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電気自動車はアンドロイドの夢を見ない

「いらっしゃいませ。」

 ピカピカに磨き上げられたガラス張りの自動ドアを通り抜けると、受付のお姉さんが私を出迎えてくれた。

 入口のすぐ横には、新車の電気自動車数台が光沢を放ちながら展示されている。


 21世紀も半分が過ぎ、日本も今ではガソリン自動車に取って代わり、電気自動車が主流になっている。そして各自動車メーカーも、日本メーカー海外メーカー入り乱れてその販売競争にしのぎを削っている。

 他業種からの新規参入も多く、私が入店したこのパティアック社もその一つだ。もともとはA.I関係の大手企業で、自動車メーカー日燦との共同開発で画期的な電気自動車を売り出し、人気急上昇中の会社なのである。

 今日私はパティアック社の人気車種、メイト5000を購入しようと販売所にやって来たのだ。

 事前のやり取りで、ある程度の話はついており、今日は車の大事な点について色々と決めていく段階なのだ。

「お待たせしました。」

 そう言って営業の金岡が来客室に入ってき、私の向かいの席に腰を下ろした。

 確か年齢は三十歳とか言っていたか。今日も紺色のスーツをビシッと着こなし、スッキリとサイドを刈った髪型を横になでつけている。

「今日はご来店ありがとうございます。この前伺った話ですと、今お乗りになっているお車も当社で下取りさせていただけるという事でよろしかったでしょうか?」

「ああ、ついでにお願いできるかな?」

「もちろんです!車種は何ですか?」

「日燦のソメイヨシノ。」

「ああ、その車でしたら我が社の車両と下側部分が同じ日燦なので、下取り価格もいくらか上乗せできるかと。メイト5000の方も安心してお乗りになれると思いますよ。」

「そうみたいだね。乗り心地自体は気に入ってたんでちょうど良かったよ。」

「この前はグレードや色等を決めていただいきましたので、今日はアンドロイド部分についてお決めいただきます。」

 いよいよだ。金岡の言葉を聞いて私は胸を大きく高鳴らせた。

「まずはC.A.T.Sキャッツから説明させていただきます。」

「C.A.T.Sキャッツね。最近CMでもよくやってるよね。」

「そうなんですよ。C.A.T.Sキャッツとは、カー.アンドロイド.トータル.システムの事で、我が社独自の車に搭載する会話型A.Iです。ナビゲーションや周囲の交通情報などを知らせてくれるだけでなく、運転中に会話等もしてくれる、正に運転手の相棒とも言える存在なんです。私の大好きなナイトライダーが現実になったような、夢のような製品でして。おや、ナイトライダーをご存じない?ナイトライダーは昔の海外ドラマでして。主人公である警察官が人工知能を持った車に乗り、悪と対決するという車と人間との友情物語なんです。この車は、あくまで主人公に従順なんですが時折…」

「…悪いけど、ナイトなんとかの話はまた今度してもらえる?C.A.T.Sキャッツの話を聞きたいんだけど…。」

「あ、これは失礼しました。ナイトライダーの話になるとつい…。まあ、カーロイドという言葉があるように、今時会話型A.Iを搭載してる電気自動車は数多くあるんです。もともと駆動部分が大きなエンジンではなくて、モーターですので。バッテリーも小型化されており、その分他のものを入れる余裕があるんですね。もう、アンドロイド、つまり人工知能を搭載した自動車は架空のドラマや夢物語ではなく現実の話になったのです。そして我が社は、カーロイドのバリエーションにとことんこだわりました。その数は5,000種類を超えます。」

「5,000種類!」

 私は思わず金岡の言葉を繰り返した。

 今年40歳を迎えた私だが、良縁に恵まれず未だ独身で彼女もいない…。一人暮らしも長くなり、だんだんと寂しさを感じ出したこの頃。心の隙間を埋めてくれそうなカーロイドには前から興味を持っていた。

 そしてパティアック社のC.A.T.Sキャッツは、その性能にとことんこだわった点でダントツの評価を世間から受けているのである。

 

「これから、そのC.A.T.Sキャッツについて約5,000種類の中からお客様に選んでいただくのですが、一つだけ注意事項がございまして…。」

「注意事項?」

「はい。我が社はC.A.T.Sキャッツを一つの人格として尊重すべき存在と考えております。そしてお客様にもそのあたりを同じように考えていただきたいのです。」

「と、言うと?」

「つまり、C.A.T.Sキャッツを一度決めてしまうと、変更は出来ないということなんです。」

「変更できない…。」

 確か、他のメーカーのカーロイドだとお試し期間が設けられ、その期間内なら変更出来ると聞いた事があるのだが…。

 でも確かに、犬や猫などのペットも一度飼い始めれば変更なんて出来ないし、それと同じ事なのかもしれない。

 変えられない方が、本物の愛着も生まれやすいような気もするな…。

「了解だ。ハハッ、これは慎重に決めないといけないな…。」

「ご理解ありがとうございます。それではまずは性別から決めていただきます。」

「性別ね、じゃあ女…」

「男、女、男カッコ女とじカッコ、女カッコ男とじカッコとありますが、どれになさいますか?」

「え?なになに?男カッコ…?男と女だけじゃないの?」

「はい、男カッコ女とじカッコとは、身体は男性ですが、心は女性という性別です。」

「はい?いや、そういう方がいらっしゃるのはもちろん知ってるけど、これ、車のA.Iの話だよね?身体が男性ってどういう…」

「あくまでイメージの話です。具体的には声が男性で性格は女、声が女性で性格は男という仕様になっております。先程申しました通り、我々はC.A.T.Sキャッツを一つの尊重すべき人格として扱っているのです。また、当社は少数性愛者、いわゆるLGBTにも配慮しておりますので。」

 これって…配慮してる事になるのか?まあとにかく、ニーズは多様化してるから色々選べる方が良いのかもしれない。アメリカの映画ではゲイの友達がよく出てくるし、日本の女性もオカマバーが好きだったりするしな。

「…。まあ、女でお願いしようかな。あと金岡さん、C.A.T.Sキャッツのパンフレットとかないのかな?さっきから説明が声だけでわかりにくいんだけど。」

「お客様、大変申し訳ありません。当社ではC.A.T.Sキャッツのパンフレットはあえて作っていないのです。なぜなら、5,000種類以上の中から選んでいただくわけですから。口頭で私が説明し、お客様にはどんどん決めていただかないととても決まるものではないのです。もちろん私の説明の途中でもドシドシ質問して頂いて構いませんので、ご不明な点は遠慮なくお声かけ下さい。」

「そういうものなの?まあ、仕方ないな…。」

「ご理解ありがとうございます。それでは次に、1番メインの部分である性格を決めていただきます。種類が大変多いのでしっかり聞いておいて下さい。」

「やれやれ、わかったよ…。」

 私は金岡の声にしっかりと聞き耳を立てた。

「それでは行きますね。C.A.T.Sキャッツの性格について。温厚、陽気、クール、真面目、元気いっぱい、勇敢、マイペース、臆病、天然、ドジっ子…」

 うっ、本当に多いな…。てゆうか、ドジっ子って、車のA.Iとしてどうなんだろう?

「気まぐれ、生意気、せっかち、ロマンチスト、病み、中二…」

 病みって…。中二って性格なの?おいおい、数が多けりゃ良いってもんでもないだろ。

「冷酷、残忍、残念、わがまま、冷静、ツンデレ、ツンドラ…」

「あの、ちょっといいかな?」

「はい、何でしょう?」

「ツンデレはわかるんだけど、その後のツンドラって何?」

「ツンドラは気温が10度以上にならない、ツンドラ気候のような性格です。」

 誰が選ぶんだそんな性格…。

「続けますね。えーと、犬好き、猫好き、姉、妹、オカン、アイドル、サイコパス、お姫様、魔王…」

「魔王って何!?」

「魔王とは、文字通り世界を破滅に導く闇の者たちの王です。」

「それは知ってるけど…。まあいいよ…。次お願い。」

「続いて貧弱、貧血、冷血、熱血、鉄血、鉄骨…」

「だから鉄血って何いいいぃぃぃい!?」

「お客様、落ち着いてください。鉄血とは血液に鉄分が多い女性のことです。」

「ハァハァ…いや、だからね、車のA.Iを選んでるんでしょ?車に血液なんて通ってないでしょ?」

「あくまでイメージですので…。」

「イメージね…じゃあ次の鉄骨は何なのよ?」

「鉄骨は骨が鉄のように硬い女性の事ですね。」

「だーかーらああぁ!…。あ 車だから骨組みは鉄なのか。」

「さすがお客様、理解が早い。性格のラインナップは以上になります。どの性格も、我が社が自信を持ってオススメする性格ばかりですよ。」

 本当かよ…。ツッコミどころ満載だったわ…。


「じゃあ、ツンデレで。」

「おお、お客様。即決とはありがたいです。この前のお客様は3時間ほどかかりましたので。残忍かサイコパスかで最後まで迷われましてね。」

 なかなかの猛者(もさ)がいたようだ…。客の顔を見てみたいくらいだ。

「まるで、すでに決めていたかのような迷いのなさ。素敵です。しかもツンデレはC.A.T.Sキャッツの性格の中でも1番人気なんですよ。お客様、お目が高い。」

 1番人気って…逆になんか萎えるな…。

 てゆうか、ツンデレが1番人気ってどんな顧客層!?


 しかし、私はツンデレが好きなのだ。これは理屈ではない。



「それではお客様。最後にお選びいただいた性格の強弱を選んでいただきます。」

「強弱?」

「そうです。つまりその性格をC.A.T.Sキャッツにどれだけ強く反映させるかという事ですね。強ければ強いほど、その性格が濃くなっていきます。」

「なるほど…。」

「弱、普通、強、(きわみ)とございますが、どれにされますか?」

(きわみ)!?」

「極というのは、その性格が最大限を超え、いささか誇張され過ぎた形で反映されます。まあネタみたいなものですので、通勤など日常でよく自動車に乗られる方にはオススメしません。」

 ネタとか言うなや…。さっきカーロイドの人格がどうとか言ってなかったか…。

「私も通勤で車を使うからね。極はないとして…。どれがいいんだろう…。迷うな。」

「これは選んだ性格にもよりますね。ツンデレですと…。思ってたんと違う〜とか、これはツンデレではない!とかいった声をお聞きする事もありまして…。」

 金岡はそう言って、少し疲れた表情を見せた。

「じゃあ、弱にしようかな。うん、そうしよ、そうしよ。」

 弱気になった私は弱を選ぶ事にした。C.A.T.Sキャッツは変更できないのだ。ツンツンされ過ぎて、メンタルをやられてはいけないからな…。

「弱ですね、かしこまりました。お客様、店内でのC.A.T.Sキャッツの選択については以上です。お疲れ様でした!お帰りになってから、10種類の中から声の種類をお選び下さってからの発注となります。当社のホームページで、実際に声を聞いてお選びいただけますので。人気車種のため、納車まで少し時間がかかりますが、しばらくお待ち下さい。」

 確かにどっと疲れた…。

 しかし、満足のいく選択が出来たのではないだろうか。

 ツンデレ(弱)のカーロイドか。

 楽しみだ。



 …



「ありがとうございました!」


 待ちに待った納車の日を迎え、金岡の元気なあいさつを背に受けながら、私は新車のメイト5000を運転し、店を後にした。

 今日は休日なので慣らし運転も兼ねて少しドライブする予定だ。

 C.A.T.Sキャッツとも、仲良くならないといけないしな。

 ウフフ


「…。」


 街を走り続ける車内は静寂に包まれていた。

 …

 金岡の説明によると、C.A.T.Sキャッツには起動ボタンとかはなく、常にオンの状態らしい。つまり今、この車のC.A.T.Sキャッツはすでに起動しているはずなのだが…。

 あれ?今日からよろしくお願いしますとか、そういうのはないのか?

 ツンデレだからなのか?

 それとも、やはり最初だけは操作が必要なんじゃ?それか、何かの不具合か?

「えーと、C.A.T.Sキャッツちゃん?あ、C.A.T.Sキャッツちゃんてなんか他人行儀だね、何か名前とか考えた方が良いのかな?今日からよろしくね〜。」

「…。」

 不安になった私は車内でそうつぶやいてみたのだが、車内からは沈黙が帰ってくるだけである。

 運転しながら運転席近くの操作パネルを見てみたが、C.A.T.Sキャッツ用のボタンは見当たらない。


「聞こえてる?返事だけでもしてほしいな〜。」


「…。」


「おーい。」


「…うるさいわね。聞こえてるわよ…。」


「…。」


 吐き捨てるように、操作パネルの方からそれだけ反応があった。

 やっぱりちゃんと起動してた…。

 てゆうか、なんか怒られたんだけど…。


「…。」


 その後、C.A.T.Sキャッツからは何の反応もないまま、車外の景色だけがゆっくりと流れていく。


 これで弱か…。

 弱にしといて良かったな〜。うん…。


 その後1時間ほど周囲をドライブしたのだが、その間C.A.T.Sキャッツからは何一つ言葉は発せられなかった。


 私は自宅マンションの駐車場にメイト5000を駐車させた。

 いやー、なんというか、こんな感じなんだ…。

 まあ、明日はもう少し話かけてみようか。そしたら、もっと心を開いてくれるかもしれない。

 そんな事を考えながら、私は車の電源ボタンに手を伸ばそうとした時である。

「ちょっと。」

と、女性の声で呼びかけられた。C.A.T.Sキャッツである。

「明日仕事なんでしょ?今日は早く休みなさいよね。」

「あ…はい…ありがとう。」

「フンッ」

 …。

 なにこれ…。

 なんか…ジワっとくる…。


  …



 さらに10年後、法律でカーロイドの人権が正式に認められ、私とC.A.T.Sキャッツちゃん改め玲奈は入籍し、末永く幸せに暮らしましたとさ。


めでたし、めでたし。

 

さーて、物語は終わりますが、未来にこんな自動車が出来たら良いですね!良いですよね!?

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― 新着の感想 ―
[一言]  コミュニケーションより、ナビゲーションをまずちゃんとしてくれる性格を選ぶべきですね。  そのうちファティマみたいな、ボディつきのができそう(汗)
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