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35 ゴブリン号の目的

平和的な要塞爆破の後、スミス少尉とそれを支持する者たちによって奪われた格好のゴブリン号。迂闊に軍部は手を出せません。頼れる民間はやはりアレですか。

南海泡沫事件は政治家の利用や虚偽の宣伝によって株価を操作した南海会社と乱立したペーパーカンパニーにより猫も杓子も株ブームとなったところ、政府の介入で実体のないペーパーカンパニーが裁かれ、結果的に南海会社の株価が大暴落した事件です。これにより破産者や自殺者が続出しました。

まるで少し前の日本を見ているようですね。


 マリサを疑ったことで距離ができてしまったテイラー子爵。しかしそれも故意的なものだ。マリサは自分を伯父様と呼んで慕ってくれるし自分も勝気で自ら行動を起こすマリサを身内以上にかわいがってきたつもりだ。私怨を乗り越えた仲だが、自分がオルソン家の秘密にかかわろうとする以上、距離を置いた方が良いと考えた。

 もっとも、マリサはそんなことで自棄になるような女ではない。それはそれ、これはこれ(They are two different things.)だと割り切ることができる女だ。


 事務に携わる男を残して事務所を出ると、そのままある人物の家へ急ぐ。その人物の家は30分ほど歩けば到着できる距離だ。港からそこそこ離れているが、それは土地に広さを求めた結果だろう。

 家へ到着すると、男の子とまだ小さな女の子が真っ先に玄関へ現れた。

「こんにちは、おじさん。遊びに来たの?」

「ねえ、一緒に遊ぼう」

 グリーン副長時代、あれほどまでに冷たい目つきをしていたテイラー子爵だが、結婚をして妻が懐妊中の今となっては目付きもかわるようで、子どもたちがまとわりついてきた。

「これこれ、おやめなさい。お客様はお爺ちゃんに用があって来られたのよ」

 子どもたちの母親はそう言ってテイラー子爵を案内する。もう何度か来た家である。

「ご無沙汰しております。午後の貴重な時間、おくつろぎのところ申し訳ありません。どうしてもご相談したいことがあって伺いました。えっと……ここは元の役職でお呼びしたほうがよろしいのでしょうか」

 テイラー子爵が半ば冗談で問いかけたその男は白いひげを蓄えた老人である。お腹周りも貫録づいており過去の姿を垣間見ることはできないほどだ。

「いや……引退した私をからかっても無駄だぞ、グリーン副長」

「そうなればお互い様ですよ。今の私は海軍の役職や名まえも過去のことです。いい加減に覚えてくださいね……私はハリー・ジェイコブ・テイラー。とりあえず子爵を名乗る者です」

「そうだったな……それなら私のことを元提督なんて呼ばないでくれ。いつまでも過去の栄光にすがっているほど私は落ちぶれちゃいない。ウオーリアス提督という名前はもう過去のことだ。戦争が終わり、君と同じように私は通り名を捨て本名に戻った。ディクソンと呼んでくれたらいい。さあ、テイラー子爵、そろそろ君の相談とやらを聞かせてくれ」

 彼は”青ザメ”と協力をして”光の船”の船団を壊滅へ導いた艦隊の元提督である。提督を引退した後もその古ぼけた時代の主人公のような通り名で呼ばれることがあったが、孫可愛さもあってその通り名を封印していた。

「まずここでは互いに身分のことを考えずお話ししましょう。私たちは身分以上に海軍として戦った関係でありますからね。ここへ来た理由は”青ザメ”にいたオルソンのことです。マリサの後見人でもあり、田舎の領地を治めているオルソン伯爵はある事件をきっかけに姿を消しました」

 テイラー子爵は椅子へ腰かけると事件のいきさつを話す。

 孫と過ごす平和的な日々にどっぷりとつかっていたディクソンは身を乗り出して聞き入っている。


「なるほど……。私がお爺ちゃんをしている間にそのような事件が起きていたのか。貴族の拉致は正直言って興味をもてないが作戦を実行したゴブリン号のことは気になるな。君の言うように果たしてその封緘命令が本物だったかを調べればゴブリン号の事件と目的も見えてくるだろう。クーパー君が言っていたスミス少尉について調べてみたまえ。封緘命令を出したほうも何か記録があるはずだ。そして命令内容とされたゴブリン号の目的が本当に平和的な要塞の爆破だったかどうかも考えねばならないだろう。……実はな、引退した私の耳にもカモメの鳴き声が入っているんだよ。君は知っているか?()()()()()()()()のことを」

 瞳の奥に何やら彼の思惑がうごめいている。ディクソンは髭を撫でると立ち上がって窓を開けた。窓から見える景色はいつものどんよりとした空だったが、風向きが変わったのか湿った風が入ってくる。

「ほほう……。海賊船ゴブリン号?それは何とも興味をそそられる話ですな。貴方ほどの有名人だと情報や噂の量も相当数あるでしょうから私の知らない噂もあるでしょう。となると次の駒があるということですね」

「いずれ駒は動く……。テイラー子爵、アン女王陛下の功績である和平がまた崩れようとしているようだ。海軍の船ゴブリン号が要塞爆破をしたことでイギリスはフランスへ戦争を仕掛けたようにとられている。もちろん外交ではこれをきっぱりと否定をしているものの事実として要塞爆破が行われた。我が国王陛下もその対応を迫られている。ここへきて海賊船ゴブリン号の登場だ。もちろん、海軍の船と同じかどうかはわからない。たまたま名前が同じということも無きにしも非ずだが、あんな物語に出てくる怪物の名を船名につけるような人間がそういるかな。その船は船団を組んで荒らしており、海賊共和国が瓦解しているにもかかわらず全く時代を逆行した愚かな海賊といっていい。いっそ私掠船に登場願うか?例えばアーティガル号とかな」

 ディクソンの発言は本気か冗談かはわからない。しかし国が戦争を仕掛けたと言いがかりをつけられているなら、海軍を前面に出すわけにはいかないだろう。


 テイラー子爵はディクソンの妻が持ってきたコーヒーを口にするとしばらく考え込む。


「ディクソン、お忘れですか。エヴァンズ艦長の船スパロウ号は海賊ジェニングズ一味に鹵獲され、名前を変えないまま海賊船扱いだったのですよ。まあ、それはいいとしてアーティガル号は丁度港へ戻っていますし、アーティガル号のもつ私掠免許状も書き換えられたことでジェーン号が私掠行為を行うことができるようになりました。彼らが動くことに問題はありません。ただ、アトランティック・スターズ社はとりあえず商船会社ですから荷を運ばねば経営が成り立たないのです。再艤装化したノアズアーク号はともかく、ブリトマート号は昔から商船です。収益を上げて彼らを養わなければなりません。他にも南海会社の株が暴落した(1720年に起きた南海泡沫(ほうまつ)事件。今でいうバブルの崩壊)ことで破産者が続出し、行き場のない船から所属したいとも打診があるのです」

 オルソンとマリサが不在の間経営を任されていたテイラー子爵は会社経営の責任を自覚している。

「逆に奴らを討伐した暁には信用という対価を得られるだろう。海賊共和国が瓦解していることを考えると私掠船として活動できるのも長くないはずだ。今しかできないことだぞ。残された商船ブリトマート号とノアズアーク号については積極的に利用してもらえるようにその筋に推薦状でも何でも書いておこう。このことで私は君から何ら報酬をもらわない。これは私の慈善事業だよ。とはいってもフランスが戦力をもって向かってくるなら国王陛下の艦隊に登場願わなければならないだろうが……ゴブリン号のことはすでに海軍上層部の耳に入っているはずだ。封緘命令の真偽を明らかにし。要塞爆破が国の命令かそうでないかをはっきりさせて外交を動かすのだ。誰かが駒を動かしている。誰かが和平を崩そうとしている……。君も知っている通り、海賊共和国で名を挙げたジェニングズやヴェインはジャコバイト派の海賊だった。ジャコバイト派の活動はまだ続いているとみていい。彼らは機会を狙って時が来るのを待っているのだ。そのあたりが私は怪しいと思うよ。私の意見はここまでだ」

 ディクソンの言葉に笑みを浮かべたテイラー子爵は手を差し出し握手を交わす。

「なかなか的を得たご意見ですね。ありがとうございます。では我が国の名誉のために」

 そしてふたりは唱和する。


「国王陛下、万歳!」


 

 しばらくして家を出たテイラー子爵は胸の内にあった重いものが消えていることに気付く。元提督とは貴族と市民が身分を考えず、同じ立ち位置で話をすることができる何とも不思議な間柄だが、マリサとフレッドの結婚も貴賤結婚を乗り越えたものであることから、身分差を超えて対等に話をすることに違和感を感じなくなっていた。

 

(貴族が威張っている社会がこの先も続くかわからない。王室が国民をないがしろにしない限り、国民は王室を愛する。それが王室安泰の秘訣だ。貴族もそれなりに働いて市民と同じ立ち位置に立つことも重要だ。見てくれだけの貴族なんて茶番にすぎない。お前の演劇はそのヒントになったよ)


 マリサとデュマ一座が結婚式に披露したモリエールの『町人貴族』は、貴族になりたい町民のおかしな行動とそれを揶揄するかのように相手をしている貴族たちの物語である。すでにフランス国内では貴族に対してこのような思いがあるようだ。


(あの『町人貴族』がジェーンの父、ブラント伯爵が成り上がりで格下のテイラー家へ娘を嫁がせることの嫌がらせだったことは目に見えている。マリサは”青ザメ”の頭目として身分や宗教、人種を超えて同じ仲間として連中をまとめ上げていた。その立場から演劇の背景に気付いたものもあるだろうよ。身分をこえてスチーブンソン君と結婚したマリサのその思いはさらに強くなっているはず。お前のような生き方がやがて世の中を変えていくのかもしれない)


「さて、いよいよもって私はグリーン副長なのか、テイラー子爵なのか立ち位置があやふやになってきたぞ。まずはきっかけとなっている封緘命令について調べねばならん。海軍を引退した私にそれをあかしてくれるかどうかはわからないが国の一大事だ。なんとかディクソンの後ろ盾や理由を言って調べてもらおう」


 テイラー子爵はそう呟くとその海軍本部ヘ向かった。


 

 潮の匂いはディクソンの家を離れるにつれ次第に強くなってきている。彼の家は元提督に似つかわしくないほど港から離れた農村部である。広い庭で妻と息子の嫁が花や木を育て、派手さはないが自然に溶け込んだ庭を造っている。そんなことを考えたり愛でたりする心の余裕がなかったテイラー子爵は、懐妊しているジェーンが穏やかに過ごせるよう、使用人たちに庭の整備をさせている。オルソン家のように庭師がいなかったので仕方のないことだった。

 

 港へ近づくにつれ通りを行き交う人々の往来が賑やかになっていく。物売りや海軍士官たち相手のアパートもある。戦争がないと給料が減る彼らは家賃を滞納しないように計画立てて生活をしないといけないが、そうは言っても楽しみは必要であり、カードなどのかけ事もそのひとつだった。



 海軍本部ではまだグリーン副長としての自分の名が通っている様で、最初に本名を言っても通じなかった。あのディクソンも古風すぎる通り名が有名になりすぎて本名を知らない人もいるのだからそんなものなのかもしれない。

 そこには港勤務の船の艦長も何人かいた。あとは頭で戦争を考える偉い人たちである。

「ここへ来たのはある事を報告するためです。実は私の周りでカモメがクゥークゥーと甲高い声で鳴いていましてね。すでに皆さんの耳にも入っていると思いますが、ゴブリン号の噂をきいたことはありませんか。そのゴブリン号の行動の結果、今我が国にはフランスに対して戦争を仕掛けたという疑惑がでているんですよ」

 そう切り出すとテイラー子爵は自分が見聞きしたことを話した。しかし家に匿っているクーパー少尉のことはここには触れず、フランスの船乗りから聞いた話だとして、商船会社という立場から知り得た情報だと強調した。

「そうか、君の耳にもカモメの声が届いているのか。全く君のいう通りだよ。あの優しいジョンソン艦長指揮するゴブリン号は今や海賊の旗艦船となっている。ジョンソン艦長率いる上陸部隊はフランス沿岸部にあった古ぼけた要塞を爆破した際、交戦になりフランス側と上陸した海軍の優秀な乗員たちが亡くなっているとのことだ。その中にはジョンソン艦長も含まれている。そう、どう見てもイギリスが戦争を仕掛けたことになってしまうのだ。これは戦争勃発の危機なのだ」

 その男は長い航海から帰ったのか、日焼けして顔にはしわが刻まれていた。相当年季の入った感じである。

「ゴブリン号のことは出入りする船から噂がすぐに入った。ところでグリーン副長……失礼、テイラー子爵、君の本心は外にあるではないのか。コーヒーハウスレベルの話題を持ってきても私たちは頷くだけだ。さ、何のためにここへ来たか話してみたまえ」

 彼らは薄々テイラー子爵の目的に気づいているようだ。それに気付いたテイラー子爵は口角を上げて答える。

「要塞爆破は封緘命令で指示されたものです。ではお尋ねします。その封緘命令は本当に然るべき筋を通ったものなのですか」

 彼の問いかけに黙り込む上層部の人々や艦長たち。

「つまり……その封緘命令は偽物ではないかと言っているのだな。テイラー子爵、その質問は正しい。なぜなら我々もそれをまず疑っていたのだ。そして君はそれを調べられないかとも思っているのだろう。残念ながら君は軍を引退しており疑問を持っていても調べる権限はない。封緘命令が本物だったかどうかはこちらで調べ、判断をする。だからこの件を私たちに任せて真偽のほどを楽しみにしてくれ」

 彼らがそう言うのはもっともなことだ。封緘命令は第三者が開封しないよう厳重に封をされ、決められた場所で開封をするほど機密性が高いものだ。ゴブリン号が港を離れ誰とも接触できない海原で開封をしたのも事前に作戦を知られてはならなかったからである。しかしなぜか命令書の中身は要塞が置かれていた町の知ることとなり、交戦となった。

「おっしゃることはよく承知しております。あとゴブリン号の乗員たちのことも何かわかれば教えてください。素性の怪しい者が紛れていたのかもしれませんよ」

 テイラー子爵は黒幕と思われるスミス少尉の名を言いたくて仕方がなかったが、屋敷でクーパーを匿っているだけでなく、フレッドと他の士官たちをアーティガル号でこっそり面倒を見ていることから、それは機会を伺ってのほうが良いと考えた。

「ああ、それも重々承知しているよ。フランスでペストが大流行したせいか、どうもネズミが多くてね……怪しい動きをしたら疑ってかかるつもりだ。だからといって国が戦争を仕掛けたと言われている以上、闇雲に我々が行動をすべきではないと思われる。外交が失敗したうえでの行動だからだ。」

 彼らもテイラー子爵の言っている意味をよく理解しているようだ。

「……つまり私掠なら行動も可能だと?」

 彼らの言う行動とは海賊ゴブリン号とその船団の討伐である。そしてウオルター総督から私掠免許を与えられているアーティガル号とジェーン号はその行為を認められるのだ。

「ゴブリン号は相手を選ばない海賊だ。恐らく収益を一番にもってきているのだろう。いわば資金集めだ。では、その資金は何のためか。我々は海賊共和国のように自分たちの利益を目的にしたものではないと考えている。であるなら、誰がその資金を必要とするのか。……戦力だろうよ。国に反旗を翻す者たちへの資金だ。国王陛下に欺く者たち……ジャコバイト派だ」

 一番歳をとっている上層部の男が呟く。

「ジャコバイト派を支持していた海賊はヴェイン(海賊共和国二大巨頭のひとりジェニングズの弟子。残虐な海賊であり、処刑台に上がってまで人や社会をののしった)の処刑で終わっていたと思うのですが、まだくすぶっていたのですね。私掠は我々の仕事です。ジャコバイト派に資金が流れないように討伐する必要がありますね。承知しました。我々が彼らを討伐しましょう。そのかわりに封緘命令の真偽とゴブリン号のネズミの件、よろしくお願いしますよ」

 見通しをもったテイラー子爵は精いっぱいの礼を尽くすと商船会社へ戻っていった。

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