく。
「うへへ……。みろよ、こいつら鞭の痛さを知らなかったんだぜ」
大笑いする海賊たち。
奴隷船の中では多数の奴隷たちが横並びに足かせをはめられてどの奴隷たちも身動きができないほどだ。そんな船内では今まで自分たちをいたぶった乗員たちの叫び声があちこちで聞こえ、奴隷たちに新たな恐怖をいだかせる。奴隷たちが収容されている船内は薄暗く換気も悪い。そして何よりも吐しゃ物や糞尿が垂れ流しであり、それが様々な病を引き起こしていた。この中で病気となった奴隷や死んだ奴隷は容赦なく海へ捨てられていたのである。
「こっちに女がいるぞー!」
海賊の仲間が女奴隷たちのいる場所を見つけた。
女奴隷は男の奴隷とは別にされており、奴隷船の乗員たちの慰み者になることがあった。そのため、中には妊娠する奴隷もおり、生まれてくる子も奴隷となる運命だった。
海賊たちは貪るように女奴隷に向かっていくと、彼らの欲のまま女奴隷たちに手をかけていった。
「奴隷と船は頂く。お前にはもう用がない。私はやさしいジョンソン艦長に仕えてきた。だから私も優しい海賊だ。では、命を助けてやろう」
そう言ったのはあのスミス少尉である。いや、海賊となった今はスミス船長だ。
甲板にしばらく沈黙が続く。不気味な程海賊たちも黙っており、薄っすらと笑みを浮かべている者もいる。
「お帰りはあちらですぞ」
そうスミス船長が言うと仲間の海賊たちが奴隷船の船長を取り囲む。
「あばよ!」
海賊たちは船長を持ち上げるとそのまま海へ投げ込んだ。
船に乗っているからといって泳ぐことができる者は多くいない。あのマリサでさえ泳ぐことができないのだ。そうした人々は、泳ぐことはおろか掴むものが何もない海上で浮かぶことは困難だ。
必死に手を伸ばしてバタバタする船長を見て大笑いする海賊たち。
「やれやれ……あのままではサメの餌にでもなってしまうだろう。私は優しい海賊だ。ヘンリー、お前の優しさを見せてやれ」
スミス船長はそう言って側にいた若いヘンリーという海賊に声をかける。
バーン!
ヘンリーは海へ投げ込まれた哀れな船長に向かって銃を撃った。たちまち血があたりに広がっていく。
「あれでよろしんですかい?可哀そうに……泳ぐことが出来たら助かったかもしれないのに」
ヘンリーの言葉に仲間が大笑いする。
「泳ぐってイギリスまでか?あはは……。なら、奴は海の怨霊となって泳いでいくだろうぜ」
またまた大笑いだ。
ヘンリーが確認するでもなく海賊たちは制圧した奴隷船の操舵を奪った。生き残った乗員たちは海賊の仲間となることを強要され、従うしかなかった。海へ投げすてられた挙句、銃殺された船長を目の当たりに見たからである。
「スミス船長、奴隷を売りさばくあてでもあるんですかい」
いらぬ心配だと思いつつ、仲間の海賊が尋ねる。
「アメリカ植民地にもジャコバイト派の商人はいる。そして労働力を安く入れたい事業主も多くいる。奴隷たちは商人を通すのでやましい商売じゃないのだ。これはアメリカ植民地の繁栄の為であり、イギリスの繁栄の為でもある。我らは双方の繁栄の手助けをし、やがてはジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏を迎えるのだ。その暁には我々を然るべき地位に取り上げていただけるだろう。英語をろくすっぽ話せないような国王に人びとの思いが伝わると思うか?そんな人々の声を聴くのは丸投げされた議会だ。つまり、国王は人々に目を背け、統治したつもりでいるのだ。そのような国王になぜ仕える必要があるのか。私は仕える必要がないと考えたからこのような行動に出たのだ」
「じゃ、死なない程度にちゃんと餌をやっておきまさあ。さあ、お前ら、奴隷たちは大切な商品であり資金源だ。傷つけるんじゃねえぞ。この船(奴隷船)の乗員たちも変な考えをするとサメの餌にしてやるからな、仲間として働くことだ」
この男はゴブリン号で航海長を任されていたドナルドという男である。
「ではドナルド、今からお前はこの船の船長だ。奴隷の運搬を任せたぞ」
スミス船長が言うとドナルドは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに満面の笑みに代わる。
「お、俺が船長!ひゃっ……ありがてえことだ」
スミスはゴブリン号からもいくらかの海賊を奴隷船に回した。奴隷を売り飛ばす先まで奴隷船の乗員たちを指揮しながら航行する必要があったからだ。
他の商船からも金品が回収され、ゴブリン号へ届く。この商船も乗員もろともいただいた格好だ。
「海賊共和国が瓦解した後、多くの海賊は投降したり捕えられたりして今や海は我がものだ。仕事にあぶれた海軍の輩が我々を捕えようとするだろう。だが、恐れるな。我らの目的は海賊が本分ではない。全てはジャコバイトの蜂起のために行っていること。我らと志を同じくする者は陸にもいる。計画は順調でキャニオン島にはフランスから弾薬や火薬も密かに届いている。物資は今後も追加で送られてくる。我らは存分に略奪をし、資金を流せばよいのだよ」
スミス船長がそう言うと海賊たちは威勢の良い声で返事をする。
ここにいる海賊たちは国王の恩赦の布告にいったんは従って投降をしていたり隠れて活動をしていたりしていた者たちである。海賊行為に何ら罪の意識もなく、むしろ海賊共和国を国王に盗られたという意識の方が優先していた。中にはフランス人や元奴隷たちもいる。スミス船長はあの平和的な要塞で作戦を成功させた後、見せかけではあるが、いったんはフランスに身柄を拘束された。しかし捕えたフランス側にもジャコバイトと繋がる者たちがおり、彼らの助けを受けてゴブリン号を艤装させ、仲間たちを得ることができた。烏合の衆であるゴブリン号と仲間の海賊船の海賊たちは成り上がりたいという希望を持っており、本当はジャコバイト派でなくてもよかったのである。
新たに奴隷船の船長となったドナルドは背の高い肉付きが良い男だ。海賊時代から彼の略奪行為はとびぬけて激しく、とにかく奪わねば気が済まなかった。そのためにはどれだけの命が奪われようが構わなかった。それが海賊として尊敬されるわけで、恩赦の布告を受けて投降してからも復帰の機会を仲間と伺っていた。ジャコバイト派は人脈を通してこうした眠る海賊を密かに探しては声をかけていた。
やがて天候の不順にあいながらも奴隷船はノースカロライナ領主植民地へ到着する。スミスがここを選んだのはノースカロライナ領主植民地が国有化を巡って人々が落ち着いていないからだった。領主植民地は国が治める国王植民地に比べて規範がゆるく、これまでにもジャコバイト派のイーデン総督が海賊エドワード・ティーチを擁護し取り引きをしていた。その後イーデン総督は国の役人に捕えられている。1719年にサウスカロライナで反乱が起き、翌1720年には総督を指名したが、ノースカロライナ植民地では植民地領主が知事を指名した。海賊エドワード・ティーチとのつながりが明らかになり、彼の潜伏先が知れたのも、略奪で被害を被っていたバージニア植民地のスポッツウッド総督の調査によるものだ。スポッツウッド総督の調査を受けてメイナード大尉率いるジェーン号とレンジャー号の兵士たちは果敢に戦い、エドワード・ティーチとその海賊たちを討伐することに成功した。(作注:マリサが乗っているジェーン号とは別物です)(アーティガル号編 50話 オクラコークの戦い)
「奴隷たちを降ろせ、商人に顔をみせてやれ」
植民地のとある粗末な港の桟橋へつけると、奴隷たちを降ろすようドナルドは命じた。船長が病気で亡くなったため引き継いだという彼の嘘は疑われることなく、商人の視線は奴隷たちへ向けられる。
「まあ、貴方が誰でも私らは構わない。ここは労働力が不足している。奴隷さえ手にはいればいいんだよ」
アフリカから移送中に病気で亡くなった奴隷もいるが、それでも多くの奴隷が生き残っていた。彼らは土を踏むことに安らぎを得ることはなく、不安に駆られている。希望を捨てたかのような目つきをした彼らは人間ではなく物として扱われ、その対価がドナルドに支払われた。
「アメリカ植民地は繫栄し続ける。そのうち新大陸全土が繫栄するだろうよ。奴隷たちはその道具に過ぎない」
商人はそう言ってドナルドを酒の席に誘う。
(船長ってのも悪くねえな。それにしてもあの奴隷船にどんな使い道があるのか知らねえが、スミス船長はキャニオン島へ戻るように言っていた。あんな汚物まみれの奴隷船に何の価値があるやら。全く賢い人の考えは俺には理解できねえってことだ)
酒に酔いしれながらドナルドは船長という地位に酔っていた。
一方、彼らのもうひとつの拠点であるキャニオン島ではすでに何隻かの海賊船が出入りしていた。略奪をして得た金品や食料、薬品、そして武器や弾薬などを降ろし、役人たちが逃げて無人となった建物を占拠している。女も略奪しており、彼らは娼館を真っ先に作ったほどだ。渓谷のような崖と崖の間に誘い込まれたスパロウ号は、渓谷の崖の受けから銃弾を浴びせられ多くの人員が命を落とした。その両方の崖にも海賊たちが常に行き来している。
少しずつ彼らの備えができているのである。
「ゴブリン号が入港したぞ!荷を降ろせ」
彼らはゴブリン号を見つけると荷下ろしを手伝うためボートを用意した。キャニオン島の港の整備はまだ途中である。スパロウ号事件によってキャニオン島の存在が明らかになったものの、海賊共和国の対応に追われて植民地化が進んでいなかったため港の整備も遅れていた。
仲間たちは協力してゴブリン号から荷を降ろしていく。そしてその後に鹵獲した商船も続いた。無理やり海賊化させられた乗員たちは不安でいっぱいだった。海賊など捕えられれば縛り首である。それは海軍事務所や湾岸などで何度か見かけた光景だ。処刑は人々の娯楽となっており、市民は海賊が目の前で吊るされるのを今か今かと待ち望む。海賊の遺体は罪人であることを見せるかのように体が朽ちるまで人目にさらされる。自分がそうなったら、と震えが止まらなかった。生き残るために海賊化をしなければならなかったが、海賊化してもこのような運命が待っているのだ。
足取りが重く震えで足元がおぼつかない乗員たち。それは死人の行進のようであった。
「荷を降ろしたら編隊を考えねばならない。あの商船は艤装されていないが、小回りが利きそうだ。普通に見かけ上商船としてでも使えるだろう。我々はしばらくここを整備する。お前たちを野ざらしにするほど私は非道じゃないからな。幸いここにはナッソーほどではないが樹木がある。まずは明るくて楽しい我が家作りだ。総出でかかれば日数もかからないだろう。心配しなくても酒も略奪した。労働の後の酒は格別だろう」
スミスが言うと海賊たちは歓声を上げて仕事にかかった。役人がいたときにつくられた建物はあったが、それだけでは荷を入れる倉庫にもならなかったのである。
樹木が伐採され、台車を使ったりロープを使ったりして運ばれる。植民地からは煉瓦を奪った。それだけではなく建築に携わる人々も拉致している。スミスはこの島に町を作ろうとは考えていないが、石造りの要塞を作るにしても彼らの知恵を必要としていた。拉致された人々も被害者である。
日が経つにつれ、簡素な建物が作られていく。真っ先に造られたのは新たな娼館と飲み屋だ。心地よく一夜妻たちと幸せな夜を過ごすために、粗末な娼館を建て直した格好だ。この娼館のために海賊たちは我先に手伝った。その後、弾薬庫や武器庫も作られ、いざというときの為に備えられた。その後その他の建物が急ごしらえで作られていく。
ゴブリン号は島の整備の間も航海へでては略奪をし、島へ荷を持ち帰っている。いつか蜂起するときの為の拠点作りだ。
こうして、マリサたちがオルソン救出のために動いている間にゴブリン号とスミス率いる海賊たちは急速に勢力を広げていた。
ドナルドはノースカロライナで奴隷を降ろして売りとばしたあと、スミスの言うように奴隷船でキャニオン島へ向かった。島へ到着するとすべての荷を降ろした後、スミスからこのように指示される。
「奴隷をいい値段で売ってきたようだな、ご苦労。ところであの奴隷船は沈めなければならんぞ。奴隷船丸ごと奪ったという証拠を残してはダメだ。どのみちあのようなクソまみれの奴隷船などどこで病気が発生するかわからないしな。どんなことであれ、発生源はつぶさねばならん。」
スミスのもっともらしい指示にドナルドは深く考えることなく指示に従う。
簡素な港へ停泊している船から奴隷船へ向かって砲撃がされる。
ドドーン!ドーン!
何回か繰り返さた砲撃は奴隷船の喫水線を狙い、確実に奴隷船を破壊していく。
ギギギ……。バキバキ……。
かつて奴隷たちを詰め込んでいた船内は各所に大穴が開き、そこへ一気に海水が入り込む。そしてしぶきをあげて崩れ落ちるかのように沈んでいった。
ザーッ……。
沈められたあたりからは白い泡が立ち込め渦巻いていき何かが海底から手を出してくるような気配さえ感じられる。それは静かな終末だった。
こうして奴隷船は跡形もなく彼らの前から姿を消したのである。
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