29平和的な要塞の罠④
魔物は君か。ようやく策略の一部がみえてきました。
平和的な要塞が爆破され、ゴブリン号とジェーン号が立ち去った港町。あれから煙や匂いは落ち着いたが、落ちつかないのは人々のほうであった。今までこのような事件が起きることもなく平和的にのんびりと生活をしてきたのに、まるで何かの演劇を見るかのようなこの大事件は人々の生活の関心を集めていく。
要塞にどのような戦略的な価値があったのか人々も知らない。ただ、爆破により多くの死傷者を出して瓦礫が残ったというのは事実である。
町の界隈でもこの話題で持ちきりだ。
そんな界隈をある男が歩きながら人々の話に耳を傾けている。港へ入ろうとする船に対して乗員たちの健康状態や感染地からの荷を積んでいないか調べる役人である。ジェーン号もこの役人の訪問を受けたが、全く問題がなかったので上陸を許可されていた。
(全く……伝染病発生のあの旗が合図だなんで誰も思っていなかっただろう。スミス君、ジョンソン艦長が瓦礫の下敷きとなって亡くなった今、ゴブリン号は君の手にある。私も敵の作戦を知って兵を派遣してもらい、爆破を仕掛けた者たちを排除することができた。それだけでも私の功績が増えたことは喜ばしい。残念なことに死傷者が出てしまったが、瓦礫となったのが意味もない古ぼけた要塞でよかった。これでもっと戦略的に有効な要塞建設に領主たちは動くだろう)
誰も知らないところでこのふたりはつながっていたのである。
ジョンソン艦長と上陸部隊が作戦の為上陸したのを見届けたゴブリン号は、役人たちの気を引き付けるために伝染病発生の旗を掲げ、外海へ出た。その後、要塞爆破とともにいったんは茂みに隠れた上陸部隊を迎えるために近くまで船を寄せる計画となっていた。
「スミス少尉、望遠鏡で煙を確認しました。迎えの準備をしますか」
年配の乗員が尋ねる。ジョンソン艦長や海兵隊他の上陸部隊を除いたゴブリン号の指揮はスミス少尉に任されているからだ。それはジョンソン艦長が以前スミス少尉の働きぶりに信頼を寄せ、自分の身に何かあればゴブリン号の指揮を執るように書面で書かれていたことも証拠となった。今やフレッドやフォスター中尉、ラッセル少尉、コックス少尉はすでにゴブリン号から排除されてゴブリン号にはスミス少尉しか士官がいない。スミス少尉は彼らが処刑されるように策略をしたが、ジャマイカの海軍司令部はそれを保留とし、4人の身柄をアーティガル号のリトル・ジョン船長に預けた。ジョンソン艦長の言動に違和感を感じたのと4人にかけられていた謀反の疑いを信じられなかったからである。
「いや……それには及ばんよ。迎えに行かなくても向こうから迎えにくるからな」
スミス少尉の言葉に意味が分からず、返答に困る乗員たち。
「見たまえ。彼らは私たちを丁重に迎えるためにやってくるのだ。さて、君たちはどう迎えるかね」
スミス少尉が視線を投げかけた方向をみると、1隻の帆船が近寄りつつあった。しかもそれはフランス海軍の旗を掲げていた。
ゴブリン号の乗員たちに緊張が走る。落ち着いているのはスミス少尉だけである。
「知っての通り、この船は艤装がない状態だ。同じ艤装のない船でもメイナード中尉は作戦勝ちで海賊エドワード・ティーチの首をとった。だが、その時の幸運な舞台はここにはない。総員、砲撃と移乗攻撃に備えよ!」
スミス少尉は全体に指示をする。士官が彼ひとりであるため乗員たちは不安顔だ。
「作戦は上手くいったはず……。それなのになぜフランスの船が……?」
「とにかく銃をもて。銃撃で反撃するしかないんだ」
小さな声で口々に話す乗員たち。そうでもしなければ不安で押しつぶされそうだった。
フランス海軍の船は砲撃をする気配がないままゴブリン号へ近づいてくる。それはゴブリン号が砲の艤装をしていないのを知っているかのようだった。そして移乗が可能な距離まで近づき、停船を求めてきた。
「君たちは伝染病発生の旗を掲げていたと思うが、なぜ今は降ろしているのだ。伝染病がおさまったということか?それはそうと、君たちが港を出た後に要塞が爆破されたのをご存じか?しかも要塞爆破にイギリス人が関与していることが証拠に挙がっている。さらに驚くべきは君たちの艦長が痛ましい姿でがれきの下から出てきたことだ。なかなか立派な最期だったと言っておこう。さて……我々フランスに戦争を仕掛けた気分はどうだ?……ほう……砲撃を恐れず銃で迎え撃とうとしているな。その勇気と士気は褒められるべきだろう。さあ、潔く降伏したまえ。艤装のない船に砲撃をしても後味が悪いだけだからな」
フランス船の船はいつで攻撃は可能だとばかりに砲門が開けられた。事あらば船首をまわして撃ってくるつもりだろう。こうなってはいかにこちらが移乗攻撃から守ろうとしても砲撃の威力にはかなわないものである。下手をすればそのまま沈められる可能性だってある。
スミス少尉はしばらく目を閉じて考える。敵を目の前にして艤装のない船での最善の策は何か。
「総員、武器を降ろせ。私は君たちをここで失うわけにいかない。責任はすべて私にある」
目を開けると乗員たちに指示を出した。この指示に乗員たちは素直に武器という武器を放棄した。それを受けて次々に乗り込んでくるフランス兵は彼らを拘束していき、ゴブリン号を指揮下に置いた。乗員たちは戦うことなく捕虜となったのである。
スミス少尉も銃を突き付けられフランス船へ乗り込むことになったが、彼の行き先は牢ではなく艦長室だった。
「ようこそ、スミス少尉。貴方のシナリオはとてもうまくいったようで、我々も喜ばしく思う。お疲れだろうからそこにかけてくれ。今コーヒーを点てさせている」
先ほど乗員たちを威圧したフランス船の艦長はスミス少尉を椅子へ案内した。彼は年齢を重ねているが声に張りがある。
「喜んでいただけて光栄ですよ、フルリ艦長。こうしてあなたはゴブリン号と捕虜を手に入れることができた。貴方の功績ですよ」
スミス少尉は拘束されるでもなく歓迎をされていた。
「君のフランス語はなかなか流暢だ。いい先生に教えてもらったようだね。さて、ゴブリン号について心配しているようだから言っておく。ゴブリン号は艤装を施し野望のために航海をするだろう。艦長はもちろん君だ。君と志を同じくするジャコバイトの乗員や元海賊たちも手配する。海賊共和国とやらの瓦解で結束を失った海賊どもを捕えたが、釈放と引き換えにこの計画へ加わることを提示したら見事に賛同したよ。この者たちは新たな君の部下となるのだ。精々ジェームズ・スチュアート氏のために働いてくれ。それにしても君がイギリス海軍へもぐりこんだと聞いたときは驚きを隠せなかったよ。君は確か……」
何かフルリ艦長が言おうとしたがスミス少尉はそれを遮る。
「私は薬の調合を行う薬屋の息子、スミスです。そして今はゴブリン号を指揮する者。そういうことにしておきましょう。捕虜となったゴブリン号の乗員たちは都合の良い時に返還してください。彼らは外交のいいカードとして役に立つでしょう。今日は久しぶりに大声で叫びたくなるほど良い日となりました。……イギリス人が要塞を爆破したことでフランスへ戦争を仕掛けたとあってはジョージ国王の名に傷がつくでしょうからね。アン女王陛下が終結させた戦争をまたぶり返したジョージ国王は非難の的になるでしょう。それを解決するのはジェームズ・スチュアート氏。彼だけが正当なイギリスの王位継承者なんですから。ジェームズ・スチュアート氏の為なら私はどのような裏切りでも海賊化でもしますよ」
スミス少尉はジャコバイト派であり、フランス側と手を結んでいたのである。
「いい心がけだよ、スミス君。では策略の成功を祝って」
フルリ艦長は酒ではなくコーヒーで前途を祝った。
フランス海軍に曳航されて港へ帰っていくゴブリン号。何が何の目的でこのような事件が起きたのか、ゴブリン号の乗員たちは知らない。作戦は成功したと思われたのにフランス軍にとらわれてしまった彼らの周りには、言い知れぬ不安だけが時間を進めるかのように渦巻いていた。
その頃、慌てて港から出ていったジェーン号では、救出したクーパーが目を覚ましたのでマリサが呼ばれた。
体を打ち付けており、あざも多数見られるクーパーは目をうっすらと開けて状況を理解しようとしているようだ。
「心配するな、ここはイギリス船ジェーン号の中だ。俺は船長のハーヴェー、隣にいるのはマリサ。フレッドの奥さんだよ」
ハーヴェーは彼に不安を与えないように、今いる場所や自分たちの素性をあかす。
「要塞爆破を実行したのはゴブリン号の乗員とみていいですね……。もしかしたらフレッドも同じ船に乗っていたのですか」
ここへきてマリサも不安を隠せないでいる。夫フレッドは任務の為か、乗船する船の名前をあかさないまま航海しており、この状況をなんとも思わないほどマリサの海賊感覚が判断を鈍らせている。
「スチーブンソン中尉と私は同じゴブリン号に乗って任務に就いていました。いいえ、他にも士官が3名いました。……今から言うことをしっかりきいてください。マリサさん、ゴブリン号には魔物がいます。その魔物はまず4人の士官……スチーブンソン中尉、ラッセル少尉、コックス少尉、フォスター中尉をまず排除するために反乱罪の罪を着せ、処刑のためにジャマイカへ送りました。反乱は大罪であり吊るし首だということをご存じですね。それだけでなく我々の身を案じていたハル船医をも排除しました。周りの乗員たちは彼が卒中で亡くなったと思っていますが実際にはそうでありません。なぜなら魔物は笑っていたからです」
とぎれとぎれにいきさつを話すクーパー。マリサはフレッドたちが処刑されるためにジャマイカへ送られたと聞いて取り乱してしまう。
「ちょっと待って……フレッドが処刑?無実の罪で……?なんてこと……」
思わず大きな声で喚くので隣にいたハーヴェーがマリサを抱きかかえる。それだけでなく、この声に驚いたアーサーやルークたちも慌ててやってきた。
「心配しないでください。4人の身柄は無事です。なぜならその後、彼らはジャマイカの海軍司令部の判断によって身柄をアーティガル号へ預けられたからです。司令部は反乱について白黒判断できないと思ったのでしょう。魔物はひどく悔しそうな顔をしていましたが、ジョンソン艦長を操っており要塞爆破に精を出しました。魔物と我々の任務の関係はわかりませんが、計画は爆破のそのときまで順調でした。しかし計画が漏れていたのかフランスの兵士たちによって邪魔をされ多くの人員の命が奪われました。そこへフランス兵の処理しそこなった火薬類が爆破され誘発をしていったのです」
そこまで言うとクーパーは目を閉じた。まだ話すことさえ息苦しい様子であった。
フレッドが無事であり、しかもアーティガル号へ乗っていると聞いてひとまず安心するマリサ。
「ゴブリン号で一体何が起きているんだ……。船は伝染病発生の旗を掲げて港から離れていったぞ」
ハーヴェーの問いにクーパーは傷の痛みから顔をゆがめる。
「ゴブリン号こそ一種の反乱が起きていると言えます。どうかわたしをゴブリン号へ返さないでください……。私は真実を話さねばならないのです」
「クーパーさんの身はあたしを含めたジェーン号の屈強な元海賊たちが守りますから大丈夫ですよ」
マリサが答えると、クーパーはようやくほっとした表情をみせた。
「ゴブリン号で起きている異変……。そして要塞を破壊したことによるフランスへの挑発。オルソンの拉致とヘンリエッタ一味……。これらがほぼ同じ時期に起きているということに僕は繋がりを疑うね。僕たちは今大きな渦の中にいる。これは敵の罠だ……」
ルークの言葉にその場の誰もが頷く。
オルソン救出の航海だったが、それは陰謀に誘導され、敵の罠を目の前にしているのである。
「ルーク、そしてみんな聞いてくれ。どのような罠であろうともあたしたちは進む。敵を恐れていては海賊なんてできないからな。……そういえばムエット号の乗員たちは海賊上がりじゃなかったんだっけ……。悪いが、同じ船に乗っている以上進むべき方向が同じだ。あたしたちは罠を乗り越えて必ずオルソンを救出する。国が戦争をするとかしないとかは国の問題であり外交の問題でもある。ならば民間人のあたしたちはやるべきことをやるだけだ」
マリサの言葉は彼らの胸に深く染み透っていく。
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