第31話 大聖母カトレア
いきなりの事態に俺達は呆然としてしまった。まさか大聖母様の執務室に入るなり、ミリアナが平手打ちを喰らうとは。一体何なんだ?
「いきなりのご無礼失礼しました。・・・大聖母様より貴方の事情についても伺っていましたが・・・それでも、どうしても気持ちが抑えられませんでした。
私は聖教会医務部門 長官のイリア=ハーヴェルと申します。例の件でアリアレーゼ様の調査を担当した者です。
あの時の、アリアレーゼ様の痛ましい御姿が今でも頭から離れないのです!何故、何故あのような――!!」
怒りを抑えられない医務長官を大聖母様が諫める。
「そこまでじゃ、イリアよ。・・・件の一件についてはカイルめに一任する事に決まった筈じゃ。そのカイルからも連絡が来ておる。もう裁きは下した、とな。で、あれば聖王国としては手打ちにするのみ。・・・それにアリア自身がミリアナ殿を許している以上、我らがこれ以上責める必要は無い。」
いきなり叩かれ、それでも無言のままであったミリアナが声を上げる。
「いいえ! 私はそれだけの罪を犯しました! ですからどのように責められても――――!!」
「甘えるでないわ!!!!!!!!!」
ミリアナの言葉を遮り、大聖母様の一喝が飛ぶ。その眼光は鋭くミリアナを睨んでいる。なんだこの婆さん、覇気が凄いんだけど! 老齢とは思えぬ凛とした雰囲気と身に纏う覇気はまるで現役の最上位討伐者の様な迫力がある。大聖母様はすぐに表情を緩めて、優しくミリアナに語りかける。
「よいか、ミリアナよ。其方は既に罰せられたのじゃ。アリアが許した以上、今後表立って其方を責める他者は何処にもおらぬ。その罪を責めるも許すも己のみ。・・・故に己を許すために何を為すべきかをよく考えるのじゃ。己の犯した罪と正面から向き合いその上で乗り越え、今度こそ揺らぐ事無き愛を手に入れてみせよ。・・・それを手にする迄の苦しみこそが受けるべき真の『罰』であろうよ。」
「!ッ はい、はい!・・・・・ありがとう・・ございます。」
ミリアナが静かに涙を流しながら礼を述べる。なにか声を掛けてやりたいのだが何を言えばいいのか全く思いつかない。アリアが許した以上、ミリアナ自身で折り合いを付けるしか無いのだろうな。
「さて、皆様方には申し訳ない事をしたの。さ、遠慮なく適当に掛けておくれ。・・・全くイリアよ。隠形術式を使って気配を消した上でビンタをかますとか、お主はそれでも医務官なのかえ?」
「ハッ。申し訳ありません。・・・昔の癖でつい。ミリアナ殿、先程は申し訳ありませんでした。」
「いえ。悪いのは私ですから。」
「ミリアナは悪くないでしょ? 今のはイリアさんが悪いです。お気持ちは嬉しかったですが、ちょっとやり過ぎです。私もびっくりしてしまいましたよ。」
「も、申し訳ありません!」
美人ながら怖い医務長官殿も聖女アリアには弱いらしい。階級的にも大聖母の次だから国のナンバー2だもんな。あー、でも聖女位は返上したんだよな。てことはよっぽど慕われてるのか、アリアは。
各自が席についたところで、大聖母様が話を始めた。
「アリアからの報告で其方らの事情はある程度把握できておる。しかし、『魔人族』に『神の企み』とな。『神の企み』とは女神を崇める教会からすると不穏当極まりない言葉じゃが、実をいうと全く心当たりがない訳でもないのじゃ。」
「!本当ですか!?」
アリアが思わず声を上げる。俺達も吃驚だ。いきなり正解を引いたか?
「あまり期待されても困るがの。・・・アリアよ、其方はこの教会本部の地下にある『神殿』について知っておるかの?」
「はい。そういった遺跡があるという事だけは。」
「ふむ。実はの、件の『地下神殿』の最奥部には『女神の計画』の一部が記された書物が眠っていると古来より言い伝えがある。最も、『地下神殿』の入り口には強力な守護機獣が門番をして居る為、教会関係者は誰も内部には入れていないのじゃ。逆に神殿内から這い出てくる魔獣達もその門番が駆除してるので、現状で有害とは言えぬがの。そういう訳で儂も詳しい事は分からぬのじゃ。」
大聖母様の話はどこまで信じていいか判断出来かねるのだが、それでも少し気になる点を聞いてみた。
「大聖母様、もしかして教会関係者以外で内部にした奴がいるのか?」
そう、教会関係者で神殿内部に立ち入った者がいないとは確かに言っているが、その他の者が侵入してないとは言っていないのだ、大聖母様は。
「ほぅ。存外頭が回るようじゃの。・・・そうじゃ一人だけ・・・儂の知る限り一人だけ『神殿』内部に至った者がおる。そして、その女は、自らを『魔人』だと言っておった。」
「「「「!!!」」」
おいおい!嘘だろ?いきなりの大ヒットかよ! まさかここで『魔人』が出て来るとは!
「そ、それで! どんな奴だったんだ!? 名前とか分かるのか!?」
「ほっほっ、年寄を急かすものじゃないぞ。」
「あ!、済まない。」
大聖母様は俺を咎める事も無く、昔を思い出すように眼を閉じながら訥々と語り出した。
「よい。そうじゃのぅ。もう素十年前、それこそ儂が今のアリアくらいの頃の話じゃ。確か、名をエミリエッタ、と言っておったか。髪色は蒼く、瞳は深い紅色、そう綺麗なガーネットのような瞳じゃった。まあ、出会ったの全くの偶然での。・・・当時の儂は若く、人より少しだけ好奇心が強くての。文献をあさってた時に偶々ここの地下に『神殿』がある事を知って、どうにも探検したくなってこっそり地下に降りてみたんじゃよ。そしたら、神殿入り口の近くにエミリエッタが大怪我をして倒れておったもんじゃから慌てて回復術式で癒してやった訳じゃ。
で、彼女が『神殿』の最奥にある『神の計画』の断章を求めている事、内部への侵入は果たしたものの、戦力不足で撤退して来た事などを話してくれた。治療の礼としての。この後はどうするのか尋ねたら、「力を蓄えて今度こそ最奥に至って見せる」と、当時『聖女』であった儂に公然といいおったわ。立場的に流石に見逃せる事では無いと咎めたら、「じゃあ、貴方が聖女でいる間は手を出さない」と言いおったわ。だが、最深部にはどうしても向かう必要があるから、近場で時が来るのを待つといって、どこぞに去っていったの。・・・それ以降、会ってはおらぬが、どこか飄々とした女じゃったの。」
魔人エミリエッタ・・・ヴォル婆の下に訪れた人物を同じ女だろうか。年代的にもあってる気がする。しかしなんというか、この話が真実なら、このエミリエッタという女を探し出せば結構な事が判明する気がして来たな。変わらず此処を狙ってるならそう遠くに居は構えないだろうし。つっても聖王国自体が広大でどう探すのかは全く浮かばないんだけど。・・・・・・いや、誘き寄せる手はあるな。
「ええっと、大聖母様。その『地下神殿』の攻略を俺のパーティに任せてもらえたりしない・・しませんか?」
いかん!慣れない敬語を使おうとしたら盛大に失敗した。
「ほぅ。それは構わぬが、先程も話した通り危険な場所じゃぞ? それに教会の秘匿しておる領域でもあるし、部外者のみで攻略というのはちと不味いの。本来は聖女であるアリアが同行すれば、と言いたいのだが、対外的にはアリアは教会から抜けた扱いになっておるし・・・そうじゃ!ひとつ条件を飲んでくれれば儂の権限で攻略を許可してもよいぞ。」
「本当か!?で、その条件ってのは?」
そこで大聖母様は俺から一旦目線を切って傍にいる医務長官イリアさんに指示を出す。
「イリアよ。今代の聖女を此処に呼んでもらえぬか?」
「まさか!?・・・よろしいのですか? 彼女はまだ・・・」
「確かにあの子はまだ幼いが・・・それでも『聖女』の職に選ばれた以上は、何れは戦いに身を置くことになる。そこなレオニス殿のパーティの面子であれば護衛として申し分なかろう。何と言っても全員がSランク討伐者で、元聖女のアリアまでおるのじゃ。丁度いい機会と思っての。」
「・・・・分かりました。すぐに来させます。」
そう言ってイリアさんが一旦退出していった。・・・新しく聖女が誕生した?あれ?でも既に『聖者』カイルって人がいるんじゃ?『聖人』の職業って当代に一人って聞いた事あるけど?
「あの、大聖母様。既に『聖者』カイルが選定されているのに、『聖女』まで選定されたのですか?これまで、そのような事は無かったと思うのですが?」
「それを言ったら、『聖者』が誕生した時点で、其方は『聖女』のままだった筈じゃ。・・・其方はあの日、確かに『聖女』の返上を宣言した。にも拘らず暫くの間、其方は聖女であり続けた。その事のほうが異常だったと儂は考えておる。新たに聖女が選定されたのは恐らく其方が『魔聖女』となった時であろう。・・・ところでアリアよ、其方は今でも『完全蘇生術式』は使えるのか?」
「はい。使えるのですが・・・以前より負荷が大きく、且つ効果が落ちたように感じています。代わりに『暗黒』系の蘇生術式は負担も少なく効果は以前にも増して高いです。」
「あぁ、例のえっちな回復術式じゃな。ほっほっ、困った回復術士じゃの、治した傍から発情させるとは。」
「そ、それは! 好きでやってる訳ではありません! それに魔人相手には副作用も無いのです。唯、他の人族ですと副作用が消せそうも無いので、せめてその方向性を制御出来ないか現在研究中なんです。」
「ほっほっ、すまんすまん。久しぶりに其方に合えたのでな。儂も柄にも無く浮かれ気味じゃ。」
「大聖母様・・・」
大聖母様の言葉にアリアが感極まったような顔をしている。随分世話になったみたいだし、なんだかんだアリアも再会できて嬉しいだろうな。
それにしても、そうかー。アリアは『暗黒』系の改善を研究してたのか。知らんかった。まあ、無詠唱で術式使うからな、彼女。どこかでこっそりやってるんだろう。
「ところで・・・先程からひたすら茶菓子をパクついてる黒髪の少女は・・・その方もパーティメンバーなのかえ?」
「え? ああ、ヴォル婆の事か? こいつは違う・・違います。本人はオブザーバとして同行してるって言ってる・・言ってます。」
「いつも通り喋れば良い。そのように喋りづらくされるとこっちが落ち着かんわい。・・・そうか、それであれば良いのじゃ。・・・その方が攻略に加わるのは看過できんでの。」
「?」
『ほう。何故じゃ? こんな美少女一人加わったとて問題なかろうよ?』
「ほっほっ、御冗談を。貴方様のような『真なる龍の御方』がそのお力を振るえば『世界の理』が崩れかねません。」
瞬間、ヴォル婆から圧倒的な『圧』が一瞬だけ発せられた。相変わらず心臓に良くない。初めて経験したリリーナさんなんて顔面蒼白になってるよ、可哀想に。ヴォル婆の正体は、一応説明済なんだが。
『ほほぅ、わしが何者か存じておるようじゃ。気配は十分に抑えたつもりじゃったが、侮れぬのぅ。』
「いやいや、このような老婆を虐めないで頂きたいですな。心の臓が止まりそうでしたよ?」
などど言いつつ平然と受け流している大聖母様も相当だな。流石歴戦の元聖女様ってとこか?
『フハハッ、良いのう! わしを見抜いた褒美を取らそうではないか! しかと聞け! 我が名は、真龍族が一つ、黒龍ヴォルカンじゃ!・・・まあ、安心せよ。わしは戦いに加わる気は無い。あくまで見届けるのみよ。』
「!ッ で、では貴方様はやはり・・・」
なにかを言いかけた大聖母様をヴォル婆が手で制した。
「・・・わしは一切手を出す気は無い。 それでいいじゃろ?元聖女カトレア=パーシバルよ。」
「・・はい。であれば儂からいう事は何もありません。」
大聖母様は、ヴォル婆の事を何か知っているのだろうか? 俺的には真龍族ってだけでお腹一杯だけどね。




