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第一章 ②

襲撃からひと段落し、哨戒に行っている間指揮官用の最もつくりがしっかりした天幕には鎧を着こんだ数名が報告を待ちながら立っていた。

天幕の中では明りの強いランプが複数ぶら下がっており、真夜中という時間を考えれば、思ったよりその場にいる者たちの顔が見える。ゆらりと揺れるランプの光は天蓋の中に満ちる緊張感のせいか、その陰影がいつもより濃さを増しているように感じる。


「お見事、随分と指揮が板についてきたじゃないか。突発の事態に適切に対応できてこそ指揮者として実践第一段階だ。そういう意味でもお前は上に立つものとして更なる1歩を踏み出したともいえるな。」


戻ってきた数人のうち、一人が拍手をして真ん中に鎧で立つ女性に笑顔で語りかける。


「やめてくれ、父上。やっとやっとなんだ。褒められると気が抜ける。」


こわばった表情で中央に立つ女性が返す。

父と呼ばれた男の姿は外套に紋様を刺繍した装飾を施されているため、その身分が高いことを思わせる。茶色の髪に茶色の荘厳な髭をたたえた壮年の男は今日ばかりは深く掘りこまれた眉間のしわがほぐれているかのような表情であった。


「ふむ、その通りだが、今は力を抜け。でなければ部下も気が抜けん。せっかく待機といったのだ、まずお前が緊張してどうする。周りを見渡してみろ、お前以外の兵士は落ち着き払っているだろう?」


言われた女性は息をのみ下を向いて、しばらくすると深呼吸し改めて前を見据えると、どっかりと指揮者用のいすに座った。


「まったく父上の言うとおりだ。初陣のような真似をしてしまったな。みな、楽にせよ。」

「はは、何をおっしゃいますやら・・・。ジャスハー様はフリアエ様をどのようにしたいのやらわからないほど厳しいですな。・・・しかし、ジャスハー様の言うことは最も。指揮官は緊張状態に一気に引き上げたのちでも、余裕を見せてほほ笑むことが求められるのです。ゆめゆめ忘れないよう。」


まわりの兵士達は孫を見るように和やかにほほ笑んでこぶしと手のひらを合わせ臣下の礼を取る。そのうち一番体のしっかりしている中年の男性が、指揮官であるフリアエに父と呼ばれたジャスハーをちらりと見ながらおどけた顔でフリアエに伝える。


「お前も大概きびしいよ、カルフマン。」


カルフマンと声をかけられた男は自らの主人の娘であるフリアエがほほ笑んだことで天幕の中にあった張りつめた空気がほぐれていくのを感じる。人の目を引くその容姿に先ほどのような凛と通る声、そして隙のないたたずまいは軍にほどよい緊張感と高揚感を与え、今の穏やかなほほえみには周りの空気をほぐしていく。これは一軍の指揮官として稀有にして強力な能力だ、と思う。これほど現場指揮官としての能力を携えたこの姫が抱える立場と性別に対して惜しいとすら思うほどに。


「フリアエ。だが、お前の判断は正しかった。『森の民』や『平原の民』との境をはるかに離れたこの場所にも妖霊が生まれるようになっていたとはな。」


ジャスハーが髭を左手で触りながらぼやく。いつもは整えられた髭も夜半の緊急事態に出向いたため少し乱れているが、彼の悪癖により更に形が崩れている。


「父上、それは運が良かっただけです。先日ここの地域の陳情書の中に行商隊の護衛依頼が来ていたのです。」


カルフマンはため息をつく。日に百はくだらない陳情書と報告書を見ているだろうにそれを覚えて対応してみせる指揮官がいるだけでどれだけの命が救えるかを考えるとため息が出てしまうのもしょうがない。


―実に惜しい。現場指揮官としてほしいが、公爵令嬢という立場がそれを許されない。武器を扱う腕、指揮官としての腕、政治家としての腕、そして美貌、か。まったく本当にジャスハー様も頭を痛めているだろうな。


幼いころから仕える主君を意地の悪い流し目で覗くとその当人はこちらの意図を汲んだか若き日のいたずら小僧を思わせる目でこちらを見返してくる。嫌な予感がするがここは気づかないふりをしておく。


「恐れ入ます、報告いたします。」

「ご苦労、入れ。」


哨戒していた兵士が天幕の口から周辺の安全を報告していくと、天幕の空気が軽くなっていく。報告の終わった兵士と、野営地で待機している兵士に警戒の解除を伝える伝令が外に出ていくとめいめいに肩の力を抜き、一人また一人と外に出ていく。

妖霊の群れに遭遇して誰一人として怪我無く乗り切るということは非常に珍しい。この世界に生きとし生きるものにとって妖霊とは天敵なのだ。


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