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刹那の少女  作者: 夏梅 馨
第一章 アルナリア地区 闘技場の町ユング
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06 この目のことは秘密にしてくれ

 観客席から沸き立つ歓声。


「言っておくが」


 その中でもセイセツの声が凛と響く。


「私は先ほどの願いを曲げるつもりは毛頭ない」

「それは……」


 どういう意味なのか問おうと、ファイは口を開きかけるが――魔法で拡大された『始め!』という音声に遮られ、叶わなかった。

 試合が始まった途端、セイセツがナイフを構えたまま距離を詰めてくる。瞬く間もなく殆ど目の前まで迫ってきて、ファイは手甲であえてセイセツの斬撃を受けた。女性とは思えないほどの凄まじい力を逆に利用して空中に飛び上がる。

 ファイは年齢よりずっと小柄だ。過酷な旅を続けていたことも遠因だが、元々小さかった。セイセツの力を受け止めることなどできない。腕にビリビリと衝撃が伝わったが、そのまま吹っ飛ばされたほうがダメージは少ない。

 セイセツの得物は――ナイフだ。


「≪雷よ!≫」


 ナイフを避雷針にして、雷を叩き込む。とはいえ、セイセツを殺すわけにはいかない。気絶でもしてくれたらよいのだが、いかんせん人間相手に雷魔法を放ったのは初めてなのでわからなかった。

 少々身が焦げたセイセツだが……すぐにギンと鬼気迫った目でファイを睨みつける。

 あの程度の雷魔法であれば下級の魔物は目を回すというのに、化け物か?

 風魔法で着地点を調整して地面に降り立つと、すぐさまセイセツが追ってくる。


「手加減は不要だ!」

「ッ、だからといって、殺すわけにはいかないだろう!」


 つい返事してしまったが、状況は良くない。

 セイセツのナイフを手甲で受け止め、隙を見て拳を身体に当てにかかるもセイセツの防御によって阻まれ……ただ疲れるだけだ。対人戦の経験が殆どないファイにとって、長期戦は圧倒的に不利になる。

 セイセツ相手に卑怯な戦法が通じるとも思えないし、決勝に向けて魔力は温存したいが――仕方がない。


「≪風よ!≫」


 ファイの周辺に風を起こす。地面から砂埃が巻き上がり、セイセツは両腕で顔を覆った。攻撃が止まった隙に土魔法で地面を盛り上げ、セイセツの両脛へぶつける。

 正直、想像しただけでも痛い。目と脛は鍛えられないからと師匠に教わっていた戦法だったが、対人戦でやることになるとは思いもしなかった。


「っぐぅ……!」


 セイセツが怯んだ隙に風魔法で彼女をそっと地面に押し倒し、あまりの痛みにセイセツが立ち上がれなくなって試合終了。

 卑怯な戦い方になってしまったが、ファイの勝利で終えることができた。


『勝者、ファイ!』


 審判と歓声が場内に響いたと同時に、ファイは倒れたままのセイセツに駆けていく。


「その、すまない。脚甲をしているかわからなかったが……」

「っ、そのような心配は無用だ」


 セイセツは全く大丈夫そうではない表情のまま立ち上がろうとしていたが、どうやらそれもできないほど痛むらしい。骨を折っていたらどうしよう。

 致し方がなく、ファイはセイセツの足元に膝をつき、少しだけ前髪を掻き上げて隠していた右目を露にした。


「! その目は……」


 セイセツはファイの右目を見て、珍しく驚きの感情を顔に滲ませていた。

 ファイのアイスブルーの瞳、その右目にだけ浮かぶ十字の光。ミューが眠ったあの日から、この目には俗に聖十字と呼ばれる光が宿っている。

 この光を得てから、使う練習をしたこともない回復魔法が使えるようになった。

 回復魔法はミューの得意な魔法なので、皮肉にも繋がりができたようで嬉しかった。


「……この目のことは秘密にしてくれ」


 言いつつ、ファイはセイセツの脛に手のひらを差し出して回復魔法を施す。患部が見えているわけではないし本人が触らせてくれないだろうから、ひとまず痛みを感じない程度に治ればよいのだが。


「まだ痛むか?」

「い、いや……もう大丈夫だろう」


 セイセツが戸惑いつつもそう言ったので、ファイも手のひらを下ろす。

 そのままセイセツは難なく立ち上がり、自身の足を確認していた。


「……おそらくヒビが入ったと思ったが」

「あー……すまない。女性の足に傷を作ったなんて、ミューに……妹に怒られるから……回復はしっかりしたつもりだ。問題があれば試合後にでも言ってくれ」

「……お前はどこまでも妹本位なんだな」


 呆れつつも笑って、セイセツがファイに手を差し伸べる。その手を取ってファイも立ち上がると、そのまま固く握手された。

 会場から拍手が沸き起こり、二人を包む。


「……まぁ、妹本位なら……」


 セイセツが何か言った気がしたが、割れんばかりの歓声に阻まれ、ファイにはわからなかった。

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