七話、恋愛小説のキュン死ーンは『一人の場所に行き、小声で読む』ことが楽しむコツ
※音読か黙読(心の中で音読)を推奨します。メリー視点のところだけ
理由は『流し読むだと雰囲気が伝わらない』からです。普段からも流し読みでもとりあえずの流れが分かる程度の配慮はしております(最低限)……ですが、ここだけはどうしてもできなかった。
◆◇◆ メリー視点
「深呼吸をしろ」
「ぇ……?」
御主人様が、小さく告げる。とても、安心できる優しい声だった。
「短い時間で息を大きく吸い、数秒間息を止め、吸った時間の倍の時間で息を吐く。カウントは3と2と6で行くぞ」
安心できる声、なのに心臓がとても早く鼓動を打つ――――ドキドキする。
御主人様は膝を付き、私と同じ視線の高さを取る。
トン。小さな音と同時――――私は〝壁ドン〟をされた。
「……」
「……」
顔が、目の前にある。息づかいが聴こえる。
きずが とまる。それは、こころのきず。
彼の声は、私の きずに やさしく 触れた。
わたしは 従順なペット みたいになって、彼のことばを 静かに 待つ。
「……息を吸え」
「っー」
――からだが 御主人様の 声に、従ってる。
ふっ、と 呟いただけ。だけど、身体が自然 に聞いてしまう。
「に……さん……」
息を 止める。それに きづいて 微笑みを くれた――――きもちいい。
小さく 囁きかける。甘い声で カウントを してくれる。
「いち……に……」
息を 吐く。私は ふしぎな気持ち になった。
まるで、躾けられちゃったワンちゃんみたいに 御主人様の言葉に 反応 してる。
犬 従順な、ペット ? ……少しだけ 変な 気持ちになった。でも 嫌 じゃない。
「いち…に…さん…し…ご…ろく……」
ゆっくりと そっと 吐く。御主人様は、不思議。
奴隷の 私に 優しく触れる。こんな、私を 物語の おひめさま みたいに。
この時から――わたしは まけちゃってた のかも、しれない。
◆◇◆
意味深な深呼吸、逆して意味深呼吸を終えてからアルスターはメリーに問いかける。怯えさせないように、と無意識に思ったのだろう。アルスターの声はとても穏やかな声色だった。
「メリー、落ち着いたか」
「はい……いいえ、いいえ、はい」
メリーは錯乱しているが落ち着いていた。地の文が青空広がる草原のように盛大な矛盾を秘めていたが、気のせいだった。
「メリー、ここは何処だ。名称を言ってみなさい」
「まおう、城……? 自称」
自称。
「そう、魔王城……つまり、俺の家だ」
「はい……」
――――伏線の仕込み:完了。
「で、だ。メリー、確認だが布団を汚したことで怒られると思っていたのか?」
「……はい」
頬を恥ずかし気に赤く染める。
――――前提情報の確認:完了。
「なら反省をする、ということが出来れば十分だよ」
「……ぇ」
それは、言ってしまえば当然のこと。だが、メリーにはその当然が分からなかった。
失敗したら反省する、それだけで事足りるということをこの少女は知らずに過ごしてきたのだ。
「反省、とは大きく分けて三段階の行動が必要だ。
一つ、問題の本質を『抽象化・具体化』を用いて見極める。
二つ、問題の本質が見抜ければ『解決には何が必要か/具体的な手段の構築』をする。
三つ、その上で是を実行に移す、または実行すると決意する(手段の実行が長期に渡る場合に限りである)」
アルスターは柔らかな声色で、そっと教える。無知な子供に神の教えを説くように。
メリーは聞き入る、御主人様の言葉を聞き洩らしたくないと、思っているゆえか一言一句、彼女の脳に刻まれた。
「……メリーがこの失敗を恥じているなら、これをしてみるといい」
これがアルスターが最良だと判断した案である。最良との判断に至った理由は大別して二つ。
「(言葉で伝えても、メリーは納得しない。納得したとしても、心のどこかにシコリが残る……)」
一つ、アルスターへの信用度がまだ足りないこと。
これはアルスターが悪いわけじゃない。単純な時間の不足だ。何せ出会ってまだ三日。信頼とは、そもそもが長い時間をかけて育むものだ。一朝一夕でどうにかなる問題じゃない。洗脳を使えば別とする。
――――つまり、言葉だけで解決することは無理だということだ。
「(だが……この子に過去、何があったんだ……いや、今考えるべきことじゃないな)」
二つ、それはメリーの心の脆さが余りにも大きいゆえだ。メリーは確実に精神疾患の類を患っている。そしてそれはかなり深刻なものだ。
ゆえに『気にするな』と発言すれば逆に不安を煽られる状態になる可能性があったのだ。
――――つまり『時間をかけて信頼を得る』という一般的な対処法が出来なかった。
「知識が足りないならシャバウォックでも頼るといい。態度からは想像できぬかもしれないが、中々に良い案を出す子だ」
「はい」
ゆえに取った行動、それは――――『しっかりと反省を促す』という応急処置。
昨今の親は反省が何かも分からないのに、反省を促す、という奇怪な殺人ミステリー小説を生み出しているが、アルスターはすこし違った。
「反省の報告はいつでも構わない、どうすれば良いか迷った時は戻ってきなさい」
「はい……!」
当たり前のことをしっかりと噛み砕いて教える。それは常識が分からない子供には一番、良い薬であった。
あと、この後 お風呂に連れていかれた。
◆◇◆
――――一時間後。シャバウォック鈴木の部屋。
「と、言うわけで、鈴木、さん……知恵を貸して、ください」
「うん! いいよ!!(お姉ちゃん呼びも近いなこりゃ)」
鈴木は野望を胸の中に仕舞い、顎に手を添えてディアストーカーハット……別名:名探偵が大好きな帽子を装備する。
「むっ……! これは……!」
「どこから虫眼鏡を……」
鈴木は虫眼鏡を片手に電球を錬成した。
――――閃いたようだ。
「この事件の問題点は色々あっけど今回は『傍に頼れる相手がおらんかった』に着眼すんべ」
「急に訛るやん」
名探偵シャバウォック鈴木は帽子を指でぴんっと弾く。パイプを口に咥える。
「んで、頼れる相手がおらんなら頼れる相手の傍におりゃええ、まあ、単純ゆえの真理よな」
「ふむふ、む……?」
咥えたパイプからシャボン玉が出る。
「よし――――今日から上司と同じ部屋で寝よっか!」
「ふぁーーーーーーーーーー!?!?」
顔が一気に沸騰し、湯気がプシーッ! と頭から生成される。
鈴木は正しく、伝説の勇者と呼ぶべき御方だった。素晴らしすぎる彼女の行動には全人類が全裸にニーソを履いて敬礼したことだろう。意味が分からん。野郎の全裸ニーソに何の価値があるんだ。
「ふぁーふぁーふぁーふぁー……蒸気機関車かな?」
「え……同じ、べっと、……? BET……なんまい……?」
メリー、馬鹿になる。
「じゃなくて! 手段は、他にも、ありそうなのですが」
「ない! そんなモノは存在しない!!」
「何を根拠に!?」
「四天王の権限」
「四天王すごい」
四天王の権限で他の手段が消滅し、メリーは選択権を剥奪されてしまう。鈴木さん天才。
「メリーちゃん……! 大丈夫、上司ならきっと受け入れる……! 受け入れると知っている!」
「何を根拠に!?」
「鈴木の勘」
「鈴木すごい」
鈴木の勘。恐ろしく雑な返答、その続きを鈴木は告げる。
「上司、たぶんメリーちゃんに甘いと思う。
だからメリーちゃんが決めた反省に対して、(手段はどうあれ)間違えていなければ否定はしないよ、上司」
「ぁ……」
唐突に告げる言葉に、メリーはアルスターの言葉を思い出した。
――――シャバウォックでも頼るといい、中々に良い案を出す子だ。
そう、それが意味することはつまり。
「――――御主人様は……これを狙っていた……!?」
「む……? どういうこと……?」
……説明中……
「ヒャッハー間違いねぇや! 上司はロリコンだったんだ!! 拡散するしかねえ!」
「だから、私のような、奴隷を、購入したのですか……。なんだか一緒に部屋にいると、危険な、気が……」
魔王アルスターは性癖まで魔王だったのだ。この事実に鈴木は狂乱し、メリーは納得を示す。――――そしてメリーの車椅子は捕まれた。
「じゃあ、メリーちゃん……いこっか」
「ふぇ……ど、どこ、に……?」
メリーは額から一筋の汗を流す。焦りの表情だ。
「ふふ、反省の報告に決まってるじゃない
――――鈴木から 逃れること 出来ない」
鈴木の瞳が赤く光る。コイツは気付いていたのだ、メリーがとある台詞を狙っていることに。
具体的には「ロリコン上司と同棲させるわけにはいかないわ!!」などである。そしてあわよくば別の選択肢を掴み取る予定だった。
「鈴木の勘を舐めちゃいかんよ」
「くぅ……っ、鈴木つおい……!」
アルスターの部屋。
「御主人様、と一緒の、ベットを……使う、ことで反省、を……します」
「――――」
アルスターは石像になった。その後、鈴木の目論見はバレて、鈴木は叱られた。
――――だが部屋は同じになった。鈴木は新世界の神になった。
カウントダウンだけでうちの子を堕とすな。書いたの私だけど許せん。