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33テイラー子爵、マリサを疑う

オルソン家の由来や駆け落ちした女優のことが明らかになっていく。

 翌日、シャーロットが帰る馬車を見送るオルソン家の家族と幾人かの使用人たち。

「ねえ、シャーロットおばさん。エリカにぜひ伝えて。お互いにもっと演奏が上手くなったら演奏旅行に行こうって。ヨーロッパ大陸には僕たちの知らない音楽もあると思う。だから一緒に演奏旅行へ行き、勉強したいんだ」

 エリカよりも年上のジョシュアはエリカがいなくなってからもバイオリンを熱心に勉強している。海賊時代のオルソンが航海中にバイオリンを奏でては連中の退屈で喧嘩でも起きそうな気配を消していたように、ジョシュアも寂しさを紛らわせていた。

「ええ、ちゃんと伝えるわ。私もあなたたちの演奏を楽しみにしているから」

 そうシャーロットが返事をするとジョシュアは安心したかのように笑みを浮かべた。

「兄さま、もう一度、皆で救出の計画を練り直して必ずやお父様を救い出します。出発点に戻ってしまったけれど、これは出直しの出発点だ。オルソン家に起きたこの事件は何かほかの要素が絡んでいる。……何せ、オルソン家は多くの敵を相手にしてきたんだから」

 ルークも穏やかな顔をしている。それまでの迷いやしがらみがふっきれたようだ。この表情をみてアーネストも安心したようだ。

「お前も知っている通り、お父様は()()を持っている。少々のことでやられるようなお父様じゃない……そう信じているよ。お前もそうだろう?」

 アーネストの言葉は重い。領主の行方について勘ぐる人々には長期の旅行だといっているが、それもいつまで可能かわからない。

「オルソン家の当主はこんなことで負けやしない。だから僕たちも負けない。……僕は次男坊だけどオルソン家の宿命を引き継いでいる。兄さまひとりに重荷を負わせられないよ」

 ルークの言葉にゆっくり頷くアーネスト。

 ルークとアーネスト親子に見送られて、ゆっくりと馬車が動き出す。思わぬシャーロットとの出会いはルークの迷いを消した。吹っ切れたルークは小さくなっていく馬車をいつまでも見つめている。

 また離れ離れになるふたりだが、心は繋がっていた。



 アトランティック・スターズ社の事務所ではオルソン救出の計画が練りなおされていた。振出しに戻った格好となり正直途方に暮れていたマリサたちにテイラー子爵はあることを話す。

「マリサ、お前はフランス語の取得のため演劇集団デュマ一座に加わり、当時駆け落ちして行方知れずだった女優の代役を演じたと聞いているが、それについて何か知っているか」

「何かって……あたしはその女優が駆け落ちして上演予定の演目ができないとは聞いただけだ。そんな女優の個人的な情報なんて知らないし知ろうともしなかったけど、それが何か関係あるのか」

 それまでそんなことは過ぎたことだと記憶から消えていた一件だ。それに何の関係があるのだろうか。マリサはデュマ一座で演劇の練習をした日々を思い出す。

「貴族は暇をどう過ごすかが問題だ。お前の言う女優の駆け落ち、本当にそうなら私もこのようなことは言わない。……ジェーン号がフランスへ向かっている間、私は駆け落ちした女優の行方の情報を探した。そしてテムズ川に女の死体があがっていたことを掴んだ。しかも溺死ではなく腹部を刃物で刺された後、川へ落とされたらしい。まあ、こんな話は珍しくもない。問題はその女の素性だ。貴族や資産家仲間には演劇好きがいてね、その女を知っている者がいたよ。女の名前はマリー。デュマ一座の女優だ。そう、駆け落ちしたと言われる女優のことだ。マリーの素性は当然デュマ一座へ連絡されると思ったていたが、なぜかそれは途絶えた。このことも関係あるのかもしれない。……そもそもデュマ一座は演劇だけのためにイギリスへきたと思うか?私は他の目的があったと考えている。」

 テイラー子爵の思わぬ発言にマリサは興味を示す。

「他の目的?それがマリーの死に何か関係があるというのか」

「団長のデュマはある目的も兼ねてイギリスへ来た。その目的を知ったマリーは役人へ知らせようとしたが、誰かに消されたのではないか。ジェーン号の前身ムエット号はイギリスとフランスと何度か往復しており、ムエット号として最後の航海はオルソンらしき人物を運んでいた。で、ここからが本題だ。お前はスペイン海賊”光の船”の首謀者であり、嘆きの収容所(Campamento de lamentación)が置かれていた島の総督でもあったミゲル・ガルシアを亡き者とし、収容所へ入っていた我々を救い出した。これは事実だ。だが、私には疑問が残った」(本編45話 反撃②)

 テイラー子爵の刺すような目つきがマリサをとらえる。

「マリサ、お前はどのような手口でガルシア総督を亡き者としたのだ?刃物や銃を使えば明らかに殺されたとわかり、国と国の問題となっただろう。しかしガルシア総督の死について我々の見識では、亡くなったのは海賊の首領であり、原因は心臓の病による腹上死という見立てだ。だが、本当の原因はなんだ?それがオルソン拉致に関係しているとしたらお前は真実を語れるか」

 マリサの心臓が大きく鼓動する。それはガルシア総督の死について核心を問うものであり、オルソン家の秘密にかかわってくることだからだ。

 

 目の前にいるテイラー子爵は明らかにマリサに疑いの目を向けている。


 どう答えるべきか考え、しばらくの沈黙が続く。


 

 ガルシア総督殺害の疑いによりマリサは捕らえられ、それまで協力関係にあったイギリス海軍の船に目の前でデイヴィージョーンズ号を沈められた。その際、マリサが抵抗して銃を撃つことができないように、わざとグリーン副長はマリサの腕を撃った。その時の傷跡は大きく残ったままだ。(本編 53話 失望と収監 そして)

「……答えはもうご自分でだされているのではないですか。今更私に答えさせようとなさっても無駄です。ガルシア総督の死についてはすでに外交サイドで議論され、解決しています。疑念がおありなら議会へ問うてはいかがですか」

 そう言い残すとマリサは事務所を後にする。彼に対する警戒心が高まり、それ以上その場にいることは困難だった。


(そうか……やはり()()()()()()()()が存在したということか……)


 事務所に残されたテイラー子爵は目を閉じる。


 オルソンがなぜでっち上げの罪を着せられ、密かに拉致されたのか。その事件背景に何があるか調べる必要があり、彼はこれまでおきた王室や貴族の数々のスキャンダルや、どうしても腑に落ちない事件がいくつかあるのを見つけた。ところがそれらについて手がかりは見つからなかった。公にこのようなことを調べることは困難だったが、王室に近いある貴族からオルソン家のルーツについて知るものがようやくあらわれたのである。



 

 時間はマリサたちがオルソン救出の為フランスへ渡っている頃にさかのぼる。テイラー子爵は事務所でイギリスの歴史に関する資料を読みあさっていた。オルソン家がいつごろからあらわれたのか、何か手がかりを探すためだ。するとオルソン家の設立はある時代から始まり、王室を陰謀から守り、命を救った功績で爵位と領地を与えられたことがわかった。テイラー子爵家のように事業で財を成して爵位を買ったような成り上がりとは違う。(財政危機に陥っていたスチュアート朝では爵位の売買があった)王室への貢献がものを言っている爵位だった。

「なるほど……まさに正当な貴族であるようだ。それなのに功績の詳細が語られていない。本来ならば歴史に名を遺すくらいの記録があるものだが、それがなぜないのだ……」

 テイラー子爵はしばらく考え込み、ある結論をする。


(裏の仕事を担ってきたということだな)


 これまでにもオルソン家には謎が多かった。貢献した貴族でありながら辺境の田舎貴族であり、広大な領地をもっているわけでもない。財政難の為、デイヴィージョーンズ号の船長ジョン・デイヴィス率いる”青ザメ”と手を結び、イギリスを敵としない海賊(buccaneer)を擁護しただけでなく、自らその行為にも加担していた。貴族らしからぬ行動といえる。


 オルソン家では使用人にすぎず”青ザメ”でも頭目として統率をしていただけのマリサがそこまでオルソン救出にこだわるのはなぜか。テイラー子爵はマリサの行動を振り返り、あの”光の船”の本拠地でガルシア総督が心臓の病による腹上死で亡くなったことを思い出した。

 マリサとオルソンには何か秘密があり、これがヒントではないかと考えた。それだけでなく、オルソンの妻も若くして亡くなっていることを知る。しかもマリサが使用人としてオルソン家に仕えていた頃の話だ。

 

(オルソンの妻マデリンといえば、まるでバラの花のような華やかさと洗練された美貌を持つ女性だった。それは貴族社会でも話題になるほどの美貌だったと聞く。有力貴族へ嫁ぐこともできたのに、わざわざ田舎の貴族へ嫁いでいる。恋愛だけでオルソン家へ嫁いだのか?)


 爵位が上であるオルソン家に対してこのように疑いをもって調べていくのは甚だ心苦しいことだ。オルソン家の内情を調べれば調べるほど自分がオルソンを泥足で踏みつけているような気がしてならない。それでもテイラー子爵は行動を止めなかった。

 “青ザメ”の仲間でありマリサにとって領主でもあったオルソンのためにマリサは家庭を顧みず行動をしている。マリサをそうまでして行動させている根拠は”死”にまつわるオルソン家の秘密だろうと考えたのである。しかし面と向かって秘密を話せと言っても言わないのは明らかだ。オルソンを拉致した者たちの手がかりも得られていない。ヘンリエッタ一味もフランスへ逃亡したままだ。

 陰謀渦巻く貴族社会で互いに競り合い、ののしる関係は珍しいものでない。テイラー子爵も噂でそうした話を聞くことはあったが、いざそれを前にすると無性に動悸がしてやまらなかった。

 このままオルソン家へいっても何も得られないし警戒されるだろう。

 自分を警戒して早々に事務所を出てしまったマリサ。どの様にマリサからそのことを聞き出せばよいのだろうか。

 「マリサ、お前に嫌われてでも私は私で行動する。オルソンを救うためだ」

 テイラー子爵の目付きが変わる。

 テイラー子爵は海軍や海兵隊の上官たちとは面識があり、いくらか交流があったが、陸のこととなるとそんなに繋がりのある人間はいなかった。今まで家の存続など考えもせず、マリサを亡き者とするため度々留守にしていたことや、人間関係を構築することに重要性を感じていなかったからだ。


 ふと嘆きの収容所(Campamento de lamentación)から脱出したときのことを思い出す。(本編45話 反撃②)

 

(あのとき、オルソンはマリサの手を見て何かを言っていた。その目撃者は自分とデイヴィス船長だ。しかしそのデイヴィスは処刑されている。ああ……あのときオルソンは何を言ったのだ。マリサの手に何が起きていたのだ……)


 こうなればオルソン家へ行って確かめるしかなかった。それをオルソンの長子アーネストが話すかどうかは全くわからない。むしろ何も語らないと思ったほうがいいだろう。しかし答えがそこにあるなら行かねばならない。それがオルソンを救う手がかりとなるからだ。

 

 テイラー子爵はゆっくりと立ち上がった。

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