18海賊上等②
久し振りの活劇、やはりおとなしくしていることは困難でした。
「13話 怖ろしいのはペストだけじゃない」の中でフィリップが呟いた船の名がここでも。
ジェーン号は大きく風上へ方向を変えてそのまま逃げ切ることを選んだのだが、彼らもこの動きを察し、追い上げてきた。そこそこの人員を備えているだろう。
「全くせわしない奴らだな。あたしは逃げも隠れもしないってのにさ」
海賊船と思われる不審船では甲板上で何人もの男たちがマリサを見ていた。
(あたしはあんたたちの餌じゃないぞ。餌はあんたたちのほうだ)
マリサは娘の様にあどけなく微笑むと長い髪をかき上げる。
この様子を望遠鏡で見ていた者や遠目で見ていた者は騒ぎ立てた。それはまるで餌に群がるなんとかのようだった。
「ありゃ誘っているぞ!遠慮するな、移乗して操舵を奪え!そして女を確保しろ」
船長が叫ぶと雄たけびを上げる男たち。気持ちが早まり、移乗体制に入った。
不審船の方が船足もはやく、方向を変えて風上へ回ったジェーン号の針路をふさぐかのように方向を変え、ジェーン号に並走してきた。
「移乗してくる気だ!海賊で間違いない。お前たち、死にたくなかったら撃て、戦え!」
響き渡るハーヴェーの声。ギルバートもマスカット銃とカットラスを手に不慣れな連中へ指示をする。銃の扱いを知っていてもなかなか実践することのなかった連中は体を震わせ、息を荒くした。
船内ではラビットの指示をルークが英語のわからぬ乗員たちに通訳する。英語を話せる連中ばかりではないのでこうでもしなければラビットの指示が伝わらないのだ。
「先制攻撃はしない。いいか、怖いかもしれねえが、すぐに反撃できるよう準備だけをするぞ」
ラビットの言葉に海軍あがりの乗員たちが砲撃に備えた。戦争が終わり、職にあぶれた海軍上がりの船乗りたちをハーヴェーがスカウトしたのは正解だった。
「いつでも指示をまってるぜ。ほんとのところ、ドッガーンてやりたくてうずうずしていたんだ」
海軍上がりの男たちは少しワクワクしているようだ。
「よろしい、その気持ちを込めて奴らにプレゼントしよう」
ルークがいうと笑いが巻き起こる。この余裕がどうしても必要だった。
甲板上では海賊たちが移乗を仕掛けており、連中との攻防が始まった。海賊の攻撃開始である。ルークは昇降口から垣間見てそれを確認し、ラビットに伝える。
「砲門を開け!」
敵の右舷側を狙うのだ。これは敵も同様であり、砲が顔をのぞかせていた。しかし海賊たちが移乗している間は砲撃がないものと思われた。機会を伺うラビットたち。
海賊たちが移乗をしてきたのと敵船の砲門が開いているのを確認したハーヴェーは風上に向かってジグザグに走っていたジェーン号を海賊船から引き離すよう命じた。
その間にも幾人かの男たちは縦横索を我先に昇っていく。もちろん彼らがその目に捕らえているのはマリサの姿である。
「まあ、なんてこと!お願いだからこないでちょうだい」
マリサは一心不乱に昇ってくる男たちを見て、おどおどした様子でわざと聞こえるように叫ぶ。しかしこれは逆に男たちの意欲をそそってしまう。
「いま行くぜ、そんな場所はおめえには似合わない」
彼らはいたって余裕である。単にマリサが女であることだけに気を取られているようだ。
下の方では移乗してくる彼らに何とか防戦をしている連中がいる。昔の”青ザメ”なら防戦でなく攻撃だったのだが、ジェーン号の乗員たちは砲のところにいる海軍上がりの者を除いて戦い慣れしていない。ピストルを撃つにも狙いを外すことも珍しくないぐらいだ。
「ヒャッハー!なんてお粗末な奴らだ。仲間にはいれば鍛えなおしてやるぜ」
男のひとりがギルバートを嗾ける。
そのギルバートは仲間を援護しながらもカットラスを振りかざし、ピストルを撃って少しでも相手の戦力をそごうとする。ハーヴェーもこの日のためにというわけでないが、鍛えた体を使い、操舵のベネットを守りつつ身軽に立ち向かっていた。
檣楼では今まさに男たちが餌を求めてたどり着こうとしていた。
「嫌よ、こっちへこないでちょうだい。キャー」
マリサの叫ぶ声が響く。
サイモンたちは一瞬驚いて振りかざそうとしていたカットラスの手を休めたが、ギルバートは問題ないという風に笑って返す。
「気にするな、マリサは女優だぜ」
ギルバートの言葉に何のことかわからず戸惑っていたものの、海賊たちの攻撃を何とかかわすことに専念する。他の連中も防戦だけで精一杯であり余裕などない状態だ。
パン!パン!パン!
檣楼の方から銃の音が聞こえたかと思うと甲板上へ人が降ってきた。マリサに銃撃されて落とされた海賊らしい。彼らはそのまま血を流してこと切れたようだ。
マリサは銃やナイフ、サーベルを使って檣楼へ上がってきた海賊や縦横索にいた海賊たちを次々に撃退していったのである。
彼らを全て無力化したマリサは甲板上の連中を援護するために急いで縦横索を降りていった。この間にも海賊が銃口をマリサに向けたが、気付いたサイモンが先に撃った。
「男って考えることは皆一緒か?あたしは呆れたぞ」
マリサはこと切れている海賊の手からカットラスを奪うと右手にカットラス、左手にサーベルを持つ。
「マリサよ、お前いつから二刀流になったんだ?俺は聞いてねえぞ」
ギルバートやハーヴェーはこの光景に驚く。
「今からだよ。さあ、反撃するぜ」
こうしてマリサは2本の刀をもって海賊たちに向かっていった。
(ナイフを投げつくしたしピストルの弾も切れたなんて言わせるな)
マリサは重みのあるカットラスで横からくる海賊たちを切りつけていく。使い慣れたサーベルは左の手でも十分に働いてくれる。
「この野郎、女だからと言って容赦しねえぞ!」
マリサの行動にかっとなった男が背後から飛び掛かってくる。
「うるせえ!」
振り向きざまに大きくカットラスを振りかざし切りつけるマリサ。もうフランス語で話す余裕はなかった。
そのまま倒れ込んで血の海に浸っていく海賊からピストルを奪ったマリサはその銃口をある男に向けた。お洒落な鳥の羽が付いた帽子をかぶり、膝までの上着を着ている海賊の船長である。
「Dieu, conduis-le vers ta terre(神よ、彼をあなたの国へ導いてください).」
小声でつぶやくと確実に引き金を引くマリサ。
バーン!
倒れ込む海賊の船長。気が付くと甲板上は海賊の死体だらけだ。反面、ジェーン号では幸いなことに負傷者がいても死者はでていなかった。
「引き上げろ!撤退だ」
海賊たちはこの声に逃げようとロープを見上げた。が、しかしジェーン号はこの時点で彼らが移乗できないほど海賊船から距離を置いていた。
こちらの動きを察したのか、海賊船が砲口を向けてくる。この様子に海賊たちは自分たちが見捨てられたと思い、投げやりになった。
(さあ、いつまでもおしとやかなジェーン様じゃないぜ。あの女の本性を見せてやれ)
マリサの脳裏に気位の高いジェーンの顔がうかんだ。
ドーン!ドーン!ドーン!
ジェーン号から砲丸が飛び、海賊船の甲板上とミズンマストへ命中する。
バキバキバキッ!
崩れ落ちる海賊船のミズンマスト。それだけでなく火災も発生したようだ。大慌てで砂を蒔く海賊たち。硝煙と火災の煙で見通しが悪くなり、行動が鈍くなっていた。
ドーン!ドーン!ドーン!
彼らの反撃を受けるよりも先にジェーン号から海賊船の砲門近くに砲が撃たれた。横っ腹に穴をあけられた船は反動で大きく揺れる。
彼らはそのまま反撃をしてくると思われたが、海賊船にいる男たちは弦側にひとりふたりと次々に並び、両手を挙げた。もう勝ち目はないと思ったのだろう。
それをみてジェーン号でささやかな抵抗をしている海賊たちも次々に武器を捨てて降伏する。
降伏した海賊たちが拘束され、ジェーン号の甲板上に集められる。自走できないような海賊船に残しておくのはさすがに胸が痛んだからである。
海賊たちはこんなはずじゃなかったというような顔をしていた。
「あーっ!」
「お、おまえ!」
元々この船の乗員だったサイモン、ゴードン、ベネットは海賊たちの顔をみて彼らを指さし、大声を上げる。そして海賊たちもサイモンたちを見て思い出したようだ。
「なんだ、知り合いなら初めからそう言ってくれたらよかったのに」
マリサはサイモンが指さした海賊を彼の前に突き出す。
「こいつらは……この船を襲った海賊だ。この野郎、よくも2度も襲撃してきたな!」
サイモンたちは怒り心頭である。とても先ほどまで怯えていたとは思えないほどだ。
「……てことは、この船はムエット号?沈んだんじゃないのか……」
海賊たちは少し混乱している。
「ハーヴェー、そういやあたしはこの船の元の名前を聞いてなかったぞ」
マリサはハーヴェーに詰め寄る。
「誰からも元の名前を聞かれなかったからな。確かにこの船の元の名はムエット号。れっきとしたフランス船でイギリスとフランスを行き来していた船だぜ」
すまし顔でいうハーヴェーの首をもう少しでマリサは締めるところだった。
海賊の話では、ムエット号を沈めたら報奨金を出すと言われて襲撃したらしい。彼らはまさかムエット号があの状態で発見され、修理を得て今この場にあることが信じられないようだ。
「俺たちにムエット号を沈めてほしいと言った奴らは役人でも何でもない……普通の市民だぜ。それでもなぜか金貨を積み上げて払ってくれた」
海賊の言葉は、奇しくも2度にわたって同じ海賊に同じ船を襲撃されたサイモンたちの怒りを買う。
サイモンとゴードンは彼らに飛び掛かり殴りかかっていく。慌てて止めにはいるハーヴェー。
「やめろやめろ、処刑は俺たちの仕事じゃねえぞ!」
なかなか手が収まらないサイモンとゴードン。余程腹が立っているのだろう。
バーン!
マリサが空に向けて銃を放つ。
「落ち付け、サイモン、ゴードン。いいか、こいつらはあんたたちにとっても、あたしたちにとっても大切な証人だ。……ムエット号は貴族の長身の男を運んでいたんだよな。そこには女もいたはずだぜ。きゃしゃで物腰のよい女だ。ヘンリエッタという名に覚えはないか」
「ヘンリエッタ……アンリエッタ(ヘンリエッタのフランス読み)ああ、その名を確かに聞いたぞ。長身の男はオルソン……拘束されて頭から血を流していたが、ヘンリエッタと一緒にいた男たちもその男をオルソンと呼んでいたような気がする。じゃ、マリサたちがが探しているというのはそのオルソンという男なのか」
サイモンとゴードンは記憶をさかのぼらせていく。
「ヘンリエッタ?オルソン?俺たちもその名を知っているぞ。ムエット号を沈めろと言ったのはヘンリエッタの仲間だ。会話の端々にオルソンという名も聞こえていた。金払いがよかったからあまり気にも止めなかったが……」
「つまりだ……。海賊たちにムエット号の襲撃を依頼した者とオルソンを拉致した者は同じだということだ。奇しも航行不能となったムエット号は通りがかった海軍の船に奇跡的に発見されてなんとか帰港した。そして船を探していたあたしたちはそれを買い取り、航行できるようにしたということだ」
マリサの話に納得していく男たち。そしてこうも言ったのである。
「あたしたちは私掠免許状を持っていない。つかまえたところであんたたちを処刑する権利すらないんだ。だから罪滅ぼしのつもりでムエット号で働かないのか?」
マリサの言葉にざわつく男たち。
「え?ということは奴らを雇えと?」
ハーヴェーの言葉に頷くマリサ。
「戦える人材と船を操る人材がそろっているじゃないか。あたしたちは私掠免許を持っていない。海賊を捕まえたところであたしたちではどうすることもできないんだ。いいか、あんたたちがこのジェーン号の乗員として仲間になるなら、命を救う手立てを考える」
マリサの言葉を聞いて互いの顔を見合わせる海賊たち。マリサの言う命を救う手立てとはウオルター総督のことだろう。
「どのみち俺たちには船がない……ここで働かせてもらえるんなら働くよ……」
海賊の返答にサイモンが再び殴りかかろうとしたので体を押さえて止めるギルバート。
ムエット号で生き残った者たちは腹が立つかもしれないし顔も見たくないかもしれない。だが、現実を見れば人手不足の解消に一役を担うのだ。これはサイモンたちも認めざるを得ない。
「ところであんたはいったい何者なんだ?貴族と付き合いのある妾かと思っていたが、そうじゃないな」
海賊のひとりがマリサの顔をみて尋ねる。女の船乗りがいる情報は正しかったが、貴族の妾でもなさそうで、しかもバッタバッタと敵を倒している。
「あたしか?あたしはマリサ……ごく普通の女だよ。昔は”青ザメ”の頭目をやっていた」
マリサはこう言ってにやりとした。お上品にほほ笑むなどに合わないこの場で、おとなしくするはずだったがやはりそれは難しいことだった。
「お、お前ら、アレを守れ!ちょん切られるぞ……この女は○○切りのマリサだ!!」
海賊たちだけでなくサイモンたちも皆大事な部分を守るかのように足を竦めたり手で隠したりしていく。
「やはり昨日の騒ぎの張本人はマリサだったか……。いい加減に落ち着かなきゃだめだぞ」
ハーヴェーは事実を知って驚いている海賊やサイモンたちを哀れに思った。
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