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26平和的な要塞の罠①

オルソンが上陸したとされる港町。何とそこの要塞はゴブリン号に課せられた命令でつぶすべき要塞でもあった。

黒幕はやはりおまえか?いや、他にもいる?

何処にでもラスボスやら黒幕がいるようで……

 オルソン救出のため、オルソンやヘンリエッタたちを何度か運んだというジェーン号(当時はムエット号)の元乗員達の証言と地図を頼りに、フランスのある港町へ到着したマリサたち。

「なんとものどかな港町だな……」

 港を一望しながらマリサがルークとともに様子を伺っているなかで、他の乗員たちはハーヴェーの指示で補給の準備をしている。

 そこへ町の役人が部下を引き連れてボートで近寄ってきた。

「こんな港町までよく来てくださったと言いたいところだが、私はあなたたちにいくつかの質問をしなくてはならない。まず、船の名前と目的を言ってくれ」

 海上は風が強く、彼のコートがはためいている。寒そうな表情をしており、早くその場から立ち去りたいようだった。

「この船の名前はジェーン号。イギリスの商船会社所属です。ここへは補給と乗員たちの心の安寧のために訪れました。乗員たちの中に熱がある者や体調の悪いものはいません。ペストの流行地に立ち寄ったこともなく、船酔い者が数名吐き気をもよおしているだけです」

 フランス語のできないハーヴェーに代わって元々の乗員のひとりであるサイモンが答えた。彼の言葉を受けて甲板長のゴードンが役人たちの前で舷越しに吐くそぶりをする。

「おえっ……」

 これには役人たちも驚き慌てて制止させた。その後、役人はジェーン号の乗員たちの助けを借りながらジェーン号へ乗り込むと、1枚の紙をサイモンに手渡す。船長のハーヴェーは特におしゃれをしておらず、見た目普通の船乗りの同じ格好だったので、受け答えをしたサイモンが船長だと思ったようだ。

「ジェーン号に健康証明書を発行する。補給も許可するが、降ろす荷はあるのか。感染地からの荷だと許可はできない」

「この船に積んでいるのは酒とたばこです。もちろん感染地の荷ではありません。すでにいくつかの港で降ろしたので量としては多くありませんが、荷降ろしを許可してくださいますか」

 無事に健康証明書を受け取ったサイモンは笑顔だ。

「よかろう、全量荷を降ろしなさい。ちょうど買受をする業者がいるから精々(せいぜい)高く買い取ってもらうといい。乗員たちの心の安寧ならフランス女が適切だ。フランス女は気品があっていいぞ。イギリス人の乗員たちもいるようだから楽しませてやれ」

 役人はそう言うとそそくさとボートへ帰っていき、待機していた部下に早くこの場から離れるよう命じた。彼は海上の寒さがこたえたのかボートへ移ってからも寒そうに身を縮めていた。


「なにをあんなに寒そうにしているんだろうな。暖炉の前で昼寝でもしていたんじゃないのか」

 マリサの言葉に連中は思わず笑ってしまう。

 女優が駆け落ちしたため代わりに『町人貴族』という演劇の女優としてセリフを丸暗記していたマリサ。言い回しが古臭かったが何とかフランス語として言葉は通じていた。以降はサイモンたちネイティブなフランス人と話すことで少しずつ古臭いい回しが自然な言い回しへ変わってきている。マリサの語彙取得力は誰よりも優れていることがここでも証明されている。しかし当の本人は全くそのことに気付いていない。むしろオルソンにも呆れられたほどの音楽的才能のなさをシャーロットやエリカと比べて思い知るばかりである。


 健康証明書を受け取ったジェーン号は水と食料などの補給と積んでいた荷を降ろすことになり、連中はさっそく仕事に取りかかった。これは真面目な商船会社の仕事である。

 桟橋につけられたジェーン号。連中よりも一足先に船を降りていくマリサとルーク。マリサは船乗りの服ではなく、スチーブンソン夫人として生活していた時の市民の服装だ。リネンのキャップをかぶり、スカートさばきも自然なマリサ。そして小綺麗なシャツとズボンに着替えたルークはちょっとした紳士のようであった。貴族の服装など市民としてこの場にとけこむには必要ないことだったからである。

「さて、散歩をするといたしましょう」

 ふたりは要塞の偵察がてら町の様子を観察するため船を降りていた。

 サイモンたちの話によればジェーン号の前身であるムエット号はこの港町へ何度か荷や客を運んでいた。そしてムエット号としての最後の航海ではヘンリエッタたちをここで降ろしており、そこにオルソンらしき人物もいたとのことだ。ムエット号はその後海賊の襲撃にあい、船長他多くの人員が亡くなり航行不能となって彷徨っていたのをイギリス海軍に発見された。ロンドンまで曳航された満身創痍のムエット号はマリサたちの商船会社に買い取られた後、修理をされて船名もジェーン号へと変わっている。


 連れ添って歩く若い男女の姿はまるで恋人同士である。だからといって行き交う人々はマリサたちを気に掛けるでもなく忙しそうにしていた。

「本当にオルソンがここで降ろされたというなら何か手がかりがあってもよさそうなのに」

 マリサは仏頂面で時折辺りを見渡している。それはなんとも不自然な視線である。

「気をつけろ……今のマリサの目つきは犯罪者か犯罪を起こしそうな人間の目付きだぞ」

 ルークが言うまで鋭い目つきで見渡していたマリサは慌てて我にかえる。

「お父さまたちがここで降りたといってもこの町にいるとは限らない。どこかへ移動していることも十分に考えられる。疑問なのは本来ジェームズ・スチュアート氏を国王としたいジャコバイト派がなぜフランスに潜んでいるかだ。ジェームズ・スチュアート氏はフランスを追放されて今はローマ教皇の庇護下にあると聞く。それなのになぜフランスなのか甚だ疑問だ」

 ポーランド国王の孫であり資産家でもあったマリア・クレメンティナ・ソビエスカと結婚したジェームズ・スチュアートはローマ教皇から『カトリックのイングランド夫妻』と呼ばれ、多額の年金を受け取りながら暮らしている。その妻マリアは懐妊しており産み月に入っていた。


 12月の港町は寒さが厳しく、一層寂れた様子を感じさせる。マリサがストールを羽織るとどこかで覚えのある匂いがした。


(火薬……?)


「気付いたか?」

 ルークもこのかすかな匂いに感づいたようだ。普段から火薬に囲まれて生活しているようなマリサたちならではだ。

「ルーク、あの要塞はグリンクロス島の要塞の様に平和的な要塞に見えるが何かひと癖ありそうだ。要塞に火薬はつきものとはいえ、どうも気になって仕方ない。これはあたしの勘でしかないものの何か情報を見つけられるかもしれないぞ」

 ルークとマリサは頷きあうと要塞を目指していく。


 一方、無事に荷を降ろし商売人との取引を終えたジェーン号の乗員たち。ハーヴェーは情報収集のためサイモンやゴードンなど元ムエット号の乗員だった連中と町へ繰り出した。といっても言葉がわからないハーヴェーやアーサーはお客さん状態である。元海賊という威厳はどこへやら、笑うときでさえサイモンたちの顔を見て真似をしている。

「俺……ここへきてしまったことを後悔しているぜ。情報収集だなんて格好つけたが言葉がわからなければどうしようもないってことを今実感している」

 ハーヴェーはすっかり気落ちしている。

「まあ、これは仕方がない。黙って彼らについていくだけだ」

 アーサーはそう言ってハーヴェーの肩をたたいた。

 当のサイモンとゴードンはオルソン拉致事件に関与したヘンリエッタたちと意思伝達ができるぐらいの英語を理解している。これは救いだ。

 

 通りすがりにサイモンたちが寄港した際によく行っていた飲み屋へ入る。この港町にコーヒーハウスはなかったが、船乗り相手の酒場は何軒か存在していた。

 そこでサイモンは顔なじみの客たちに自分がいなかった間に何か事件がなかったか尋ねる。

「俺たちはニュースに飢えているんだ。何かネタになるニュースがあれば航海中もその話題で飽きることはない。みんな、何かネタとなるニュースがあれば話してくれ」

 サイモンの声掛けに酔っ払った客やそうでない客が集まってくる。

「……でさ、御針子のエルザにちょっかいだしたカンタンは奴の女房からこっぴどく叱られて……」

「……ジュリエンヌは俺たちの手の届かない女になってしまった……あいつに抱かれるのが俺たちの夢だったのに貴族の奴らが……」

 など、様々なニュースが飛び交ってくる。

「俺がいない間も色恋沙汰で賑やかだったんだな。それはそれで安心だが、俺は満足していない。ここにいるイギリス人はおもしろいネタを欲しがっている。他所の国の事件なぞさぞかしうまい酒のつまみになるだろうよ。なあ、ハーヴェー、アーサー」

 サイモンはそう言ってハーヴェーとアーサーの方を見て笑みを浮かべた。

「O……oui……(フランス語で『はいそうです』)」

 何が何だかわからないがとりあえず返事をしておけばよいと思ったふたりは、返事として知っている唯一の言葉を話す。

 

 その後、場所を変えて同じ質問をしてみるが、彼らが欲しがっている情報を得ることができなかった。

「……ヘンリエッタたちはここへ留まることなく、何かの目的のために移動しているということだ。ハーヴェー、そもそもオルソンはなぜ拉致されたんだ?俺たちがムエット号で運んだ時、オルソンらしき人物はまるで犯罪者扱いだった。恨みをかうようなことをしていたのか?オルソンに秘密があってヘンリエッタたちはそこにつけ込んだとしか思えないんだがな」

 何の成果もなく船へ帰っていく4人。寒さをしのぐために酒を飲んだハーヴェーは少し赤ら顔だ。

「そこだよ、そこなんだ。俺たちは”青ザメ”時代からオルソンとは長い付き合いだが、それは貴族オルソンじゃなく海賊オルソンとしての付き合いだ。貴族オルソンのことなんざ何にもわかっちゃいない。……言えることは、オルソが無実の罪で捕えられ行方不明になっている。これは事実だ」

 ハーヴェーは肩を落として歩いている。こんなわけのわからないことで悩むよりも船で活劇を演じるほうがどれだけ楽だろうか。

「諦めるなハーヴェー。船へ帰ってマリサたちの情報を待とうぜ」

 アーサーが見かねて声をかけるがアーサーも同じ気持ちである。父親であるオルソンを探しに来ているルークの胸中はいかばかりか。


 

 ジェーン号には何か船に異変が起きたときのためにギルバートやムエット号だったときに船を襲撃した海賊たちとラビット他保守要員が残っている。今や乗員として仲間となった海賊たちは捕らえられる恐れがあるので船に残っていた。協力すれば助命を考えるとマリサが言ったこともあり、それにかけている。ギルバートやラビットはマリサの言う助命がウオルター総督による恩赦のことではないかと考えていた。しかし海賊共和国瓦解の発端となったジョージ国王の恩赦の期限は過ぎており、それを総督の一存で恩赦を与えられるかといえば難しい問題だった。マリサの出自を彼らは知らず、船のオーナーとして嘆願するだろうと考え、できる限り良き行いをして貢献することで恩赦の嘆願を認めてもらうつもりである。

 

 沖合を見るとはるか遠くに1隻の船を見かけた。ギルバートが望遠鏡で確かめるとその船はイギリス船であるようだった。

「変だな……。ペストが発生したのか?俺たちの元へ役人が来たとき、この港界隈でペストの流行の話はなかったぞ。他に何かの病が船にはやっているとしても何某(なにがし)かの信号なり旗などで分かるようにするはずだ。それならあの船の目的はなんだろう」

 ギルバートは何度も目を凝らして確認をし、メーソンに望遠鏡を手渡すと確認を求めた。

「あれはゴブリン号。艤装のない船だと聞いているがそれなりの海兵隊と士官や乗員が乗っているはずだ。しかし見る限り艦長らしき人物はいないし、士官もひとりだけみえる。海兵隊もわずかだ。ということは何かの作戦実行中かな」

「作戦?おいおい、平和を有難く思っているのに奴らは戦争の火種でも残す気か?巻き添えを食うなんてごめんだ。さっさとここを離れるに限る」

 彼らは上陸している連中の帰りを今か今かと待ちわびた。

 

 

 遥か遠く洋上に浮かぶゴブリン号。ジョンソン艦長は命令書に基づいて海兵隊やクーパー少尉、上陸部隊の乗員たちとともに密かに上陸をしていたのである。あれほど不安を抱えての命令であったが、ついにジョンソン艦長は実行に踏み切った。それには艦長の留守の間、船を守っているスミス少尉の後押しがあった。


(そう……ぜひとも立派に作戦を実行なさってください。艦長といえど失敗は許しませんよ。最後の薬はいつもの倍量でした。それを全量服用された今のあなたは無敵です。さあ、私が準備した晴れ舞台で見事に命を燃やすのです。おひとりでは寂しいでしょうから私の代わりにクーパー君を同行させました。どうです?私の脚本はいかがですか)


 ゴブリン号に残って様子を伺っているスミス少尉。クーパーを追い出したことで今やたったひとりの士官だ。彼はジョンソン艦長の命令により船の全ての権限を任されている。

 

(演劇の3幕目を楽しませてもらうとしましょう)


 彼はわき上がる笑いを必死にこらえた。

最後までお読みいただきありがとうございました。    

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