03 Aランク確定でいいんじゃないかい?
強引ではあったが、ファイには有難い話だった。早速ギルドの受付嬢に冒険者登録をしてもらい、ミクが選んだ依頼五件を受け取る。
「お、お嬢様! それらはどれもSランクやAランク以上の冒険者への依頼で……」
「要するにお兄さまへの依頼でしょう? 全て彼が片付けてくださいますわ!」
「お前ら兄妹、最初からそれが目的だったな?」
このギルドにSランク冒険者はイオの他に数名しかいないらしい。そして大半のAランク冒険者たちは一団を組んで長期任務へ向かっており不在。
とはいえ突然現れた、実力も知れないランクなし冒険者であるファイに全てを任せられるわけもない。実力を測る目的も兼ねて、ちょうど別件から戻ってきていたAランク魔術師であるエルフの老婆が同行することになった。
「彼女は支援魔法・回復魔法・攻撃魔法の使い手で、お弟子さんも数多くいらっしゃるのよ」
「大丈夫か? もし敵の攻撃があのばあさんに向いたら、とてもじゃないが逃げられる脚力はないだろ」
「おばば様は風魔法で、飛ぶより上位の魔法……風になることができるのです。伝説の魔物フェンリルと戦い、友人になった記録もあるほど高名なお方なの。元々Sランクだったのですけれど、お歳を理由に自らランクを下げられて……」
「お歳って……」
「エルフなので、わたくしたちとは比べ物にならないほど長寿ですわ。そのエルフが自ら高齢と仰るのですから……相当なのでしょうね。今回の長期任務も無理だとお断りしていらしたもの」
つまり放っておいても死なないし、ファイに実力なしと判断したらミクを連れて離脱するのだろう。あるいは代理で敵を討ち取るのだろうか。
一つ目の依頼はユング付近の森の奥に住み着いた人狼三匹の討伐と書かれていた。ただの狼型の魔物であるウルフなどとは違い、人狼は知性が極めて高く人間を見下しており危険な存在だ。
「なんで人里近くに人狼なんて……」
「記念杯は王も見物に来るからのぅ……」
か細い声で答えてくれる老婆。
「王の命が狙われるような重大な任務なら、それこそ王国騎士団が動くんじゃないのか?」
「今は建国祭で手一杯……それに、騎士団長はギルドマスターの父上。ギルドマスターなら人狼などスキップしながら殲滅できると踏んでの判断じゃろう」
「おばば様、お兄さまはスキップができませんの」
「相変わらず運動神経の悪い子だねぇ」
いまいち人狼が強いのか弱いのかわからなくなってきた。
ファイは旅の目的上、すすんで魔物と交戦することはない。向こうも敵意がないとわかれば手を出してこないのだから争いに発展しないのだ。無論、餌として襲ってきた場合は倒させてもらうが。
……遠くで話し声がする。ファイは物音を立てないように近づき、茂みから覗き見た。
人狼が三匹。小さな人間の子供を取り囲んで、見下ろしている。迷い込んだ子供だろうか。特異な真っ白の髪は遠くから見ても目立つ。
「待て。人間のにおいがする」
さすがに人狼の鼻を誤魔化すことはできなかったか。瞬時にファイは茂みから飛び出す。三匹の人狼の、なるべく心臓に近い位置にナイフを刺した。勿論その程度で死ぬとは思っていない。
「なっ――」
「≪雷よ! 空を引き裂け!≫」
知能の高い人狼たちが真意に気付くより早く、魔法の雷を叩き込む。魔法はそこまで得意ではないし、人狼に勝るような腕力もない。
「っ、≪雷よ!≫」
素早く避雷針を打ち込み、人狼の脳が焼き切れるほどの雷を流し続けるしかなかった。
子供――十歳にも満たないだろう少年は、唸りを上げて焦げていく人狼たちを、恐れることもなく見上げていた。いつか見た恐ろしい月を彷彿とさせる朱色の丸い瞳に火花がキラキラ映って、寧ろ楽しそうだ。
少年は笑って、手を振り上げた。長すぎる袖口からは指先すら出てこない。
その瞬間に暗雲が立ち込め、雷鳴とともに人狼三匹を貫いた。
詠唱することもなく、手を上げただけで雷魔法を?
疑問に思いかけたが、黒焦げになった人狼三匹が地面に倒れる音で、ファイの意識は現実に引き戻された。
「おにーさんすごいねー。人狼相手ならスピード奇襲が大正解だよ。じゃ、僕は急ぐから」
呑気にそう言って少年はさっさと立ち去ってしまった。
あれほどの魔法の才能……人狼に襲われていたのではないのか? 謎が残るが、追いかけてきたミクと老婆の声で振り返る。
「あ、あの方は……なんでしたの……?」
「わからない……詠唱なしであの規模の魔法を発動させて、しかも魔力切れの様子も見せず立ち去って」
もう一度、少年が走り去ったほうを見やるが、その姿は完全になくなっていた。
「まぁ……あの子供が立ち去った以上、手柄はそこな男児のものじゃて……戦法も間違いじゃなかった……あのまま一人でも、少し時間がかかっただろうが倒せたじゃろ」
それで……いいのか? なんだか腑に落ちない。あと男児はやめてほしい。
他の依頼で挽回しようにも、どうやら人狼たちの依頼のみがSランク冒険者への依頼だったようだ。他の依頼は拍子抜けするほど簡単に思えて、やはり腑に落ちない。
「Aランク確定でいいんじゃないかい?」
「そう、ですわね」
まさか記念杯が終わったら抜けるとは言えないためか、ミクは歯切れ悪く返した。
「い、妹さまのために旅をしているのですもの。お引き留めするわけには……でもファイさまがいらっしゃればお兄さまの負担も減りますし……」
いや、思惑があるようだ。ファイは聞かなかったことにする。下手に情を見せればミクの思う壺だろう。とはいえこちらの事情をある程度話しているので、善良な彼女なら強引な手段には出ないだろうが。
こなした依頼五件、その証である人狼の尻尾やらオーガの耳やらを提出すると、受付嬢は大慌てでどこかへ走っていった。
程なくして寝ぼけ眼のイオを引っ張って戻ってくる。片方の頬が赤い。頬杖をついて居眠りをしていたのだろう。最初は目を擦っていたイオも、消し炭のような人狼の尻尾や綺麗に削ぎ落としたオーガの耳を前に目を見開いた。
「すっすすすごいじゃないですか! あとオーガの耳の断面すごい綺麗ですね!」
「父親が猟師だったから、見様見真似だが……これでギルド枠の予選に参加できるんだな?」
「もちろんですよ! これならAランク間違いなし!」
「いや、予選に参加できる最低限でいい……」
「ギルドマスター! そんなことより、トーナメントは明後日です! ファイさんはこちらの書面に必要事項を書いてください!」
イオを押しのけて記念杯参加申請書類を持ってきた受付嬢に迫られ、ファイは急いで記名する。完全に受理されるまで見守ってしまったが、晴れてファイは参加権を得ることができた。
「あ、そういえば。奴隷枠の予選は今日行っているんですよ。誰が優勝するか、どんな戦法を使うか、闘技場がどんなステージか、見られるチャンスですよ」
台の下からようやく顔を出したイオが告げる。
「そうだな……ミクも行くか?」
「遠慮しますわ。……わたくし、あそこには行きたくありませんの」
ミクは……悲痛な面持ちで、ギルドの床を睨んでいた。