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14神のみぞ知る

誰しも弱みや油断をもっており、そこにつけ込むのが詐欺です。疑心暗鬼になっているジョンソン艦長さん、このままではヤバいですぞ。

 任務の為、目的地へ向かうゴブリン号。航海を続けるうちに乗員たちの間に波風が立ち、まるで暗闇の中で周回しているような気持ちにさせている。

 それというのもラッセル少尉、コックス少尉、フォスター中尉、フレッド(スチーブンソン中尉)の4人の士官が、謀反の罪を問われて監禁されているからである。そしてフレッドは首謀者として特に監視を厳しくされ、ひとりだけ別に牢に入れられているのだ。

 審理の後、罪が重いとされるフレッドから順に縛り首となるだろう。


 しかし彼らは無実だった。あの日はハル船医がジョンソン艦長の健康状態を心配して自分たちはどのようにサポートしたらよいか話し合っていたのだ。そうはいってもあのような時間に集まってこそこそ話をしていたら誰だって疑ってしまうだろう。事実、ジョンソン艦長は謀反の話し合いを疑い、自分たちを拘束した。

 首謀者とされたフレッドはげっそりと痩せてしまった。提供される貧しい食事ものどを通らず、水を飲んでは吐いていた。他の3名は同じ牢なので少しは気を紛らわせることができるが、たった一人切り離されているフレッドは死への恐れで夜も寝付けないほどだった。


(僕が何を言っても話しを聞いてもらえない。僕たちは無実だ……。本当に何もやっていないんだ)


 幾度叫んだことだろう。最近は声も出なくなって体を動かすのがかったるい。だからといってこのまま黙って無実のまま吊るされるのか。なんとかしなければ……そんな思いが駆け巡る。以前のフレッドならこのまま病んでしまっただろう。貴賤結婚からくる中傷で傷つき、悩んだ日々。憔悴しきった自分を助けてくれたのはほかならぬマリサだ。(アーティガル号編 35話 マリサ、娼館へ乗り込む)

「僕はこのままじゃ死にきれない。諦めずに手を考える……」

 気持ちを落ち着け、手付かずのまま置いてある干し肉のかけらと冷めたスープを口にした。おいしいとは思えないが食べなければ何もできないだろう。


(君のとっておきのホットパイをいつか食べたいものだ……)


 マリサはまだ自分の味のホットパイを作っていない。フレッドがいるときに作るからといってまだ約束を果たせないでいる。


(マリサ……エリカ……、母さん……)


 スープを飲み干すと胸から熱いものがこみ上げ、涙が幾度もこぼれた。


 

 同じころフォスター中尉ら3名の士官がいる牢でもフレッドの様に動揺している者がいた。ラッセル少尉である。いつもまわりの様子を伺い、自信をもって何かをするのは得意でない男である。周りの意見に流されやすいので注意をしなければならない人物だ。

「フォスター中尉、このまま僕たちは任務を遂行することなく疑いをかけられたままなんですか。そうなったら田舎の母が嘆きます。なんとか打つ手はないものでしょうか」

「それがわかればとっくにここからでているよ、ラッセル少尉。艦長とて審理なしにいきなり処刑というわけにいかないだろう。まだ我々は疑いを掛けられた身であり、実際に目の前で何かやったわけじゃないのだ」

 フォスター中尉は余裕があるようにふるまった。しかし彼もまた、眠れない日々を送っているのだ。


 そこへ監視をされながらも牢を免れたハル船医とクーパー少尉が海兵隊員とともに現れる。

「様子見ですかハル先生。ご心配なく、俺たちはご覧の通りなんとか落ち着いています。いくらここで無実だと騒いでも海兵隊員たちにうるさいとなぐられるだけですからね。余分な体力は使いたくない。で、任務は我々士官4名抜きで遂行されるようですね。ということは、もうそろそろ目的地へ到着するのでは」

 そうフォスター中尉が言うがはやいか海兵隊員が銃を突きつける。

「それはジョンソン艦長のお考えの事です。貴方が心配をするのは自分の処遇でしょう」

 確かに自分達にはもう関係のないことだろう。

「あの……こんなときにいらぬことを口にすべきではないのですが、スチーブンソン中尉が気がかりで……。一度心を病んでしまわれたことがありますからね……心配なんです。面会を許されてませんし……」

 クーパー少尉は青白い顔をしており、彼の方が病気になりそうな感じである。

 フォスター中尉は軽く笑うと格子越しに手を伸ばしてクーパー少尉の肩をたたいた。何かを言いたかったが思うように言葉が出ない。こんなときどのように何を話せばいいかわからない。それを察したハル船医もクーパーの肩をたたく。

「もうこうなればこの言葉しかないぜ。『神のみぞ知る』……無実の罪なら神様とやらも天国への階段を外すことはしないだろう」

 先ほどまで黙り込んでいたコックス少尉もクーパーの肩をたたき、遅れて自分もやらないといけない気がしたラッセル少尉も同様にする。


「そう、『神のみぞ知る』だ……。物語はまだ途中なんだ。終わりなんて誰にもわからないのだ」

 ハル船医はそう言うとクーパーを連れ立ってその場を後にした。



 同じころ、ジョンソン艦長は体が震えるほど絶え間なく襲ってくる焦燥感に苦しんでいた。艦長室の椅子に深く座りこみ、何度も深呼吸をする。

 彼は小さいころからすぐに結果を求めたくて、わからないことがあるとすぐに人々に解答を求めるような人間だった。それでもこれ程ひどい焦燥感は経験したことがない。不安で気持ちばかりが焦る。

「ミスター・スミス!スミス君はどこだ!」

 冷や汗をかき大声でスミス少尉の名を呼ぶ。するとほどなくして呼ばれた人物がやってきた。

「私はここにおります。艦長、どのようなご用件でしょうか」

 スミス少尉はフレッドより年齢は上である。代々スミス家の男子は海軍へ入隊するという家柄だった。そのためスミス少尉の父、或いは祖父を知っている人もおり、名前をすぐに覚えられる利点はあるものの、自分と比べるような視線を感じていた。だからこそ誰よりも早く昇進をしなくてはならず、猛勉強をしてきた優等生である。しかし人生は思うようにならず、力もないのに後ろ盾のおかげで昇進していく貴族や金持ちをみて、妬みがわき上がっていた。

 ジョンソン艦長はスミス少尉を椅子へ誘うと冷や汗をぬぐいながら話し出した。

「こんな見苦しい姿を君に晒すのは不本意だが話を聞いてくれ。他の士官たちはともかく信用できる士官が君しかいないのだ。この船は大きな陰謀が渦巻いている。拘束しているスチーブンソン中尉はその手先に過ぎないだろうが、脅威であることに間違いはない。フォスター中尉達を巻き込んでいるのが証拠だ。だから何としても陰謀の正体を暴かねば命令を遂行できないだろう。誰が……誰がこの私を貶めようと……」

 そう言うが早いかジョンソン艦長の体が大きく痙攣しだした。

「スミス君……す、すまないが」

 ジョンソン艦長は椅子にもたれたまま苦しそうにしている。

「ええ、あの薬ですね」

 スミス少尉は棚から艦長の薬箱を取り出すと、一杯の酒とともに差し出した。それをかすめ取るように受け取ったジョンソン艦長は酒で薬を流し込む。


 ハアッ、ハアッ……。


 幾度か肩で息をし、そのまま背もたれへ体を投げかけた。

「この薬は本当によく効くよ、スミス君。ハル船医の薬はあまり効かなかったが、君からもらった薬はよく効く。それなのになぜハル船医はこの薬をくれないのだ?」

 ジョンソン艦長はほっと大きな息をして目をつむった。まだ呼吸が整わないのか、体の動きは緩慢である。

「あまりよく効く薬があると船医の仕事がなくなるからだと思われます。かといって戦闘の際の怪我の処置だけでは物足らないのかもしれません」

「確かにそうだな。皆が健康であれば医者は要らん。……君には感謝しているよ、スミス君。私は今回の任務で退役となるが、その際有能な士官を昇進させる制度を利用して君を推薦しようと思う。君の一族は代々国王陛下の、或いは女王陛下の海軍として仕えてきた。昇進はその歴史に役立つと思うがどうだね」

 そう言ってまっすぐスミス少尉の顔を見つめるジョンソン艦長。

「艦長からそのような機会をいただけるなんて……もう言葉がありません。ありがとうございます」

 スミス少尉は特に表情を変えることなく、謝意を示す。そしてこれは彼の台本の1ページに過ぎなかった。

 


 ゴブリン号はフランス領にあるジャコバイトの拠点を潰す命令を受けていたが、艦長は拘束している4人の審理と処刑のためにジャマイカへ向かわせた。

 フランスへ向かうにしては気温が高くなっていることを感じていたフレッドと他の3人の士官たちはその意味を理解した。

「ジャマイカへ行く気だ。俺たちの処刑のために!」

 フォスター中尉が話すと小心者のラッセル少尉が涙声になる。

「い、嫌だ……。死ぬのは嫌だ……。海賊のように吊るされて、朽ちて体が落ちるまで……僕は嫌だ……死ぬのが怖い……」

 泣き崩れ、膝を抱えて座り込んでしまった。

「今のうちに泣けるだけ泣いておけ、俺だって泣きたいくらいだ。どうせ死んだらもう泣けないんだからな」

 そばにいたコックス少尉も投げやりである。

「心配すんな、ラッセル君。死ぬときは皆一緒だ。だが、俺は最後まで無実を訴え続けるぞ。やってないものはやってない、訴えるしかないんだ」

 フォスター中尉はどのように弁明をするか考えた。だからといってそもそも弁明の機会を与えられるかはわからない。


 (この船は何かが渦巻いている……おまけに特に目立った功績や懲戒がなく温和と知られるジョンソン艦長の様子が気になって仕方がない。俺たちの拘束と関係がないのかもしれんが、この()()は事件を引き起こすのではないか)


 ラッセル少尉やコックス少尉は力なく項垂(うなだ)れている。しかしこれはフレッドも同じことだろう。自分たちはともかく、彼は首謀者といわれているのだ。しかも任務のためとはいえ海賊船に乗っていた過去があり、海賊上がりの妻を迎えているということからジョンソン艦長にかなり警戒をされていたようである。

「全ては神のみぞ知る……。鍵はジョンソン艦長にあるようだな」

 フォスター中尉もまた心穏やかではなかった。しかし2人の少尉と同じ場所で監禁されており、胸の内を明かすわけにいかなかった。


 

 スミス少尉から薬をもらい楽になったジョンソン艦長が甲板へ上がってみると、程よい追い風が吹いていた。

「この風を捕まえろ、展帆!」

 艦長の指示を受けて掌帆長が声を出し、乗員たちが帆を張るために縦横索からヤードへ次々と移っていく。

 

 「処刑のためにジャマイカへ行くってなってから急に船足を速めたのはなぜだ?フランスの拠点を潰すってときは時間をかけて回り道をしているような感じだったのに」

 ひとりの乗員が帆を広げながら思っていたことを口にする。

「俺たちには関係ないことだ。言われたことだけをやっておかないと話をしただけでも謀反を問われるぞ。いいから黙っておけ」

 隣で作業をしていた男が首を振った。


 帆に風をはらんだことで船が一瞬揺れ、疑問を言った男の足元がふらつく。

「余計なことを考えるな!」

 反対隣の男が注意を促した。考え事をしての高所作業は事故を伴うので男たちはそれ以上言葉を交わさず、そのまま仕事に従事した。



「ジョンソン艦長、お疲れが取れましたかな。とても生き生きとしてみえますよ。船酔い者もいまのところでておりません」

 ハル船医がジョンソン艦長のそばへきて体調を伺う。常に監視の海兵隊員がついているが、それでも船医という立場であるため、クーパーとはまた違った扱いを受けているようである。

「君らしいおだて方だよ、ハル先生。船医という立場でなければ聞く耳を持たなかっただろう。見ての通り私は元気だよ」

 ジョンソン艦長はハル船医の出す薬よりもスミス少尉の出す薬が効くことを自慢したかったが、適切ではないと考え、その言葉をのみこむ。

「とてもよろしいことです。ジョンソン艦長の士気は乗員たちの士気を高めますから、元気であることに越したことはないでしょう。ところで、命令遂行よりも先にジャマイカへ向かうのは、捕らわれている4人の指揮官にとって意味があるのでしょうか」

 ハル船医の言葉に気を悪くするジョンソン艦長。

「審理と処刑だ。誰もが知っていることだ。それとも君は私に何かあるのではと勘ぐっているのか?相変らずな男だよ……。帰還したら君を謀反扇動で捕えなければならぬだろう」

「お気に障りましたらお許しください。彼らは無実です……ただそれだけです」

 ハル船医はそう言って軽く礼をするとその場を後にした。


(艦長は本当に4人の処刑を望んでいるのか?なぜ任務より先に処刑を望むのだ……)

 ハル船医は甲板を歩き乗員たちの様子を観察しながら考える。しかし艦長の真意はわからない。艦長の指示は絶対であり、4人もの士官が拘束されている今、ジョンソン艦長にものを言うことができる人間は僅かである。そのひとりはジョンソン艦長のお気に入りのスミス少尉だ。

 

 ジョンソン艦長の思惑と拘束された4人の成り行きなど考えたところでどうにもならない。しかし無実であることには間違いない。どこかに彼らを救う機会があるはずだ……そう自分に言い聞かせたとき、何やら鈍い音がした。


 ドサッ!


「アントンが落ちたぞ!救護しろ!」

 誰かの叫び声にざわつきだす。ハル船医は慌てて甲板上で倒れている乗員のそばへ行く。アントンと呼ばれた男は先ほどまでヤードに並び、帆を広げる業務をしていた。彼はまだ若く、徴募されて間がないようだった。頭から血が止め度もなく流れており、うっすら目を開けているが見えていないのか凝視したままである。

「アントン、しっかりしろ。母ちゃんが待っているだろう?一緒に帰るんだろう?」

 そばで泣き崩れている男がいる。きっと同郷なのだろう。

 ハル船医は救護用品をだし、なんとか救えないかと試みたが、目の前のアントンは僅かに口動かしているだけで、徐々に瞳孔が開きつつあった。心配して乗員たちも集まってきたころには脈も取れなくなっていた。


「残念だが、彼は天に召された……。牧師を呼んでくれ」

 ハル船医の言葉に涙ぐむ乗員たち。


 事故はつきものだが、防ぎようはなかったのか。息子の死を知ったらどんなに母親は嘆き悲しむだろうか。それはあの4人の士官も同じだ。彼らも家族なり恋人なりがいる。処刑によって哀しみを余計にうみだすだけである。無実ならなおのことだ。

 全ては神のみぞ知る……。天に(はかり)があるのなら、ぜひとも無実を証明してやりたい。あの艦長の曇った目を何とかしなければこれ以上の展開はないのかもしれない。

 

 命令を後回しにしてジャマイカへ向かっているゴブリン号。4人の運命のみならず迷走している船の行方はジャマイカ海軍司令部の判断だ。


 全ては神のみぞ知る。


 ハル船医と4人の士官たちの脳裏に何度もその言葉が慰めの様に繰り返された。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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