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17海賊上等①

おとなしくしていたマリサが牙をむく。やらなきゃいけないときは思い残さずやるべし。


 ジェーン号へ帰ったマリサは留守番をしていたラビットをねぎらうと、着替えて2人分のコーヒーを点てた。先ほどの件でもう少し暴れたかったが、それをやってしまうといかにも短絡的と言われそうで気持ちをおさえたかった。

「みんながいない間にこの船をあちこちみてみたんだけど、船倉のある壁の部分に小さな傷があったんだ。マリサは知っていたのか」

 ラビットはコーヒーを受け取るとおもむろに聞いてきた。

「傷?小さな傷なら嵐か何かで物が当たった時にできたかもしれないし、そもそもこの船は海賊船に襲撃されてボロボロだったから襲撃のときにできた傷かも知れないぜ。航海に支障をきたすような傷なのか」

 マリサはこの船が『瀕死の状態』という言葉が似合いそうなほどボロボロになって曳航されてきたことを思い出す。あのときは船の購入を勧めたハーヴェーの首を絞めそうになったほどだ。

「いや……実は傷というより文字だ。おいら読めねえからマリサみてもらえるかい」

 何やら言葉らしき傷があるそうだ。マリサは興味をそそられラビットに案内されるまま現場へ赴く。

 

 ジェーン号は修理のあと船化粧をしており、海賊船の襲撃にあったということは、ぱっと見てわかりにくいぐらいだった。ただ、細かなところを見ればやはり襲撃の爪痕がわかる。でも、それは積まれる荷や船員たちにとって大きな問題ではなかった。

「ここだよ、これ……文字だけどおいらにはわからない」

 ラビットが案内した場所は薄暗い船倉の一角で、時折チュッチュと小さな鳴き声がしてネズミの存在を知らされる。ラビットが指さしたそこには英語で浅く傷の様に掘られていた。


 ――マデリン、お前の所へはまだ行くことはできない――。

 

「これは……これはオルソンが傷つけたものだよ、ラビット。マデリンはオルソンの亡くなった妻だ。やはりこの船でオルソンは運ばれていたんだよ。ちゃんとした証拠だ。殺されるかもしれない中でオルソンは何とか生き延びようとしていた。だから今も生きていると信じたい」

「おいらもオルソンには世話になっている。奴隷だったおいらに船で働けるようにいろいろ教えてくれたしな」

 ラビットはその文字に手を当てて、オルソンを懐かしんだ。

「明日はこの船が何度も往復している漁港へ行く。途中からボートへ乗り換えなければならないから天気が荒れないことを祈るよ。明日は早いし留守番のごほうびだからもう休んでもいい。腹が減っているならギャレーで適当につまんでいけ。この船のギャレーの担当はあたしから融通利かせておくよ」

 マリサが促すとラビットは遠慮なくギャレーへ向かった。これがアーティガル号なら主計長のモーガンや厨房を預かっているグリンフィルズにくどくど言われるだろうが、そんな声もジェーン号にはない。


(デイヴィス、懐かしく思ってはいけないか?)

 

 ふと脳裏に亡きデイヴィスの姿がうかんだ。自分には育ての父としてデイヴィス、影になりマリサを援助していたもうひとりの育ての父ウオルター総督、知識を身に着けてくれた後見人オルソン、そしてマリサの顔を見ることなく亡くなっている実父ロバートの4名がかかわっている。他にもまだ顔にあどけなさが残る海賊なりたてのころからマリサを見守っていた”青ザメ”連中たちもつながりが深い。

 

 

 その後ひとりふたりと連中が帰ってきた。中には娼館から出てこない者もいたが、朝には帰るだろうから罰をするなとハーヴェーはその者をかばう。船には規律が必要だが融通も必要だと航海経験豊富なハーヴェーが言うので納得せざるを得なかった。


 マリサは帰ってきた連中に例のオルソンの文字を連中に知らせる。確たる証拠が出てきてハーヴェーやギルバートは特に安心をしたようだ。

「マリサにとってオルソンは仲間以上のものだろう?お屋敷にいたころからお前の成長を見てきたんだからお前が救出に一生懸命となるのがよくわかるよ」

 古くから”青ザメ”の連中のひとりとして海賊行為をしていた古参のハーヴェーは、前頭目ロバートの時代から変遷を垣間見ている。”青ザメ”はマリサの成長とともにあったのだ。

 有難いことにハーヴェーやギルバートまで今回の航海を、貴族・仲間であるオルソンを救出するだけの作戦だと思っている。確かにそれは間違いではなく、目的はオルソンの救出である。ただ、彼らはその裏の目的を知らない。敵はオルソンが毒の守り人であると知っており、その先にあるのは要人の毒殺だろう。そしてそれは国家間の争いを引き起こす可能性がある。このことを何度彼らに話したら楽だと思ったことだろう。それだけにオルソンの救出といういうだけでこの航海に参加している連中を有難く思った。



 翌朝、余程濃い一夜を過ごしたのか、娼館へ行っていた男が眠そうな顔をして帰ってきた。

「その眠気を吹っ飛ばしてやるからな、忙しく働いてもらうぜ」

 航海長ギルバートの声で彼は目が覚め、慌てて持ち場へ急ぐ。


 朝から風の強い曇天での出帆。いよいよオルソンが運ばれたとされる小さな漁港へ向かうのだ。風を掴み帆をはらませる連中。ジェーン号は横帆をいっぱいに広げて進んでいく。


 そのジェーン号の後を時間をおいてゆっくりと追う船の姿があった。ジェーン号の乗客だったデュマ一座の団員から船の様子を聞いていた海賊である。彼らは生活に困窮し、自然と集まって海賊化した船乗りの烏合の衆である。多くの海賊が海賊共和国下においてジェニングスやホーニゴールドと手を組んでは興亡の憂き目にあったなかで、英語を主言語としない彼らは配下とならなかった。

「あの船は人手不足だと聞いているぜ。襲撃しても逃げるぐらいが関の山だろう。一座の話だと何やら目的があっての航海らしいが、その目的に貴族がかかわっているそうだ。さぞかし値打ちがある航海だろうな」

 船長の笑みに配下の海賊たちはお宝の夢を見る。これまでにも何度か船を襲っては利益を上げてきた。そして彼らが海賊であることは気づかれないままだった。なぜなら彼らは海賊旗を持たず、大抵の襲撃で多くの乗員たちを殺害したり船を沈めるか焼き払ったりしていた。見た目は商船と変わらなかったが海賊対策という建前でいくらかの艤装をしていた。

「おしとやかにいこうぜ。なんたって貴族様の関係らしいからな。お前たち、髭をそったか?衣服を整えておけよ。それから顔が汚い奴はちゃんと汚れを落としておけ」

 船長の言葉に皆大笑いだ。



 ジェーン号は天候が崩れないうちにと船足を速めて南下をしていく。小さな漁港であるならボートで上陸をしなければならないだろう。悪天候となれば船でやり過ごすこととなる。


「マリサ、ちょっとあがってみてくれないか。猫がこっそりついてきてるぜ」

 航海長のギルバートが昼食準備中で火を使おうとしていたマリサに声をかける。何をわけのわからぬことを言っているのだとマリサは調理用のナイフを置き、いそいで甲板へ上がった。

 甲板上では望遠鏡を持ったルークがおり、マリサが来たことを知ると望遠鏡を手渡してきた。

「マリサ、君は昨夜町へ出たそうだが、何かやらかしたのかい。ハーヴェー船長の話だと、あの船はマリサがある騒動を起こしたため仕返しに来たのでは冗談半分に言っている」

 ルークは興味を持ってマリサに聞いてきた。騒動とはあのことだろう。

「さあ、何のことでしょうね」

 しらばっくれるマリサ。望遠鏡をのぞいてみるが普通に商船であるようだ。

「下手に手出しをするなよ。俺の勘だが、こういう時はだいたい追い上げてくる」

 ハーヴェーが言うとサイモンやゴードン、ベネット達も心配そうな顔をしてやってきた。ルークは彼らに通訳をして何か知っているかと尋ねた。ルークから望遠鏡を借りてその姿を見た直後から彼らの顔から血の気が引いていく。

「……あの時もこうだった……静かに船が追い上げてきて……この船を襲ったんだ……。なんだかその船に似ている気がする」

 サイモンは何度も目を凝らして凝視した。そうこう言っている間にも船は追い上げている。方向が違うなら心配はないが、今のところ本当に追い上げているのだ。

 しばしの沈黙が彼らの間に漂う。


「……逃げろ。あっちが変な目的を持っていないことを望む。ラビット、一応下の連中に何かあれば砲撃することを伝えておけ。先手を打って攻撃するなよ。あくまでも自衛目的の艤装だからな」

 マリサが言うとサイモンやゴードンたちは連中の指示に回る。しかしラビットは立ち尽くしていた。

「おいら、フランスの言葉、わかんねえ。なんていったらいいんだ?」

 ラビットが困るのももっともだ。この困り感にルークが手を差し伸べる。

「僕がお父様になったつもりでラビットを手伝うよ。いくらかはフランス語を話すことができる」

 この言葉を聞いたラビットの顔をマリサは一生忘れないだろう。それだけラビットはルークを天の助けのごとく思ったのである。

 

 ジェーン号はあくまでもオルソン救出のための機動が目的の船である。特別艤装許可証に基づく艤装だとしても、デイヴィージョーンズ号やアーティガル号に比べれば可哀そうなくらいのレベルだ。そして何よりも自分たちはイギリス海軍に協力するわけでなく、いわば自分たちの都合である。しかも目的の拠点はフランス領内だ。

「この船にお宝があると思っているのか?どうやら本気で追い上げているぞ」

 不審船はどんどん追い上げてくる。ジェーン号は帆という帆は風を掴んでいるが正体のわからない船より風下である。ともかく逃げなければ、ここで船という機動力を失うわけにいかないのだ。

「ま、間違いない。あれはこの船を襲った海賊だ。海賊旗を持たず素知らぬ顔で近寄っては襲ってくるんだ!」

 元々この船に乗っていたサイモンたちは弱気になり、落ち着きを失っている。他にも新たに雇った乗員たちは銃や剣などほとんどといって経験がなく、叫ぶような声で右往左往していた。それは仕方がないことだろうが、今となってはどんなに騒いでも何もしなかったらやられるだろう。

「マリサ、あいつらが移乗してくれば人員の数でこっちは不利だ。だからと言って武器を使えない連中に撃てと言っても無理だろう。風上へ回り込むぞ」

 様子を見ていたハーヴェーはこのまま逃げても逃げきれないと思い、風上へ回ることを指示した。ベネットは海賊船と思われる不審船にすっかり怯えており、操舵の手が緊張して固くなっている。

「ベネット、怯えても始まらん。やられたくなかったら舵をしっかり持て」

 マリサはナイフをベネットに差し向けると声を低くして言った。

「う……うわあ……」

 襲撃された時のことを思い出したのかベネット半泣き状態で舵をとる。

「と、取り舵いっぱーい」

 ベネットの震えながらもしっかりした声が響き、ジェーン号は風を流しながら方向転換をしていく。

「ギルバート、あたしは檣楼へあがって奴らの注意を引いておくから下の方は任せたぞ」

 マリサに唐突に言われてギルバートは一瞬あっけにとられたが、とにかく船が回り込んでる間に何とかしなければならない。少しでも武器の心得があるものにマスカット銃を持たせると相手の出方を待った。

 

 ピストルを忍ばせたマリサは一心不乱に縦横索を昇り、檣楼へたどり着く。

「さて……しっかりあたしを見てくんな。店の主人やクレマンにも認められたあたしだぜ」

 しっかりと体を支えると、編んでいた髪をおろして風になびかせた。マリサの黄金色の髪が光に透ける。髪を結ばずに流す姿は娼婦の象徴である。そしてこの姿は不審船からもはっきりととらえることができた。



「船長、ほら噂通りですぜ。女の船乗りだ。ありゃ俺たちを誘ってやしませんかい?船が襲われるかもしれねえのにニコニコして手を振ってやがる」

「あれはきっと貴族様の妾だろう。用心のために男の格好をしているのだ。結構なお宝を積んでいるということだ」

「ご挨拶といきますかねえ」

「くれぐれも失礼のないよう、おしとやかにいけよ」

 男たちはいまだかつて女の船乗りが誘ってくることを経験したことがなかった。

「奴らは風上へ逃げるってか?おい、早くご挨拶しねえと舞踏会へいけねえぞ」

 ジェーン号が大きく風上へ方向を変えたことに焦ったようだ。

「待っていろよ、今追いついてお前を抱いてやるぜえ」

 男たちの注目はマリサに集中した。



 ジェーン号側でもいつ攻撃が来るか戦々恐々である。何せこちらから攻撃を仕掛けることはできないからだ。彼らが戦意をもって移乗するなり攻撃してきたときが反撃できるチャンスである。相手の出方を待つのは本当に怖い。しかも過去に襲撃された経験がある者たちは生きた心地がしないだろう。

 そんな中でもマリサは相手に向かって微笑んでいる。


「海賊上等、かかってきなよ。いくらでも相手にしてやる」

 マリサのこのおかしな自信は昨晩の一件がうまく解決していないからだった。


(やっぱり、あの時クレマンの○○をちょん切ってやるべきだった。下手な自尊心なぞもつんじゃなかったぜ)


 クレマンに対してやり残した不満がくすぶっていた。このマリサのイライラを鎮めるために不審船が対象になったのである。

最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想ツッコミお待ちしております。

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