28平和的な要塞の罠③
平和的な要塞はついに爆破されますが、そこには人々の思惑と欲望の罠があったようで……。
ここでも事件に巻き込まれていくマリサたち。オルソン救出は一向にはかどりません。
マリサたちが平和的な要塞だといった石造りの昔からある要塞。グリンクロス島の様に海賊に襲撃されたり戦火にあったりすることがなかったため、長い年月の間使われることがなかった。町の人々もそこを景色の様に思うほどこの要塞は役目を忘れかけていた。
それはジェーン号が入港するよりも前のこと。
「この任務を無事に遂行すれば我が国はジャコバイト派の脅威から守られ、安定した国となっていくのだ。我々の責務は大きい。皆の命を国王陛下にささげようではないか」
ジョンソン艦長はゴブリン号の甲板上に集まった乗員たちへ声をかけ、力づけた。そばにはスミス少尉がおり、艦長の言動を見守っている。それはこれから起きることを見通すかのような目つきだった。
彼らはまず外海にいた漁船を拿捕し、漁民に変装して要塞のがけ下から上陸した。これはスミス少尉が提案をしたものである。とにかくイギリス船ゴブリン号がかかわったことを感づかれてはならなかった。
ジョンソン艦長とともに上陸した乗員たちは艦長の指示のもと、持ってきた火薬や元々あった火薬などを各所に配置をし、導火線によって爆破が導かれるようにした。そこには周りに味方がいない状況で言われたことをやるしかないクーパーもいる。これもスミス少尉が艦長に進言したものだ。クーパーはスミス少尉の本性を感ずいていたが、それを誰に言うこともできず、ひたすら言いなりになることで身を守っている。自分の理解者がいない状況でクーパーはどうにかしていきたいとも思っていた。
「艦長、火薬の配置を終えました」
クーパーが報告をすると艦長は満足そうな顔をした。火薬が配置された要塞の影に潜み、望遠鏡で水平線上を見つめるジョンソン艦長。
(予定通り、ゴブリン号はいったん外海へ出たようだな。うまくやってくれよ、スミス少尉)
ジョンソン艦長はいつになく動きがきびきびとしており、瞳に輝きがある。頼もしい艦長という言葉を送りたくなるほど言葉に切れがあり、何よりすこぶる表情がよい。誰しもこの変化は任務を無事に遂行しようとする艦長の覇気だと思い、そのことが彼らに安心感をもたらしていた。そんな中でクーパーの胸の内は大きな不安が駆け巡って自然と手が震えている。
このクーパーの様子に嘲笑する者たち。臆病者とみている彼らの視線に耐えながらクーパーはこぶしを握り締めた。
「我らが成すべきことはこの要塞を爆破し、拠点として使用できなくすることだ。爆破後、速やかに我らはここを離れて背後の森へ潜む。夜半にゴブリン号が近くまでくればボートで帰還する。諸君、胸の中で国王陛下を称えよ」
小声ながらも力強いジョンソン艦長の声にその場の者は背筋を伸ばし各自胸の中で国王を称える。
そこへ要塞の壁に人影を見つけた乗員が注意を促すが、なぜか笑みに変わった。そして口笛を吹いてはやしたてた。彼の視線の先には住民と思しき若い男女が抱擁をしていたからである。その男女は要塞の異変に感づいたマリサとルークであり、乗員にはやし立てられ,慌ててその場を去っていた。
「いいねえ、恋人同士がよろしくやってしまうほどここは要塞をして使われなかったんだぜ」
口笛を吹いた乗員は羨ましく思ったのだるう。
「恋人同士じゃないかもしれんぞ。ここはジャコバイト派の拠点のひとつだ。彼等こそジャコバイト派だったかもしれん。そうでないとしたらどこぞの船の乗員と一夜妻だろう。私たちは彼らの思い出の邪魔をしてしまったようだな」
艦長はそう言って乗員たちへ準備に取り掛かるように促す。
こうしてジョンソン艦長と部下たちは拠点を潰す準備を終え、実行を待つだけだった。ゴブリン号も予定どおり、伝染病発生の旗を掲げて外海へでている。
そこへ彼らの頭上をカモメが大きく旋回してきた。
(神よ、我らを守り給え)
まるで事のきっかけをカモメのせいにするかのようにジョンソン艦長は深呼吸をすると乗員達へ合図を送った。
あちこちの導火線に火がつけられる。その間にこの要塞から離れ、背後の低木地帯に身を隠すのだ。夜になればボートで脱出し、再訪するゴブリン号と合流することになっている。
余りの緊張にジョンソン艦長の呼吸が乱れ始める。
(大丈夫だ……。スミス君はいつもの倍の量の薬を飲ませてくれた。一時的な呼吸の乱れはあってもすぐに整うと彼は言った。大丈夫だ、きっと作戦は上手くいく)
部下たちはジョンソン艦長の健康について深く知らない。感づいているのはクーパーだけである。そのクーパーは臆病者とされてしまい、集団から離れている。
しかし静寂はある音でかき消されてしまう。
ザッザッザッ……。
多くの足音や声とともにフランス人の兵士たちが入り込んできた。
「応戦しろ!ここで失敗をするわけにいかんぞ」
ジョンソン艦長の叫び。
(なぜだ……?なぜ私たちのことが知れてしまったのだ……)
考えもしなかった状況に、これまでにないほどの不安と緊張がジョンソン艦長を襲う。
バーン、バーン、バーン。
激しい銃撃戦が続く。
「うっ……」
やがてジョンソン艦長の体に異変がおきた。呼吸の乱れだけでなくいつもより息苦しい。意識に反して体の反応が遅く、動かそうとしても重くて動かせないままだ。
汗があふれ出て余計に呼吸を乱れさせる。早く、早く動かなければならないのに……。そう、敵はすぐ近くまでいるのだ。なぜこんなときに発作がおきるのだろうか。この発作は今までになく大きいものだ。焦りと恐怖が緊張を呼び彼の状況をさらに悪化させる。
パン、パン……。
短い銃撃音も聞こえる。任務遂行の為ともなってきた部下たちは各自応戦をしているが、要塞から出られないでいる彼らは敵にとって格好の的である。
目の前で倒れていく部下たちをみてジョンソン艦長はあえいだ。
「艦長!」
周りから臆病者といわれ嘲笑されていたクーパーが異変に気付き駆け寄ろうとしたそのときだった。
ドドーン!ドーン!
敵は張り巡らされた導火線の全てを取り去ることができなかったため、仕掛けられた火薬類が誘発をしていく。崩れ行く要塞とともに下敷きになっていくゴブリン号の部下たちとフランス側の兵たち。たちまち煙と火の粉があたりをおおっていく。
クーパーも爆発の衝撃で体を外まで吹き飛ばされ、茂みの中へ落ちた。
(この作戦が奴らに漏れていたということなのか?僕はここで死ぬのか……)
茂みの隙間からうっすらとみえる光景。それは爆破を逃れたフランスの兵たちが半身瓦礫の下敷きとなって死んでいるジョンソン艦長を見つけたところだった。制服を着ていないものの、対戦中の言葉から彼らがフランス人ではないと理解した兵たちはこのことをすぐさま役人へ報告するために向かっていく。
それを見届けたクーパーは意識を失っていった。
要塞で事件が起きる少し前のこと。ジェーン号ではあの要塞で何か起きそうで気になっていいるマリサと、要塞の様子を聞いてそわそわしている連中の姿があった。
「どうせなら近くへ行って演劇を確かめようぜ。こんな高揚感は久しぶりだ!船で見物なんてそんなお上品なこと、できるもんかい」
サイモンや今は乗員となっている海賊のひとり、ジャンもこのときばかりは意気投合してハーヴェーに迫っていた。
「ムエット号を襲った者と襲われた者がこのことで意気投合するなんて、あたしは考えてもみなかったぜ。サイモンはともかくジャン、海賊のあんたはこんなところでうろうろできる身分じゃないだろう?それでもいくのか。それでも行くっていうならあたしとルークも同行する。何が起きても弁明ぐらいはしてやろう」
マリサの冗談を聞いて苦笑いをするジャン。
「いや、歴史ある”青ザメ”を率いていたあんたの海賊としてのキャリアよりは短いんだ。首の値段ならまだ”青ザメ”の方が高い。戦争が終わったとはいえ、イギリスを敵とみる人間がいないとは限らない。イギリス人のあんたたちを守ってやるのは俺たちだぜ」
ジャンはそう言ってすまし顔でいった。マリサのそばではハーヴェーが頷いている。”青ザメ”時代からの古参の連中のひとりであるハーヴェーは、マリサが生まれる前から海賊をしており、buccaneerという時代遅れの海賊を生き抜いた男だ。ルークが通訳していく都度、ジャンの言う言葉を理解していた。
「守ってやるだなんてずいぶんなご意見だな。あたしたちは恩赦を受けて今は商船の船乗りという立場だ。ましてこのジェーン号で海賊だと言われるなんて信じる気にもならない。さて前置きはこのくらいにして……本当に演劇を見る気か?」
マリサの問いかけに彼らは大きく頷く。
オルソン救出という大義名分はどこへやら、ジェーン号は補給や荷の商売を終えたものの情報を得られないままだった。
「もういちど要塞の近くまで行ってみても良さそうだ。僕だってあんなところで何かをしようとしている彼らのことが気になるんだ。本当にイギリス人だとしたら、このフランスの地で戦争の火種でも起こすんじゃないかと思えてならない」
ルークはそう言って要塞を見つめている。
「……言い分はわかった。じゃ、あの要塞で何が起きようとしているか近くまでいってみることにしよう」
マリサの言葉にサイモンとジャンが顔を見合わせてほほ笑んでいる。全く、彼らが船を襲った者と襲われたものという関係だなんて誰が信じるだろうか。
船を降りたマリサたちは集団とならないよう、各自距離をとって要塞のある高台を目指す。
しかし彼らの予想に反して事件は突然起きてしまう。
パンパンパン……。
銃撃音が響いて聞こえる。このことに町の人々も何ごとかと要塞を注視した。
「イギリス人のやろうとしていたことがフランス側に知れてしまったのではないか」
小声でマリサに耳打ちするルーク。追いついてきたサイモンとジャンはいよいよ演劇の始まりだと緊張しつつもどこか期待感を持っているようだ。
そして……。
ドガーン!ドガーン!ドガーン!
立て続けに爆発音が聞こえ、煙が要塞付近を覆った。火災も起きている様で一部で火が見えた。
「これはおもしろいことになったぞ!」
思わずジャンが叫んだ。サイモンも高揚して顔を赤らめている。
「どうやらイギリスは喧嘩を吹っかけてしまったようだ。そうとなれば長居は無用だぞ。急いで船を出そう」
ルークがそう耳打ちするが、心配するマリサとルークをよそにジャンとサイモンは野次馬と化し、要塞へ向かっていく。
その後を町の野次馬たちも何ごとかと後に続く。
「心配しても仕方がない。このままあのふたりを残して船を出すわけにいかないだろう。ルーク、行くぞ!」
マリサの言葉にルークも行くしかなかった。
爆破の煙や匂いは町の方まで流れている。要塞の方もいたるところで火の手があがっており、爆発のすさまじさを物語っていた。
野次馬や兵士たちであふれる道路を避けるかのようにサイモンとジャンはマリサの知らない裏手へ回っていく。
「どこへ行く気だ?抜け道でもあるのか」
不審に思ったルークが尋ねる。
「ついて来い。道でなくても行く方法はあるぞ」
サイモンとジャンはこの町を何度も訪れており、抜け道ぐらいを知っているのだろう。その言葉に納得したマリサとルークは黙って後に続いた。
はたしてサイモンたちが進む道は、道というよりも建物の隙間や樹木の隙間といった道とは呼べないものだったが、確かに道ではないため人もおらず、そのため目的に向かう時間を大幅に短縮されたのである。
やがてマリサたちは要塞の裏手にある低木の茂みへ着いた。身を潜めた彼らが見たものは、瓦礫の山と化した要塞やあちこちに転がる遺体であった。血を流して亡くなっている者や瓦礫の下敷きになっている者、体の一部を欠損して亡くなっている者など、まるで戦争中であるかのような光景だ。
その中にはマリサとルークをはやし立てたあのイギリス人もいる。まだ息のあるイギリス人もいたが、彼らは仲間を助けようとしているフランスの兵士によってとどめを刺された。
マリサたちはそのまま茂みに隠れて様子を伺う。
「うう……」
茂みからうめき声がかすかに聞こえ、慌てて探すマリサ。声の主はぐったりとしているが、意識はあるようだ。この声の主にマリサは見覚えがあり、思わず駆け寄る。(アーティガル号編 24話 置き去りの島からの脱出)
「……クーパー少尉……あなたはクーパー少尉ですね」
彼はフレッドの部下としてこれまでに何度かフレッドを訪ねて自宅へ来たことがあった。フレッドやテイラー子爵(グリーン副長)と共に置き去りの島から生還を果たしたひとりである。
「クーパーを連れて船へ急ぐぞ。サイモン、彼を運ぶ手段を考えてくれ」
サイモンとジャンはまだ現場を見たそうだったが、そこには爆発の巻き添えで死にはしなかったものの、ケガをしたものを救出する人々が多くいた。変に疑われては火の粉をかぶることになるので彼は諦めてマリサの声に従った。
クーパーは体を強く打ったようで、痛みのため自力で動くことが困難であり、ケガもしていた。ルークとサイモンの肩を借りてこっそりとその場を後にする。
「仕方がない。まともな道を通るぜ」
ジャンは茂みから抜けると、枯草を積んで荷馬車を引いていた男を殴り倒して荷馬車を奪う。そして荷台にクーパーと自らが乗り、枯草をかぶった。ジャンはこの辺りを荒らした海賊として知られているのでそうしたのだろう。意味を理解したマリサとルークはそのまま荷台へ飛び乗る。
「いくぜ。お客さん、転がり落ちないように気をつけろよ」
サイモンは手綱を握ると馬を走らせた。
幸いなことに人々の関心はまだ爆破されたよう際にあるようでマリサたちのことに気を向ける者はいない。平和的な要塞が爆破され、多くの死傷者が出たというのはそれだけ大ニュースだった。
枯草を積んだ荷馬車は無事にジェーン号へ到着する。普通に考えて船は枯草など用がないので、何ごとかと思って出迎えたハーヴェーたちの驚きは相当なものであった。それだけでなく、枯草に隠されていたクーパーの姿を見てさらに驚くことになる。
「この男はフレッドの部下のクーパー少尉だ。フランス側から処罰なり尋問なり受ける前に助け出した。けがの手当てをしてやってくれ。要塞に何が起きたかはサイモンやルークが話すだろう。何より急ぐのはここから一刻も早く去ることだ。イギリスの船であることから勘ぐられる可能性があるからな。ハーヴェー、出帆だ」
マリサの言葉にただならぬことを悟ったハーヴェーは連中に指示し出帆を急がせた。
やがて要塞の一件が落ち着いて兵士や野次馬たちが現場から散るころには、ジェーン号の姿が港から消えていた。
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