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10歪み

閉鎖的な集団である船にとって反乱・火事・伝染病は恐れられたものでした。乗組員たちの待遇が悪いと反乱がおきました。『バウンティ号の反乱』など後世に記録として残っているものもあります。

順風満帆かと思われたフレッドに新たな災難が……。


 ブリガンティン船を船大工たちが修理しているころ、封緘命令を受け取ったゴブリン号ではジョンソン艦長の表情がどこか曇りがちになっていた。なぜなら先手を打って彼らの疑問を潰したはずなのに、どこかで誰かがヒソヒソしている気がしてならなかったからである。ヒソヒソ話は反乱の芽と取られても文句は言えず、落ち着きがなくなっていった。これまで大きな戦果はなかったが損失もなかったジョンソン艦長は、この命令が成功して航海を終えたら引退するつもりであった。

 フランス領にあるジャコバイトの拠点を潰す、ただそれだけの命令である。拠点がフランス領ということだけをのぞけば、ゴブリン号の乗員の精鋭部隊だけでもやれそうなものだった。しかし、常に目に見えない何かが彼を不安にさせている。この作戦には何かある気がしてならないという不安は疑心暗鬼となり、風の金切り音や波音の合間に人の声が聞こえてくるように思えてならなかった。

 カトリックの勢力が強いフランスにジャコバイト派の拠点があるのは不思議でないが、だからといって彼らの本当の目的はわからない。


(本国ではジャコバイト派の反乱は抑えられ、勢力を弱めている。ジャコバイト派は拠点を移して機会を狙っているのだろうか。ジェームズ氏はフランスから追放されてローマにいるということだが、ジャコバイト派の狙いはジェームズ氏が国へ帰り、国王として即位することなのか。ということはジョージ国王陛下を亡きものとするのが狙いか。いや、それだけだろうか……考えれば考えるほどこの命令には何かあるように思えてくる……いつまでも消えぬ焦燥感がその証拠だ……任務の真相に気が付いていない乗員たちは私がおかしいと思うだろう……このままでは私は船を乗っ取られる、このままでは反乱を起こされるだろう……)


 ジョンソン艦長は答えを導くかのように窓から海の眺めた。


 そんなジョンソン艦長の様子がおかしいと真っ先に気付いたのはハル船医だった。もともとジョンソン艦長は神経質なところがあり、自分の知らないところで何か起きるのを嫌っていたが、ここにきてそれが余計にひどくなっている気がした。封緘命令であったこと、ゴブリン号は艤装を施していない船であること、一歩間違えればフランスに対して戦争を吹っかけてしまう恐れがあること……これらの要素が彼を余計に苦しめた。

「艦長、お疲れではございませんか。顔色が悪いようですが」

 イスにもたれかかり、何かを凝視しているジョンソン艦長にハル船医は休養を勧める。

「私を排除する気か!船医だからといって勝手な言動は許さぬぞ」

 穏やかに聞こえる声だが、かなりいらだっているようだ。

「いえ、失礼をお許しください。医者として声をかけるのは業務ですので」

 ハル船医はうまく艦長の言葉を返すと艦長室を後にし、甲板に上がって船酔い者の手当てを指示しながらフレッド他士官たちのそばに来てジョンソン艦長の様子を伝えた。


 

 「腑に落ちない命令が艦長を苦しめています。この作戦はきっと何か裏があると艦長はおっしゃってました。我々には先日命令遂行について覚悟を求めましたが、それでも納得いく答えがないのだと推察します。こうなれば我々が艦長をお支えし、満足のいく行動をすることで安心していただくほかないでしょう。艦長には的確な指示をしていただき、結果を出すしかありません」

 フレッド他、士官たちの意見は一致していた。

「ときに不安は増長され、味方に敵を作ってしまう。私はある病を疑い、それを恐れている。そして……こんなときにあの『優等生』殿は見てみぬふりか……」

 ハル船医はそう言って士官がひとりいないことに気付いた。

「艦長お気に入りのスミス少尉は船酔いで寝込んでいます。……いっそのことずっと寝てもらいましょうか」

 そう言ったのはフォスター中尉だ。珍しく小太りであり、制服のボタンがきつくなっていた。

「そうだな、無理に起こさなくてもいい。せっかくみている夢を壊すことは忍びない……。艦長がお気に入りの彼なら尚更だ」

 ハル船医はそう言って肩をすくめ、その場の士官たちに状況を説明した。


 

 カンカン、カンカン、カンカン……。

 

 6点鐘の鐘だ。ゴブリン号は何ごともなく航海をしている。この音でさえ緊張を高めてしまうのがジョンソン艦長だ。

 彼はこの任務に就いてから自分たちに課せられた命令が船全体を巻き付けているような気がしてならない。彼の人生はこれまで大きな成果はなかったが同様に反乱や損失も起きず、安定した人生だった。だから何としても作戦を成功させ、名誉のまま引退をしたいと考えている。


(それなのにこの胸騒ぎはなんだ、この不安はなんだ、この焦りはなんだ……)


 今までこのような感情を持つことがなかっただけに、それを探るジョンソン艦長は自分自身を見失いかけていた。外の空気を吸って気持ちを落ち着かせようと甲板へ上がる。

 ふと見るとハル船医他士官たちが何かを話しているのが見えた。

 


「謀叛の話し合いの現場を見つけたぞ!そこに集まっているお前たち全てだ。この裏切り者め!私をそうまでして(おとし)めたいのか」

 ジョンソン艦長の声に驚き、振り返るハル船医や士官たち。

 「お言葉を返すようですが、私たちは謀反の話し合いなどしておりません。先日も命令への決意を表したではありませんか。私たちは艦長のご心労を心配していたのです」

 謀反の疑いをかけられた士官たち。フレッドが言葉を返すがジョンソン艦長の不信はさらに拡大される。

「ほう……私に言葉を返すのかスチーブンソン君。残念ながら言い訳なぞ聞いてもろくなことにならないだろう……。スチーブンソン君、君の細君は元海賊だと聞いておる。そして君自身も海賊船に乗ってともに活動をしたそうだな。例えそれが軍の特別任務であったとしても君が海賊の仲間だったことには間違いないことだ。君は私の前では忠実は部下を装っているが本心はこの船を乗っ取る気だろう?いかにも海賊がやりそうなことだ」

 ジョンソン艦長は特にフレッドに対してその過去に嫌悪感を抱いていた。

「私はそのような考えを微塵も思っておりません!艦長、私たちは艦長を心配して……」

 弁明をするフレッドよりも早くジョンソン艦長は海兵隊員を呼びつけた。

「ここにいるものすべて牢へぶち込んでおけ!反乱の芽は摘まねばならん。特に海賊上がりのその男は誰とも面会させるな、隔離しておけ」

 海兵隊員たちは一瞬戸惑っていたが命令となると動かねばならず、困惑している5人の士官たちに銃を突きつけ船内にある牢へ送り込む。謀反の中心人物だと疑われたフレッドは何度も無実であると叫んだが、海兵隊員はそれを遮るかのように銃の取っ手で殴りつける。

「女々しいぞ、スチーブンソン君。海賊の経験があるなら何度も処刑を見ているだろう?あのメイナード中尉とともにエドワード・ティーチの討伐にもかかわったそうじゃないか。ならば答えは早い。今のうちに神へ祈っておけ」

 頭から血を流して倒れ込むフレッドをみてほくそ笑むジョンソン艦長の目はどこかうつろだ。

「さて……ハル船医、君は船にとってとても重要な人物だ。君を拘束することは考えていないが、行動を監視させてもらう。間違っても士官たちには近づくな。近づいたらその場で処刑だから覚えておけ」

 こう言いつけたジョンソン艦長の目はどこか(ひず)んで見える。幸か不幸かハル船医は乗員たちの怪我や病気対応があるので拘束を免れたが、それでも四六時中海兵隊員の監視下に置かれることとなった。


 この様子を何ごとが起きたのかと見ていた乗員たちは無言で位置に就くと任された仕事に従事していく。もはやどこで何を言っても艦長には悪意にとられてしまう恐れがあった。この一件は乗員たちに動揺を与え、緊張を引き起こした。

 フレッド他士官たちは乗員たちにこまめに声をかけ、コミュニケーションをとっていた。どの様な場でもそうだが、コミュニケーションが取れないままだと船を操ることは難しい。船はひとりで動かすものではないからである。


 フレッドたちから離れた場所にいたクーパーにも監視の目が光るようになった。クーパーはフレッドとともにスパロウ号事件にかかわり、昇進をしている。そのことがスパロウ号を鹵獲した海賊ジェニングズ船長の一派とつながっているのではとジョンソン艦長が疑いをかけた理由である。しかしこのことをフレッドは知らない。フレッドは独房に拘束されて以降、乗員たちとのかかわりを持つことを禁じられてしまった。


 疑惑を持たれたフレッドはこのままだと審理の後、無実のまま吊るされ、朽ちた体は人々の目にさらされるだろう。同じく拘束された他の士官たちは謀反の話をしていたというだけだろうが、フレッドは海賊船にのり、海賊行為に加わっていたという事実があり、謀反のリーダーとなって扇動したと疑われるに十分な過去があった。

 暗がりの中で頭を抱えるフレッド。


 (なぜこんなことに……。マリサ、母さん……エリカ……僕は生きて帰ることができないかもしれない……)


 かつてデイヴィージョーンズ号へ人質兼マリサの監視役として乗り込んでいた日々。それがまさかこのように影響するとは思ってもみなかった。



 一方、フレッドと別れる形で拘束された他の士官たちは突然降ってわいたような不幸に困惑していた。はじめは言葉もなく、互いに視線を逸らすだけだったが、次第に置かれた状況を受け入れ、どうにかしないといけないことを思い知る。

 共に話に加わっていたのはハル船医のほか、ラッセル少尉、コックス少尉、フォスター中尉である。この4人が業務に就くことを禁止され自由を失った。

「スチーブンソン中尉とかかわったばかりにこんなことに……巻き添えを食ったようなものです」

 服のサイズが合わないほど痩せているラッセル少尉は項垂(うなだ)れて嘆いた。

「ラッセル少尉はスチーブンソン中尉から何かをされたのか?教えを乞うことはあっても嫌がらせを受けることなぞなかったはずだぞ。彼を無実だと思うならそのような発言をしないはずだ」

 自分達に起きたことがまるでフレッドのせいであるかのような発言をするラッセル少尉に腹を立てるフォスター中尉。

「今、私たちがいがみ合って責任を擦り付けるようなことをしたら元も子もありません。闇雲に艦長に逆らっても状況が悪くなるだけです。スチーブンソン中尉についてはまだ疑いが掛けられている段階であり、この船が任務を終えた後、然るべき審理を受けるはずです。疑いだけで処刑したらその方が艦長にとって良くないことは理解されていると思います」

 一番年配のコックス少尉が間に入ってなだめる。コックス少尉は士官たちの中でも一番年長者で、酒好きだった。家庭を持たず着るものにあまり手をかけていないのだが、物言いは穏やかであり落ち着いた物腰である。

「……フォスター中尉、こんなときはどのように祈ればいいのでしょうか……」

 ラッセル少尉は涙目である。もう何もかもあきらめたような顔つきだ。

「信じるしかないよ。こうなれば敬虔なキリスト教徒として奇跡が起きることをな。それくらいわからないってことだ」

 フォスター中尉はそう言って見張りの海兵隊員に話しかけた。

「君も仕事だからこの状況に付き合ってくれているのだろうが、とばっちりを食わないようにしておけよ。はっきり言うが私たちは無実だしスチーブンソン中尉も無実だ。拘束されている以上どういってもとりあってくれないだろうがな」

 牢越しに言うと海兵隊員はすぐさま銃を突きつけた。

「余計な話は禁じられております。それ以上話すと撃ちます」

 この反応にフォスター中尉は即座に彼から離れるとため息をついた。

「ラッセル少尉、コックス少尉、私たちはお互いの距離を置いた方がよさそうだ」

 この言葉に頷いたラッセルとコックスは物理的・心理的に距離を置き始める。距離が近いということはそこで何を話しているか疑いを強めることになるからだ。


 それを確かめたフォスター中尉はあることが気になっている。


(士官が4人抜けたまま作戦を遂行するおつもりなのだろうか。上陸したり操船したりで人手は多くいるはずだが……)

 

 そう考えても状況は変わらない。ハル船医はある病気を疑っていると言っていったが、それが何かを聞くきっかけを奪われてしまった。作戦遂行にあたって残っている優等生のスミス少尉他、僅かの士官が手助けするだろうが敵地へ乗り込むにも人力が必要であることをわからない艦長でもあるまい。それなのにこのタイミングでの拘束は余程艦長に何かの考えがあるか、或いは全く何も考えていないかのどちらかだ。

 それだけでなく、ゴブリン号のある謎の動きに乗員たちは皆気付いている。


 

 ゴブリン号は目的地を避けて遠回りに航海をしている。すべてジョンソン艦長の指示によるものであり、誰も艦長の指示に意見する者がいなかった。彼の神経質すぎる性格に辟易し、自分たちの様に何かおかしいと思っても話をするだけで疑われるのを恐れていた。


 意図的かどうかはわからないこの迷走は、さらに彼らを追い詰めることになる。

最後までお読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想ツッコミお待ちしております。

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