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20丸投げという秘策

丸投げなんてどこかの企業が下請け業者を泣かせるようなイメージがありますが、そんな概念が当時にあったかどうかは知りません。

オルソン拉致事件は人々を巻き込んでいきます。

もっと丸投げのやりようがあったのでは、と突っ込まれそうですが……。

 一方、フレッドたちが謀反人として審理を任されたジャマイカ海の軍司令部では、フレッドたち4人の士官の処遇をどうしたものか、議論がなされている。それというのも、どのように聞き取りをしても謀反の話ではなく、艦長の負担を軽減するための話し合いだったというのだ。謀反と言って騒いでいるのはジョンソン艦長だけで、憶測でものを言っているに過ぎなかったと思われたが、肝心のジョンソン艦長は任務遂行のために目的地へ向かっているので彼から話を聞くのは困難なことだった。はっきりした事実関係がないまま審理を進めても彼の望む形にはできないのである。


「このまま彼らを拘束し続けて良いものか。もし無実だったら私たちは取り返しのつかないことをすることになる」

「逆にもしジョンソン艦長の言っていることが事実で、4人が口裏を合わせてあのように言っているのなら、悪しき計画を私たちが先延ばしにしただけとなってしまうだろう」

 4人の聞き取りを終えたものの、全く謀反の証拠が出てこないので処遇をどうしたものか思いあぐねる声が続くジャマイカ海軍司令部。


 

 そこへ私掠船によって海賊たちが捕らわれて運ばれたという知らせが入る。

「アーティガル号の乗員たちががカリブ海の洋上で単独行動をしていた海賊を捕らえたようです。牢の余裕はありますか」

 そう言って海兵隊のひとりが日焼けした船乗り数人を連れてくる。

「おお、君は確かリトル・ジョン船長……。アーティガル号!そうだ、これを使おう!」

 スパロウ号でフレッドの上官でもあったエヴァンズ艦長はリトル・ジョンの顔を見てある考えを思いつく。

「え?何をどうしようってんです?」

 リトル・ジョンはいきなりわけのわからぬことを言われて言葉が続かない。

 

 アーティガル号はマリサの父であるグリンクロス島のウオルター総督から私掠免許を与えられ、目下海賊ハンターとして活動中だ。マリサやギルバート、ラビットが抜けた今も精力的に活動を行っている。

「君たちに預けたい人員がいる。もし彼らが謀反を起こせば()()へ戻してくれ」

 エヴァンズ艦長が何を考えているかを他の司令部の人々は理解する。エヴァンズ艦長は事のいきさつをリトル・ジョンに説明をした。



 

「……話を聞くに、俺たちに問題を丸投げしているように思えますが、要はあなた方が判断付きかねているので謀反の動きがあるかどうかをつかんでほしいということですね。海軍の船でなければ4人は油断するだろうと」

 リトル・ジョンはなんともおかしなことになったものだと思った。しかも預けられる4人の中にはマリサの夫であるフレッドがいる。彼は”青ザメ”時代、彼らと活動をしていた時期があった。古巣のようなことろへ預けても意味はないだろうと思ったが、問題の丸投げの向こうにはエヴァンズ艦長たちが彼らの無実を信じている節があり、それを断わる理由がなかったのである。

「承知しました。丁度こちらも人手が足りておりませんので助かります。なぜならマリサの後見人であるオルソンが貴族殺しの罪を着せられてそのまま拉致されており、マリサとうちの乗員2名が船を離れているからです。このことはご存じですか」

 そう問いかけたが、オルソンの事件はそもそもでっち上げであり、大方の人間は知らないのが当たり前である。それを理解したうえでリトル・ジョンはオルソンに起きた問題を話し、マリサが持っていたオルソンがいると思われる拠点が示された地図の写しを見せた。エヴァンズ艦長は民間人である彼らにゴブリン号の任務内容の詳細を話すことができないため、その地図の写しを見て頷くしかなかった。


(やはりな……)

 

 そう思いつつ、この案件は艤装がなく4人の士官が抜けたゴブリン号にとって難易度が高いのではとおもえてならない。特にジョンソン艦長のあの様子が気になる。それでなくてもジャコバイト派の残党は密かに機会を狙っているのだ。そのひとつがオルソン拉致事件なのだろう。


 「なるほど……。そんな動きは全く知らないことだったよ。ジャコバイト派の残存が絡んでいるとなるといずれ反乱が起きかねないだろう。オルソン伯爵にそのような事件が起きていることを王室もご存じないと思われるが、このことは私からも国へ伝えなければならない。今の話をしっかりと書き留めたから署名してもらっていいか?」

 エヴァンズ艦長は自分の署名を書き、その下にリトル・ジョンの本名を書くように言う。(海賊船の名残りで彼らは本名でなく、あだ名や別名を名乗ることが多かった。リトル・ジョンの名は、嘆きの収容所へ捕らわれていたときに、同じ名のジョン・デイヴィス船長(マリサの育ての父)がいたので、当時自分の仲間から呼ばれていたリトル・ジョンの名を名乗っていた)

「私も4人を君たちへ預ける手前、協力しないわけにはいかないだろう。ゴブリン号のジョンソン艦長には艦長職として首をかしげる行動がある。報告は必ずこちらからしておくよ。……マリサたちの行動も気になるしな」

「行動?オルソンの件は海軍と関係はなく思いますよ。ジェーン号はほんのわずかな艤装しかしておらず、それは自衛目的です。そして私掠免許はアーティガル号とその乗員に与えられたものであり、ジェーン号にはありません。恐らくマリサたちは人力で救出に向かうものと思われます」

「スチーブンソン君たち4人が乗っていたゴブリン号の目的はジャコバイト派の残党の拠点を潰すこと。そしてオルソン氏拉致事件はジャコバイト派の残党が絡んでいること。……私はこれらがつながってるとしか思えないのだ。そうであるなら人力で問題解決できるような案件ではないだろう。君たちはグリンクロス島へ行き、ウオルター総督から私掠免許の書き換えをしてもらいなさい。ジェーン号が自衛だけでなく攻撃もできるように。そしてフランスへ向かいたまえ。ゴブリン号の動向は私たちが今探っているところだ。君たちは君たちで存分にやってくれ」

 エヴァンズ艦長の言葉はいわばお墨付きである。4人を丸投げした意味もあるのだろう。


 フレッドたち4人はその日のうちに牢から出され、形だけではあるが海兵隊員の同行のもと、アーティガル号へ送られる。

 最初は私掠船と聞いて胸がつぶれそうになるくらい心配をしたフレッドたち。

「よう、すっかりやつれてしまったな。当分の間あんたたちの身柄を預かることとなった。あんたたちが黒か白かを俺たちが見極めるっていう、丸投げの秘策だが、俺たちはそんなことどうでもいい。とにかく一緒に働いてくれ」

 そう言ってリトル・ジョンはやつれた4人と握手を交わす。フレッドは相手が顔見知りと知って少し表情が緩んでいるが、気の弱いラッセル少尉は私掠船へ乗り込むことに非常に緊張をしていた。それというのもラッセル少尉は海賊や私掠達とここまで接近したことがなかったからである。荒くれものという恐怖がラッセル少尉をのみこんでいた。

「これじゃあ、ますますジョンソン艦長からあらぬ疑いをかけられてしまいます……」

 小さな声で泣き言をいい、フォスター中尉のそばへ隠れた。

「おいおい、そこの若い兄ちゃん。そんなんじゃうちのマリサに大事なアレをちょん切られてしまうぞ。男ならしっかりせんか!」

 リトル・ジョンとともに司令部へ来ていた主計長のモーガンが笑ってけしかけた。

「モーガン、4人分の経費を司令部が払ってくれるとは思えんが、そこは理解して4人の分も含めて買い物をしてくれよ」

「承知したよ、リトル・ジョン船長。大切な客人のため準備をやっておく」

 そう言ってモーガンはラッセル少尉の顔を覗き込んでニヤッとする。

「お、脅かさないでください……」

 ラッセル少尉はすっかり弱気になっており、フォスター中尉の腕にしがみついた。

 

 処刑への恐怖と無実のまま捕らわれているという現実に精神がどうかなりそうだったが、このやり取りでようやくほぐれたようである。

 もっとも、これを計算したうえでのリトル・ジョンたちの言葉なのだが、そうであっても4人は救われた。

「さてと……久しぶりだな。まさかこんな形で共に航海できるなんて思ってもみなかったぜ、スチーブンソン……あ、いやフレッド」

 リトル・ジョンは懐かしそうにフレッドに手をさしのべ握手をかわす。他の元”青ザメ”や“赤毛”の連中たちもそうだが、フレッドとは『嘆きの収容所』で互いに励ましあい生き延びてきた仲だ。マリサを執拗に追っては我が物とするために海賊団を作り、捕らえた捕虜には熾烈な拷問を行ったガルシア総督。しかし見事なまでのマリサと連中の連携した反撃にあって野望は消え、ガルシア総督もこの世の人でなくなった。(本編38話 嘆きの収容所~46話 壊滅”光の船”)

「再会を嬉しく思います。正直、ジャマイカへ送られた時はもう生きた心地がしませんでした。僕たちはアーティガル号へ預けられたことで謀反の疑念を晴らすことができるか、働きで示さねばと思っています」

「フレッド、オルソンの事件解決のためにマリサがフランスへ向かっている。この船がマリサたちの船に遭遇できるかどうかはわからないし、見つけたところで事件が解決しているかもしれない。しかし……やるしかないんだ。ジャコバイト派の拠点がゴブリン号に知られ、マリサたちも知っている。それがおなじ目的地であるか、そして海軍様の命令がどうだったかを俺は知らない。何となくそれらの目的地が本当に拠点なのか怪しいと俺は見ている。もちろん、マリサも何かしら気が付いていると思うがな」

 リトル・ジョンはオルソンの事件をフレッドたち4人に話した。

 

 

「では、新たな連中として加わった4人の皆さん。ここでは海軍の階級やしがらみは無しだ。……もっとも、過去に海軍の上下関係を引きずった男がいたらしいがな……。安心しろ、その男は陸の上できれいな奥さんと仲良くやっている」

 リトル・ジョンの言葉に顔を見合わせるラッセル少尉たち。もちろんフレッドはその男が誰なのか理解している。今でもどこかでフレッドの心を支配しているあのグリーン副長ことテイラー子爵である。家の存続のために政略結婚の失敗から離縁されていたジェーンを迎え、マリサの良き身内でもある。


 アーティガル号の乗員として加わった4人は温かく迎えられ、ともにグリンクロス島へ向かうことになった。マリサたちが今どうなっているかわかってはいない。海軍が関与しない私的な作戦であるなら、時間や労力がかかるだろう。まして気持ち程度の艤装しかしていないジェーン号のことだ。マリサたちを協力するにもアーティガル号がもつ私掠免許状の書き換えが急がれた。

 

「グリンクロス島へ急ぐぞ。俺たちは女神アストレアから教育を受けた騎士アーティガルだ。姫と国王を守るんだ!」

 知識人の様に連中に向けて叫ぶリトル・ジョン。

「え……姫って誰のこと?」

「国王?ジョージ国王のことか」

 意味が分からず反応を忘れている連中たち。

「姫とはマリサ、国王とはオルソンだろう。僕たちは誰を救わねばならないのか考えたらわかることだ」

 フレッドの解説がなければ小難しいリトル・ジョンの話を一日中悩んで考えたかもしれない連中。もっとも、『妖精の女王(エドモンド・スペンサー作)』という長い叙事詩を彼らは読んだこともないし、そもそも文字を知らなければわからないままだろう。

「アーティガルってそういう意味だったんだ……」

「おめえ、知らなかったのか。実は俺も意味を知らなかった」

 笑いあう連中たち。


 マリサたちが順調に目的地へたどり着き、オルソンを救出出来たら目的は達成であり、アーティガル号が到着するころには事件解決となっているかもしれない。

 しかしリトル・ジョンとエヴァンズ艦長の双方がそこに何かしらの問題があるのではと感じていた。まるで誘うかのような1枚の地図の写し。そこから発せられる蜘蛛の糸の1本がアーティガル号へ伸びているようだ。

 こうしてジャコバイト派の陰謀は彼らを巻き込んでいく。

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