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25敵は○○にあり

なんと、アーティガル号に身柄を預けられていた4人の士官はジョンソン艦長と対峙することに。フレッドたちは逃げていても始まらないという決意をします。


 グリンクロス島のウオルター総督に私掠免許状の書き換えをしてもらったリトル・ジョン。その後アーティガル号は地図の写しを頼りにフランスへ向かっている。人材不足は相変わらずだったが、ジャマイカで処分保留となっていたフレッドたち士官4人の身柄を預かり、今は乗員として働いてもらっている。何か謀反扇動の動きや証拠があればジャマイカへ送り返してくれ、とのジャマイカ海軍司令部はそう言ったが、そもそも大西洋を横断してまで送り返すのは効率が悪いうえに非現実的なものだ。つまり、司令部はフレッドたちの無実を信じていたのである。彼らは言動のおかしいゴブリン号のジョンソン艦長の動向を探ることになり、それはそれで別の動きだ。


「フレッド、つくづく思うんだが……あのスペイン海賊”光の船”に捕らわれて嘆きの収容所で誰よりも痛い目にあい、スパロウ号が海賊ジェニングズ一味に鹵獲された時は無人島へ置き去りにされ、そして今回は謀反の罪であわや処刑の立場となったお前は本当にどこでも事件に巻き込まれてばかりだな。シェークスピアの戯曲よりも面白い人生を送っているとしか思えないぜ」

 そう言って笑っているリトル・ジョンは波による大きな揺れを何かに頼ることなく足を踏ん張ってかわしていた。これはフレッドも同じだ。

「以前の”青ザメ”の船であるデイヴィージョーンズ号にはシェークスピアの戯曲をよく読んでいた博識の海賊がいました。彼はマリサと僕をよくシェークスピアの戯曲の登場人物になぞらえて楽しんでいました……。”光の船”との海戦で残念ながら亡くなった彼の名はニコラス、皆から『大耳ニコラス』と呼ばれていました。”青ザメ”の古参海賊であり、マリサの出自を知る人物でもあったようです。マリサの監視役兼人質としてデイヴィージョーンズ号へ乗り込んだ僕は、航海長であった彼の下で副航海長として働きました。なぜでしょう……この頃彼のことをよく思い出したり夢に見たりします……」

 ニコラスとの関係はとても良好でフレッドを信頼し互いに尊敬しあっていたが、”光の船”の海賊の銃弾は容赦なく彼の心臓を貫いた。マリサにとってもニコラスの死の悲しみは計り知れないものだった。


「思い出に浸ったり夢にみたりするなんて年寄りじゃあるまいし……気にするな。それよりも人一倍命の危機にさらされながらもこうして生き抜いているお前の運の強さを誇るべきだぜ。俺たちは私掠免許をもって活動をしているが、そう何年もやっていられるものじゃない。事実、海賊共和国は瓦解して徒党を組んでいた海賊団は次々に吊るされている。投降して生き延びたのは賢い海賊たちだ。私掠としての俺たちの働きはいずれ終わる。そうなったらまた律儀な商船として真面目に商売をするまでさ。で、このアーティガル号での仕事が無事に終われば、晴れて無実が証明されてフレッドとラッセル、コックス、フォスターは再び海軍として国を守るだろう。俺たちはこうしてフランスへ向かっているが、果たしてマリサたちと合流できるかわからない。何たって時間と距離があきすぎているからな。いくらこの地図が頼りだと言ってもマリサたちの動きが全く読めない以上、俺たちの航海が無駄になることも予想される。もし、マリサたちだけでオルソンを救出していたらそれはそれで喜ばしいことだろう。問題は……」

 そうリトル・ジョンが言いかけたとき、見張りをしていたメーソンが大声で叫んだ。

「遥か洋上にイギリス海軍の船!用があるのかこちらへ向かっています」

 ”青ザメ”時代から誰よりも目がよかったメーソンは今でも見張りをすることが多い。しかし年齢による衰えは避けられず、このところは夜間の見張りを若手に頼んでいた。それでも彼は信号や旗だけでなく船の名前も覚えており、現役としてしっかり働いていた。

「イギリス海軍……?」

 フレッドはメーソンのそばへ行き、望遠鏡を借りると近づきつつある船をみた。

「……ゴブリン号……」

 その船はフランスへ向かいつつあるゴブリン号だった。アーティガル号より先駆けてジャマイカを出発していたゴブリン号。任務遂行の為に船足を速めたはずではないか。

「なんてこった。針路が同じとはいえ、このタイミングはなかろう。ラッセル達にも知らせておかねばならん。フレッド、ラッセル達と船倉へ隠れた方がいいぞ」

 そう言ってリトル・ジョンはフレッドを促したが、フレッドは首を横に振る。

 メーソンの声は船内へ伝達され、ラッセル少尉、コックス少尉。フォスター中尉達も心配して昇降口から出てきた。この船に4人のゴブリン号の士官がいることを知ってのことだろうか。

「何かあれば戦う……なんてできねえからもう一度言う。頼む……船倉へ隠れてくれ。俺たちの敵はイギリス海軍じゃないんだ」

 リトル・ジョンは彼らに言ったが、おどおどして体を震わせているのはラッセルだけで、コックスやフォスターは腹をくくったように無表情でゴブリン号を見つめている。

「なあに、心配するなよリトル・ジョン船長。俺たちは処刑台送りだったかもしれないんだ。だから覚悟はある。もしこれで処刑台送りならそれは運命だ……」

 そう言いつつもどこか寂し気な表情を見せるフォスター中尉。

 そうこうしている間にもゴブリン号はどんどん近づいてくる。アーティガル号は国へ貢献する私掠船という立場だ。海賊ではないので彼らに襲撃される筋合いはない。リトル・ジョンは彼らの覚悟を理解すると連中に指示を出した。

「お前たち、今のうちに服装を整えておけ。海軍様に精いっぱいの誠意を見せなければならんからな。せいぜい丁重にお迎えをしてやろうぜ」

 アーティガル号の連中はフレッドたちの無実を信じており、彼らと覚悟を同じくしようと思っていた。

 

 敵意を見せないために手の空いている連中は銃やカットラスを降ろして左舷側に並ぶ。その中央にはリトル・ジョンをはじめ、フレッドたちもいる。

 ゴブリン号が接近するまでの間、重苦しい空気が漂い、長い沈黙が訪れた。ゴブリン号を目の前にして捕らわれたかつての恐怖がわき上がってくる。気の弱いラッセル少尉は相変わらず体を震わせており、耐えきれず隣にいるフォスター中尉の腕をつかんでいた。彼の恐怖を理解しているフォスター中尉は彼の肩をたたき、恐怖を理解していることを伝える。


 

 最接近してきたゴブリン号からボートが降ろされ、ジョンソン艦長とスミス少尉、そして海兵隊員が乗り込んできた。ゴブリン号では葬儀にいるかのように生気の感じられない乗員たちが武器を手に待機している。何かあれば攻撃してもよいと言われているのだろう。その中にはフレッドとともに置き去りの島を生き延びたクーパー少尉もいた。自分の味方がいないゴブリン号で身を守らねばならない緊張と恐怖心で寝付くことができないクーパーは以前よりも痩せているように思われた。


「ほう……これはなんとも奇妙な光景だ。イギリスの商船だから護衛にと思ってきてみたが……スミス君、もしかして私は夢を見ているのか」

 ジャマイカ送りとなり今頃処刑されているはずの男たちが目の前に並んでいる姿にジョンソン艦長は驚きを隠せなかった。その横ではスミス少尉がまるで罪人でも見るかのような目つきで立っている。海兵隊員はいつでも彼らを銃殺できるように銃を構えた。

「おっと、こちらが平和的に迎えているのに争いを仕掛けるのは国王陛下の海軍様のやることじゃないと思うぜ。こちらは誰ひとり武器を手にしていないのがわかるだろう。ジョンソン艦長さんよ、俺たちは海賊だったかもしれねえけどよ、今は律儀な私掠だ。ちゃんと国へ貢献をしていることを思えば武器を向けるなんざ思慮深い人間がすることではないだろう。この4人はな、捉えた海賊を引き渡すためジャマイカへ立ち寄った際、エヴァンズ艦長他司令部にいた艦長たちから預かったんだ。だから今はこの船の仲間として働いてもらっているんだぜ。あんた方が何を勘ぐっているのか効かねえが俺たちは何もやましいことをしていない。証拠ならほれ、ここにあるからみてみな」

 

 リトル・ジョンはジャマイカの海軍司令部でオルソン拉致事件について報告して署名までした際、4人も見受けについても白黒はっきりさせるためにアーティガル号へ預けていることを書面に書いてもらっていた。それは双方の証拠として残す必要があると感じたからである。


「なるほど……この書面は本物ですね。アーティガル号は余程エヴァンズ艦長たちジャマイカ司令部と懇意にあるのでしょう。私たちの入り込む隙は無いといえます」

 ジョンソン艦長の横で書面を垣間見ていたスミス少尉はこれも予想していたかのように落ち着き払っている。

「スミス君、私はいくらでも4人をこの場で処刑する覚悟はできているぞ。いくら司令部がこのような書面を書いても、それは4人が司令部を騙しているということだからな」

 そう言うとゴブリン号の方で乗員や海兵隊員たちの銃を構える音が響き渡った。


 彼らはそのまま互いを凝視し、しばらくの沈黙が訪れた。聞こえるのは風が帆を打つ音と波の音だけである。

「もう一度言う。俺たちは何もやましいことをしていない。この書面に嘘があるというならジャマイカへ行って確かめてみるといい。その背後には国王陛下がいることを忘れるなよ。海軍司令部の書面を疑うっていうことは国王陛下の意向をないがしろにしているということだからな。そして俺たちは国営殖民地であるグリンクロス島のウオルター総督から私掠免許をもらっている。アーティガル号に難癖付けるということは総督の意向もないがしろにしているということだ。まさか思慮深いジョンソン艦長からそのような難癖を言われるなんて俺は思ってもみなかったぜ」

 リトル・ジョンは今までにないほどの威圧感で足を踏ん張っているのがやっとだったが、ここで負けるわけにいかないと腰に力を入れる。

「……ふん、元海賊ごときが私の前でよくそのようなことをいうものだ。スミス君、彼の発言をしっかりと記録してくれ。私掠だとて海賊と同じことだ。私はこの連中を信用しないからな。全くジャマイカの紳士たちはその目で現実を見ていないからこのような妄言をいう輩を作り出すのだ。リトル・ジョン船長、私は騙されないぞ。私はお前たちが4人を預かったことを後悔するのを楽しみにさせてもらうよ。どっちの言い分が正しいかお前は思い知るだろう」

 そう言い捨てた後、海兵隊員たちに銃を下げさせたジョンソン艦長一行は再びボートに乗りゴブリン号へ帰っていった。


 

 アーティガル号から離れ、小さくなっていくゴブリン号。これでリトル・ジョンたちがフレッドたちの見受けをしていることが明らかになってしまった。

「お見事だったよ、リトル・ジョン船長」

 そう言ってコーヒーを差し出してきた男がいた。それは元”海賊”赤毛”の頭目であり、海賊船ブラッディメアリー号の船長でもあったアーサー・ケイである。海軍との作戦で船を失った彼はその後“青ザメ”と合流していたが、船乗りから足をあらったことでグリンクロス島の警護を任されていた。しかしルークがシャーロットと恋仲になったことで存在感がうすれると再び船に乗ることを決意し、今こうしてアーティガル号にいるわけである。リトル・ジョンもかつての私掠で船を失っていたのでアーサーは彼に親近感を抱いていた。それも仲間意識だった。

「ありがとうよ、アーサー」

 冷ましながらコーヒーを飲むリトル・ジョン。そのまま大きくため息をつく。

「俺、実はかなり緊張していたんだよ。俺たちの敵は奴らなんじゃないかと思えるほどだった。俺たち私掠は海賊を捕らえてロンドン市或いはジャマイカへおくってきたが、同業者を捕えた後ろめたさよりも後味が悪いんだ。どう考えても謀反扇動が本当かどうかはわからないのにあの艦長さんは4人の処刑のことしか頭にないようだ。あの()()()()()()()()()()がいう言葉とは思えなかったぜ。あの言動は冷静さを欠いている。彼の目を見たか?アーサー」

 船足を速めて距離を開けていくゴブリン号。そこへハミルトン船医がやってきた。”青ザメ”時代から海賊船に乗っている彼もまた年齢を重ねていたが、使命感からか体調の自己管理を怠らない真面目さがあり、元気に責務をこなしている。

「私も彼の目を見たよ、リトル・ジョン、アーサー。お気づきの通りあの艦長はうつろな目をしていた。彼は死人が歩いているかのように生気がなかった。ゴブリン号は海の怨霊(|Davy Jones' Locker《デイヴィージョーンズの監獄》)にのまれたんじゃないかと思うほどだ」

「やはり先生も艦長の異変に気づいていたか。そうだよ、多分俺たちの見解は同じだ」

 アーサーとリトル・ジョンがハミルトン船医の方へ考えを投げかける。


「ジョンソン艦長は何かの中毒だ」


 3人の言葉が重なる。もはやジョンソン艦長の異変は誰の目にも明らかだった。特にこうした情報に触れることが多かった海賊たちの経験はジョンソン艦長がそうであるという確信を深めていく。

 

 ゴブリン号はすでに水平線上の点と化している。

「ただ、心配なことにゴブリン号にはフレッドの部下がいる。かつてのスパロウ号で一緒だったらしい。クーパーというその若い士官はあの船で孤立しているだろう。もちろん他の乗員たちの身も心配ではあるが、残念ながらその安全保障は俺たちの範疇ではない。ゴブリン号はあのまま任務遂行の為に目的地へ行くだろう……しかしあの艦長でそれができるだろうか」

 よその船のこととはいえ、ジョンソン艦長の言動と様子に異変を感じたリトル・ジョン達。

「こうなれば何かのきっかけで見受けした4人に対して何かしらのアクションを起こしてくるだろう。アーサー、お前はフレッドとともにデイヴィージョーンズ号で戦ったこともあるそうだな。だったら俺たちは何としても4人を守り抜いていこうぜ。アーティガル号はオルソン救出の為に動くが、敵はジャコバイト派だけでなくゴブリン号にもいると考えた方がよさそうだ。……敵はフランスその国ではない。敵は……」

 そう言いかけたとき、背後から噂の声が聞こえた。さっきから離れて彼らの話を聞いていた4人の士官たちである。彼らはリトル・ジョンたちが自分たちのことを信じていることを有難く思っただけでなく、戦う勇気をもらっていた。


「敵は心の隙にあり。幾つもの思惑が重なり合って欲望を生んでいる状態、それが今のゴブリン号だ。クーパー君のことだけでなくゴブリン号には何も知らない乗員たちがいる。彼らも私たちと同じ被害にあうかもしれないんだ。僕たちは何とかしたいと思っている」

 フレッドの言葉にラッセル少尉、コックス少尉、そして落ち着いた物腰のフォスター中尉も頷く。

「その通りだよ、フレッド。俺たちは仲間だ。仲間を見捨てるわけにいかない。それが”青ザメ”の真髄だっただろう?マリサがここにいれば必ずそうしたはずだ。形式上マリサは頭目の地位を失ったが、俺たちの頭目はやはりマリサだ。マリサに恥じないようやるしかねえんだ」

 リトル・ジョン船長としての言葉は彼らを勇気づける。


 風が徐々に強くなって風上にある水平線上のかなたから灰色の雲が流れてくる。

「どうやら天候まで俺たちを疑っているようだな。さあ、こんなところで怨霊たちに遊ばれている場合じゃないぞ。船を避難させろ」

 リトル・ジョンの指示で近くの島を探し、避難の準備に入るアーティガル号の乗員たち。


 遅かれ早かれ彼らが自分たちの敵と対峙する日が近づく。そしてマリサ他ジェーン号の乗員たちや潜んでいるジャコバイト派もその日を待っている。

 確実にそれぞれが引き合ったり絡んだりしてやがて1本の糸になっていくのだ。

 

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