第一章 ④
「この男です。」
フリアエとカルフマンは兵士の詰所の天幕の一室に入ると、寝台に寝かせられている青年がいた。気を失い毛布をかけられた男は魔人族の特徴である黒の髪と目の横にある紋様があり、否が応にも間違いなく彼が魔人族であることを示していた。
恐らく夜風に晒されて体温が下がってしまったのだろう、青い顔をしているが確かに筋肉質であった。だが、日焼けしていない肌はその体躯に見合わず外で常時働いていないであろうからか、農夫であるというには違和感を覚える。
「姫様、危険です!なぜこのようなところに!?」
天幕に入ったところで赤みを帯びた茶色い髪を短髪に刈りそろえ、フリアエより頭一つ大きな身長をもったまじめな第一印象をひとに与える男がフリアエの行く手を遮った。
カルフマンの部下であるムスタファというこの男は8年ほど前にカルフマンが引き受けた少年であったが、フリアエとともにすごし育ち、今やその若さで一中隊を任されるほどの男であった。確かにムスタファは人並みならぬ努力であらゆる能力を手に入れ優秀であるのだが、彼から見る自分はどうにも自分ではない何かを見ているようで落ち着かない。
「ムスタファお前も皆の前では特に姫呼びをやめてくれ。それに手かせはしているのだろう?ならば問題あるまい。」
フリアエはムスタファを押しのけて魔人族の青年をかがんで覗き込んだ。
覗き込むと整った顔立ちをしており、服装も派手なものは全くないが作りがよく、土仕事ではなく恐らく武器を持って鍛えたのだろう手だが、目立った傷がないところを見ると戦場に立ったわけではないことも予想される。
この年でそれだけの体のつくりを持っていれば今のこの動乱の時代、戦場に出ていてもまったくおかしくないため、総合すると確かにただの市民に見えないことは間違いないだろうと予想される。
「確かにこの状況なら私もお前たちと同じ疑問を持つ。」
かがんだ身を起こして警戒する周りの兵士に呼びかける。カルフマンも同様の印象なのだろう、静かに目をつむって考え込んでいる。ざわざわと周りにいる兵たちがお互いに話していた。
それも無理はないだろう、このあたりに魔人族の領地はミルラース領しかないにも関わらず、そこで身なりの良い男性がここにきて倒れているとなるとミルラース領で何かあったと考えることが妥当だからだ。そしてそれは自分たちの危険にもつながるともなれば平静ではいられないだろう。
「う、ううっ、ん。・・・!?ここは?」
その喧騒によるものか、渦中の男が目を覚ました。
目が合い、その男の深い青色の瞳が見えた。
その時、フリアエの中で確かにかちり、と音が聞こえた気がした。
どこで鳴ったのかわからない。物音ではない自分の頭の中で何かがはまる音。
それはこの世界を揺るがす出会いであり、運命の始まりの音であった。