37.ひゃあああああっほう!(喜声)
それから程なくして、『マルコー・ビジュテリエ』は倒産した。
流れ聞いた噂によると、どうやら、とある高貴なご令嬢が予約していた品を、別のものにすり替えて渡していたらしい。宝石の質が異なる宝飾品が届けられたことに、ご令嬢は激怒。相手が相手だった為、あっという間にその醜聞は社交界で広がり、マルコー一家は店を畳み、王都を去ったのだという。
「そういえば、スウィーティはどうしてあの時、他の店じゃなく、グランエイカーが良いって言ったんだい?」
延期されていたスフィアの誕生日プレゼントを買いに、再びジークハルトと共に王都を訪れたスフィア。もちろん、訪問先は『グランエイカー』。
ジークハルトは、スフィアへの贈り物に使う宝石を、あれやこれやとエイカーと相談しながらスフィアに尋ねた。エイカーの後ろでは、ベネットがせかせかと、言われた宝石を選んでは渡している。
「ジークハルト様、石の大きさはいかが致しましょうか」
「スフィア、いくつになったんだっけ」
「この六月で十四になりました」
「エイカーさん、十四カラットで」
「兄様っ!?」
そんな選び方があるか。愛がとち狂い始めたので、慌てて止めに入る。
「それで、この店の何が決め手だったんだい?」
「それは……」
スフィアは窓辺に飾られた、二つの宝飾品に目をやった。
深紅のルビーを花弁に、中心にエメラルドを使った薔薇のピアスと、金細工のパラに透き通るようなサファイアがはめ込まれたピアス。まるで、誰かと誰かを想起させる組み合わせである。
「あのショーウィンドウのピアスがあまりに素敵すぎて……」
ショーウィンドウの中で、仲良く隣に並んだ、対照的な色合いの二つのピアス。
願掛けみたいなものだ。
いつか、あのピアスのように彼女の隣に堂々と並べたら――と。
◆
「お姉様~! おっ姉っ様~ん!」
マルコーが王都を去った一方、スフィアはアルティナを訪ねていた。手に贈り物を携えて。
もちろん、訪ね人がスフィアだと判明した瞬間、一度扉を閉められたのは言うまでもない。しかし、前回教育済みのトレドを使って、スフィアは難無くアルティナの元へと辿り着く。
下士官に許された返答は、「イエス」か「イエッサー」のみである。
「――それで、大切な用って何ですの?」
どうしても大切な用があると伝えれば、渋々といった感じにスフィアに席を勧めるアルティナ。しかし「ところで、何を飲むの?」と、律儀に茶を勧めてくるあたり、さすがは大公家令嬢。令嬢の鏡である。
――テンプレのような綺麗なツンデレをありがとうございます。マイ・ゴッド。
スフィアはテーブルに深紅のリボンが飾られた小箱を置く。
「お姉様に似合うと思いまして。受け取ってくださいませ!」
「プレゼント? けれど、貰う理由がないわ」
「賄賂です!」
「ストレートが過ぎるわ」
「見返りはいりません!」
「賄賂の大義名分を見失っているわ」
「もうっ、理由は何だって良いじゃないですか。私が贈りたいって思っただけで、その気持ちを受け取ってくださいよ!」
「そこまで言うなら、遠慮なくいただくけれど……何がはいっているの?」
「愛です!」
アルティナは眉間に皺を寄せ、無言で箱を開けた。しかし次の瞬間、「まあ」との声と共に、表情がきららかになる。
「素敵……っ」
箱の中にあったのは、薔薇を象ったルビーのピアス。花弁の一枚一枚まで丁寧に彫り込まれた技術は、他の店ではお目にかかれないレベルである。
「ありがとう、スフィア。これは嬉しいわ」
しっかりと『これは』と線を引いてくる。お手本のごとき素晴らしきツンである。ご褒美かな。
「最近、宝飾品で残念な事があって気落ちしていたの。けれど、これを見たらもうどうでもよくなっちゃったわ」
聞けば、とある宝飾店の展覧会で、ある宝石に一目惚れして予約したチョーカーがあったのだが、蓋をあけてみれば、使っていた宝石の質が格段に下がったものだったらしく、ご立腹の上、クレームと一緒に返品したという事だった。
話している最中も、彼女は唇を尖らせて「舐められたものだわ」と、何度も憤慨していた。
――そういえば、似たような話を風の噂で聞いたような、聞かなかったような? まあ、どっちでも良いわね!
アルティナは余程気に入ったのか、今耳にしているものをはずし、スフィアが贈ったピアスに付け替えた。彼女の耳で輝く深紅と緑の薔薇。良く似合っている。
「あら、あなたのピアスも素敵ね」
アルティナが、スフィアの耳で揺れる金色のピアスに気付いた。同じく薔薇を象った金細工の中心に、ブルーサファイアがはめ込まれたピアス。
まるで、誰かの髪と瞳を思わせるようなピアス。
「ええ、とっても素敵でしょう。大好きなんです!」
スフィアが嬉しそうに肩をすくめ、はにかめば、アルティナもつられたように「ええ、とても似合っているわよ」と、眉宇を垂らした。
「ねえ、これはどちらのかしら? 他のも見てみたいのだけれど」
「実は、これはですね――」
数週間後、もぬけの殻だった『パウロ・ビジュテリエ』の大通りに面した店舗の一つに、紺地に流麗な金文字で書かれた『La rose du Grand Acres(偉大なるエイカーの薔薇)』の看板が掲げられた。
――――宝飾店の御曹司・マルコー=パウロ 改変完了




