22・私ったら罪作りな女ね
歓迎パーティを終え、教室の中にも桃色の雰囲気を出す者達が随分と増えた。
「やっぱり、パーティにはこういった意味も含まれてるんでしょうね」
将来の嫁探しというか。上品な青田買いというか。
まあ、他人の色恋を気にしている暇はないので、教室で何色の雰囲気を出そうと勝手なのだが。
「おはよう、スフィア」
「おっす」
「おはようございます。お二人共」
今ではガルツとブリックもスフィアにごく普通の挨拶をする。去年の今頃が懐かしい。
「……随分丸くなりましたよねー。特にガルツ」
ガルツが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「なったっていうか、させられたんだがな。お前に」
「去年のガルツはウニみたいにトゲトゲしてましたからね。邪魔なんで研磨したまでですよ。私は今のガルツの方が良いと思いますけど?」
そういえば、ガルツは「え……」と目を見開き、その瞳に何かを期待するような色を宿す。
「ええ、随分と子分として有能ですよ」
瞬時にガルツの瞳から光が消え、沼の底のように濁る。
隣でブリックが「分かってたでしょ」と、ガルツに憐憫の眼差しを向けた。
そんな簡単に攻略キャラに希望なんか与えるわけがない。
すると肩を落とすガルツをよそに、ブリックがスフィアのいつもと違う髪に気付いた。
「そういえば、今日は珍しく綺麗に結ってるけど……何かあるの?」
ブリックが頭を指さし、首を傾げる。
そう、今日のスフィアはひと味違った。
いつもはブラシで梳いたまま流しているだけのスフィアだが、今日は三つ編みやその他諸々のメイドの手技を駆使して、きっちりと結い上げていた。
「これ、可愛いでしょう?」
「ま、まあ可愛いとは思うけど……それにしては髪飾りが貧相じゃない?」
案外とブリックは目ざとい。
こういった細かなところに気付けるのだから、作ろうと思えば彼女くらいすぐに出来そうなものだが。なぜダンスの時に誘われないのだろうか。
まあ、恐らくは隣のガサツ代表のせいなのだろうが。
スフィアは髪型に見合わない貧相なリボンを指で摘まみ、意味深な笑みをブリックに向けた。
「これはこれで良いんですよ」
何故か楽しそうに言うスフィアに、ガルツとブリックは顔を見合わせて首を捻った。
◆
放課後、教室はざわめきに包まれた。
「お約束通り、お迎えにあがりましたよ。スフィア嬢」
教室の入口から、洒落っ気混じりにスフィアを呼ぶイケメン上級生の姿。
それだけで同級生にとっては一大事だというのに、呼ばれた当の本人は驚く事もなく、実に自然な流れで彼の腕に自身の腕を絡ませ颯爽と教室を出て行ってしまった。
同級生が一足飛びに大人の階段を駆け上がる姿に、クラスメイト達は見てはいけないものを見てしまったかの様に頬を赤らめ、悲喜交々の声を上げた。
「……兄の方が先か」
「彼の笑顔が遺影に見えるよ」
教室が色めき立つ中、二人だけは冷静な目でその状況を見つめていた。
教室の状況を知るよしもないスフィアとルシアスは、その頃学院内にある温室に来ていた。
通年色とりどり多種多様な花々が咲き誇り、生徒達の憩いの場としても人気の場所だ。
「まさか、本当にルシアス先輩が来て下さるなんて思ってもなかったです」
ピンクや赤、黄や紫の極彩色の花の中を、二人は付かず離れずの距離で歩く。
「先日お約束したでしょう? それに、素敵な女性との約束を無視出来る程、私は薄情ではありませんよ」
「ごめんなさい。そうですね、ルシアス先輩はとても……魅力的な先輩ですわ」
そう言ってスフィアは恥じらうように頬に手を寄せた。
「光栄です、レディ。そういえば、今日は髪を結い上げているのですね。とても美しい……ここにあるどの花よりも私の目を釘付けにさせる」
ルシアスは、髪を結い上げた事によって露わになったスフィアの白いうなじに視線を這わせた。
なめらかで輝やくような肌は、見ているだけで喉を鳴らしたくなる。
そこでルシアスは気付いた。とても凝った髪型をしているのに対して、うなじに垂れるリボンはいやに地味だと。
「失礼、スフィア嬢。こちらの――」
「えっ――キャッ!」
突然首に触れた、ひやりとしたルシアスの指先に驚くスフィア。
慌てて振り返ろうとすれば、その瞬間、通路にまで伸び出ていた花の枝に髪を引っ掛けてしまい、スフィアは小さな悲鳴を上げた。
髪はしどけなく解け、地味なリボンもはらりと地面に落ちる。
「大丈夫ですかスフィア嬢!? すみません、急に私が触れたから……」
慌てたルシアスがスフィアの手を取って身体を支える。
「いえ、大丈夫です。……けれど、リボンが……」
拾い上げたリボンは枝が引っ掛かったのか、生地がつれ、穴があいていた。
これでは使い物にならない。
ルシアスは口に手を当て、その使い物にならなくなったリボンを思案顔で眺めた。
「スフィア嬢は……あまり派手な髪飾りはお好きではないのですか?」
唐突な質問に、スフィアは目を丸くしながらも丁寧に返答する。
「いえ、こだわりは特にはないのですが。ただ、あまり髪を結ったりしなくて……手持ちの物はこれと、あと幾つかしか。今日はその……ルシアス先輩が来て下さるかもと思って……その……」
頬を染めて次第に小さくなる声のスフィアに、ルシアスは口に深い弧を刻んだ。
そしてルシアスは、解けてしまったスフィアの髪を撫でるように梳いた。
「スフィア嬢、明日も髪を結ってきて頂けませんか?」
「え?」
「明日も、貴女が私の為に飾った姿が見たいのです」
そう言って紳士的な微笑を浮かべるルシアスに、スフィアは一度だけ静かに頷いた。
◆
翌日、スフィアの髪は言われた通りに結い上げられていた。
そして教室中の視線をかっさらうその訪問者は、今日は放課後ではなく朝に来た。
「おはようございます。今日も美しいですね、スフィア嬢」
歯の浮くような台詞をルシアスはおくびもなく口にする。
その台詞に、言われた当の本人より周囲の者達の方が歯を合わせて赤面していた。
「スフィア嬢……失礼」
言うと、ルシアスはスフィアの綺麗に整えられた髪に触れた。そして彼の手が離れると、隣に居たブリックが感心した様に嘆息する。
「すごっ……。スフィア、鏡で自分の頭見てみると良いよ」
スフィアはブリックに言われた通り鞄から手鏡を取り出し、自身の頭を映した。
鏡の中には真っ赤な髪と、それを引き立てるような紺の――まるでルシアスの髪と同じ色のリボンが映っていた。
しかも、それはただの紺のリボンではなかった。
「すっごい宝石だよ、スフィア」
紺のリボンには、星のように輝く宝石が細かく散りばめられていた。
「先輩!? こんな高価な物受け取れませんわ!?」
慌てたようにリボンを返そうとするスフィアの手を、ルシアスはやんわりと握り自身の手の中に閉じ込めた。
「受取って下さい。愛する女性に物を贈る事こそ紳士の嗜み。どうぞ、貴女の前では私を紳士でいさせて下さい」
ルシアスはスフィアに反論の隙を与えず、甘い言葉だけを残して颯爽と教室を去って行った。
愛の告白同然のルシアス言葉に、教室中からかすれた悲鳴が上がる。
そして、その悲鳴は廊下にも勿論漏れ聞こえていた。
何事だ、と二年生の教室を覗く下級生棟の生徒達。
その中に見知った顔がある事にスフィアは気付いて、薄く笑った。
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