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第一章 ⑤

感覚で今、自分は夢を見ているとわかる。もやがかかったような景色が自分の前に広がり視界が広がる。見えるにつれ気づく。これは自分の記憶だ、と。同時にそれは間違いなく悪夢だとも言えることがわかる。


見えるは火の景色。


「お前は父親と同じだ!戦わなければ権利は失われる一方なんだぞ!」

「ここまでね。私は父さんの言っていることが正しいと思うのだけど、みんなには伝わらなかったようね。」

「逃げてくれ!エリアス!これを持って行け!」

「奴が生きていれば革命の火を消そうとする阿呆が奴を担ぐ。探し出して殺せ!」

「あなたが生きていれば、逆転の目がある。あなた様の役割があれば人はまた集まる。私たちではだめなのですよ。」

「私はあなたを生かすことで、希望を持って死ねるのですから、ですから、エリアス様、生きて、生きてください。」


息切れと切り傷、擦り傷の痛み、痛みに満ちた体に鞭を打つ。記憶の海ではそれが永遠のように、そしてまた一瞬のように感じる。


暗転、―そしていつ終わると知れない暗闇の中で突如として浮かぶ光。


「君が今持ったのは全能の依代であり、一つで世界を揺るがす巨大な力を持っている。

いいかい?君はこれから『指輪』を持ったとしても、唯人として生きたいのならば自らの望む意思を強く持たなければならない。」

「それを『悪神の指輪』と呼ぶ者もいたほどだ。

その『指輪』はお前を誘惑するだろう。もっと願いはないのか、と。だが、『指輪』に自分の意思を、未来を委ねてはならない。そうなってしまえば『指輪』の傀儡となり、世界に災厄をもたらすことになるからだ。」

「君がなにかをしたいと思えばその『指輪』は力をくれる。ありとあらゆる可能性を見せる力と全能の力をもたらすその『指輪』は確かにすべてを叶え、救うことすらできるだろう。」

「だからこそ、その誘惑は強い。お前は私のようにはなるな。」

「さぁ、君はここまで聞いてどうしたいと思った?」

「お前は何を願う?」

「そうか。叶うならば・・・、」


―おれ、は・・・。



痛みで朦朧とした頭をはっきりさせるように頭を振る。うつぶせに倒されていたため地面の冷たさが顔を通して伝わる。頬が汚れているが手を後ろ手に縛られているため口元すらぬぐうことができないことにため息をつく。


尋問して来た奴からはでたらめを言うなと棒で叩かれたが、自分は何一つ嘘“は”言っていない。まぁしかし、自分もなんでこうなっているかわからないので棒でうたれることにあきらめもついている。


周りを見回すと恐らくこれは移動式の天幕なのだろうことはわかる。そして、天幕に入る人間族全員の腰には護身用の武器があり、統制がとれており、洗練された立ち居振る舞いはよく訓練されている。つまり、これが何らかしらの作戦行動をとっている部隊だということは確かなのだろう。魔人族の領地に対して打撃を与えるための部隊だろうということは想像に難くない。


後ろ手に結ばれた縄が手に食い込み痛みを感じるが、自分でもこのようにされるのはしょうがないとあきらめもつくのでため息しか出ない。そもそも魔人族の自分が人間族の隠密で行動するような軍隊にとらえられて殺されていないだけとてつもなく人道的だ。むしろ話を聞こうとしている分良心的とすら言える。

ふと、風の流れが変わり、天幕に人が入ってきたことが感じられた。


「それで、ムスタファ、進展はどうだ?」


取り調べもひと段落しただろうと女性は自分に尋問を仕掛けていたムスタファという男に声をかけると、ムスタファはかぶりを振った。


「フリアエ様。恐れ入ります。それが芳しくありません。矛盾はないものの内容は気がふれているとしか思えません。」


なんともこのムスタファという男、聞き取りというか尋問の時もそうであったが随分と思ったことを直接言ってくれる。


「ものものしいな、どういうことだ?」

「なんでもアリウス領都の者なのだそうです。」

「アリウス領?ここからかなり遠いだろう?装備もない男一人でこれだけの距離を来たといったのか?」


―どういう、ことだ?ここはアリウス領ではない、ということか?


「それが、アリウス領にいて気づいたらここにきていたそうです。」

「・・・まぁ、ムスタファがそういうのも無理はないと思う。あまりにも荒唐無稽な話だからな。」


ひどい言われようだから、ちょっと口を挟ませてもらおう。


「俺は嘘を言っていないし、正気のつもりなんだがな。」


ムスタファがフリアエという女性をかばうように前に立つ。見ると、衝立の向こうから恐らく育ちのいい暮らしをしていたのが分かる振る舞いの良い女性がでてきた。恐ろしく顔立ちが整っており、美人に分類されるだろう。あまりあったことがないが、姿かたちを心のままに表せる妖精族の美しさに似るものがあるだろう。


「黙れ。少なくともお前の言葉が信用にならないのは事実だ。」

「・・・そうだな、俺は本当にまじめに言っているんだが、どうしてそう思うのか教えてほしいんだが。」

「黙れと言ったはずだ。話すことは許可していない。」


現在地だけでも教えてくれるかと思ったが、にべもない様子にため息が出そうになる。だが、人間族の軍隊が魔人族を捕らえるということは戦争の人質に使われる可能性があるため予断を許さない状況だ。


「それはお前が人間族の領地であるダリエシン領にいるからだ。・・・お前の名を聞いていなかったな。私はフリアエ、という。」

「な、に?」

「それで、名前は?」

「あ、ああ、と、エリアス、だ。」


フリアエの言葉に心底驚き、事前に頭の中で用意していた偽名を使うことができず、エリアスは本名を言ってしまった。


アリウス領は【可有の民】の土地でも魔人族の町が集まる場所であり、人間族が住む町からも大きく離れてしまっているが、ダリエシン領はアリウス領から大きく離れており自分がここにいるのは誰が聞いてもあり得ない。ということは自分が考えていたことと全くの逆になる。てっきり魔人族領に攻め込んできた人間族につかまったと思っていたが、実際は逆で人間族の領で行軍している部隊にとらえられたということになる。


だが、本名を言ってしまったことがなによりも拙い。魔人族の人口はそんなに多くないこともあり、戸籍がしっかりしているため同じ町に同じ名前がいない。アリウス領都のエリアスと知ればアリウス領の知っている者がいれば間違いなく自分が何者なのか気づかれてしまう。


「そう、か。ムスタファ。この男エリアスはどうやら自分のいる場所が意外だったと見えるな。」

「フリアエ様、さすがに場所をつげるのは不用心かと。私が聞いても名前すら言わなかったのですが・・・。」


ムスタファがため息をつきながらかぶりを振る。

森の中、街道すらも整備されているとは言えない場所で迷いなく領地だと言えるのならばそれはその領にいるか隣接しているかの証しでもあるが、にしても自分のいる場所はありえない。

となると、さきほど夢、というか悪夢のような体験は本当だった可能性がある。


「だとしてもムスタファ、これほどの傷がつくまで叩かなくてもよいだろう。」

「違いますよ!持ち物を調べるため服を脱がせたら既に傷だらけだったのです。断じて私はこれほど叩いておりません!誤解しないでください。」


エリアスは心の中で顔のあざの大半はお前のせいだろうがと突っ込みを入れつつ、周りを改めて見回す。あれが現実に起きたことだったのなら・・・。


「それに持ち物は小さな革袋のこれだけだったのですよ!?傷だらけで路銀も必要装備すら持っていないにもかかわらず、この場所にいる。あきらかにおかしすぎますよ。」


自分がここにいる前には持っていなかったできのいいなめされた革袋をムスタファがフリアエの前に持ってくるのが見える。


フリアエは怪訝な顔をしながら革袋を手に取り中を検めると、金色の『指輪』が取り出された。その取り出された『指輪』を見てエリアスは息をのんだ。

フリアエは指ではじくとキィーン、と質の良い金属の音がするその指輪を手に取り、しげしげと眺めた。


「見事な・・・金でできているのか?いい指輪だな。文字が書いているが、読めんな。魔人族の言葉でも書いてあるのか?

・・・依代では、ないな。どこにも効果の紋様がない。」


『指輪』、という言葉に息をのむ。それはあの朦朧とした記憶が真実である可能性がさらに深まり、何もしていないのに汗が背に浮かぶ。


「にしても指輪というか装飾品すら没収するのはどうかと思うぞ。」

「あまりにも質が良すぎるからです。何か仕組みがあるやもしれません。」

「これからの私たちのすべきことを考えろ、ムスタファ。不用意な行動が失敗を生むかもしれないのだぞ。」


フリアエがうって変わったような冷たい声音でムスタファをたしなめると、ムスタファが「はっ」と返事し頭を垂れた。


「すまなかった。これは大事な指輪なのだろう。このような上等な革袋にいれて持ち歩いていたのだろうから。」

「あぁ、良かった。助かる、無くした、ものだと思っていたから。」

「すまん、拘束は解けないがこれは返そう。指を出してくれ。」


咄嗟に口から出た出まかせの声が震えていなかったか不安になるが特に疑問に思われなかったらしい。

警戒心無くフリアエが近づいてくるのが見えると同時に心臓が早鐘を打つ。


わからない。なにが正しいのか。自分のいた場所、いる場所、これまでの立場、今の立場、現実、虚実。寝転んでいる体勢のくせに足元がおぼつかなくなるような感覚がやってくる。

自分がどこにいるのか、

ここから自分の身を守るにはどうすればよいのか、頭の中をぐるぐると混乱する。


自分の混乱をよそにフリアエは近づき、後ろ手に縛られた中で突き出した自分の右手人差し指に指輪をあっけなく、はめたのであった。



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