22総督の疑念
外交について至極当たり前のことを言っている総督。国と国の駆け引きはその外交力にあります。外交の力量が国を左右します。
マリサたちがオルソンの救出に向かっている頃、ロンドン港へ1隻のスクーナー船が入った。マリサとオルソン、新たにテイラー子爵が経営陣に加わった商船会社の船、ブリトマート号である。この船は海賊の被害に遭ったものの投資家への補償がままならず、売りに出されていたのをジェーンが父親に頼み込んで購入した船だ。マリサとオルソンの留守を守った格好のテイラー子爵だが、経営に加わっている姿をジェーンの父親であるブラント伯爵家に見てもらいたい思いがあった。ブラント家にとっても身分下のテイラー子爵家へやむを得ないこととはいえ、嫁がせたことの娘へのうしろめたさがあったので投資することとなった。このことでブラント家も商船会社にかかわった形となった。もしマリサがそこにいれば断固として拒否しただろうが、マリサとオルソンのいない商戦会社を誰が運営しているかを考えたら、ひとりの好き嫌いで決められるものではなかった。
桟橋では黄金色の髪をまとめ、落ち着いた色のドレスを着たシャーロット、テイラー子爵、そしてテイラー夫人ことジェーンが船の様子を見守っている。貴族様が海風に晒されて香水の匂いすらしないこの場へいることに場違いな感じもあったが、彼らはそれを気にしていない。
「お父さまは私が格下の貴族と結婚したことを未だに後悔をしているのよ。でも私は後悔をしていない。必ずここから這い上がってみせる。だから貴方も私に相応しい夫であるようにせいぜい活躍なさることね。経営にかかわった以上、今以上に財を成してみせましょう」
相変らず勝気なジェーンとマリサの伯父、テイラー子爵との結婚は、政略結婚に失敗をした後、すっかり縁遠くなってふさぎ込んでいたジェーンを有難く迎えた、いわば策略結婚である。マリサへの私怨のため、長らく独身を通して周りを心配させていたテイラー子爵は結婚することで立場を強固にし、あとは跡継ぎを得るだけだった。
「相変らずお前の言葉は私を楽しませてくれる。ただ、私の望みは他にもある。なぜお前を妻に迎えたか、その一番の理由だ」
彼がそう言ってジェーンを見つめたが、ジェーンは少々不貞腐れ気味だ。
「その表情を見ているとマリサを思いだす。マリサはいつも仏頂面だった」
「ハリー、それは余計なことでしょう」
益々不貞腐れ気味の顔をするジェーン。ジェーンはテイラー子爵の一番の望みを理解していた。テイラー子爵家は嫡子がいない。ジェーンに課せられている一番の理由は嫡子を産むことだった。そしてそれはジェーンの隣で面白そうに話を聞いているシャーロットの問題でもあった。マリサと双子のシャーロットは男の兄弟がいない。そのため結婚して嫡子を産み、家を継がせなければならなかった。
「全くね……私たちは跡継ぎを産むことが最優先なんだから」
シャーロットはそう言いながら曇り空を見上げた。
(私は今でもあなたを羨ましく思っていてよ……マリサ。家や身分に縛られている私たちは社交界の飾りものとしか見られていない。双子なのに育った環境が違うとこうも生き方が違うものかしら)
シャーロットもまた、愛するルークと離れ離れである。ルークは父オルソン救出の為にジェーン号へ乗り込み、マリサとともにいる。
海賊によるグリンクロス島襲撃事件では、マリサたちや海軍、島民が協力して海賊たちを追い出し討伐した。人柄の良いシャーロットは島民たちや奴隷たちに人気があり、すぐにでも島へ帰ってきてほしいと懇願されたが、マリサやフレッドもいないスチーブンソン家を手助けしたいという思いから領地へ残り、時折ジェーンの話し相手になっている。その間にもエリカに音楽指導をしては何かと面倒を見ていた。
(エリカのことは心配しないで。オルソン伯爵が不在となった今は私が音楽指導をしているから。エリカはきっと素敵な音楽家になるわ)
父親と母親が相変らず不在で、祖母であるハリエットに育てられているエリカ。親を必要としているときに甘えることもかなわず、ジェニングスの海賊団に拉致されてから人の目を見て行動するような様子が続いている。大人びた表情を見せることもあるが、やはり子どもである。そんなエリカもマリサと同じ顔をしているシャーロットには緊張がとけたような、屈託のない笑顔を見せることもある。何より、大好きなハープシコードを奏でるときのエリカは、上手に弾くと周りの人たちに褒めてもらえるのでそれを励みとしていた。そんなエリカを愛おしく思うシャーロットは、エリカとかかわることでルークと離れ離れになっている寂しさを紛らわせていた。
ブリトマート号はグリンクロス島だけでなく近隣から乗客や荷を積んでいた。忙しそうに荷を降ろしている連中は根っからの船乗りたちで、真面目に働いていた。”青ザメ”や”赤毛”といった海賊や私掠など全く無縁であり、そのため海賊に出くわしたときは荷を奪われただけでなく多くの仲間を失っていた。しかし海賊たちは艤装すらないスクーナー船に興味を示さず、生き残った船乗りたちを残して去っていた。これは船乗りたちにとってとても幸運だと言えた。
「オーナー、荷は以上です。船乗りたちの健康状態もよいです。こうして無事にまた航海をし、家族を養うことができたことを有難く思います」
船長のショーンは40代の骨太の船乗りであり、子だくさんの家庭で家族思いだった。そのため、出帆するときには家族総出で見送りに来ていた。それは独身の船乗りたちを羨ましがらせただけでなく笑顔をもたらしていた。
「私たちは本当に良い契約をしたと思っている。これからも真面目に航海をしてくれ。客の信用は一番の利益だ」
オーナーと呼ばれて気をよくしているテイラー子爵はブリトマート号に期待を寄せている。マリサたちが乗っているジェーン号はオルソン救出が第一目的なので少しの艤装のほか自分たちの航海に必要なもの以外の交易のための荷物量は少ない。それでも船の目的は交易に限られたものではないので何とでも理由づけをすることができた。
商船会社にはすでに荷運びや乗客など依頼が入っている。
曇り空は雲をますます低くし、やがてぽつぽつと雨粒を落としだす。
「おっと……大切な妻が風邪をひいては困る。撤退しよう」
そう言ってジェーンをコートでかばったテイラー子爵はシャーロットと共に桟橋をあとにする。この雨風は冷たく、濡れるだけで体が凍えるようだ。
遠く離れた大西洋上のグリンクロス島では同じ空でもどこまでも青い空が広がっている。緑布のようにプランテーションが広がる緑豊かなこの島には戦略的な価値はないが、水源があるため補給地として海軍の立ち寄り地ともなっている。そんなグリンクロス島はこれまで海賊に2度襲撃されており、シャーロットとともに住民たちが迎え撃っている。もちろんマリサたちや海軍の働きもあったが、島と住民を守るため立ち上がったシャーロットに好感を寄せていた。
この日、荷や補給のことを後回しにして総督の屋敷へ急ぐリトル・ジョンとフレッドの姿があった。総督から私掠免許状をもらい、海賊討伐に動いていたアーティガル号は、捉えた海賊たちをジャマイカへ引き渡した際、謀反扇動の罪に問われていたフレッド、ラッセル少尉、コックス少尉、フォスター中尉の身柄を預かっていた。彼らの上官であるゴブリン号のジョンソン艦長は彼らをジャマイカへ送ると任務の為、審理を見届けることなくその場を後にしている。
ジョンソン艦長の言動がおかしいと感じていたジャマイカ駐屯地の艦長たちは結論を出さずアーティガル号へ預けることにした。そしてリトル・ジョン船長からオルソンに起きた事件を聞き、マリサたちが乗っているジェーン号の救出活動の為に私掠免許状の書き換えを進言している。
海賊の襲撃により燃やされた屋敷の再建のために住民たちは積極的に手伝っており、そのため完成が早まっている。これはシャーロットや総督の人望がそうさせているのだが、ウオルター総督はそれを当たり前だと思わず、ともに建設を手伝ったり、漁具の手入れを手伝ったりとできることをして島民にとけこんでいる。
再建中の屋敷は海を臨む高台にあり、周りをプランテーションに囲まれている。そして以前の屋敷と同じように港を一望できる部屋やベランダがあった。
再建にはできるだけ使える建材を再利用していた。これは総督でありながら島民と一緒に漁具の手入れをしたり、天気の良い日は共に漁に出たりして島民と関係を築いた結果だった。高級志向は島民にとっていいものではないと感じたのである。
リトル・ジョンとフレッドを迎えたウオルター総督は彼らの話をじっと聞いている。何よりフレッドのやつれようが気になっていた。
「……というわけでジャマイカの海軍駐屯地の艦長たちから私掠免許状書き換えを進言されました。ジェーン号は特別艤装許可証のみの運航であり、自衛の為でしか武器を使えません。有力貴族が多数いるにもかかわらず、なぜ俺たちのオルソンが拉致されたのか全く見当つかないのです。オルソンは辺境地である田舎の貴族だと聞いてます。しかし拉致した者たちはオルソンに何か利用価値を見出だしているのでしょう。いや、そんなことはどうでもいい。俺たちは仲間を救わなければならない。僅かの艤装と連中で挑むジェーン号だけにその荷を負わせるわけにいかないのです」
リトル・ジョンの横で話に聞き入っているフレッド。フレッドは嘆きの収容所から脱出する際、オルソンがマリサの手を見て何かを呟いていたのを見ていた。(本編 45話 反撃②)
それがどのようなやり取りかはわからない。しかし、何かしら秘密があるように思われた。その秘密こそがオルソン拉致の原因でありマリサを動かせている要因なのだろう。だが、それをここで言っても根拠がない。そのことはフレッドの胸の内に納めるしかなかった。
「私掠免許状の書き換えはすぐにでもできる。ただ、フランス側の意向を考えず、勝手に乗り込んで勝手に解決してよいものかな。例えばだ、自分の家に他人が入り込んで双方が喧嘩をやって自分達で勝手に解決することと同じだ。こういうことは国の外交がすべきものではないか。なぜ、民間人がそのような行動をとらねばならないのだ?ゴブリン号の様に軍部の命令でというならわかるが……このことも私は不思議でならない。ジャコバイト派の拠点があるにしても、そもそもイギリスがのり込んで拠点を叩くというのがおかしくはないか。なぜ拠点があるとされるフランスを介さないのだ。私はこの計画が外交を蔑ろにしているとしか思えない」
ウオルター総督の表情はとても厳しい。彼の言っているとおり、国家間の問題は外交で解決するものである。それが破綻したら戦争となるのだ。
「騙しているものと騙されているものがいる……大方そんなところだ。国王陛下の海軍の命令であるなら然るべき理由があっての行動だろう。それは私たちが知り得ない理由だ。フレッド、君とアーティガル号に預けられた3名はどの立場で行動するのかね。海軍としてか、それともアーティガル号の乗員としてか」
ウオルター総督の目はフレッドを突き通すようにとらえる。
「私たち4名はアーティガル号に身柄を預けられた時からアーティガル号の乗員です。リトル・ジョン船長の下で行動をします」
フレッドがそう答えると、少しウオルター総督に笑みがあるようにみえた。
「……その答えを待っていたよ。よかろう、私掠免許状を書き換えよう」
ウオルター総督は書面をしたためるとリトル・ジョンへ手渡す。
「ありがとうございます。マリサとオルソンの関係は使用人と領主だったことが影響しているのかもしれません。私たちが知り得ないこともあるでしょう。マリサはオルソンを仲間としながらも、ときどき使用人マリサの顔がでています。それがオルソン救出に動いた理由なのかもしれませんが、そうだとしても私たちはマリサとジェーン号を支え、目的を同じくするでしょう」
フレッドも傍らで思いを述べた。
今頃どこでどうしているかわからないジェーン号の動向。ジェーン号と遭遇できるかどうかはわからないが、あの地図の写しだけが頼りだ。アーティガル号は航海に必要なものを急いで積み込むと目的地へ急いだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想ツッコミお待ちしております。




