40.子分ズの密談
「――へえ、確かに仲良さげだったけど、まさか許嫁だったなんてね」
「正式じゃないみたいだけどな」
ガルツとブリックは、生徒会室のいつもの執務机ではなく、応接セットのソファにゆったりともたれていた。生徒会の者しか入れず、教室からは離れているため、授業をさぼるには格好の場所である。
「あいつは、なんつーか……一年の頃から考え方がずっと変わってないんだよ。自分の目的に関する事には敏感なのに、それ以外の事は鈍感っていうか」
その目的というのも、依然として不明なのだが。
「分かるよ。だからこそ、その変な純粋さと自由さが周りには眩しいんだよね」
「僕達含め」と、ブリックが苦笑すれば、ガルツも片眉を下げた。
「本当、貴族って嫌なもんだよ。家格や肩書きでガチガチに縛られて……自由になることなんてそんなに多くないんだから」
「それが貴族の役割だから仕方ねえさ。大小はあれど統治する者がフラフラしてたら、それこそ国が崩れる。俺達は生まれながらに、貴族としての恩恵を受けてるんだ。それに見合った枷がつくのは当然だろうな」
スフィアが聞いていれば、十三、四の子供がなんと可愛げのない会話をしているのか、と口を引きつらせていただろうが、ブリックもガルツも、さも当然といった様子であった。
ブリックは、目の前で背もたれに頭を乗せ、疲れたように天を仰ぐ友人を見遣った。
三大公爵家令息という稀なる肩書きを持つ彼は、きっと自分とは比べ物にならないほどの貴族世界を見てきたのだろう、とブリックは多少の同情を覚える。
同じ歳で、同じ貴幼院生。
しかし、子供に似つかわしくない考え方と、自分の身に諦念を抱かなければならないほど、彼は一足飛びで大人になる必要があったのだ。
そう思えばこそ、彼がスフィアに迫った理由も分かる。
「あと少しだね……僕達が子供でいられるのも」
せめてこの子供の時間だけは、何者にも壊されたくないと思うのも必定だろう。
「……あいつが下手な奴に目をつけられて悲しむくらいなら、俺が傍にいて守ってやりたいって思ったんだよ。あいつには……貴族失格かもしれねえが、これからも変わらずにいてほしいからな」
「スフィアが変わるとこなんて想像出来ないけどね」
天井を向いたままのガルツが、鼻で笑う声が聞こえた。
「自分でも驚いてるよ。言うつもりなんてなかったし。それどころか、漠然とした気持ちしか持ってなかったからな」
「きっかけは、グレイ王子だよね」
そこで漸く上を向いていたガルツの顔が正面を向く。足に肘を乗せ、項垂れるようにして額を抱えるガルツ。その口は拗ねたように尖っており、ブリックは、大人びた友人に垣間見えた、年相応の反応を見て口元を緩めた。
「王子の手があいつに触れてるのを見たら、カッとなっちまってな。それに、ただ呆然としてるだけのあいつにも腹が立った。誰のものにならないとか言って、一番危ないところに落ちようとしてんじゃねえかって」
「王子なんて、ただでさえ権力のド中心地なのにね」
「あいつは、家や権力の怖さに疎すぎるんだよ」
権力に染まって欲しくはないけれど、しかし、その怖さも理解していて欲しいという矛盾した思いに、二人は顔を見合わせると力なく笑った。
「分かった。来週になってもスフィアが顔を出さないようなら、僕が彼女を訪ねてみるからさ。二人がいつまでもギクシャクしてるのも嫌だし」
子供のままでいたいスフィアと、大人にならざるを得ないガルツ。きっとその差が、スフィアを戸惑わせているのだろう。だとすれば、今の二人を繋げられるのは、どちらの事も良く知る自分しかいなかった。
「悪ぃな」
「いいよ。それより、ガルツは先に欠席届け貰ってきたら? 一週間くらいなら会長の仕事も大丈夫だし」
「……お前、段々とスフィアに似てきたな」
暗に『学院を一週間休むほどの、メンタル大ダメージうけるよ』と、振られる事を前提にした発言を笑顔でされ、ガルツは顔を引きつらせた。
「ま、どっちに転んでも、僕を蔑ろにしたら許さないからね」
ガルツは吹き出すようにして笑った。きっと彼とは一生の腐れ縁になるだろうなと。




