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39ネズミ捕りの正体

 そういえばリアルで鼠ってみたことがありますか。私は小さいころに近所のおばあさんが罠にかかったネズミを罠ごと川の中へ沈めていたのを覚えています。結構大きな鼠でした。

マルセイユのペスト大流行を調べてみたらどこか新型コロナの流行と重なってみえました。

ペストを扱った小説として、アルベール・カミュの「ペスト」があります。私のおすすめです。

 再びオルソンの捜索の為フランスへ向かうジェーン号。最初の目的地はイギリス海峡に面したル・アーブル港だ。港として整備されており、前回はル・アーブル港にも立ち寄った後、いくつかの港へも立ち寄って手がかりを捜した。積荷はル・アーブル港で降ろす綿織物だ。これはシャーロットがフランス貴族の好みに合いそうなものを事前に織ってもらった物だ。それにはシャーロットと仲の良いジェーンの意見も取り入れられている。そして量は少ないが、タティングレース製品も積まれている。義母ハリエットが内職仲間と編み上げたものを商社が買い上げて製品化していた。他にも砂糖が荷として積まれている。高級品の紅茶が貴族から好まれるようになり、砂糖の需要が伸びている。

 このように荷を積んだのは、ジェーン号が建前上、商船という立場をとっているからだ。


「2度目のル・アーブル港か……。そういえばデュマたちは今ごろどこで演劇をしているだろうな。パリを目指すと言っていたが」

 デュマ一座はイギリス公演を終えるとジェーン号の最初の乗客として乗り込み、フランスへ帰っていった。マリサは彼らと会ったことでフランス語を短期間で覚え、演劇のセリフだけに言い回しに固さはあるものの、コミュニケーションに困らないくらいの会話をすることができるようになった。

 ただ、解せないのは、駆け落ちした女優マリーを捜そうとしなかったことだ。マリーは腹部を刺されてテムズ川へ落とされ、亡くなっている。一座の看板女優であるなら捜してもおかしくないはずである。そうしなかったのは理由があるはずだ。テイラー子爵もデュマ一座が事件に関与している可能性をほのめかしている。

 デュマ一座には何か秘密があるのだろうが、今はヘンリエッタ一味からオルソンを助け出さねばならない。オルソンが毒の守り人であることをヘンリエッタは知っている。ジャコバイト派だとしてもヘンリエッタのあの執拗さは他に理由があるのではないか。

 ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏はルイ14世が崩御すると擁護を受けられなくなり、今はイタリアでローマ教皇の保護下にある。ジャコバイト派は蜂起の機会を伺っているということか。

 

 ルークが家へ帰ったとき、兄アーネストはこのような話をしたそうである。


 ―― 庭師ジョナサンがヘンリエッタに漏らしてしまった毒は一種類のみだ ――。


 それはオルソンが解毒をもっている毒の精製法だ。しかしジョナサンは故意に解毒の存在をヘンリエッタにあかさなかった。もし話せばそれ以上の強い毒を要求される可能性があったからである。マリサがガルシア総督を殺すために使ったマンチニールの実は猛毒で解毒がない。扱う方も毒にやられる危険があるぐらいだ。


「ルーク、もしオルソンが生き延びるとしたら剣や銃を使うだろうか」

 ふとルークに尋ねるマリサ。

「いいや……。そんな目立つ方法を使わないだろう。裏の仕事をこなしてきたオルソン家の人間は他の方法をとるはずだ。つまり……」

 ルークがその先に言わんとしていることをマリサは理解している。

「あたしも同じことを考えているよ。だからオルソンはきっと生き延びているはずだ」

 マリサの言葉にルークは深く頷く。


 

 ジェーン号はル・アーブル港を目前にしたものの、すぐに荷を降ろすわけにいかなかった。立ち寄る船は必ず受けなければならない検疫があるのだ。

 ジェーン号は沖合に停泊すると近づきつつある検疫の船を待った。

「君たちの船の名前と目的や積み荷、乗員たちの健康状態を教えてくれ」

 乗り込む際に足を滑らせて海へ落ちそうになった役人は、無事にジェーン号へ乗り込むといくつか質問をしたり、乗員たちの顔色を見たりした。ハーヴェーは丁重に役人を迎えると積み荷を見せ、乗員たちを役人の前に集めた。彼らの表情から問題ない、と判断した役人は上陸を許可する。

「マルセイユのペスト(1720年に起きたマルセイユの大ペスト感染・検疫の不備が原因とされる)は落ち着いたのか」

 ルークの問いに首を振る役人。

「もう日々の死者が数えるほどになったと聞くが、油断はできない。あれはひとたび感染が広がると手のつけようがなくなるからだ。死者を弔う聖職者も多く亡くなっている。」

 聞けばマルセイユのペスト感染は下火になっており、商店や漁業も再開されたそうである。

「買い付け業者も商売の再開を切望していた。君たちは歓迎され商売もうまくいくことだろう。ペストが嫌だが戦争や不況も私は嫌だ」

 そう言って役人たちは自分が乗ってきた小舟へ戻っていった。


 

「さて、上陸の許可が出たから早速荷を降ろそうか。お前たち、上陸の準備だ。荷を降ろすぞ」

 ハーヴェーが乗員たちに指示すると威勢のいい声が響き渡った。上陸はひと時の安らぎである。

 

 商売が再開されたのは幸運なことだった。長いペストの感染により人との交流が薄れ、消費するような気にもならなかっただろう。

 ジェーン号が運んでいた綿織物は毛織物に比べて軽く、洗濯もやりやすいだけでなく価格も毛織物に比べれば抑えられている。おかげで買い付けの業者はすべて買い上げてくれた。使用人として毛織物の服の洗濯の苦労(本編17話 招かれざる客)を知っているマリサだからこそ、綿織物は売れる、と積み荷に選んだのである。それだけでなく、ハリエットとその友人たちが内職で編んだ編み目の細かなタティングレースを加工した衿や袖口、そして大きなストールなども非常に喜ばれた。これは製作する者にとって励みになるだろう。


 商売が無事に終わり、連中が酒場へ行ったのに合わせてマリサとルークは別行動をとった。ハーヴェーは荷下ろしを手伝って疲れたのかマストにもたれかかっている。

「まあ、仕方がないさ。ベテランの船乗りといえど体は衰えていく。養生しておかないといざっていうときに何もできないでは洒落にならないからね。さて、何か情報はないかな」

 ルークは酒場だけでなくいくつかの雑貨店を巡る。それだけでなくジェームズ・スチュアート氏に対する人々の反応や政治の話など聞き耳を立てていた。


 それらの声はささやき程度のものだが、裁判官や騎馬警察など役職をお金で買うことが廃止(マレショーセ改革)になったことで不満を持つ一部の人びとの声や、若くして即位した国王ルイ15世を取り巻いている摂政たちに対する不満の声であった。

「僕たちだってスチュアート王朝の時代に財政が緊迫して爵位をお金で買うことができたわけだから感覚は同じさ。人は地位と名誉にこだわる。というより地位と名誉は人の判断材料なんだ。ばかばかしく思うだろう?」

 ルークはやれやれといった顔をしている。社会にくすぶっているものは国境がないということか。

「今は小さな不満だが、不満は不満を呼び、いつか人々は行動を起こす。あたしは連中を処刑台送りから守るため海軍に協力し、戦争終結にかかわった。同じように国と民衆を守るために国王は存在する。それを忘れた王室は民衆の敵になるだろうね」

 イギリスは清教徒革命によりチャールズ1世が処刑され王政から共和制に変わった。しかしその指導者であったクロムウェルが独裁を行ったため民衆の心は離れていき、クロムウェルの死後、『国王殺し』の罪で墓から暴かれたクロムウェルの遺体は絞首刑後斬首となり、その首は長きにわたってウエストミンスター・ホールの屋根に晒されることとなった。その後1660年に王政復古となり、今に至る。


 

 マリサたちはパン屋へ行くとふすま(小麦の表皮)入りのパンを買いこんだ。航海中はいつも固いビスケットだが、ふすま入りであっても柔らかいパンは美味しいものだ。柔らかいものは航海中に歯を悪くする乗員たちをはじめ、干し肉を食べることに支障をきたしているようなハーヴェーに喜ばれている。そしてここでもマリサたちは不満を耳にしていた。


 ――金持ちや身分の高い者は白いパンを毎日食べているのに、自分たちは白いパンを食べられず、ふすまがたくさん入ったパンを食べて飢えをしのいでいる。全く世の中おかしい――。


 こうした小さな不満がくすぶっているのを偉い人々は知っているだろうか。そう思いつつマリサとルークが荷をもって港へ向かっていたとき、往来で人々とすれ違いざまに何かの気配を感じ、ある言葉が聞こえた。この気配と声は確かに覚えがある。それも敵ではない。

 慌ててマリサとルークが振り返ると、帽子を目深にかぶったひとりの背の高い人物の後ろ姿が見えた。


「旦那、待っていましたよ。ネズミ捕りを頼みます。毒を操ってネズミを駆逐できるネズミ捕りが現れるのを首を長くして待っていたんですよ」

 酒場から老いた店主が現れ、男を出迎える。背の高い男はネズミ捕りだった。マルセイユのペストが落ち着いたとはいえ、ネズミを警戒する人々は多いのでネズミ捕りが重宝されるわけだ。しかもこのネズミ捕りは殺鼠剤(さっそざい)か何かを用いるらしいのだ。


「ルーク、今の男……」

 マリサの声にルークも頷く。

「彼はイギリス人だ。しっかりとHの発音をしていたぞ。そして何と呟いていたか……。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 この言葉にふたりは驚愕し、確信を持つ。この言葉と声、あの気配。間違いなく彼は自分たちを知っている。しかもすれ違いざまにヘンリエッタといいう名をわざわざ口にしている。目深に帽子をかぶっていたが、それが判断の迷いとなることはなかった。

 

 マリサとルークは慌てて男の後を追って彼が入った店に入ろうとしたが店主からとめられてしまう。

「ネズミ捕りの毒は人間にも毒だ。ネズミ捕りはそう言った。あんたたちがネズミ捕りを捜すためとはいえ、入ったことで死人が出たら店の評判が下がる。野次馬は必要ないんだ。さあ、出て行っておくれ」

 そう言われ、仕方なくふたりは少し離れてネズミ捕りが仕事を終えて店から出るのを待った。


 その場で待ち続け、ネズミ捕りが仕事を終えて店から出てきたときは日が傾いていた。彼は店主から報酬をもらうと気分良さそうにしている。

 

 彼が自分たちの前を通り過ぎようとしたとき、どこからか人々の怒号や叫び声が聞こえた。何ごとかと思うと、何人かの男たちがマリサたちの前を走り去っていった。その後、役人や警察が叫び声をあげながら彼らの後を追いかけていく。

 泥棒か何かはわからないが、突然起きたことにマリサたちは一瞬ネズミ捕り男から注意をそらしてしまう。

 なぜなら逃げていった男たちの中にマリサへ既視感を与えた者がいたからである。


「しまった!彼を見失ったぞ!」

 ルークの言葉に慌てて辺りを捜すマリサ。ふたりで目を凝らし小さな路地も捜してみるが、すでにネズミ捕りの姿を見つけることはできなかった。

「なんてことだ……。せっかく手がかりとなる人物に出会えたのに……」

 悔しさのあまりルークは壁を叩く。鈍い音とともにルークの拳から血が流れ落ちた。マリサがそれを見てハンカチで傷口を覆ったものの、すぐに地で赤く染まった。

「……ルーク、腹が立っても始まらない。まずは傷の手当てをしよう。見失ったとはいえ、これで確証は持てたんだ。あたしたちが捜すその人はネズミ捕りに変装して生きていた。あの後ろ姿、あの声……そしてあの謎めいた言葉。彼がその人だということを否定する要素はない」

 マリサの言葉にゆっくり頷いたルークは、再度ネズミ捕りが消えた方向を見つめる。

「本当に僕たちの予想通りの展開だね。……毒を操って生き延びるだろうと確信していたのだから」

 マリサとルークは傷の手当てのために船へ戻ることにした。船には傷薬があるからである。

 


 ハーヴェーや船に残っていたラビットたちはルークが怪我をして戻ったことに非常に驚き、何か血なまぐさいことでもやったのかとまくしたてたが、事実を聞いてさらに驚いた。

 


「これでわかっただろう?お父様は生きていた。しかも毒を操るネズミ捕りとしてだ。お父様はル・アーブルで僕たちを見つけたものの、正体を隠す必要があった。だからあんな言葉をよこしたのだよ」

 謎めいた言葉をよこしたネズミ捕りはオルソンだと確信したルークとマリサ。

「糸口は見えた。この糸をたぐってみよう」

 マリサの言葉にジェーン号の連中は納得をし、オルソンの情報と捜索の間、しばらく港へ留まることとした。

「とどまる理由を考えておけよ」

 マリサが言うとハーヴェーは自分の頭を指さして笑う。

「理由なんて何とでもなるさ。任せておけ」


 

 その頃、酒場のネズミ駆除を終えたネズミ捕りは変装を解くとある船に乗っていた。肩まで降ろした巻き毛のかつらをつけ、暗い色のコートやベスト、膝までのズボンを履き、停泊している1隻のイギリス船籍の船ジェーン号を見ていた。

「アルベール、えらくめかしこんだな。どうみても貴族だぞ。もしかしてネズミ捕りが儲かってお金を使いかたを考えたのか」

 そう言って笑う男は先ほど役人や警察に追いかけられていた男たちのひとりである。

「儲かっているのは事実だが、単に今日はめかし込みたい気分だけなんだ。クレマン、こんな日もあっていいだろう?」

 そう言ってアルベールと呼ばれた男は望遠鏡を使い、再度ジェーン号を見ている。


(私を捜してきたのだな……ありがとう……。ルーク……そしてマリサ、私はけじめをつけなければならないのだ。全ては私が引き起こしたものだから、始末をするのも私だ)


 アルベールと呼ばれていたネズミ捕り男は、あの日、毒を飲まされて死んだと思われていたオルソンだった。


(毒の守り人は当然自分の身を守る(すべ)を知っている。私は毒の耐性を持つよう微量の服毒を口にしていた。また、解毒も知っている。あの時飲まされた毒は耐性があるものだったんだよ。ヘンリエッタ、お前はそれを知らなかった。災いはお前たちに降りかかるだろう)


 オルソンは望遠鏡を降ろすと風にあたりながら甲板上を歩き回った。波に揺れる甲板と軋み音。それは忘れていた感触である。

「クレマン、つまらんことで騒ぎを起こすんじゃないぞ。さっきの騒ぎも大方(おおかた)、田舎の娘をたぶらかして売春婦として売り出そうとしただろうが、この船を厄介ごとに巻き込まないでくれ」

 そう言われたクレマンは、先ほど警察に追われていたことを見られていたのかと恥かしさのあまり赤面をする。この男はマリサを売り飛ばそうとして返り討ちにあい、局部を切り落とされそうになったあのクレマンである。


「ちぇっ。まさか見られていたとはな……」

 クレマンは逃げるようにしてその場を離れると船内へ降りていた。


最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想ツッコミお待ちしております。

それにしてもこの度のアクセス解析の不調、何ごとが起きたのでしょうか。

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