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38狙われたノアズアーク号

国王の恩赦の布告は海賊共和国を分断させ、衰退させていきます。しかし、ここにも時代の波に乗りおくれたり、わざと波に逆行したりする海賊がいました。

 マリサたちより一足早く出帆していたノアズアーク号とスクーナー船ブリトマート号はアトランティック・スターズ社の定期便としてグリンクロス島へ向かっている。

 元々海賊だったノアズアーク号のエズラ船長とその仲間は、マリサの助言を受けて国王の恩赦の布告に従い、ジャマイカ総督に投降したのちノアズアーク号を商船とした。その後、フレッドたちゴブリン号の士官4名が謀反の罪に問われてジャマイカの海軍司令部へ連行されていくところを目にし、司令部へ乗り込んで艦長たちと話をしている。偶然にもその場にフレッドの元上司であるスパロウ号のエヴァンズ艦長がいたことで4名の士官の処分は見送られ、その身をアーティガル号に預けられた。アーティガル号が海賊ハンターとして活動し、ジャマイカへ海賊たちを引き渡さねばこの偶然は起きなかった。


「ショーン船長はグリンクロス島へ立ちよったことはないそうだ。前のオーナーは人件費の圧縮を口癖のように言っており、病気になった船乗りやけがをした船乗りは海へ投げ出せともいっていたらしい。まあ、そんな話は珍しくもないが、ショーン船長はそれを断わり続けたためにブリトマート号は艤装をされないまま航海を強いられた。その結果が海賊の襲撃だ。ジェーン号の前身であるムエット号と違うことは、ブリトマート号を襲撃した海賊は荷を奪っていったが、乗員には手を出さなかったことだ。しかし荷を奪われたことで荷主への補償が莫大なものとなり、ブリトマート号は売りに出された。オーナーは保険料がもったいないからと船を保険に入れてなかったんだよ。こうなれば当然投資家への補償が困難になる。これを救ったのがテイラー子爵の奥様・ジェーンの父親だ。ブリトマート号はブラント伯爵がジェーンに頼まれて買い上げていることから、4人目のアトランティック・スターズ社のオーナーといっていいだろう(22話 総督の疑念)。しかしそれにしても数奇な運命の船と人間が絡む会社だな」

 エズラはノアズアーク号の仲間に知っている限りのブリトマート号の話をした。同じ会社でありながら中々顔を合わせることがないため、どうしても仲間意識が薄くなる。その点、マリサは元ムエット号の乗員と元海賊たちをうまくまとめている。これは長く頭目として船に乗っていたことの経験からくるものであった。

「さて、俺たちが恐れなければならないことは海賊に遭遇することだ。俺たちの船ノアズアーク号は再艤装しているものの、積み荷もある。なるべく余計な客に会うことなくグリンクロス島まで航海をしなければならない。帰り荷も(しか)りだ。ブリトマート号と仲良く最後まで旅をしようぜ」

「おう!」

 エズラ船長の言葉に声を上げて答える仲間たち。

 彼等もまた、エズラとともに国王の恩赦の布告を受け入れ、処刑を免れた。勿論、腰抜けになるのは嫌だと言って直前にノアズアーク号から離れてどこかの海賊団に紛れた者たちもいたが、エズラは彼らの意思を尊重して引き留めなかった。海賊共和国の興亡は国王の恩赦の布告によって引き起こされ、分断された歴史である。


 グリンクロス島が近くなるにつれ、気温が少しずつ上がってくる。乾燥した風が船を西へ西へと誘っていく。グリンクロス島への定期便なのであの騒々しいカリブ海周辺へは近寄らない。あの界隈には恩赦を拒否した海賊が残っており、その中にはあのスミス率いるゴブリン号の乗員たちもいる。彼らは海賊の残党をまとめ上げていくらかの船団を組むまでになっていた。


「エズラ船長、前方に船が見えます。メインマストは折れており帆もボロボロです。何やら人影が見えますが……」

 見張りをしていたフィンが様子を伝えてくる。

「生存者がいるかもしれない。助けなければならんだろう。後方のブリトマート号に信号を送っておけ。事が済むまで一時停船だ」

 生存者がいるなら助けるのは急務である。エズラはノアズアーク号をその船にできるだけ近づけさせる。もし生存者がいればボートを出さねばならないだろう。自分自身も望遠鏡と目視で船の様子を探ったのち、仲間たちとロープで移乗していく。


 船は確かにメインマストが折れて帆もボロボロだった。銃撃戦があったのか甲板に何人もの男たちが倒れている。喧騒のない不気味なほどの静けさにエズラは何か背筋の凍るものを感じた。しかし何かが違うのである。

「疫病か?この男たちは戦って死んだわけじゃなさそうだぞ」

 エズラのつぶやきを聞き、慎重になる仲間たち。エズラのいう通り、倒れている男たちは戦闘のケガや流血の跡がない。そうなると考えられるのは疫病の発生である。

「こりゃヤバいぞ!すぐにここを引き払え!遺体に触るんじゃないぞ」

 エズラは撤退を叫んだ。慌ててロープへ向かう仲間たち。


 しかし恐怖はその後に始まる。

 

「ワー!ワー!」

 

 倒れていた男たちが一斉に起き上がり、武器を持ちエズラたちに襲い掛かってきたのである。

「あの船を奪え!後方にも船がいるぞ!何て今日は幸運な日なんだ」

 エズラたちも武器を手に男たちを相手にするが、人数が違いすぎる。ノアズアーク号へ移乗していく男たち。操舵を奪われては乗っ取られてしまう。

「この野郎!騙しやがって」

 エズラはその場で2名を銃殺したが、とにかく分が悪い。船内から他にも男たちが出てきて応戦しだしだのである。

「お人好しのお前が悪いんだよ!」

 甲板上で繰り広げられる戦い。元海賊であってもさすがにこれでは不利である。ノアズアーク号の檣楼へ男が登っていく。フィンが狙われているのだ。

「フィン!」

 エズラが叫ぶと同時に男はフィンを銃撃した。その反動で体勢を崩し檣楼から落下していくフィン。


 甲板へ墜落したフィンはそのまま動くことなく血が周りに広がっていった。


 逆上したエズラは見境なく男たちを切りつけたり銃撃したりしたがついに弾がなくなってしまう。

「船の名前……ノアズアーク号か。ほう、国王に頭を下げた臆病な海賊じゃねえか」

 その男はエズラに銃口を向ける。こんな罠に騙されてしまう自分自身を責めるエズラ。


 ノアズアーク号の方でも仲間たちが必死に応戦している。ここでやられたらブリトマート号は簡単に襲撃されるだろう。

「さあ、お前たちも荷を運んでいるんだろう?後方の船と仲良く航海ということは、どちらかに金めの物がたんまり積まれているということだな」

 海賊のひとりがノアズアーク号の航海長の喉元にナイフを突きつける。

「荷なんて……そんなものは」

 そう言ったとき、突然大きな音と共に振動が船を襲った。


 ドーン!ドーン!


 ノアズアーク号のすぐ近くで水柱があがる。砲撃だ。しかもわざと外しているようだ。

 水柱の反動で船が大きく揺れ、双方の乗員たちは体のバランスを失い倒れこむ。エズラは倒れながらも男の体に飛びつき、何度も殴ると銃を奪った。

「おとなしくしてろ!」

 そう言って男の足元を狙い撃ちした。


 船に乗り込んでいた他の部下たちも砲撃による反動でピンチを逃れ体制を立て直している。


(いったい何が起きているんだ……)


 後方のブリトマート号には艤装なぞない。その分積み荷と客人を多く載せられる。では誰が砲撃をしたのかとエズラはブリトマート号の方へ眼を向けた。

 そこには今一番頼もしく思っている船の姿があった。


「アーティガル号!」

 ブリトマート号とノアズアーク号より遅れて航海をしていたアーティガル号は、グリンクロス島まで同じ航路をたどる予定だった。そのことを思い出したエズラはこれがテイラー子爵の思わくなのではと一瞬ためらった。


(まさか俺たちを囮にしたのか?テイラー子爵とやら、あんたはマリサのいう通り策略家だぜ)

 

 アーティガル号はブリトマート号の前に位置すると海賊船めがけて砲門を開く。慌てて迎え撃とうとする海賊たち。しかし予期せぬ船が現れたことに海賊の男たちはそれぞれが好き勝手なことを言い始めたほど統制を失っていく。事の運びを理解したエズラはパニックになっている海賊を残し、仲間たちとノアズアーク号へロープで戻った。

「奴らの船から離れろ!」

 エズラは連中に指示すると血を流して倒れているフィンの元へ駆け寄る。

「フィン……、これからだってのによう……」

 言葉をかけるがフィンは全く微動だにしない。完全にこと切れていた。


 ノアズアーク号は大きく旋回をしブリトマート号を目指す。策略でも何でもいい。とにかくアーティガル号とこんなただっぴろい海原で会えたのは非常に幸運なことだった。


 

「ノアズアーク号が離れたぞ!お前ら、存分にやってやれ。いいか、できるだけ船は鹵獲しろ!海軍様への土産になるからな」

 リトル・ジョンは望遠鏡でエズラたちがノアズアーク号へ戻ったことを確認すると連中に攻撃を指示した。しかし以前のように船を沈めるのでなく、船と人員をジャマイカへ差し出すようにした。


 暴れたくて仕方がなかった連中は久々の獲物に貪るように食らいつく。海賊ハンターが海賊を捕らえた一瞬である。

 速力を上げて風上へ回り込み、一斉に銃撃を開始する。


 バーン!バーン!


 この銃弾の嵐に倒れ込む海賊たち。彼らが降伏するのに時間はかからなかった。

「あいつら……新進の海賊のようだな。あんまり戦闘経験がないのかも」

 リトル・ジョンの隣で暇そうに刀を持て余していたオオヤマが呟く。

「そりゃそうさ。きっと今までも疫病発生の劇をして騙していたんだろう。マリサがみたら下手すぎて嘆くぜ」

 リトル・ジョンの目の前で捕獲されていく海賊たち。まだ若い青年も多数いた。

「若い彼らの夢は金持ちになることか……でもそれは叶わなかった。審理の後、彼らは吊るされるわけだ。きっと親もいるだろうに親不孝なことだ」

 彼らのことを別に案じているわけでない。若くして海賊化し、その罪で命を終えるなんて理不尽である。もう少しましな世の中ならこんな不幸は起きなかっただろう。

「神よ、彼らを貴方のもとへ導き給え……」

 リトル・ジョンはそう言って十字を切った。


 

 手をロープで縛られた海賊たちは並んで牢へ入っていく。船首牢だけでは入りきらず、船倉へ入れられるものも続出した。

「奴らにちゃんと食べ物を出すんだぞ。俺たちは彼らを餓死させるほど悪いハンターじゃない。紳士的に扱えよ」

 リトル・ジョンは部下たちに指示をしていく。そこへ海賊のひとりが叫んだ。


「この裏切り者めが!お前こそ処刑されちまえばいいのだ。ケチな海賊ハンターめ」

 口々にリトル・ジョンたちアーティガル号の連中に暴言を吐く海賊たち。


 彼らからすれば、確かに海賊をやめて求めに応じ海賊ハンターとして海賊を捕らえている自分たちは裏切り者である。それは承知の上だ。


(何とでも言ってくれ。俺たちはマリサが必死に守り抜いたものを手放すほど馬鹿じゃねえんだ。マリサがこの船にいようがいまいが、今でもこれからもずっと俺たちの頭目だ。そんな頭目をもてなかったことを不幸に思えよ)


 リトル・ジョンはそう言ってオオヤマの肩を叩く。

「俺たちはこのままグリンクロス島までノアズアーク号とブリトマート号とともに航海をするぞ」

「そうだな、これからも暇であることを祈るぜ」

 刀を鞘に納めたオオヤマは少し物足りないようだった。

「まあ、そうして欲しいものだ。あんなにたくさんの海賊どもを捕えたは良いが、食わせなけりゃならない。経費をしっかり出してもらってくださいよ」

 近くで話を聞いていた主計長のモーガンも呆れたようにいう。


 

 ノアズアーク号にはそんなやり取りなど聞こえない。それでも緊張が解けて幾分連中に戦闘の片づけをする時間ができた。

「フィンの水葬をするぞ。準備しておけ」

 ノアズアーク号でもっとも目がよく、遠くまでものを見ることができたフィン。もう彼の活躍を見ることはできない。


 フィンの遺体は亜麻袋へ入れられ、水葬される。彼らは知っている限りの神の言葉を呟いた。ノアズアーク号に牧師はいない。信仰深いとは言えなかったが、彼らは亡くなったフィンのために故郷の歌を歌った。


 フィンの遺体は波間に見え隠れしていたが、その姿も船が進むにつれ、遠くに消えていった。


「フィーン!お前を守れなかった俺を許してくれ」

 そう叫ぶエズラの目から一筋二筋の涙が零れ落ちていった。

 ノアズアーク号の仲間たちはエズラが振り返るまでずっと背中を見守る。


 風は変わりなく船を目的地へと運んでおり、そしてその先には次の目的が待っているのだ。


最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想ツッコミお待ちしております。

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