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31偶然という名の舞台

偶然というご都合主義かもしれません。まあ、素直に神様の導きということで……。

自信満々のテイラー子爵、無敵です。

 爆風によって体のいたるところを打ち付けたクーパーは、幸運にもマリサたちに救い出されてジェーン号にいる。しかしジェーン号では目に見える傷の手当ぐらいしかできることはなく、骨に影響していると思われても何もできないままだった。

「痛みはどうですか」

 ハンモックに横たわったままのクーパーにマリサが尋ねる。ジェーン号は修理と艤装だけにお金と時間をかけていたので客を乗せるような設備はない。本当ならハンモックでなくちゃんとしたベッドにでも寝かせてやりたかったが、それは叶わないことだった。

「痛みがないといえば嘘になりますが、こうして生きているだけでも有難いことです。体を思うように動かせられたらどんなに誇らしいことでしょう。それができず、ただ横たわっているだけという自分を情けなく思います」

 そうは言っても日が経つにつれ声に張りが出てきたクーパーは、顔色も次第によくなってきていた。

「元気が出てきている様で安心しました。クーパーさんはゴブリン号に起きている事件の生き証人としての使命があります。ゴブリン号に潜む魔物……あたしたちは海軍様を敵にする理由はないのですが、もし目を付けられるようなことがあれば……」

 マリサはこう言って言葉を詰まらせる。この先も海軍の味方であるべきだと思うのだが、クーパーのいうゴブリン号の魔物はどう考えてもかかわりたくないものである。自分たちの本来の目的はオルソン救出だ。ただ、相変らずオルソンの情報は切れたままで、掴みようのないことにマリサは苛立ちを覚えていた。

「ゴブリン号にはかかわらない事です。それが一番の方法です」

 マリサの考えていることがわかったのか、そう言ってクーパーは話を閉じた。


 

 平和的な要塞が爆破されてからジェーン号はフランス領海から離れてイギリスへむかっている。クーパーへの十分な療養や治療ができないからだ。また生き証人であるクーパーの身を安全に預けられる場を作らねばならない。オルソン救出の手がかりすら得られないまま国へ帰るのは不本意であるが、クーパーの身を考えるとそうも言ってられなかった。

 

 要塞爆破を行ったのはゴブリン号のジョンソン艦長をはじめとする乗員達である。彼らのことはフランス側に知れることとなり、計画を実行する前に多くの人々は逆襲にあい、それだけでなく処理しそこなった火薬類が爆発して敵味方関係なく潰してしまった。

 要塞爆破後速やかに姿を消したジェーン号に人びとは疑いの目を向けたが、スミスと繋がっていた役人はジェーン号ではなく、計算どおりにゴブリン号を追跡して拿捕した。これにより要塞爆破についての一件は解決した格好になっている。


「問題はイギリスがフランスへ戦争を仕掛けたと考えられてしまうことだろう。戦争状態になれば喜ぶのは誰だ?そりゃ戦争となればもうかるのは軍隊ときまっているが、そんな問題じゃない気がする。何かの陰謀がうごめいているんじゃないか……」

 ハーヴェーとふたり、遠く水平線を見つめながらマリサが呟く。

「考えてもどうもならないぜ。俺たちはすでに演劇の舞台にいるんだ。やるべきこと、信じることをやるだけさ。オルソンはそう簡単にやられるような男じゃない。俺は絶対にオルソンはどこかで生きていると思っている。あの嘆きの収容所(Campamento de lamentación)でさえ俺たちは生還できたんだ。様々な知識をもっているオルソンのことだ、きっと生きているよ」

 マリサが海賊となる前からオルソンと共に海賊家業をやっていたハーヴェーの言葉は力強い。


 

 ジェーン号は速足で北上し、すでにイギリスは目の前だ。

「さて、お国が見えてきたぞ。手ぶらで帰ってきた俺たちをテイラー子爵様は……ってなんか違和感あるなあ……グリーン副長がどう迎えるかだ」

 いまだにグリーン副長の本当の名に慣れていないハーヴェー。

 マリサはクーパーの元上官でもあったテイラー子爵に彼を預けることを考えていたのである。


 ほどなくして商船会社のあるロンドン港へ入港する。と、そこへ見覚えのある船が停泊しているのを見つける。

「アーティガル号!私掠から戻ったのか」

 その姿にマリサをはじめ元連中たちが甲板上でその名を叫ぶ。

「これはなんともいいお導きだぜ。神様でないかぎりこんな都合のいい偶然はおきねえぞ。とにかく補給かなんか知らねえが、奴らに話さなきゃならないことがたくさんある。素面(しらふ)でな」

 ハーヴェーは真面目な顔で乗員たちに酒を控えるように話す。


 

 思いがけないジェーン号の入港は留守を預かっていたテイラー子爵だけでなく、アーティガル号の連中たちを驚かせた。また、アーティガル号とジェーン号の連中たちは商船業務に従事しているスクーナー船ブリトマート号の存在を知り、さらに驚いた。

「お互い長い時間会っていないのだから変化があってもおかしくない。ブリトマート号の乗員たちは海賊や私掠経験のない真面目な船乗りばかりだ。海賊襲撃にあい、荷を奪われただけでなく船を損傷させたブリトマート号は投資家への補償がなされず売却の憂き目にあっていた。それを私の判断で買い取り、船乗りたちを雇用したのだ。それからマリサの知っている海賊上がりの商船ノアズアーク号も我らがアトランティック・スターズ社へ加わった。どうだ、私も期待通り経営に役立っておろう?」

 あまりの変化に驚いているマリサやハーヴェー、リトル・ジョン達を前にして語るテイラー子爵はとても満足気である。

「ところで……ジェーン号はなぜ目的を果たせずに帰ったのか?満身創痍のムエット号をジェーン号として修繕するにはかなりの時間とお金を投資したのだぞ。手ぶらで帰ったということはオルソン伯爵の身に何かあったとみてよいか?そしてアーティガル号も何か私に言わなかったことがあるようだな。お前たちの企みを話すべきだ」

 そう言ってテイラー子爵は冷たい視線で笑みを見せる。これはマリサを貶めようとしていたあのグリーン副長としての目付きだ。


「企んだわけじゃない。あたしとオルソンが留守の間もこうして経営に従事してくれたことは有難いよ。グリーン副長としての伯父さまにぜひとも頼みたいことがあって急遽帰ってきたわけだ」

 マリサはそう言ってテイラー子爵の目をとらえた。

「……伯父様、かつての部下であるクーパーを覚えていますか。クーパーはフレッドとともにゴブリン号に乗船し、任務に就きました。そのクーパーは今ジェーン号にいます。そして彼は負傷しており、命を狙われる危険もあります。生き証人である彼を伯父様に守っていただきたいと思い、オルソン救出を後回しにしてここへ来たわけです。なぜクーパーが負傷してゴブリン号にいないのか、何の生き証人かは直接彼に聞いてください。あたしから言えることはひとつ、ゴブリン号には魔物がいる、ということです」

「ほう……。これは新たなドラマの展開だな。ゴブリン号!あのおとなしくて優しいジョンソン艦長の指揮する船か。そのゴブリン号に何かが起きたのだな」

 そうテイラー子爵が興味深げに言うと、先ほどから話を聞いていたアーティガル号のリトル・ジョン船長も慌てて話し出す。

「ちょっと待ってくれ。アーティガル号にもゴブリン号つながりがあるんだ。それを真っ先に言わなきゃならなかったのに、マリサに先を越されてしまった。マリサ、そしてテイラー子爵……ってやっぱりしっくりこねえや。グリーン副長、アーティガル号でフレッドと他3名の士官を預かっているんだ。海賊を捕らえてジャマイカ海軍司令部へ差し出したとき、司令部の牢にフレッドたちが謀反の罪で拘束されており審理を受けることになっていたんだが、それを司令部にいたエヴァンズ艦長他の判断で俺たちに預けるとのことになった。そのあたりの話は直接クーパーに聞いた方が良さそうだぞ。とにかくフレッドたちは俺たちに身柄を預けられたことで処刑を免れた。彼らは俺たちとともに罪状が白黒つくまで預けられることになったというわけだ」

「フレッドがアーティガル号にいる?バカ、なんでそれを真っ先に言わないんだ!」

 マリサが怒ってリトル・ジョンに掴みかかるので周りの連中が引き留める。

「クーパーのことで話すタイミングを逃したんだ、悪気はない」

 マリサが本気で掴みかかったのでリトル・ジョンは弁明に必死である。

「まあ待て。お前たちは当の俳優もいないのに演劇を始める気か。ともあれ生き証人とやらのクーパー君は私が面倒をみよう。ほほう……何かの陰謀のにおいがたちこめてきたぞ。……面白い!スチーブンソン君と3名の士官については迂闊に下船できないだろうから私が会って話を聞くことにしよう。お前たち、これで良いか」

 自分は立派に経営者として良き仕事をしていると自負しているテイラー子爵は無敵状態である。


 こうして神の導きの様な偶然が重なったことでアーティガル号とジェーン号の乗員たちは会うことができ、ゴブリン号に起きた事件と平和的な要塞爆破の経緯について知ることとなる。


 

 まずテイラー子爵はハーヴェーやマリサとともにジェーン号へ乗り込み、かつての部下であるクーパーに会った。

「クーパー君、よくぞ生き延びてくれた。ゴブリン号に起きたことを本当はすぐにでも上層部に報告すべきだろう。だが、それはまだだ。なぜならここはまだスチーブンソン君たち4名の士官たちを処刑せずにアーティガル号へ預けた艦長たちがいない。事情を知っている者がいないのにクーパー君を証言台に立たせても相手にするかどうかは疑問だ。それだけでなく、そもそもその封緘命令が本物かどうかさえ怪しいと私は思ったよ。君が大きな陰謀の中にいるのは確かだから何としても守らねばならない。安心するがよいぞ、クーパー君。君は商船の負傷した船乗りだということにしておこう。あとで迎えの馬車を向かわせるから、それに乗って私と屋敷へ行こう」

 テイラー子爵の声掛けにクーパーは笑みを見せる。かつての上司の励ましは何よりも心強い。

 クーパーはいずれ証人としてゴブリン号の真相を語ってもらうことになるだろう。


 

 その後マリサはテイラー子爵とともにアーティガル号へ乗り込み、懐かしくてたまらない気持ちを押さえて船内にいるフレッドと会い、抱擁をする。

「あんたが処刑されるって聞いたときは本当に焦ったし怖かったよ……。でもこうして会えてよかった……」

「僕もこうして生きていることを有難く思っている。生きてさえいれば家族にも会えるということを励みにしてここまできたんだ」

 マリサとフレッドは互いの無事を確かめ合い、抱擁してはキスをする。

 

 側にはラッセル少尉やコックス少尉、フォスター中尉もいる。家族がいるものの身柄を預けられて不安の残る彼らに、海軍での従軍経験のあるテイラー子爵は、フレッドと同様に白黒つけられない状態で身柄を預けられているので家へ帰らないほうが良いと話した。


 テイラー子爵は偶然という名の舞台に立っている彼らに、もはやオルソン救出だけの問題でなくなっていることを話した。

 その際、リトル・ジョンはグリンクロス島のウオルター総督から預かったジェーン号に対する私掠免許状をハーヴェーに渡す。

「有り難い。これさえあれば俺たちは先制攻撃ができる。またもウオルター総督に助けてもらった……有難い……」

 特別艤装許可証を書き換え、ジェーン号も私掠行為ができるように進言したのはジャマイカにいた艦長たちである。


「大きな陰謀が渦巻いているぞ。お前たちはそれに向かう勇気はあるのか。私のできることはお前たちが心置きなく活動できるように舞台を作ることだ。できれば私も船に乗って共に活動をしたいのだが、このアトランティック・スターズ社を誰かが守らねばならない。それだけでなく妻は懐妊している。私が船に乗ることができない事情はこれだ。だから必ずオルソンを助け出すんだぞ」

 ジェーンの懐妊の話を聞いて思わず口笛を吹くハーヴェー。

「それなら尚更オルソンを救出して本来の目的を達成しねえとな。オルソン救出はジェーン様への出産祝いだぜ」

 ハーヴェーの発言にマリサがムッとしてハーヴェーにつかみ掛かる。

「オルソンとジェーンを紐づけするな!」

 相変らずマリサはイラついている。唯一の手がかりであった港でもオルソンの影すら見つけられなかったからである。

「少しは慎んだらどうだマリサ。お前の天敵ジェーンは私の妻であり正式なテイラー子爵夫人なのだぞ。お前の発言は私への侮辱に値する。いくらかわいい姪のお前でもかばいようがなくなってくる」

 テイラー子爵はいつまでも変わらないマリサの言動に不満を感じていた。ジェーンは身分が下である子爵家へ嫁ぐことに最初は抵抗があったものの、貴族の結婚が必ずしも互いに愛し合って結婚するものではないと心得ており、彼女なりに運命を受け入れていた。そんなジェーンを家を存続させるための駒としか考えていなかったテイラー子爵は、いつしか愛情を抱くようになり、懐妊してからはより多くの愛情を注いでいたのである。この変化はマリサへの復讐心で生きていたグリーン副長時代の彼しか知らない屋敷の使用人たちも驚いている。


「申し訳ありません、伯父様」

 マリサも自分の発言がいけなかったことを自覚し素直に謝った。


 フレッドがアーティガル号にいることはマリサからハリエットとエリカに伝えられ、船内でようやく家族が揃うこととなる。フレッドが家へ帰れないことは残念であるが、犯罪人の疑いをかけられている以上、仕方のないことだ。それでもエリカは久しぶりに父と母に会えて大喜びだった。

 船を降りる際、フレッドと離れたくなくて大泣きするエリカ。それは今まで我慢していた父親への思いでもあった。

「父さん、父さん、父さん……」

 泣きじゃくるエリカをフレッドは抱き上げると何度も頬ずりをした。

「必ず……必ずまたエリカと暮らせる日が来るよ。母さんもまた航海へ出るが同じようにまた暮らせるようになる。大事な仕事が終わったら必ず帰ってくるよ」

「うん……うん……」

 涙声でしゃくりながら頷くエリカにハリエットももらい泣きをする。

 

 マリサはこのとき、ハリエットからシャーロットがオルソン家の代わりにエリカの音楽指導をしていたことを知る。エリカはグリンクロス島にいたころからマリサと同じ顔のシャーロットになついており、オルソン家へいけなくなってからもシャーロットが領地でエリカの音楽指導をすることで継続的に教育を受けることができていた。

「オルソンにエリカの勉強の成果を聞いてもらいたいものだな」

 マリサが呟くとエリカもようやく泣き止んで頷いた。

「ジョシュア様もバイオリンを勉強なさっているわ。一緒に演奏をすることを約束しているの」

 オルソン家の長子アーネストの子、ジョシュアはレッスンに来ていたエリカとすぐに打ち解けて身分を超えて交流をしている。それは人種や宗教、身分を問わない海賊”青ザメ”を思い出させた。

 手ぶらで帰ったジェーン号。それはひとときの家族のふれあいの時間をつくることとなった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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