19・瞬でフラグを折ろうとする女
四時間目の終了を告げるチャイム。
空腹の限界にきている生徒達は、いち早く昼食にありつこうと食堂を目指す。しかし、そこは貴族学院。マナーにもとる様な行為、行動は許されない。
食べ盛りの男子生徒達が、我先にと飢えた狼の如く廊下を駆け抜けて行く。しかし、彼等が真っ直ぐに食堂に入れる事はない。
なぜなら、彼等の違反行為を見越して食堂の入口で待っていた教師陣にことごとく捕まり、昼食を取る前に説教を食らわされるハメになるからだ。
空腹時に食堂の良い香りを前にして、説教を長々と食らわせる無慈悲な地獄の門番の生け贄になるのは、専ら下級生ばかりだった。
上級生にもなると、教師陣の目のない場所を把握しているのか、上手く監視の目をかいくぐって我関せずといった様子で颯爽と食堂に入って行く。
今日も食堂の前で立たされているのは、小柄な生徒達ばかりだ。
そんな光景を、スフィアも我関せずといった様子で上から見ていた。
「……何で、お前こんな所入れるんだよ」
ガルツが呆れた様な声を出して、物珍しそうに屋上を歩き回る。
「ちょっと、女遊びの好きな先輩から置き土産を――」
スフィアがポケットからその鍵を取り出し見せてやれば、ブリックから「うわぁ」と嫌そうな声が上がる。
六年生は先日、一足先にこの学院を去った。その時にロクシアンからこの鍵を譲り受けたのだ。「是非、有意義に使って欲しい」と。
有意義とは……。
彼が何を期待して自身の住所と一緒にこの鍵を渡したのか分からないが、取り敢えずこうして昼の混雑を気にせずパンを口に運べているのはありがたかった。
「それバレたら絶対まずいやつじゃん。僕達を巻き込むのだけはやめてよね」
「バレたら貴方達が身代わりになるに決まってるじゃないですか。何の為にここに連れてきたと思うんですか。何の為に子分なんですか。既に共犯者、いえ、スケープゴートですからね」
二人を一瞥もせず、依然として食堂に視線を落としたまま淡々と生け贄宣告をするスフィアに、ガルツとブリックは表情を引きつらせた。
「っていうか! お前この間、俺を生け贄にしただろ!?」
この間っていつだったかな、とスフィアは首を傾げて手に持っていたパンを呑気にむしる。そのスフィアのとぼけ具合にガルツは眉をつり上げて憤慨した。
「ラミ先輩だよ!! 忘れんなよ! あの後あの先輩、なかなか離してくれなくて大変だったんだからなァ!? 無理矢理家まで付いてこようとするしよ!」
どうやらあの後割と大変していたらしい。さすがラミ先輩。一度食いついたら離さないスッポンの様なお人だ。
「いいじゃないですか。年上のお姉様」
「僕にしたら、どんな女子でも求められるだけ羨ましい限りだよ」
一人憤慨して声を荒くするガルツに、スフィアとブリックは冷めた目を向ける。
全く以て伝わらないもどかしさに、ガルツは歯痒そうに手を戦慄かせ「ん――ッ!」と、地団駄を踏んでいた。
「――ッ本当にお前らは! 腹立つなァ!! っつーか、最近ブリック生意気だぞ!? 忘れたのか! うちがお前ん家に――」
相当ラミ先輩で鬱憤が溜まっていたのだろう。スフィアには暖簾に腕押しだと分かると、ガルツは矛先をブリックに向けた。
ブリックは「えー」と間延びした不平を口にする。
そんな彼の様子を見てスフィアも感嘆の声を漏らす。
「確かに! 入学当初よりブリックは随分と肝が太くなりましたね?」
当初はいつもガルツの後ばかりをついて回っていたのに。それこそ、まさに子分という感じだった。
「いやもうね、スフィアと関わってると多少の事では驚かないよ。あの時ほど怖い事はこの先もないと思う」
彼の言う「あの時」とは、花瓶を割った時の事だろう。確かにあの時のブリックの顔は死相が出ていた。
「だからってお前、最近俺を蔑ろにし過ぎだろ!?」
「さみしがりー」
「さみしがりー」
「んんんんんん――ッ!!!!」
ガルツはやり場のない感情に背を反らせもがいていた。
そんなガルツを放置して、スフィアは残りのパンを全て口に押し込み咀嚼すると、空に向かって息を吐いた。
「ま、どう転んでもお二人は私の子分なんですから仲良くして下さいね。私の手を煩わせるような事があれば下僕にしますよ?」
綺麗な青空の下で、輝くような赤髪を揺らしながら、可愛い顔で何ともえげつない事を言うものだ、と二人は背筋が寒くなるのを覚え口をつぐんだ。
「……二年生は、お前とは別のクラスが良いわ」
「同じく」
ガルツとブリックのその願いはきっと叶えられないだろうな、と思いつつも、スフィアは「どうですかね」と曖昧に笑った。
――まあ、予定調和の力が働くんで六年間一緒でしょうね。
案の定、放課後新クラス発表の紙を見て、ガルツとブリックは静かに頭を抱え膝を折った。
「これからも、よろしくして下さいね!」
スフィアは二人の隣で、いつもと変わらず綺麗に笑っていた。
◆
スフィアはいつもの如くジークハルトと食卓を囲んでいた。
「スウィーティ、最近何だか楽しそうだね。学院がそんなに面白いのかい?」
ジークハルトがスフィアの顔を覗き込んで、興味津々といった様子で尋ねる。
そんなに顔に出ていただろうか。
「ええ、こぶ……お友達も居ますし、色々とスムーズに進んでますし、とても楽しいです」
――本当、順調に恋の芽を刈り取れて愉快な事この上ないわ。
今ここで将来自分へ向けられる好意を潰しておけば、将来男に費やす時間を減らせる事になる。そして空いた時間は全てアルティナへ注力出来る。
――何と素晴らしい我が人生設計!
スフィアはその感慨を噛み締めるように、上機嫌で夕飯を口に運ぶ。今日も美味しそうなスクランブルエッグだ。
「お友達は……女の子かい?」
スクランブルエッグはまたも、いつかの日の如く真っ白な皿の上に醜い音と共に落ちた。
「…………ジョンに夕飯を――」
「さっきメイドがあげに行ったよ」
「……ちょっと薔薇園にでも――」
「散歩なら付き合うよ」
「…………」
「さて、僕も支度を――」
「何の支度するつもりですか!?」
静かに席を立ち、裏口へ向かおうとするジークハルトの腕をスフィアが必死に掴み止める。
裏口の先にある倉庫には、狩猟道具一式が置いてある。
スフィアを腕に引っ掛けたまま裏口へと邁進するジークハルト。
「兄様、自重ッ! 自重ですって!!」
――愛が物騒すぎるッ!
スフィアが全体重を彼の腕にかければ、ジークハルトの歩みもようやく止まる。
「まあ、冗談はこれくらいにしておいて……」
ジークハルトはまるで何事もなかったかのような清々しい笑みを向けると、スフィアを抱え食卓へ戻った。
――絶対に冗談じゃなかった! 絶対、闇夜に紛れてスナイプするつもりだった!
再び、大人しく二人して夕食を再開させる。
「そうそう、春からバート侯爵家の弟の方も入学するから」
「バー……ト?」
聞き覚えのある名だった。
――どこでだったかしら? つい最近聞いた気がするけど……。
スフィアが首を捻るのを見て、ジークハルトも同様に首を捻る。
「あれ? スウィーティは会った事なかったかい? 兄の『ルシアス=バート』と、弟の『テトラ=バート』」
――あ、ああ! ルシアス=バート!
思い出した。ブリックとガルツに調べて貰った攻略対象の内の一人だ。
そして弟のテトラ=バート。
確か記憶ではこちらも攻略対象に上がっていたと思う。
流石に数多の攻略対象者全てを自発的に思い出せる程、ゲームで彼等に入れ込んではいない。
スフィアは元よりアルティナの為にゲームをやっていたに過ぎず、例えどんなにイケメンでも彼女にとっては有象無象でしかなかった。
――弟の方、名前を聞かなきゃスルーしてたわ。
「そういえば、スフィアはまだバート家には行った事がなかったね。確かに、君の前でそんな話しもした事なかったしね」
「そんな……とは?」
「ん、ああ。バート家は領地に狩猟区を持ってるんだよ。小さいけどね。この前のグリーズとの狩りもそこを借りてね。よく考えたら、スフィアの前で狩りの話もそんなした事なかったしね、知らなくても無理はないか」
スフィアは「そうだったんですね」と適当に愛想の良い相槌を打っておいた。最早スフィアの脳内は、目の前の兄との会話ではなく、別の事で思念を奪われていた。
――兄弟……これは、使えそうね。一石二鳥させてもらおうかしら。
次のターゲットが決まった瞬間だった。
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