27平和的な要塞の罠②
要塞に何が起きようとしているか血が騒ぐ連中。今でいえば三面記事といったところでしょうか。ここへきてルークも迷いが生じています。
特に何も情報の成果を得られなかったハーヴェーたちはそのままジェーン号へ戻る。そこで彼らはギルバートから遥か洋上に停泊しているゴブリン号の話を聞いた。
「変だと言えば変だが、俺たちが変だと思っていても本当に何かの任務遂行中なら邪魔はできない。海軍様の作戦なんて俺たちは知ったこっちゃない。今の俺たちはオルソンの救出、それだけのための船だ。海軍様の働きぶりを眺めるに限るぜ」
ハーヴェーはそのように言いつつも、注視することにした。情報収集のためにマリサとルークがまだ上陸したままだったからである。
遥か洋上といえど、ゴブリン号は港へ停泊しているジェーン号の檣楼から望遠鏡で確認できる。つまり港から望遠鏡で確認できる位置である。ハーヴェーたちが気にかけていると、前回、ジェーン号に伝染病者がいないか確認を求めてきた役人たちが少し大きな船で向かおうとしていた。
「ほらよ、やっぱりゴブリン号は警戒されたようだぜ」
その場にいる連中は皆経過を注視している。するとそれに気づいたかのようにゴブリン号が反応を示した。
――伝染病発生中――。
船内で伝染病が発生したことを表す旗が掲げられた。これを望遠鏡で確認した役人たちは慌てて針路を変えて港へもどっていく。
「伝染病ってまさかペストじゃないだろうな。お近づきになりたくない船だぞ」
ハーヴェーはいつでも出帆できるよう準備を急がせた。だが、いくら待ってもマリサとルークは帰ってこない。
(マリサたちは余程重要な情報を掴んだのか?)
ふたりがいつまでも帰ってこないことに不安を抱く連中。
彼らが帰りを待ちわびるマリサとルークは一路要塞を目指している。
同じ平和的にみえる要塞でもグリンクロス島のそれとは違う感じがした。グリンクロス島の要塞は長らく使われたことがなく、大砲が埃をかぶったり蜘蛛の巣に覆われたりして火薬類も置いたときのままの姿だった。しかし、マリサたちが目指す要塞は僅かに火薬のにおいが漂っている。あきらかに湿ったようなにおいがするグリンクロス島のそれとは違っていた。
「何かがあの要塞から始まるってことか。それなら相手は誰だ……海賊を迎え撃つならまだしもこれがどこかの国相手なら戦争をしかけたことになる」
ルークは歩きながら町の人々の様子を見る。行き交う人々は海からの寒風を受け寒そうにしているが特に要塞を気にしているようではなかった。
「ルーク、要塞に異変を感じるということはそこに人がいるということだろう。気を付けないといけない」
マリサは何かが始まりそうなこの予感に興奮を隠せないでいる。オルソン救出がすすまず、いらだったままだった。
人ごみを抜けて高台へ上がっていくふたり。石を高く積み上げた壁には隙間から雑草が伸びており、足元を見ると新しい足跡がいたるところに残されていた。
ふたりが中へ入りかけたとき、小声が聞こえた。それはこの場所で聞くとは思えなかった言語、英語だ。
なぜこのような場所で英語を聞くことになるのか不審に思ったがそれ以上進むのを慌ててやめる。視線を感じたからである。
「ごめん」
とっさにルークはマリサを抱きしめ、キスをする。
「近くに数人、人影が見えた。しばらくこのままでいよう」
小声で話すルークはマリサのマントで身を包む。恋人同士を装いながら様子を探るルーク。
ふたりに気付いていた視線の主たちは姿を見せないまま口笛を吹きはやし立てる。平和的な要塞に異国の者が何人もいるとなるとはますます怪しい。
彼らにはやし立てられて恥ずかしいという表情を見せたマリサとルークは、そのまま要塞の外へ出た。
「彼らはイギリス人だ。制服を着ていないが恐らく海兵隊か海軍の乗員の選抜だろう。奴らは要塞を爆破する気か?そんなに戦争をしたいのか」
「海軍ってのは戦争時のほうが儲かるんだよ、ルーク。フレッドだって戦争が終わってしばらくは港勤務だった。給料が少なくなった乗員たちは賭け事をしたり質屋へ行ったりしてしのぐんだ。彼等だって生活のために稼がなくてはいけない。戦争が始まるかどうかをあたしは気にしていない。フレッドもきっとどこかで活躍してお金を入れてくれるだろう。あたしがこうして留守にしている間もエリカとお義母さんは生活していかなくてはならない。フレッドとあたしはいくらかはお金を残してきたが、いつまでもあるとは限らないからな」
「ここへきてまであいつの名を口に出すのか。あいつとはずっと離れたままなんだろう?」
いきなりルークがおかしなことを言うので何ごとかと思って彼を見つめるマリサ。そのルークは何かの思いがあふれそうで体を震わせている。
「マリサ……」
いきなり抱き締められたかと思うと深くキスをされるマリサ。ルークの腕は先ほどの恋人のふりには到底及ばないほど強い。
バッチ-ン!
我に返ったマリサ。ルークの腕を力づくで払うと思い切り頬をひっぱたいた。
「何を考えているルーク!シャーロットを傷つけるつもりか」
ナイフを向けるマリサは戸惑いを隠せず背中で息をする。その刃を向けられているルークは口から血をだしながら項垂れていた。
「……ごめん……悪かった……」
自分の行いに罪悪感を感じたルークはそのままマリサと視線を合わすことなく座り込んだままだ。
「君が使用人の子どもとして屋敷にいたころは本当に楽しい日々だった。アーネスト兄さまやアイザックと僕の3人はいつも君を見ていた。お父様の計らいで君は僕たちと一緒に勉強をしたり、剣の稽古を受けたりしたよね。でもそんな楽しい日々は長く続かなかった。ある日、突然君は屋敷を去ってしまった。君がデイヴィス船長の船に乗ったという話を聞いたとき、僕たちは誰にも怒りや悲しみをぶつけられず、寂しい想いをしていた。お父様も同じ船に乗っていると知り、なぜ自分たちはその場にいないのかわけがわからなかったんだ。君の活躍がわかったのもつかの間、君はあの忌々しい男と結婚することになった。僕たち3人は言い知れぬ口惜しさでいっぱいだったよ。その後アーネスト兄さまは諦めるかのように長子として運命を受け入れ、お母様の選んだメイジーと結婚したが、僕とアイザックは諦められなかった。投げやりになったアイザックは酒と女に明け暮れた挙句、アーティガル号に密航し君たちとともに戦った。僕は君を忘れるかのように諸国を回り、見聞を広めた。……しかし君を忘れることはできなかった……。あの日、思わぬことで君と出会うことができたとき、僕は神の名を心から叫んだ。でも……そのときすでに君はあの男と結婚をして子供までいた。もう君は手の届かない存在になってしまった。シャーロットはそんな僕を受け止めてくれ、僕もそれに応えようと自分を奮い立たせたが、なかなかこの思いは諦めきれなかった。……ごめん……お父様を無事に見つけて助け出したらもう君の前から消えるよ……。シャーロットとも別れるつもりだ」
時折涙を浮かべながら思いを語るルークの姿はなんとも弱弱しい感じがした。
「ルーク様、これは使用人だった私が話していると思ってください。ルーク様は私を諦めるために遊学され、多くのことを学ばれました。それは私には到底かなわないほどの経験だったと思います。グリンクロス島が海賊に襲撃されたとき、思いつかないような武器を作って応戦なさいました。ルーク様が島民をまとめ、シャーロットと共に戦われたことでシャーロットやお父様、島民たちの信頼を勝ち得たことは紛れもない事実でございます。私ができなかったことをルーク様は達成されたのです。私はフレッドを最初、信用ならぬ人だと思ってかかわりをもとうとしませんでしたが、多くの戦いの中で信頼が生まれ、彼を愛しました。もしルーク様がシャーロットに対して愛情のかけらもないのならグリンクロス島からさっさと国へお帰りになったのではありませんか。シャーロットはあなたを必要としています。そして私に無いものをシャーロットは持っています。それをご存じだからこそルーク様は襲撃事件後も島へ残って再建を手伝われたのだと思っています」
マリサはそう言って手を差し伸べた。もうマリサの顔に怒りはなかった。
「……そう……そうかも知れないね。君を心配させるようなことを言ってしまったことを謝るよ。……もうこんな弱音は吐かない。だから今の話をシャーロットにいわないでくれ」
差し伸べられた手を取り立ち上がるルーク。先ほどの弱弱しい感じはなく、吹っ切れたようにまっすぐマリサを見つめていた。
笑みを浮かべて何度も頷くマリサ。
要塞で何か起きようとしていることを連中に知らせようと急いで要塞を囲っている石の壁から出ていくマリサたち。ふと港の方を見たとき、遥か洋上に1隻の船があるのを確認したが遠すぎて詳細は分からなかった。
この件についてもジェーン号の連中に聞いてみなければと思い帰路に就いたマリサはマントのフードを目深にかぶり、ルークとともに船へ急ぐ。
「彼らの様子ではすぐにでも要塞を爆破するつもりだろう。それにしてもなんであんな要塞を爆破する必要があるのだろうか。あんな平和的な要塞なのに」
ルークのいうとおり、この町の要塞は長らく使われておらず、用をなさない要塞だと思われても不思議ではなかった。
「皆が要塞だということを忘れるほど只の建造物だと思うなら反乱者にとってこれ以上の隠れ家、或いは拠点はありません。海軍の偉い方々はそこが何かの拠点であると掴んだのでしょう。奇しくもオルソンはこの港町にヘンリエッタたちとともに降りている。何かしらのつながりがありそうですね」
オルソンの気配など全く感じられない港町。恐らくオルソンはこの町から移動しているはずだ。それならどこへ?
「奴らがオルソン家の秘密を知ってやることはひとつだ。王室や側近、政治家の誰かを狙うため。だから何としてもオルソンを見つけ出して阻止しなければならない。マリサ、僕はもう弱音を吐かない。だから力を貸してくれ」
ルークの声がいつになく力強い。
「私はそのつもりでここへ来たのですよルーク様。ただ、船の連中はオルソン家の秘密を知りません。勘ぐってくることもありますから、そこは気を付ける必要があります」
マリサの言葉にルークは頷く。
ジェーン号へ帰ったマリサたちは要塞のことを連中に話す。
「え!それはなんともワクワクする話じゃないか」
と面白がる連中もいれば早くここから退散しようという連中もいる。もちろんオルソンについて何ら情報を得られなかったことで、これ以上この港町へ長居する必要はなかった。
しかしジェーン号の乗員として雇われた格好の元海賊たちは、これから何か事件が起きそうな気配を前にして不満を漏らし始める。
「何も略奪しようなんて言ってねえ。俺たちは心を入れ替えて真面目に船乗りとしてやっているんだ。でもあまりにも平和すぎてつまらん。お願いだ……もう少し演劇を見せてくれ。俺たちはシェークスピアやモリエールなんて言葉しか知らねえが、事の成り行きが気になって仕方ない。あんたたちがどうしてもだめだっていうなら反乱を起こすぞ」
元海賊の中で腕っぷしのジャンは、かなり強気でハーヴェーに迫った。しかしフランス語のわからないハーヴェーは彼らの言うことの半分も理解できていなかった。
「……ハーヴェー、彼らは冒険に飢えている。全く……自分たちの首のことなど考える気もないようだ」
マリサは元海賊たちの言い分をハーヴェーに伝えた。するとラビットやギルバートも同じことを言いだした。
「要するに……『血が騒ぐ』ってことだ。どうだい?もう少し様子を見ないか。そして要塞で何が起きようとしているか見届けようじゃないか」
ルークにも決断を迫られたハーヴェーは笑みを浮かべて頷く。
「要塞で何かが起きようとしている。このことを役人へ言ってもよかったが、巻き込まれるのを避けたかった。傍観者でいようと思っていても、それは俺たちには難しいってことだな。良かろう、演劇を見ることにしようぜ。ただし、何か不測の事態が起きたらさっさとここを離れるんだぞ」
ハーヴェーは彼らの気持ちを理解した。彼もまた、”青ザメ”の古参の海賊のひとりとしてこのまま見過ごすことは我慢ならなかったのである。
伝染病発生の旗を掲げているゴブリン号はそのまま航行を続け、港にいる人々の前から姿を消していく。
ゴブリン号に与えられた任務はジャコバイト派の拠点とされているこの要塞を撃破することだった。それをイギリスの関与を疑われることのないようにしなければならず、艤装さえない船だけにジョンソン艦長は抑圧感に苛まれていた。そこを狙ったのがスミス少尉だった。
「総員、至急にゴブリン号を外海へ待機させよ」
スミス少尉がゴブリン号を任されたことはジョンソン艦長の指示でもあった。フレッドたち4人の士官が船を離れ、クーパーも任務のため船を降りた今、士官はスミス少尉しかいない。船医が亡くなったこともあり、乗員たちの中には不安を抱える者も少なからずいた。しかしスミス少尉はその冷たいまなざしで乗員たちを威圧しており、誰も不安を言葉にする者はいなかった。
静かに公海上へ消えていくゴブリン号。港の役人は伝染病発生の船が離れてほっとしている。
しかしそれは事件のきっかけでもあった。
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