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第982話 みんなに好かれる理由

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は松木 《まつぎ》りんよ」

「俺は松木 じょうだ。改めてよろしくな真人君」

「凛さんと丈さん……ですね? はい、よろしくお願いします」

 凛さんと丈さんの名前をしっかりと海馬に記憶して、翔太さんと麻里姉ぇの居住スペースである二階に通じる扉を開けようとノブに触れる直前、あることを思い出して手がピタリと止まった。

「ん? どうした真人君?」

「……すみません。ちょっとあることを忘れてしまったので、先におふたりで上がっていてもらえませんか?」

「それはいいけど、どうしたの?」

「すみませんすぐに向かいますので」

 俺はおふたりに頭を下げ、またお店の入り口へ向かい、店内に入った。

 俺が探している人は……いないな。

「いらっしゃいま……って、真人君どうしたの? 二階に行ったはずじゃ……?」

 俺に気づいたフロア担当の女性スタッフが声をかけてきた。

「あの、星原さんは……」

「え、望緒ちゃん? 望緒ちゃんなら……あ、いた」

 ちょうどお客さんにケーキを届けて戻ってきている星原さんを、スタッフさんが手招きをしてくれて、星原さんが来てくれた。

「どうしたの?」

「なんか真人君が望緒ちゃんに用があるみたいよ?」

「え、私に? なになに真人君?」

 星原さんは早足でこちらにやってきた。店内にはお客さんがいっぱいだから、あまり時間をかけてしまうのもダメだから簡潔に言わないと……。

「すみません星原さん。お忙しいのに……」

 簡潔にと思っていたのにそんな前置きをしてしまった。いや、忙しいのにこっちに時間を割いてくれた星原さんに何も言わないもの感じ悪い気がするから良しとしておこう。

「ううん、大丈夫だよ。それでどうしたの?」

「あの……さっきは俺を助けるために翔太さんを呼んでくれて、ありがとうございました」

 俺は星原さんに頭を下げた。

 俺の忘れてしまったこと……それは星原さんへのお礼だ。

「あーお礼なんて全然いいのに。もしかしてそれを私に伝えるために戻ってきたの?」

「はい。やっぱりお礼は伝えとかないとと思って……時間が経ってなあなあになったり、最悪忘れてしまう前に動かないとって」

 時間が経てばお礼を言うタイミングもなくなってしまうからな。二階に行く前に思い出して良かった。

「……」

 あれ? 星原さんが何も喋らない。ちょっと目を見開いてじーっと俺を見てるだけだ。

「星原さん、このケーキを十番テーブルに!」

「! あ、はい!」

 後ろからパティシエさんに声をかけられて我に返ったようにはっとした星原さんは踵を返した。

「ごめんね真人君。わざわざありがとうね」

「いえ、こちらこそありがとうございました。それから、忙しいのにお邪魔しちゃってすみません」

「ん~ん、大丈夫。ほら、早く麻里奈さんに顔見せに行ってあげて」

「はい!」

 俺は手を振る星原さんにもう一度頭を下げてから外に出て、今度こそ麻里姉ぇに会うために裏口へ回った。


 真人が出ていってから少しして、お客にケーキを届けた望緒は、カウンター付近へ戻って来ると、彼氏で千佳の兄の拓斗に声をかけられた。

「望緒さん。さっき真人君と何話してたの?」

「他愛ない話だよ。でも……」

「でも?」

「真人君が綾奈ちゃんや麻里奈さん、店長たちに好かれてる……いろんな人にモテる理由が改めてわかったなって」

「……ま、まさか望緒さん、真人君のこと───」

「そんなわけないでしょ? 仮に好きになったとしてもどうやってもくっつけないし。それに……私の彼氏は拓斗君なんだから。そんな情けないこと言わないでシャキッとしてよ?」

「……うん!」

 このケーキのように甘ったるいやり取りをカウンター近くでやってしまい、お客にもスタッフにも温かい目で見られているのに気づいたふたりは、赤面しながらいそいそと離れて仕事に集中するのだった。

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