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3封緘命令

疑心暗鬼の中でオルソンに対する陰謀は続く。そして洋上にいるフレッドはある命令を受け取る。

 イライザが眠っていた部屋へ行くと、そこにはまだやつれたような表情をしたイライザがオルソンに見守られて上半身を起こしていた。

「母さん!」

 マリサは駆け寄り、イライザに抱き着く。目覚めるまでどれほど心配したか……。

「まだ少し意識がはっきりしないようだから、あまり言葉を掛けないほうがいい。本人は混乱するだけだ」

 そう言ってオルソンはマリサをイライザから離すとアーネストに言いつける。

「イライザを使用人部屋から連れ出す」

 アーネストは無言で頷くとイライザを抱き上げたオルソンに先立ち、客が泊まったり休んだりする、あのいわくつきの部屋へ誘う。


 イライザに毒を盛った者が使用人の中にいるとしたら使用人部屋へ居る限りまた狙われるだろう。しかし許可なく入ることのできない部屋ならいくらかは安心できる。マリサだけ出入りさせればよいのだ。

「あとはっきりと目覚めるにはまだ時間がかかるだろう。毒の影響が残っていなければ良いが……。マリサ、()()()()()()()()()()()()

 オルソンの目は何かを覚悟しているようだった。この屋敷で何かおぞましいものが潜み、機会を狙っているのは確かだ。

「……承知しました、ご主人さま」

 今のマリサはオルソン家の使用人である。エリカの母親としてレッスンに同行する客人ではない。しかし使用人だからこそ彼らの動きに不審な点はないか探ることができる。マリサはイライザを守りながら犯人の手がかりを見つけなければならない。

 マリサはイライザがはっきり目覚めるまで身の回りの世話をするように言いつけられた。身の回りの世話をすることでイライザを守ることにもなるというオルソンの計らいである。

 

 オルソン家は正統派という意味を持つ名である。そのオルソン家はいつからか密かに政敵を葬る汚れ仕事を担うようになり、現在に至っている。この間人々は革命を経験し、民衆をないがしろにする領主や名士はやがて地に堕ちるということを目の当たりにしている。それはともすればオルソン家の影の働きが政治に影響を及ぼすこともあることを知らしめるものだった。


 自分が思いもかけずこのような状況にあることをアーティガル号の連中や商船会社の仲間が聞いたらどう思うだろう。海賊共和国は瓦解し、私掠船が海賊ハンターとして残った海賊の討伐に協力をしている。カリブ海周辺に平和が戻りつつあり、生き残りをかけた海賊たちはアフリカ方面へ拠点を変えるものもいた。

 海賊”青ザメ”が解団した今、マリサの頭目の地位は存在していないことから自分は船を降りるという決断をした。フレッドも今回は特別な任務とやらでどこへ行くのか、どのくらいの勤務かさえ話すことがなかった。ハリエットはそんな息子のことで頭がいっぱいだろう。普段からよくフレッドの自慢をしているハリエットは何かにつけマリサに干渉している。生まれ育ちも違う人間が同じ屋根の下で暮らす義母と嫁という関係はうまくいくようで簡単でなかった。

 イライザを守るため、とは言ったが内心ハリエットからしばらく距離を置きたいという気持ちもあった。


 マリサがイライザのそばへ寄るとイライザはマリサの手をとり、そのまま何かを訴えるかのように見つめた。

「心配しないで。母さんをこんな目にあわせた奴を懲らしめてやるから」

 そのマリサの言葉にイライザがほっとした様子だ。


 イライザの意識が戻ったことでイライザを慕う使用人たちはそわそわしている。その中に別の感情で気持ちが乱れている者がいたことをマリサはまだ知らない。


(まさかイライザが息を吹き返すとは……)


 このように影に隠れて様子を見ていた者がいた。その人物はそうつぶやくと次の行動を起こすための準備に入る。それはイライザの毒殺未遂を上回る大きな災厄であり、マリサを再び争いの地へ巻き込んでいく。


 

 一方、とある錨地では一隻のシップ型の船であるゴブリン号が停泊しており、ジョンソン艦長が封緘命令書を開封していた。出帆したときは命令が明らかにされず、指定された錨地で開封するものだった。乗員たちの中にはここへ来るまで見通しを持つことができず、心なしか不安を訴える者もいた。戦争が終わり海賊たちも討伐されていく中で、自分たちに何の特殊任務があるのか想像できなかった。

 この日のためというわけではないが、初老のジョンソン艦長はきれいに髭をそり落として気持ちを新たにしていた。そして目の前にいる男へ命令を周知させるよう指示する。その男、フレデリック・ルイス・スチーブンソン中尉ことフレッドは声を高くして招集する。

「総員!総員!甲板上へ集まれ。これより我々が何の目的で航海をするか明らかにされる」

 彼はマリサの夫であり、長きにわたって任務のために海賊と行動を共にした経験を持つ。そのため昇進の機会を逃し、貴族の血を引くマリサと結婚したことで貴賤結婚とみられることに悩まされて心病むこともあった。しかしマリサによって貴賤結婚の殻を破り、自分自身を取り戻している。

 フレッドの声に素早い動きで集まってくる乗員たち。戦争下であるなら別の緊張感もあるが、そうでないので顔は心なしか緩んでいるように感じられる。

「諸君!戦争が終わり海賊たちも衰退しつつあるなか、こうして任務があり、給料が出ることに感謝したまえ。仕事がない乗員たちは今頃他の仕事で食いつないでいるか港勤務だ。さて、有難いことに我々は新たな任務をいただき、将来の名誉と報酬を約束された。諸君も知っての通り、ジェームス・フランシス・エドワード・スチュアート氏を国王にと望むジャコバイト派は壊滅しておらず、このままおとなしく消滅するとは考えにくい。その証拠にジャコバイト派の拠点が存在していることが情報で明らかになった。しかもフランス領内だ……。そう、あの忌々しいジャコバイト派の拠点のひとつがフランス領にあるのだ。ルイ14世は亡くなる前までジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート氏を擁護しており、今でもジャコバイト派はフランスと繋がっているとみてよい。そのため、隠密にやらねば我々が戦争を仕掛けたと言われかねない。任務はフランス領内にあるジャコバイト派の拠点をフランスに気付かれないよう潰すこと。こうして船で移動しているということはその拠点が海沿いにあるということだ。そして重要事項だが、この任務は秘密裏に行わなければならないのだ。さあ、選ばれし諸君。質問はあるかね」

 ジョンソン艦長とフレッドほか士官たちは甲板上の乗員たちを見回す。しかし誰一人質問を投げかけてくるものはいない。

「では、作戦のための航路と錨地を説明する」

 質問がなかったことで彼らに異論はないのだと感じたジョンソン艦長は満足そうに頷き、航路と錨地を説明していく。戦争なら艦隊を組んでそれなりの装備をしていくのだろうが、ゴブリン号はシップ型というものの、小型の船で大砲などの艤装はない。それに応じて乗員も大型のフリゲート艦からみれば少ないものだ。密かに上陸をして作戦を行うにはゴブリン号の大きさがちょうどよかったのである。

 


 彼らへの命令はジョンソン艦長が言った通り、秘密裏に行わなければならなかった。フランス領という他人の地で、フランスの息がかかったジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートの一派であるジャコバイト派の拠点をつぶさねばならない。ルイ14世の後を継いだルイ15世はまだ幼い子どもであり、宰相ほか周りの大人たちの都合がいいようにコマを進められているとみてよい。ルイ15世とその宰相他がジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアートをどのように扱うのか未知数であり、今のうちに芽を摘んでおく必要があった。

 イギリス本国ではジャコバイト蜂起をはじめ反乱が鎮められているが、まだ残党が残っている。かつての海賊共和国の巨頭のひとりであるジェニングスやハミルトン元ジャマイカ総督もジャコバイト派であり、彼らはイギリス本国だけでなく各植民地や関係する国に点在して機会を伺っている。(アーティガル号編 14話 密航者と人質 )海賊たちの中にもジャコバイト派がおり、資金を調達するために私掠行為を行うものもいたが、海賊共和国の瓦解は彼らからその意欲を奪っていた。ジャコバイト派による大規模な反乱であるジャコバイト蜂起が制圧されたのを知ると、追われる立場の自分たちは私掠をするより海賊行為に専念した。彼らは利益を自分たちに還元したほうがよかったのだ。

 

 ジョージ1世の支持者たちは国王が異国から来たためうまく英語を話せず、しかも国王がハノーヴァー選帝侯を兼ねていたことから、何度もイギリスを離れてドイツへ帰る期間があるという問題点を責任内閣制という制度を作り上げて克服していった。このように政治の有り様は王室の変化に伴い変わっている。

 一方でジェームス・フランシス・エドワード・スチュアートはジョージ1世という腹違いの男が即位することを許せないでいた。スチュアート家の血を引くアン女王の相続人は大多数いたが、彼らは自分と同じカトリック教徒だったため相続から除外されていた。名誉革命後、1689年の権利の章典でイングランド国教会が国の教会として確立し、国王とその伴侶がカトリック教徒であることは禁止された。カトリック教徒だけでなくカトリック教会の聖職者も困難の歴史が始まるのである。もしアン女王に嫡子がいてその子が後を継いだなら、政治の流れはまた変わっていただろう。


 これまでにも政治に見え隠れしながら行動の機会を伺い、生き延びていたジャコバイト派が息を吹き返す日が訪れようとしていた。



 イライザの意識は回復したものの、受け答えに少し時間がかかっていた。オルソンの話では解毒が効いているとはいえ、完全に抜けるには時間がかかるということだ。なぜ犯人は領主でなくイライザに毒を盛る必要があったのか。犯人像が見えてこないだけに不気味でならない。もっと何か大きなものが動こうとしている……マリサの疑念が続く。


 換気のため窓を開けると薔薇の香りが漂ってきた。庭の奥では庭師ジョナサンが薔薇の手入れをしているのが見えた。こうして薔薇が咲き誇るのも彼の働きによるものだ。そう、あの日も薔薇が咲き誇っていた。


 かつてオルソンの手によって命を落としたオルソン夫人ことマデリン。若い画家との火遊びという不貞はオルソン家の名誉を傷つけるものだった。社交界の花と言われたマデリンを口説き落として妻に迎え愛したオルソンは、自らの手でマデリンの人生を閉じ、病死という悲劇の妻として見送った。(幼少編 8話 オルソン家の貴族のたしなみ、9話 眠れる薔薇の美女)

 この部屋はあのマデリンが最期を迎えた部屋だった。


 マリサもマデリンに毒を盛ったひとりだが、最期を迎えたときのことはオルソンの話でしか知らない。


(イライザ母さんは何かを見たのだろうか……それとも何かを教えようとしている?)


 様々な疑念がわいては消えていく。


 この屋敷でもある命令が開かれ、実行されようとしていた。

最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想ツッコミお待ちしております。

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