37見えてきたもの
ゴブリン号奪還とスミス少尉率いる海賊討伐のために出発するアーティガル号、オルソン救出にむけてフランスへ向かうジェーン号。新たな情報や資料などを得て彼らは航海をします。
キャニオン島へ向けて準備を整えていくアーティガル号。一方でジェーン号は再びフランスへ向かうことになる。このように分かれたのは行動するにあたりコミュニケーションの観点と実績からジェーン号はフランスへ向かい、海賊や私掠経験の長い連中ばかりのアーティガル号はキャニオン島へ向かうこととなったからだ。アーティガル号にはスパロウ号鹵獲事件でキャニオン島に置き去りとなり、生き延びてきた乗員たちのひとり、フレッドもいる。フレッドは島の探索を当時のグリーン副長(テイラー子爵)と行っており、いくばくかの情報を持っていた。
「では、フランスへ楽しい旅をしてきます」
ハーヴェーが気取って出発の挨拶をする。いくぶん足腰の衰えはあるものの、まだ声に張りがある。それはオルソン救出という目的をもったときから気力が強くなったようだ。やはり何かと生きているうえでの目的や目標は大切である。今回は手探り状態ではなく、テイラー子爵が政府や海軍司令部とのやり取りで得たいくらかの情報を得ており、その情報をアーティガル号側と共有できていた。
「任せたぞ。荷はあくまでも副業だからな」
そう言って送り出すテイラー子爵は難しい顔をしている。乗員たちの中には元海賊や、ジェーン号の前身であるムエット号の乗員たちもいる。彼らが上手く立ち回ってくれれば問題はないが、自分が手を出せない航海だけに不安が残って仕方がなかった。
「心配したって始まらない。ただ、デュマ一座やヘンリエッタたちのことを考えると掴みどころのない苛立ちを覚えるね。そうはいってもジャコバイト派が絡んでいるならいずれまた蜂起するだろう」
マリサはそう言うと、乗船しかけていたフレッドの元へ駆け寄る。
「せっかく会えたのにこうしてあたしたちはすれ違ってばかり。そしてエリカとお義母さんに寂しい思いをさせている。あたしは自分でもどうしたらいいかわからない。でも……今のあたしに船を降りた生活なんて考えられない。それでもフレッド、あたしを待ってくれる?」
こんな迷いは誰にも言えなかったことだ。マリサが船に乗って活躍をする中、昇進試験に落ち続けたフレッドは心を病んで自暴自棄になったことがあった。その根幹になっていたものは身分違いの結婚、貴賤結婚である。マリサと双子の姉シャーロットは母方であるテイラー家の血を引いている。シャーロットはその後ウオルター総督の子として育てられ、マリサは誘拐されデイヴィスとイライザの子として育てられた。オルソン家の使用人の子として育ち、子どもながらに使用人としても働いていたマリサは常に大人に囲まれ甘えられない子ども時代を過ごしている。マリサは家族というものがよくわからないまま育ったが、結婚をしてエリカという子どもを授かったことでようやく家族というものを意識するようになった。
「僕からも同じことを言うよ。僕を待ってくれ。あの島は僕にとって忘れられない因縁の島だ。だから同じ失敗をくりかえさないと誓う。僕たちは必ず海賊化したゴブリン号を追い詰めて取り戻す。だから僕を待ってくれ」
フレッドはマリサの迷いに気付いている。だからこそマリサにも救出を成功させてほしいと願っていた。
ふたりはキスをすると別れを惜しんでしばらく抱き合っていたが、カモメが間近で鳴いたのを聞くと互いにその手を放し、フレッドはアーティガル号へ乗り込んでいった。
「錨を上げろ、帆を張れ!」
リトル・ジョン船長の掛け声とともに錨があげられ、帆が風を受けていく。アーティガル号はマリサにとっても思い出深い船だけにそこに自分がいないことの寂しさを感じていたが、今はその感傷にひたっていられない。
遠くなるアーティガル号を見送るとマリサはジェーン号へもどる。
「さあ、あたしたちも必ずオルソンを見つけ出すぞ。海賊討伐という美味しいところを持っていかれたあたしたちだ、蒔き返しを図ろうぜ」
マリサが連中に声をかけると元海賊のジャンとその仲間はワクワクする気持ちを押さえられず歓声を上げた。しかし堅気の商船ムエット号の乗員だったサイモンとその仲間は操船にたけていても剣や銃を持って戦うなどまっぴらだった。それでも自分たちは満身創痍のムエット号をジェーン号へ再生してもらっただけでなく雇用も継続してもらっており、商船会社がオルソン救出に向かえというならその通りにするつもりだった。マリサの言葉には確かな操船として応えている。
「経営のことは任せてくれ。ブリトマート号と艤装をしているノアズアーク号で積極的に荷を運んで収益を上げるつもりだ。南海泡沫事件以来、投資家の破産によって荷受けのできる船が減っている。稼ぐのは今だからな」
テイラーの言葉にマリサが微笑む。この言葉には元提督ディクソンの推薦状を得られたことの自信だが、マリサはその事情を知らないままである。過去の犯罪のため、育ての父デイヴィスを処刑台へ送り出した元提督に対してマリサが持ち続けている感情は小さくなったものの消えているわけでない。それでも仏頂面が多かったマリサは結婚して家族ができてから感情が豊かになっている。
要塞爆破事件を受けてイギリスの関与が疑われており、真面目に荷を運んでいる商船を演じながらもう一度オルソンの軌跡を捜す。デュマ一座とヘンリエッタたち、そしてジャコバイト派がつながっているのではないかとの見方を受けてあの要塞爆破の地を目指すのだ。
オルソンが生き延びるとしたらどのような手段で生き延びるだろうか。オルソンから貴族のたしなみとして「毒」を使うことを(オルソン家の継承者と違い、一部であるが)教えてもらったマリサはあることを考えている。
ゆっくりと桟橋を離れていくジェーン号。岸壁にはテイラー子爵とその妻ジェーン。連中の家族や恋人のほかハリエットとエリカ、シャーロットもいた。そこにはいないがきっとオルソン家の長男、アーネストもオルソン救出にむけて航海をしたかったに違いない。家を守るためにやむなく残ったアーネストの気持ちをルークは背負っている。
(今度こそ必ずお父様を捜して連れもどす。……そしてオルソン家をあの忌まわしい呪縛から解き放ちたい……僕たちは間違った選択をしていないよね。だからお父様を必ず救い出す)
アーネストは長子としてオルソン家にある思いを持っており、それを弟のルーク、アイザックと共有していた。志半ばで亡くなったアイザックの分もルークは背負って航海に臨んでいる。
(アイザック、空から見守ってくれよ……)
外海へ出るころには風が強くなって雲の流れが早くなっていた。きっと天候が悪くなっていくだろう。
ジェーン号の航海は順調だ。ただ、闇雲に探すのではなく、南下してルークが必要とする物資を購入したり、ワインを仕入れたりした。港界隈を歩き、フランスの社会情勢に聞き耳を立てている。
荷はたくさんでなくてもいいのだ。とにかく荷を積んでいれさえすれば商船としての言い訳にもなる。あの要塞を探っていたとき心乱れたルークもすっかり吹っ切れており、何かの役に立てないかと持ち込んだ本を読み漁り、オルソン家御用達の雑貨店からは何やらわけのわからない石や植物の実などを自分の荷として持ち込んでいる。おかげで時々船酔いを引き起こして寝入っていることもあるが、ルークらしい行動といえた。
ラビットは相変わらずオルソンに教えてもらった火器の手入れをまめにしており、いつでもその日に答えることができるようにしている。
「海賊となって以来ラビットは真面目だな。酒を飲んで暴れるでなし、言われたことをやり通すし。誰もが信頼を置くひとりだぜ。だからラビットがオルソンの後を受けてくれるって言ったときは本当に嬉しかった」
その日も砲磨きに勤しんでいるラビットに声をかけるマリサ。
「信頼も何も……おいらの家族はもういないから誰に気兼ねをすることもないよ。おいらが誰かに買われてしまわないようにウオルター総督は買い上げてくれただけじゃなく、こうして自由に働かせてもらっている。ただ、この自由は特別なものなんだ。ほとんどの奴隷たちは死ぬまで酷使され、奴隷から生まれた子供も奴隷となってしまう。おいらはあの奴隷船や奴隷狩りのことを今でも夢に見るんだ。なんでおいらたちは白人の奴隷にならなければならないのか……理不尽すぎて時々狂いそうになる。あの海賊エドワード・ティーチはイーデン総督の庇護を受ける見返りに仲間の黒人乗員たちを奴隷として差し出したって聞いている。だから」
そうラビットが言ったとき、ラビットの気持ちがわからないでもないマリサは彼の口に指をあてた。
「あたしたちはあんたを売ることはない。あたしたちの仲間を売るなんてそんなケチな海賊じゃなかったはずだぜ。それだけじゃなくあたしたちはアトランティック・スターズ社に所属する船の乗員だ。だからこれからも頼むよ。きっとオルソンもそう思っている」
マリサの言葉に無言で頷くラビット。しかしその顔には安堵の表情が見えていた。
そこへサイモンが困惑した様子でやってくる。
「この船も猫を仲間にしなきゃならんようだ。……船倉でネズミを見かけた。マルセイユ市のペスト大流行を聞いているから怖くて船倉に近づけやしねえ」
ネズミは食料を食い荒らすだけじゃなく、歯を削るため船に使われている木々をかじっていく。それだけじゃなく糞を散らすので不衛生極まりないのだ。
「わかっていて猫を乗せなかったのか?アーティガル号にはかわいい猫が2匹乗員として鎮座しているんだぞ。こうなりゃフランスへ寄ったときに猫を調達するしかないか」
相変らずどこか段取りの悪いところがある。ジェーン号はアーティガル号からハーヴェー、マリサ、ラビット、アーサー、ギルバート、ルークが乗り込み、あとはサイモンほかジェーン号の前身ムエット号の乗員たち、ジャンほか元フランス海賊の乗員たちがいる。英語とフランス語の両方を理解できるものばかりじゃないので、どうしてもコミュニケーションの問題が生じる。前回の航海で片言の単語でいくらか通じるようにはなったが、それ以上にムエット号の乗員たちとムエット号を襲撃した元フランス海賊の乗員たちとの間に今でも軋轢があるのは確かだ。
「猫を乗せるのは僕も賛成だよ。ネズミ対策だけじゃなく、あれは癒しだ。きっとみんなの癒しになると思う。ネズミ対策なら僕なりに対策を考えたよ。殺鼠剤を作ってみたから間違えて食べるなよ」
ルークはそう言ってその場の連中に確かめさせえた。ルークが殺鼠剤だと言っているものは小麦粉を練った小さな石のような塊だった。
「これには毒物のヒ素が混入してあるから絶対に食べちゃダメだ。これを食べて死んだネズミを見つけても触らず、この木のスコップですくい上げ、海へ捨ててくれ。イギリスだってこれまでの歴史で何度も疫病の大流行を経験している。1665年のロンドンで起きた腺ペストの大流行のときも多くの人びとが死んでいき国王陛下も避難したほどだ。疫病を甘く見てはいけない。なにより、この船が発生源になっていはいけないんだ。船は着岸しない限り何が起きても自分たちで解決しなければならない。ましてアーティガル号と違い、船医もいない。……防御は大切だ」
ルークの話に感心したように納得していく乗員たち。マリサがこの話に説得力を感じたのは、ルークもまた『毒の守り人』の秘密を知っているからだった。長子のみに継承されるはずのオルソン家の秘密をなぜかアイザックとルークも知っている。これは謎だったがマリサとオルソンもそれを追求していないままだった。長い航海や続出する事件のためそれどころじゃなかったのである。
「あたしたちはこれからやらなきゃいけないことがあるんだ。それをネズミに邪魔されたくない。もし疫病が発生すれば検疫に引っかかり上陸もできなくなる。そうなればますますオルソン捜索が遠のいてしまう。そんなことで目的を達成ずにまた国へ帰るようなことは避けたい。さあ、ネズミなんかに負けるなよ。あたしたちの敵は……国を転覆させようとしている奴ら、ジャコバイト派だ」
もちろん、フランス人の元ムエット号の乗員たちや元フランス海賊のジャンたちにジャコバイト派のことを言っても関係がないように思われた。しかし元ムエット号の乗員たちは船の再生だけでなく雇用してもらっている恩義を感じており、ジャンをはじめとする元フランス海賊たちは暇な航海よりも派手に活劇をやりたい気持ちがあり、マリサの理由がどうあれやるべきことをやりとおす覚悟だった。
「あの演劇集団デュマ一座はル・アーブル港で降り、公演をしながらパリを目指すと言っていた。あたしには女優が駆け落ちして行方不明になったと言いながら彼らはろくに捜索もせずロンドン市での公演を続けていた。そのとき彼らをもう少し気に留めるべきだったんだ。あたしは亡きアン女王陛下の見解で罪を問われなくなり処刑されなかった。だからジャコバイト派はあたしがアン女王に恩義があるならジャコバイト派として戦えとも言っている(アーティガル号編 2話 英語を話せない国王)。その結果がハリエット母さんとエリカの拉致事件だ。でもあたしはジャコバイト派じゃない。そんなことに縛られるような女じゃないし、自分の考え方や働き方だって押し付けられるのはごめんだ。使用人として働いていたあたしにオルソンは教育と貴族のたしなみ(オルソン家の秘密である毒の一部継承)を教えてくれた。そして自分も育ての父のひとりであるとも言っていた。だからあたしはオルソンのために行動をする」
フランス語を交えて話すマリサ。そこへジャンがマリサの言葉に同意しながらその場の乗員たちにあることを投げかける。
「暇すぎると頭がボケちまうぜ。さあ、フランスの海賊の意地を見せてやろう。おっと……心配すんなよサイモン。お前たちムエット号の生き残りは操船に集中してくれたらいい。ここにはお前たち優秀な船乗りと英仏海賊共同体がいる。最高の船だと思わねえか」
あれだけ反目しあっていたサイモンとジャンだが、ようやく信頼関係ができたようである。サイモンは笑みを浮かべるとジャンと握手を交わした。
「さあ、ようやくみんながまとまったところで資料を出すとしよう。これは僕たちの航海に向けてテイラー子爵が海軍司令部から得たものだ。政府は迂闊に手を出せないことから僕たちの動きに協力をしている。なぜなら外交上の問題で海軍が動けば再び戦火に入るからね。……平和的な要塞爆破事件は仕組まれた罠だ。図らずも罠にはまってしまった国を救わねばならない。まずはこれを見てくれ」
解説はルークとマリサがフランス語に訳しながら行っていく。
ルークが見せた資料はジャコバイト派のフランスにおける拠点などである。その中にはフランス私掠船が公に認められていたサン・マロという町も含まれていた。
「ほう……これはおもしろいことになったぞ」
ジャンが身を乗り出して聞いてくる。ハーヴェーたちも然り。いよいよ反撃の開始である。
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