40再会
ハムレットの例の名セリフについてこの訳を見つけたとき、訳ひとつでこんなにイメージが変わるとは思ってもみませんでした。
さて、ようやく再会の場となります。短編の予定だったのにそれぞれのエピソード書いていたら長くなってしまいました。
ぼちぼち反撃編へむかいます。
ル・アーブル港でネズミ捕り姿のオルソンを見かけたものの群衆の波で見失ってしまったマリサたちは、ようやく捜索の糸口が見つかったことから再度、情報収集を試みている。帰り荷として弾薬を購入したので人々に警戒されたが、それば次にアメリカ植民地を目指すのでカリブ海周辺の海賊対策であるとして納得してもらった。
事実、海賊は完全にいなくなったわけではない。国王の恩赦の布告を拒否して相変らず略奪行為を続けている海賊はいる。それでも海賊共和国の生き残りであるチャールズ・ヴェインは1720年3月に、女海賊アン・ボニーと恋仲だったラッカムは同年11月にそれぞれ処刑されている。
「国王の恩赦の布告を拒否したあいつらは海賊として全うしたんだから本望だろうよ。命乞いをした海賊たちを臆病者とし、自由に、気ままに、誰にも束縛されずに略奪行為を続けたんだ。あのシェークスピアだって言っているぐらいだ。このままでいいのか、或いは生き方を変えるべきかって」
(参考:実村 文 「生きるべきか、死ぬべきか」、それは誤訳だ。『ハムレット』の"例の箇所"についてhttps://note.com/sala_mimura/n/n47e99785e631)
「ハーヴェー、こんなところでシェークスピアを持ち出すと大耳ニコラスが墓場から出てくるぞ」
珍しく教養人のようにハーヴェーが話すので元デイヴィージョーンズ号で共に働いていたギルバートが笑った。
大耳ニコラスはスペインの海賊集団”光の船”に対するイギリス海軍との共同作戦の最中に亡くなった。マリサの育ての父ジョン・デイヴィスの良き片腕であり、海賊”青ザメ”の中で読み書きができ、教養もある海賊だった。まだ赤子のマリサがようやく立ち上がりを見せた幼いころ、子どもを持つことができなかったデイヴィスとイライザのためにウオルターの屋敷から連れ去った張本人である。
「まさかこの場で大耳ニコラスの名を聞くとはね。海賊に本当の生き方なんて在りはしない。あたしたちはイギリスに敬意を示し、フランス船、スペイン船を攻撃する時代遅れの海賊(buccaneer)だったが、大方の海賊は国籍関係なく略奪をする海賊(pirate)だった。どっちの生き方がいいのかというより、納得をしているかどうかが重要だ。嘘だと思うなら海の怨霊に聞いてみろ」
マリサがそう言ったとき、先ほどまで弾薬の取り引きで立ち会っていた商人が注意点を話してきた。
「あんたたちは私掠免許をもっているそうだから少しは安心しているが、フランスにも海賊や私掠はいる。会わないことを祈っておくよ」
商人が言うように海賊に国籍なんてない。そして海賊共和国がそうであったように、かつてフランスにも私掠集団の拠点があった。
「サン・マロ市のことか?ああ、そうだな。サン・マロの海賊や私掠はかなり自尊心が高かった。『自分たちはフランス人ゃブルターニュ人に非ず。サン・マロ人だ』っていってサン・マロ市を自分たちの国だともいったくらいだからな。残念ながら数年でその共和国はなくなったが。それだけサン・マロに誇りを持っていたんだよ……そう、俺と俺の手下はサン・マロ人だぜ。ってことは海賊の子孫さ」
話を聞いていたジャンが答える。ジャンとジャンが率いていた仲間の結束力はそうした同郷の想いがあったようだ。
「海賊の子孫であり、元海賊か……それは何とも心強いことだな」
一番年長者のハーヴェーが身を乗り出してくる。”青ザメ”もそうだったが、海賊は志を同じくする連中の集まりであり、身の上を語るものはあまりいなかった。あの東の国から来ているオオヤマでさえマリサたちは詳細を知らない。自分の国の政策で帰れないと言っていたぐらいか。
オルソンも何か事情があって自分から連絡をしてこないのかもしれないと、ふと、マリサとルークは感じている。なぜならオルソンは貴族の教養としてフランス語や音楽などに堪能であり、言語に困らないということで生きる力があると思われるからだ。
「オルソンと思しき人物を見失ったことは本当に残念だが、ネズミ捕りをしていたことからまだこの近くにいるはずだろう。……この船にはジェーン号の前身であるムエット号の乗員たちとムエット号を襲撃した海賊たちがいる。そしてオルソンを捜しているあたしたち。偶然にも皆ヘンリエッタ一味を知っている。サイモンたちムエット号の乗員たちはヘンリエッタ一味とオルソンを客として運んだ。ジャンたち海賊はヘンリエッタからこの船の襲撃を依頼された。それはムエット号とサイモンたちを沈めることで証拠を隠すということだったろう。こんなつじつま合わせ、下手な戯曲家だってやらないぞ」
計算されたかのような繋がりに思わず失笑する。
「下手な戯曲家ならこの続きはどうすると思う?オルソンは貴族であり火器や砲撃を得意とする海賊だった。ということは」
ギルバートがここまで言ったとき、隣にいたラビットがすかさず答えた。
「オルソンはきっと船に乗るよ。自ら行動できる術を知っているオルソンなら機会を見て必ず行動を起こすはずだ」
奴隷出身でありながら、物覚えがよいため、出自関係なくオルソンから船に関することを教わってきたラビットはそのように確信を持っている。
「そうだな……そう考えるとネズミ捕りの仕事を終えたらどこかの船に潜むかもしれないな」
そう言ってルークは港を見回した。この港には大小さまざまな船が出入りしており目的や行先はそれぞれ違っている。
「じゃ、捜さなくてもオルソンは自分で帰るってことか?なんでぇ……これじゃ俺たちの出番がねえってことだぞ」
肩透かしを食らったようでジャンが吐き捨てるように言う。まあ彼の性格を考えたらそう思えてしまうのだろう。
「そう考えるのはまだ早い。オルソンは目的があってネズミ捕りとして生きていたんだ。船に乗るとしたらその目的の一環だろうよ」
サイモンがなだめるように言うと、ジャンは甲板上に座ったまま黙り込む。
そんな彼らの思いをあざ笑うかのようにカモメたちが遠く或いは近くを飛び交っていた。
ここであれこれ詮索するよりも再度あの店へ行ってオルソンのことを尋ねることにしたルークは、ジャンとサイモンを連れて港町へ繰り出した。
「マリサはいかなくても良かったのか?」
船に残っている連中の荷積み作業を手伝いながらハーヴェーは呟く。
「オルソンの情報はともかく、そもそもヘンリエッタたちの情報をあたしたちは得ていない。そして気になるのは演劇集団のデュマ一座のことだ。駆け落ちした女優マリーの死に何か関係しているとしたら奴らも何か企んでいるとみていいだろう。……これらの繋がりを考えても考えきれない」
前回の航海では全く疑うこともなく彼らを客として運んでいる。
「じゃ、彼らを追ってフランス内陸部へ行くってか?でもよ、俺たちは船乗りだぜ。船で仕事をするのが本業であり、オルソンの捜索と救出が本来の仕事だ。内陸部までいくのは俺たちの仕事じゃねえよ。フランスにはフランスの警察がいるし役人もいる。彼らに任せるのが筋じゃねえのかい?」
ハーヴェーの言うことはもっともなことだ。
「ああそうだ。あたしたちには手出しできないことがある。十分に承知していることだ」
マリサは仏頂面になり、気持ちを落ち着けた。そして着替えを済ませると下船することをハーヴェーに伝える。
こうしている間にもオルソンはどこかへ移動してしまうかもしれない。というより、あれ以来オルソンが近くにいる気がしてならなかった。
ル・アーブルの港町へ繰り出し、ルークたちと別行動をとるマリサ。こうでもしなければ思うようにならないことがありすぎて船で暴れてしまいそうだった。海賊時代と違い、ジェーン号の艤装は砲が左右2門ずつというかわいいものであり、私掠として活動もない。知らず知らずのうちにイライラの発散の場を求めていた。
(オルソンがあたしたちの前に出られないということは、毒の守り人として何かをやらねばならないからだろう。でも、この機会を逃したらオルソンの手がかりをつかめなくなってしまう。頼むからもう一度顔をだしてくれ。仕事の邪魔だというなら事が済むまであたしは待つ)
あれこれと考えるうちに、手を出そうにも出せないことにマリサはいらだち、こぶしを握りしめた。
マリサの形相に何ごとかと驚く人々を残し、マリサは停泊している多くの船を見つめた。この港で降ろされる荷はどれくらいあるのだろう。奴隷たちも相当数おり、多くの荷が商人によって買い付けられては運ばれていく。勿論、この港から他の地へ運ばれる荷もある。本当に賑やかな港町だ。
そんな界隈を見つめていると、どこか見覚えのある姿を見つけた。その男はまだ幼さが顔に残る女性へ何やら話をしている。思わず虫唾が走るマリサ。
(あいつ……)
胸元に忍ばせたナイフを確認すると静かに男の背後にまわった。
「その気があれば倍の稼ぎにもなる。同じ働くなら稼ぎのいい方がいいに決まってるだろう?俺に任せておけ。あんたの病気の父さんの薬代だけじゃなく弟たちを食わせていくこともできる。それ以上に稼げるぞ」
男がまくしたてるものだから、言い返せないのか小柄なその女性は身を縮めて後ろへ下がっていく。
マリサは女性に黙っていろとばかりに指を口に当てて合図をすると、男のすぐ後ろに歩み寄った。
「言うことはそれだけか、クレマン。あんな目にあったのに、まだこんなケチなことをやっているなんて呆れたぜ。なら、いっそこの場であんたの大事なアレを切り落としてやろうか」
そうマリサが言うとゆっくりとクレマンが振り向いた。
「ひっ!や、やめろ……」
たちまち腰が引けて立てなくなるクレマン。震えながら股間を守っている。
「騙されるなよ、こいつは女を売春宿に売り飛ばしているゲスな野郎だ。さ、今のうちに逃げな」
マリサが女性に声をかけると彼女は慌ててその場から逃げていった。
「さて、クレマン。どうやらあのときあたしが行動しなかったのは誤った判断だったようだ。どうだ?公衆の面前であろうといつでも切りおとしてやるぞ」
口角を上げると胸元のナイフに手をやりながらクレマンに近づく。
「その男をどうか許してやってくれ。私の目の届かないところで女を食い散らかしていたようだ」
誰かがそう言ってマリサの手を止める。
「あんたは……」
マリサが手を止めた主をみて驚く。そこにいたのは紛れもなくあのネズミ捕りの男……正体はオルソンである。帽子を目深にかぶり顔の表情を伺うことはできないが、明らかにオルソンその人だった。
「なるほどね……。こうなるとお互いに話をしなくてはいけないようだな。実はあたしの船にもネズミが忍び込んで被害が出ている。せっかくだからネズミ捕りにきてもらおうか」
ネズミ捕りなど口実である。ジェーン号のネズミはルークの作った殺鼠剤が功をなしていた。
マリサの言葉の意味を理解したネズミ捕りはゆっくりと頷くと、マリサともにジェーン号へ向かい、残されたクレマンは慌ててその場を後にする。
思わぬ来客にまずハーヴェーが腰を抜かしかけた。船では帽子を脱ぎ全容を表したネズミ捕りの正体に幽霊が現れたかのような顔で何度もその人の顔を見つめた。そして情報探しから帰ってきたルークたちも何ごとかと驚き、中でもルークは抱擁を交わすとしばらく涙を止められなかった。
「お父さま、どれだけ僕たちが捜したことか……。屋敷の人間はみんな元気だよ……お父様のことを誰もが心配をしていた。でも、こうして会えたことを神に感謝しないではいられない」
ルークの言葉に何度も頷くオルソン。
「捜しに来てくれたことはとてもありがたいことだ。だが、私にはまだやらねばならないことがある。国へ帰るのはそれからだ……。ではネズミ捕りについて話しをしよう」
オルソンの提案にハーヴェーは質素ながらもあつらえた船長室へ案内する。
船内に入ったとき、オルソンはルークに殺鼠剤のことを尋ね、その様子を確認した。船倉や厨房を見る限りネズミを姿を見ることはなく。糞すらなかった。ルークの作った殺鼠剤に我が息子の成果を賞賛した。
「我が息子ながら優秀なネズミ捕りになったようだな」
オルソンに褒められて顔を赤くするルーク。
「珍しいね……お父様が僕をほめるなんて」
いつも長子アーネストの影にいたルークとアイザック。その陰の薄さと愛情を求めるかのようにルークは欧州やアメリカ植民地へ渡り見分を広め、アイザックは放蕩しては女を求めた。長子が優遇されるのは仕方がないのだが、自分の居場所を探す旅は一筋縄でいかなかった。ルークがたどり着いたのは外ならぬ、マリサの姉シャーロットである。
「お前が私の背を求めていることを理解している。お前の作った殺鼠剤は商売として十分やっていけるものだ。こんなことまでして私のあとをついてきているとはな。……私は拉致されて以降、ヘンリエッタたちからあることを強いられたが何とか逃れることができた。だが、まだ国へ帰るわけにはいかないのだ。奴らの企みを潰さないと必ず戦争が起きる。悪い芽は小さなうちに摘んでおかねばならない。ヘンリエッタたちはイギリスにひそむジャコバイト派へ武器や資金を流している。その先にあるのが蜂起だろう。そしてジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏を擁護する者がここフランスにもおり、国王の取り巻きと反目している。彼らはまだ若すぎるルイ15世をいいように操っている取り巻き連中を排除し、再びジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏との繋がりをもたせようとしている。……ジャコバイト派はまだあきらめていない。そんな中でも私の計画を知って協力してくれる者が現れた。先ほどのクレマンとその仲間たちだ」
そう言ってオルソンはジェーン号から離れたところに停泊している1隻のシップ型の船を指差す。
「あれはカトリーヌ号。アーティガル号と同じく商船であり私掠のなごりで艤装もある。船長はクレマンだ。あのクレマンは真面目に荷を運んでいたが、イギリスの南海泡沫事件で投資に失敗した荷主が夜逃げをしたため、自身も借金を負った。私はヘンリエッタから逃れた後、クレマンに命を救われているのだ。私とクレマンはある協定を結び、ともに活動をしている」
静かに状況を語るオルソン。
「だからといって女を売春宿に売り飛ばすなんてあたしはごめんだよ。このあたしをも売り飛ばそうとしたんだからな」
マリサの言葉をきいて連中にどよめきが走る。
「なんて命知らずなんだ!って言いたいが、マリサの正体を知らなかったら仕方のないことだな」
「あのナッソーでの男の悲劇(幼少編13話 あたしはあたし)を見ることができなかったのは残念な気もするが、当事者になるのは俺も嫌だね」
他人事のように言う連中。ことに“青ザメ”時代から共にいる連中は自慢そうに言うのでたちが悪い。
「で、オルソン。話はそれだけじゃないんだろう?やろうとしていることは口に出さないと伝わらないってことだよ」
マリサがすまし顔でいうと、オルソンは口角を上げた。
「そうさな……。言うべきことはひとつ……反撃だ」
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