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34ジャコバイトの光とネズミの噂

待望の男の子、チャールズ・エドワード・スチュアートの誕生はジャコバイト派に希望をもたらします。チャールズもまた歴史に翻弄されていくひとりとなります。その後にヘンリー・ベネディクト・スチュアートが生まれますが、彼は信仰を守る道を選びました。

ジェームズ・スチュアートはイギリスを構成しているイングランドの国王を主張しています。そのためイギリスとイングランドという言い方が混在しています。

 イギリスから遠く離れたイタリアのローマ市。ここにローマ教皇から『カトリックのイングランド国王夫妻』と呼ばれたジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏とその妻マリア・クレメンティナ・ソビエスカがローマ教皇の庇護のもと暮らしている。高額の年金を受け取りながら、いつかはイングランド王ジェームズ3世・スコットランド王ジェームズ8世として国の土を踏みたいという思いが募る。彼はジョージ1世の支持者から、『老僭王(ろうせんおう)』とまるで詐欺の王のように言われており、その言葉に傷ついているのはマリアも同じだった。

 マリアは12月31日にうまれたばかりの赤子を抱いている。まるで歴史の1ページをめくるかのようなタイミングで生まれた子はチャールズ・エドワード・スチュアート。待望の男の子だった。

 ジョージ1世はカトリックの長子が生まれることを恐れ、ジェームズ・スチュアートの結婚に猛反対をしてマリアの輿入れを妨害して捕えている。しかしマリアは警備兵を説得して脱出し、結婚へこぎつけた。

 

 ジェームズ・スチュアートがイングランド国王になることができないのには、1701年にアン女王が即位し、カトリックであるジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートの国王即位を阻止するため制定された王位継承法という根拠があった。また1713年の戦争終結に向けたユトレヒト和約の中にもカトリックと対立しているプロテスタントがグレートブリテン王位を継承することをフランスが認めるという取り決めがあった。これにより、カトリックの国王は亡くなったジェームズ2世限りとなった。

 つまり、法的に見てもジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏は国王として認められないのである。しかし熱心なジャコバイト派はあきらめなかった。チャールズ・エドワード・スチュアートの誕生はジャコバイト派の人々に希望を与えた。

「この子は希望。私たちと私たちを指示してくれる人々にとっても希望の子。神の祝福があるだろう」

 ジェームズ・スチュアートはそう言ってまだ小さな赤子のチャールズを見つめた。

 チャールズは母の腕の中で眠り続けている。

 

 赤子を乳母の手に託したマリアはジェームズと窓辺に立つ。こうして見える空はローマの空だ。

「イングランドの空は何色かしら。この空が遠くイングランドまで続いているなら、きっと私たちを迎えてくれるわね」

 マリアはイングランドへ想いを寄せる。

「その日はきっとくる。それが私たちとチャールズの希望だ」

 ジェームズはマリアの肩を寄せ、父が統治したイングランドの地を踏みしめる日が来るのを信じている。自分には支持者がいる。ローマ教皇の後ろ盾もある。彼は届いたばかりの手紙を開き、フランスにある古ぼけた要塞がイギリス海軍の関与によって爆破されたことを知る。

「イギリスはフランスの古い要塞を爆破させたことで戦争を仕掛けた。このようにフィリップたちは計画を進めている。彼らは自分たちに任せてほしいと言って私たちの直接の支援を受けなかった。何かあって私たちに矛先が向けられるのを防いでいるのだ」

 以前、新たな仲間を交えて計画を進めるということで、わざわざ謁見を申し出たフィリップとヘンリエッタ。その脇にはオルソン伯爵がいた。しかし、ジェームズ・スチュアートは彼の名を知らなかった。自分がフランスへ亡命している間に爵位を買った新興の貴族だろうと思っている。どんな貴族であれ、自分を支持してくれるなら国王となった暁には彼らを重用すればよいのだと考えている。


 計画を聞いたとき、なぜか体が震えたのを覚えている。ジョージ1世を亡き者とするだけでなく、かつて亡命をしていたフランス政府へも()()をするというのだ。オルソンはそう言ったことに詳しいとフィリップが言っていた。


(私は正当なスチュアート家の血を引く人間だ。イギリスを治めるのはこの正当な血だ。必ず私はこの足で彼の地に立ち、支配する。私が国王となったなら、今や市民に紛れている不遇のヘンリエッタたちに光を当てようぞ)


 ジャコバイト派の新たな勢力として活動を始めたヘンリエッタたち。あの平和的な要塞爆破はスミス少尉の反乱だけでなかったのである。そのスミス少尉はジョンソン艦長や他の士官たちを排除して今やゴブリン号の指揮をする者だ。ジェームズ・スチュアートはそのような詳細を知ることはないが、イギリスがフランスへ戦争を仕掛けたと知り、ほくそ笑む。

 

(ジョージ氏(ジョージ1世)は国王の資格なぞないということがわかっただろう……。亡きアン女王が和平を結んだことで得た平穏を破るのはどんな気分だね)


 そう思ったとき、赤子のチャールズがむずかって泣き出す。


 あーん、あーん……。


「お腹がすいたのかもしれませんね」

 乳母の言葉にマリアはチャールズを預けると赤子の涙をふいた。

「何も心配いらないのよ、チャールズ」

 その涙は温かみがあり、柔らかな赤子の肌を流れていく。この愛おしい存在に相応しい未来を保証してやりたい。そんな思いが募る。


 今まもるべきは長子であるチャールズだ。ジョージ1世があれほどまでに恐れたカトリックの王の子である。

「この子は私たちの未来。ローマ教皇によって神の祝福を受けた子。そしてカトリックの王を継ぐ者。誰にも邪魔をさせない」

 ジェームズもチャールズの涙をふくと乳母にその後を任せた。


 ローマの空は遠くイングランドへつながっている。そしてそこには自分の支持者がいる。それに報いたい一心だ。ジェームズはじっと目を閉じるとそのまま彼らに思いを寄せた。

 

 

 一方、オルソンを拉致したフィリップたちの活動拠点となっている製粉工場では、正業である製粉を終えたフィリップがある報告を受けている。

「そうか……幕が上がったということか。こうしている間にも徐々に計画は実行されている。俺たちも抜かりなようにしないとな……」

「このことで我らはゴブリン号という船を手に入れることができた。すでに艤装を済ませて()()()()()だ。まさかイギリス海軍の船が海を荒らすことになるなんて思ってもみなかっただろうよ」

 フィリップに報告をしていたのは仲間のロバートである。フィリップたちに近い人間であり、スコットランド出身のカトリック教徒だった。

「……オルソンが生きていればもっとやりようがあったかもしれないと今でも思う。オルソンは何を考えているかわからない恐ろしさがあった。別に殺す必要がなかったんじゃないのかと今でも思うぜ」

「だからこそ消えてもらったんだよ、ロバート。企みの芽は小さいうちに摘んでおく必要があるんだ。それに……ヘンリエッタがだまっちゃいない。あいつはオルソンにかなりの恨みをもっている。聞いたかもしれないが、ヘンリエッタはオルソンに親を殺されているんだよ。何も事件がなければ」

 そうフィリップが言ったとき背後で女の声がした。

「余計なことは言わないで。全くあなたたちはおしゃべりなんだから」

 外出からヘンリエッタが帰ってきたのである。手にはお金が入った袋を持っている。

「ほら、頼まれた分の製粉料、もらってきたわよ。慈善事業じゃないんだからちゃんとお金は集めないと経営が成り立たないでしょう」

 ヘンリエッタは支払いが滞っていた代金を取り立てる為外出していたようだ。

「おう、ありがとうよ。読み書き計算できる女は重宝する。俺たちにとってお前は愛すべき『姫』だ」

 そう言ってフィリップが茶化す。

「わけのわからないことを言ってごまかすのはやめて。私のことをごちゃごちゃいう暇があったらさっさと働きなさい。暇そうにしているとペストにやられるわよ。ネズミの多いところでペストが発生するらしいからね。ほら、あんたの後ろをチューチューいって走り回っているのは何?」

「うわっ!」

 フィリップとロバートが慌ててその場から離れる。ネズミが確かにチョロチョロしていた。

「ネズミは製粉工場の敵だ。全く……オルソンにネズミを殺す毒でもつくってもらえばよかったのに」

 ロバートがそう呟くのをヘンリエッタは聞き逃さなかった。


 バチーン!


 すかさず歩み寄ってロバートの頬をぶつヘンリエッタ。

「ネズミのことであんな男に頼るっていうの?情けない!もう死んだ男のことはどうでもいいのよ」

 ヘンリエッタはかなり腹が立っていた。

「機嫌なおせよ、ヘンリエッタ。ロバートは朗報を持ってきたんだ。資金稼ぎのために海を荒らしている海賊船ゴブリン号のことだよ。イギリスは和平を結んでおいて今度は戦争を仕掛けたという格好だ。要塞爆破に使われたゴブリン号は海賊船となった。今では仲間の船を従える船団だ。シェークスピアでもこんなドラマを仕立てていないぞ」

 フィリップは自慢げである。

「海賊なんて時代遅れも甚だしい。そういえば田舎の貧乏貴族オルソンも時代遅れの海賊だったらしいわね。なら、余計に消えて正解だったわ。ふふっ……私が仕留めてもよかったのに誰かさんが女の仕事じゃないって言うからね……。私もみくびられたもんだわ、フィリップ」

 そう言いつつ、先ほどのネズミが隠れた壁の隅を見つめる。

「……ペスト大流行のおかげでネズミ捕り男は大忙しだそうよ。1匹のネズミはやがて群れなして被害をもたらす。……オルソンを捜しているネズミがでたわ。ル・アーブル港の宿にイギリスから来たアルバートという男を探す女が現れた。その女は自分を()めようとした男を返り討ちにして局部を切り落とそうとした」

 こう聞いて何とも男にとって恐ろしい行動をとった女の話に身を乗り出すフィリップたち。

「女の名はマリサ。オルソン家の使用人であり元海賊よ。オルソンとともに海賊船に乗って海軍に協力をしていた時代遅れの海賊。○○切りのマリサといえば海賊界隈じゃ名の知れた女よ」

「○○切りのマリサ……。へへっ!大丈夫だ。むしろ会ってみたいものだ。そんなネズミなら喜んで噛みつかれてやるよ。ペストでもない限りな」

 まるで他人事(ひとごと)のように面白がるフィリップとロバート。

「じゃ、噛みつかれたら?……面白がるのも今のうちよ。マリサが港へ現れたということは、私たちの動きをたどってくるかもしれない。そのあたりは慎重になさいよ。計画前にやられたらこれまでの苦労が報われないから」

 そう言ってヘンリエッタは壁の隅にあった昇降用の梯子を動かす。これは階上の石臼へ麦を運ぶための梯子だ。するとそこにネズミ捕りの罠があり、そこから何匹ものネズミの死骸がでてきた。

「ネズミは殺さなきゃ。でないと我が身を亡ぼすわよ。この町へネズミ捕り男がやってきたらしいから高いお金を出してでも工場のネズミを駆除してもらうといいわ。マルセイユ市みたいにペストが大流行しては大変だもの」

 ヘンリエッタのいうネズミは別の意味だがフィリップたちはそこまで考えていないようだ。どのみちネズミを駆除しなければ本業である製粉業がなりたたないだろう。

 

 昔からネズミ捕りという職業が存在し、駆除しては対価を得ていた。中にはそれを渋る輩がいたが、ネズミ捕り男は笛を吹き、町から多くの子供を連れ去ってしまった。子どもたちは人買いに買われ、ネズミ捕り男はそのお金をネズミ捕りの代償とした。これは「ハメルンの笛吹き」という寓話の元にもなっている。(諸説あり)


 こうしてマリサやゴブリン号の情報がヘンリエッタたちの耳に入った。マリサがオルソンを捜しに来るとは思っていたものの、現実にそのことを知ると緊張が走る。そしてそれはヘンリエッタの過去を鮮明に思い出させた。


(オルソンだけでなく、あなたも死んでもらうわ。オルソンの系譜を引き継ぐ者は皆死ねばいいのよ)


 ヘンリエッタは固くこぶしを握り締めた。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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