これは罪になるだろうか
ああ、夢を見ていた。私が命を落とす。そんな夢を。
腰まで緩やかなウェーブのかかる黄金の髪、気の強そうな目はすんだ青い瞳。乳白色の肌は艶やかで己自身、一番美しいと誇っていた。
「リズ、キレイだよ。青空のような瞳、僕だけを映して」
婚約者の第一王子もいつも誉めてくださっていた。
それなのに。
唐突だった。まっすぐ降りたキャラメル色の髪に、タレ目がちなエメラルドの瞳の少女。誰もが庇護欲のまま、取り囲み、甘やかす存在を私は受け止められなかった。せめて貴族の知識をと教えたのに。
「リズ、キャロルに暴言を吐いたって本当?」
「ごめんなさい。私が至らないばかりに、エリザベス様は」
「キャロルは悪くないんだろ、大丈夫」
私がしたことは意地悪だったらしい。王子へ涙目を向けながら、わたしにはにんまりと笑みを密かに見せる。誰か気づかないのだろうか?醜い笑い顔なのに。
彼女は私が王子と婚約していたことも気に食わなかったらしい。だからか、数ヵ月するうちに王子の恋人と噂されるようになった。
「エリザベス・ウォルカー、貴様は私の恋人キャロルを虐めたな。本を破ったり、暴言はいたり、ドレスも破ったとか。ああ、しかも、階段から突き落としたのだろう。この女を牢へ入れろ」
噂ではなく事実だったか。
誰も庇ってくれないまま牢獄へ連行されるときに告げられた言葉。王子の冷たさに私は絶望した。あんなに頑張ったのに、あんなに政治から言語、果ては淑女の教育まで完璧にしたのに、あんなに綺麗と言ってくれたのに。それはすべて嘘だったと言うような冷たい王子の視線に身を貫かれた。親も私を見捨て、縁を切られた。
処刑の台で見た冷たい針の視線がいつも見る夢の終わりだった。
私はそんな未来を拒絶した。簡単だ。夢を見るたびに熱が出るのだ。始め両親は心配したが、やがて使いようのない娘だと屋敷でも存在を無視されるようになった。専属の使用人以外、両親の行動通り、私に冷たく接する。
仕方ない。私は役立たずだから。あれは夢うつつだと思えば思うほど、体は震え、吐き気がする。
「なぜ体が弱い子なのだろう」
「ずっといさせるわけにいかないのにね」
「王妃様のお茶会も欠席せざるを得まい。見目はよいのだ。見初められれば殿下の妃にもなれるだろうに」
以前の生で私が婚約した年がきた。
噂によると私が年を重ねても王子のお相手は見つからないらしい。あの少女に違いないはずなのに。
「まだチャンスはあるだろうか」
ないわよ。あの子がいるのよ?
「賢い子だって。あの子につけた教師が仰ってたわ。何か褒美を上げるべきかしら。でも私、あの子の好きなもの、知らないの」
まあ、気に掛けるふりもお上手ね。大丈夫。心配するふりをしなくても、私に関心を向けるふりをしなくても。私のことなんて誰も知らないんだから。お母様、大丈夫よ。その内捨てる子の好みを知っても意味ないでしょ。
やがて第一王子に最愛の人がいるという噂が流れてきた。父も母も憤り、私は別邸へ移された。両親の寄り付きもしない娘などどうでもよかったのか、使用人も私の世話をあまりやりたがらなくなっていった。
私が最初から諦めなければもっと違ったかもしれない。ただ、もう戻ることはできないことだけは確かだった。
私のデビュタントの日がきた。
さすがに寝込んでいられなくて、熱っぽいのを我慢した。用意された一昔前のデザインのドレスに身を包む。さすがに父がエスコートしてくれるとメイドには聞いたが、贈られたドレスからも嫌々なんだと察した。
玄関に降りたときだった。声をかけられなくて、意味が分からないと前を向く。両親が目を見開いていた。ああ、そういえば、5年も顔を会わせてない。両親からどれだけ避けられたのかよく分かって、苦笑いをする。
「お父様のお手を煩わせるのは今宵だけです。ここ迄育てていただいた恩は忘れません。その内修道院へ向かいますのでそれ迄よろしくお願い致します」
要らないことも口走った。だが今の本心だ。今日のことが終われば、あとは身の回りを片付け、去るだけ。実家は従兄弟が継ぐのだし、私がいなくて大丈夫。両親の顔色が青ざめていたのは内心首をかしげた。
これで罪のない罪で殺されるなんてことはない。何て幸せだろう。
私が会場に入った瞬間にどよめかれた。さざ波のような囁きはやむことがない。両親につれられ、両陛下にご挨拶をする。
「体調はもう大丈夫かしら? 体が弱いのでしょう。無理をなさらないでね。あなたはまだ若いのだから」
王妃が労いの言葉を直接かけてくださった。いつも体調を理由にお茶会に出られなかった私へ、ただ温かなお言葉をかけてくださった。
それだけでありがたかった。はずだった。
「一目で惚れました。私の伴侶となってください」
唐突に手を握られ跪いたのは第一王子。あの日の夢で見た婚約者の姿に身が震えた。キラキラした笑みに頷きそうになったけれども、王子のうしろであの子は歪んだ笑みを浮かべている。私はするりと王子の手から逃れた。
「お断り致します」
すんなりと断りの言葉が出たことに安堵する。しかし、王族の言葉に断ってしまった。これは罪になるだろうか。
だから私は逃げ出したのだ。城の高いバルコニーから身を投じて。