第976話 夫婦の通話
「さて、と……」
グループトークが終了し、俺はメッセージアプリを閉じずに綾奈のアカウントを表示させる。さっきメッセージで送ったように綾奈に電話をするためだ。
いきなり電話しても問題はないと思うけど、一応ワンクッション入れるために、まずは電話していいかメッセージを送る。
するとすぐに【いいよ】と返信が来たので、俺はすぐに綾奈に電話をかけようとして親指を止める。そして音声通話ボタンの隣の、ビデオ通話のボタンを押した。
呼出音が数秒流れたのち、スマホに綾奈の顔が映った。
頬が赤いまま、一瞬、ちょっとびっくりしている表情を見せたけど、すぐに笑顔を見せてくれた。
『こ、こんばんは真人。ビデオ通話だとは思わなくてちょっとびっくりしたよ』
「こんばんは綾奈。ちょっと綾奈の顔が見たくてね」
俺がそう伝えると、綾奈の顔の赤みが増して目を見開いた。
大好きなお嫁さんの顔を見たくない時なんてない。叶うのなら四六時中一緒にいて綾奈を見たい。
『そ、それは……私も同じ……』
お嫁さんからの嬉しい言葉に、俺の心臓も鼓動を早めて自然と口角も上がる。
「それに綾奈はさっき、俺の部屋にいると思っていた美奈をうらやましいって言ってたから、普通の電話よりビデオ通話の方がいいかなって思ってね」
その考えにいたったのは本当についさっき……音声通話ボタンを押す直前だ。
『ありがとう真人。とっても嬉しいよ。けど……』
喜んではくれたけど、綾奈の表情が少し曇ってしまった。
「けど?」
『真人に、触れたくなっちゃう……』
「あー……うん。確かに」
このビデオ通話には明確なメリットとデメリットが存在する。
メリットはこうして聴覚だけじゃなくて視覚でも好きな人の存在を認識できること。
一方のデメリットは、今綾奈が言ったように、好きな人に触れたいという気持ちが増幅されてしまうこと。
俺たちはどんな時でも互いに一緒にいたいと……触れていたいと思っている。好きな人の温もりを感じられないこのビデオ通話は……確かにある意味では悪手だったな。
『それに、明日は一緒に登校できないし……』
「高崎の合唱部は、明日部活ないもんね」
麻里姉ぇの体調、そしてお腹の子を尊重して部活をお休みにしたから、明日綾奈は学校に行くことはない。つまり明日の登校は、久しぶりにひとりになる。
『ねぇ真人。明日、駅まで一緒に行ったらダメかな?』
ひとりでの登校にちょっとだけ寂しさを感じていると、綾奈からそんな提案をされた。
「俺は全然構わない……むしろめっちゃ嬉しいけど、暑いけどいいの?」
真夏の太陽は朝の早い時間帯から全力だ。家から駅までの往復で汗だくになるのは避けられないだろう。
『全然大丈夫。それよりも真人に会いたい』
「わかった。じゃあ駅まで一緒に行こう」
『うん!』
綾奈のこのまっすぐな想いに応えないわけにはいかないし、何より俺に断る理由がないから、綾奈の提案を受け入れた。
この笑顔を見て、明日の登校が楽しみになってきた。
『明日も楽しみだけど、またみんなでドゥー・ボヌールに行くのの楽しみだね』
「そうだね。だけどいつ頃行くんだろうね?」
具体的な日程は出なかったけど、やっぱり夏休みになるだろうけど……。
『多分八月……じゃないかな? 私たちやお姉ちゃんは合唱コンクールで忙しくなるし、雛さんも一緒に行くから、雛さんがこっちに帰ってきている間になると思うから』
「雛先輩……いつ帰ってくるんだろうね」
その話題も出たけど、雛先輩自身、まだ帰ってくる時期は決めてないみたいだったからな。
「やっぱりお盆シーズンかな……?」
夏休み中の帰省となれば思いつくのはその辺りになるけど、さすがに雛先輩の通う専門学校も夏休みはあるだろうから、お盆より早い時期に帰ってくるとは思うけど……。
「学校の課題次第な気もするけどね」
もし課題が衣装制作なら、向こうの方が機材もいいのが揃っているだろうから、パパッと終わらせて帰ってきそうではある。 申しわけないけどパパッとのイメージが雛先輩にはないけど……。
それに杏子姉ぇは夏休みになったら一度東京の芸能事務所に顔を出さないといけないから、全員揃うのは、もしかしたら難しいのかもしれない。
まぁ、それは今後の話し合い次第になりそうだな。
「早く帰ってきたら、その分いっぱいお出かけしたりお話できるのに……」
「そうだね。とりあえず明日、健太郎に雛先輩がいつこっちに帰って来れるのか聞いてみるよ」
「うん。よろしくね真人」
「おまかせあれ」
俺たちは笑い合って、そのすぐあとに綾奈が欠伸をした。
もうけっこう遅い時間だし、俺も夜更かしして部活に遅刻したんじゃシャレにならないので、後ろ髪を引かれながらも綾奈とおやすみを言い合って電話を切った。




