走る
僕は走っている。
今日も良い天気だ。青空が眩しく雲一つない、空と一つになった気分。
道行く人は幸せそう。昼下がりの町はいつもより喧騒に包まれているようだ。
僕は走っている。
みんなは町まで歩いている。そんな人々とすれ違うように僕はみんなとは違う方向へ走っている。
人と同じ方向に行くのなんてまっぴらだ。
人はそれぞれ違った個性、生きざまがある。
僕はそれを誇示するかのように走っている。
僕は走っている。
昨日の夜から走ることを決めた。
今日の昼に町から走り始めた。
どこに向かうかは決まってはないけど、とにかく走る。走るんだ......。
僕は走っている。
段々《だんだん》と日が落ちていく。
このまま今日が終わるのか。終わるのなら終わって欲しい気もしてきた。
このまま走り続けるのは、少ししんどいのかもしれない。
僕はこれまで生きてきたのだけれど、これからも生きるには走るしかなかった。
止まった時間を動かすには走るしかなかった。
誰にも教わらなかった走り方で、今日も僕は走っている。
僕は走っている。
西日が眩しいな。
あれ?太陽って、こんな色だったっけ?
昼間に見たのとは違うような気がするが、恐らく僕の勘違いだろう。
僕は走っている。このまま僕は走っていていいのだろうか。
僕は走っている。
日が沈んで辺りがよく見えなくなった。
どこまで来たのだろう。見たこともない景色で自分がどこに居るのかも分からない。
そのうち自分が誰なのかも分からなくなりそうなくらい。
僕は走っている。
今の時間はどれくらいだろう。
誰も居ないこの先の道はどこへ続いているのだろう。
明るい道はあるのだろうか。
不安に負けずに僕は走る。
僕は走っている。
流石に走るのももう疲れた。
辞めてしまいたい。歩こうかな。
もう止まろうか。そして、気付く。
僕は何で走っているのだろう。
僕は今まで別に不自由な生活をしてきたわけではない。かといって、自由な生活もしていない。
そんな日々に嫌気が差したのだろうか。
僕は走らなければいけなくなった。
ただ、一つの過ちのせいで。
僕は走っている。
きっとこの先長くはないことを悟っている。
でも、走らずにはいられない。
まるで何かから逃げているように。
まるで自分から逃げているように。
僕は走っている。
少し太陽が顔を出したようだ。
辺りは明るさを取り戻すには早すぎる気もした。僕はいつまで走らなければならないのだろうか。走るのが辛い。
僕は走っている。
町が近づき、人々とすれ違うようになった。
ようやく違う町にやってきたのだ。
そこで少し休むことにしよう。僕はそう決めてもう少しだけ頑張ることにした。
その矢先、どこからかサイレンの響く音が聞こえた。
僕は走っている。
町とは反対の方向へ走っている。
町で休むつもりだったのだが、またもや走ることになってしまった。
辛い。しんどい。でも、走らなきゃ。
サイレンの音は次第に大きくなっていく。
僕は走っている。
サイレンが鳴り止み、僕は追いかけられている。
僕は走っている。僕は最後の力を振り絞って懸命に走っている。
ここで終わるわけにはいかない。
僕は走っている。
僕は走っていた。
自分を変えるために明日を変えるために僕は走っていた。
そんな頑張りも虚しく僕は走れなくなってしまった。
僕は歩いている。大勢の人に連れられながら歩いている。
町の人々は止まっている。止まってこちらを眺めている。
僕は車に乗せられ、サイレンの音と共に走り出した。
僕は座っている。これから先の事を考えながら座っている。
さっきまでは、走りながら考えてきた事を今度は座りながら考えている。
そこで、ようやく我に返る。
僕は走らなくても良かったんだ。
そうして僕を乗せた車は走っていく。