第979話 駅で出会った夫婦
部活が終わり地元の駅に戻ってきた。時刻は正午を過ぎた頃だ。
綾奈は迎えには来ていない。来たがっていたけど今日は美奈と一緒にゲーセンに行っている。前々から今日約束していて、春休みに綾奈が店長に言っていた、美奈を紹介するのも兼ねている。
それにしてもいろいろ疲れた。部活の疲れはもちろん、俺が音楽室に入るとみんなが俺の周りにやってきて麻里姉ぇのことを聞きたがっていたから一から順に話したんだけど、話している間も質問が飛んできて、わかりきってはいたんだけど予想以上にみんなが麻里姉ぇに関心を持っていることにびっくりした。
部活以外にも心配ごとはあって、それは朝、別れ際の綾奈だ。
駅に入ってから、綾奈が『ここから家まで走って帰る』と言い出した時はさすがに驚いた。
綾奈の服装、水、タオルでなんとなく予想できそうな感じではあったけど、俺は全然知らなかったからさすがに止めようとしたんだけど、少しでもキツくなったらすぐにでも歩くように念を押すだけにした。
学校に到着する前には綾奈から無事に家に着いたことと、シャワーを浴びて汗を流すをメッセージで送ってきて、無事に帰れたことに安堵するのと同時に、綾奈のシャワーシーンを想像してしまってドキドキした。
部活疲れ、そして空腹もけっこうピークに来ていてこのまままっすぐ家に帰ろうかと思っていた俺だけど……。
「……やっぱり今日もドゥー・ボヌールに寄ってみるか」
麻里姉ぇの様子が気になって、直帰しようと思ったけど少し顔を見てから帰ろうと思い、ドゥー・ボヌールに行こうと思い歩きだそうとした。
「うおっと……!」
直後、後ろから誰かがぶつかってきた。
後ろを振り向いたら、俺より長身の、グラサンをかけた、見た目四十代前半くらいの金髪の男性が立っていた。
「っ!」
そのイカつい男性に少しビビって思わず息を呑んでしまう。
「おっと……悪いな坊主。ケガはねーか?」
「は、はい……大丈夫、です」
だけど、意外と言ったら失礼になってしまうけど、その男性は俺を気遣ってくれた。
「ちょっと、ちゃんと前を見て歩きなって言ってるでしょ? キミ、本当に大丈夫?」
男性の後ろから、今度は麻里姉ぇと同じくらいの背丈の、長い黒髪をサイドポニーにした、男性の奥さんと思われる女性が現れて、男性の頭を叩いてから俺に声をかけてきた。
それにしても、この人すごく美人だ。明奈さんや奏恵おば……お姉さんと同じくらい綺麗な人だ。
「は、はい。本当に……大丈夫です」
「本当にごめんね。ほら、早く行くわよ」
「お、おう。……じゃあな坊主。マジで悪かった」
「お、お気遣いなく……」
俺は会釈をして小さくなっていくおふたりの背中を見送ってから、ドゥー・ボヌールに向かった。
ドゥー・ボヌールが近くなってきたけど、さっきのおふたりの背中が小さくだけど見える。
まさか進行方向が同じだとは……出会いも不思議だったけど、不思議な偶然もあったもんだ。
まぁ、ドゥー・ボヌールまでもうすぐだし、着いたらあのおふたりの背中ともお別れだ。
そう思っていたんだけど……。
「……あれ? なんであの人たち、ドゥー・ボヌールの前で止まってんだ?」
そのおふたりは、なんとドゥー・ボヌールの前で立ち止まった。
そして俺も思わずその場で立ち止まってしまう。
え、まさかあのおふたりの目的地もドゥー・ボヌールなのか!?
なんつー偶然だよ。しかもその偶然が重なってるし……。
まぁ、ドゥー・ボヌールはこの辺りじゃ有名店だし、大方奥さんがドゥー・ボヌールのケーキを食べたくて、旦那さんを連れてここに来たって感じだろうな。
それにしても、あの男性がドゥー・ボヌールに入ったら店内がちょっとザワつきそうだな。
駅でのちょっとしたやり取りで、あの人が悪い人じゃないのはわかったけど、旦那さんの方は見た目がちょっとイカついから、翔太さんたちスタッフさんはもちろん、今お店に来ているお客さんもびっくりするかもしれないな。
「それにしても……なんであの人たち入らないんだ?」
なんか話しているみたいだけど、距離があるから会話は聞こえない。
でも、旦那さんの方がなんだか緊張しているみたいな感じはする。
う~ん……さっき別れた手前、今入ろうとしたら気まずいけど、いずれにしても店内で顔を合わせるだろうし、遅かれ早かれってやつか。
それに、暑すぎるから早く店内に入って涼みたい。
「……よし!」
俺は意を決して、あのご夫婦に近づいた。




