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第一章 ③

「にしても、妖霊がここまで発生しているとなるとこの戦争思ったより根が深くなっているかもしれんな。」


天幕に残ったのがジャスハー、フリアエ、カルフマンと数人になったところでジャスハーがぼやいた。


「ならばこそ、私たちは頑張らなければならないのでしょう?」


兜を脱ぎ、その下から整った顔に明るい茶色の肩まで伸びるストレートの髪を後ろに束ねたフリアエはほうっと息を吐き、微笑んで答えた。

フリアエはまじまじと父の課を見るがそれにしても50歳にあと半年でなるとは信じられないと思う。そもそも髭を生やし始めたのも年齢相応に見られないからだとは知っているが、その体躯や居住まいにはまだ若々しさを感じる。夜の天幕の中、ランプの光がゆらりと揺れるたびに顔が見えるがまだ、その姿は肖像画にある全盛期のそれのままだ。


「殿の出る幕ではありませんでしたね。ほとんどフリアエ様がなされていたのでは?」


カルフマンが鎧の留め金を外しながら父に語りかける。父にとって若いころからひたすらに支えられてきたカルフマンという存在は気の抜ける数少ない相手だ。


「だな。父親としては喜ばしい限りだが、公爵としては頭を抱えているよ。」

「21にもなって公爵令嬢は名乗れないのですから、せめてそれくらいはできるようになりませんと。」


最近、周りの自分をほめる声が過剰であると思うフリアエはため息をつきながら答える。そんな自分と父親の姿を微笑ましい顔をしてみているカルフマンにため息がつい出てしまう。


「姫も自分を卑下なさいますな。最近はいろいろなところから申し込みは来ておりますし。」

「カルフマン、そういった申し込みはどうせ自信過剰なバカ、もしくはどこかの二男を送りつけて少しでもダリエシン領と顔つなぎをしたいという野心のある家くらいだろう?」


自分は早々に家を出るだろうと思っていたが、ダリエシン公である父には男子が生まれなかった。姉二人は早々に嫁いでいったが、状況によっては女性が家督を継ぐ例もあったため父も自分を嫁に出すのを迷ってしまったのだろう。姉が嫁いでいく中、自分が領主代行をするようになると今度は自分の努力に比例して委縮したのかまともな縁談の申し込みが減ってしまった。

どちらにせとダリエシン領の不利益にならないような相手と縁をつないで婿を取ることになるのだろうことはわかる。

わかるからこそ、左手で自分の髪をくるくると巻き付けながら恨みがましくカルフマンに返すと、その姿がおかしかったのか父とその臣下が声を出して笑う。


「ふふ。フリアエ殿の可憐さを知っているものとしてはそのような縁談は断っていただきたいものですね。」


笑いが落ち着くと父の後ろに控えていた小人族が口を開いた。


「父としてもそう思います。私には過ぎた娘ですし、生き方を難しくしてしまった親だからこそ、ですがね。

それはそうと、唯花どのにお怪我が無くて何よりです。」


父が一礼して客分である小人族の唯花に声をかけた。


「しかし、実際にその眼で見ると【可有の民】の依代は凄まじいですね。興味が尽きません。」

「確か、【山の民】の皆様も依代は【可有の民】の依り代と同じような使い方だと聞いておりましたが・・・」


唯花と呼ばれた女性は浅葱色の短く切り揃えた髪をかきあげてかぶりをふる。


「私たちの依代はどうしても火と土に関わるものにしか使えませんからここまで多様な用途に対応しきれないのですよ。」


優しく微笑む、たおやかという表現が似合うその姿は人生経験を感じさせるが自分よりも年齢が低いことに驚きを感じ得ない。


「確かに様々な用途に対応できるのが【可有の民】の依代の特権ですが、数を揃えるのに時間がかかりすぎてしまうのが欠点ですね。」


カルフマンが唯花に微笑みながら伝える。


「本当はお互いに足りないものを補い合う為に種族の違いがあるはずだろうに、どうにもままならないものだな。このままでは治安が悪くなるばかりだ。」


ジャスハーは上を仰ぎ、やるせない気持ちをにじませながら呟くと、その言葉に客分である唯花を含め皆が頷く。


「しかし、妖霊は世の中の乱れに応じて数を増やすといいますが、痛感しましたよ。いざ実際に見てみるとゆゆしき事態ですな。」


カルフマンが肩を竦めて父の言葉にのってため息をつくと、唯花も同意するように続ける。


「盾の町の乱から6年、このまま種族同士の全面戦争が続いたらと考えると頭が痛くなりますね。」

「姫様は確かその時まだ13か、14くらいでしたかな?」

「姫はやめてくれ、カルフマン。それくらいだったが覚えているよ。流言の恐怖が身に染みたからな。」

「私にとって姫様は姫様ですから。それくらいはこの老いぼれに許してください。」

「老いぼれという年か?」


それなりに本気で嫌な姫呼びに不快感を示すもカルフマンはどこ吹く風と取り合ってくれない。フリアエはかぶりを振りながらその事件を思い出すのであった。


―『盾の町の乱』と呼ばれる争いは【可有の民】の領地であり、人間族と魔人族が共存していたミラルダの盾街で起きた動乱であった。

遠い昔の戦争に備えるために作られた城壁を持つ都市であったミラルダには【可有の民】である人間族と魔人族が過ごしていたが、その町で決定的な種族間の争いが勃発してしまった。種族の違いは埋められず、お互いがお互いに対して攻撃的になり、噂は噂を呼ぶことで共存していた二つの種族が争いを起こしてしまったのであった。だが、それはその場所だけで終わらず、その争いによる種族同士のいさかいは盾の町を超え、さらには【可有の民】という枠を超え、すべての【民】の、違う種族同士が暮らす上での危惧と恐怖を表面化するまでになってしまったのであった。あれから6年、今ではすべての【民】が連盟軍と解放軍に勝手に分類され治安が悪化するばかりとなってしまっているのであった。


地方都市のミラルダで起きた人間族と魔人族のみの町の中のいさかいだったはずなのだが、すべての【民】にあった数や体質、そして性質の差によって生まれた軋轢が波及してしまったともいうことができるだろう。小さな争いが連鎖的に起き、今やこの地すべてが戦乱に包まれようとしていた。


その動きを止めようと力を尽くそうとしているものたちも当然おり、魔人族有数の都市ミルラースを統治するミルハウス氏が八方手を尽くすことで、漸く人間族の大公であるダリエシン公領当主であるジャスハー・ダリエシンと文を交わすことができた。ジャスハーは表向き部下の領地における妖霊被害の視察ということでとうとうミルハウス氏に接触をとり、部分的にも停戦を結ぼうという考えをしていたのであった。


「だからこそ、唯花どのの働きを無駄にしないためにも私たちは頑張らなければならないでしょう。そもそも小人族である唯花どのが魔人族と人間族という無関係の【民】の連絡役をやっていただいているのですから。」


フリアエはまっすぐに唯花を見据えて語りかける。

この小人族の唯花は人間族と魔人族同士ではもはや接触すらままならない状況で危険な連絡役をやっていたのであった。


「ミルハウス様には私も恩義がありますから。それに私の力など微々たるものです。私だけの力では何も成し遂げられませんでした。」


唯花は下を向いてつぶやく。そもそも妖霊の被害が街道の各所で出ている中、何度も人間族と魔人族の間を行き来していたのだから一筋縄ではいかなかったのであろうことは想像に難くない。


「それでも、あなたの成し遂げたことで二種族の和平につながる道ができるかもしれないのです。そして私は争いの影響が広がるように、平和の影響も広がると信じている。」


力になりたいと唯花の手を取ってフリアエは告げる。


「唯花どの、娘が大体言いたいことを言ってくれた。そしてもし成就できたならば小人族と鬼人族の間へは私が力を貸そう。約束する。」


父が優しく唯花に声をかけ、場が和んだところで夜分の報告であることに申し訳なさを感じさせる声が天幕に響いた。


「報告します。魔人族の青年が倒れておりました。身なりからすると高い身分の可能性が僅かながらあるため、判断を仰ぎたく・・・。」


兵士の声には混乱の色が強い。そもそもこの近くに魔人族は住んでいないため、怪しいと言わざるを得ない。


「わかった。私が行こう。」

「姫、上のものが休まなければ下は休めないのですよ?私が行きます。」


この夜戦で疲れているだろう皆を動かすのは忍びないとフリアエが自分から立ち上がろうとしたところ、カルフマンに止められた。

だが、この時期にいるはずのない魔人族が行き倒れていることに引っ掛かるものがある。


「いや、気になるんだ。この場所は魔人族の町など無いのにこんな夜中に身分が高いかもしれない男が一人、とはな。不可解な点が多すぎる。」


カルフマンはジャスハーに向かってよろしいのか?と尋ねるような目配せをしたが、フリアエの確信通りジャスハーは肩をすくめて見せるのみであった。


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