いずれ来る未来の話
この世のものとは思えない醜悪な雄たけびを上げる化物、≪妖霊≫と呼ばれるこの世の生きとし生けるもの全ての天敵が、群れとなり、人間族と小人族の連合軍がいる砦に襲い掛かろうとしていた。たった一匹でも災害と呼ばれる妖霊は、熟練の兵士が数人でやっと倒せるというのに対して、城壁の向こう、目前に群れる妖霊は百を超えており、居並ぶ兵士の顔には一様に絶望に染まっていた。
絶望に染まる若い兵を必死の声音で叱咤激励する上官の声も妖霊の雄たけびと地響きの前には全く無意味であった。
「ここで俺は死ぬだろう。」
誰かが呟く弱気な声を咎める者はいない。それはここにいる全ての兵士が感じているだろうから。恐らく叱咤している上官すらそうだろう。だが、ここで戦い、少しでも数を減らさねば後ろの街に住む家族が、仲間が、同胞が死ぬだろう。
投石による攻撃で妖霊数匹が傾ぐがその勢いに変化はなく、地響きの音は増している。
「構えーーっ!!」
上官の声を合図に壁上にいるすべての兵士が各々に攻撃手段を構える。震えようとする心を闘志でねじ伏せ、放ての合図を今か今かと待ち望む。
「第一、放てぇーーっ!」
目前の妖霊に向かって攻撃を放つ。
体のあらゆる個所に矢が突き刺さり、黒いもやが立ち上るが襲い来るその勢いに変化は見られない。
「続いて、第二、放てぇーーっ!!」
第二波、第三波の矢が突き刺さる。もはや妖霊はその姿が鮮明に見える距離に近づいてきている。
「槍を構えろーー!」
妖霊が爪を立てて城壁を登ろうとすることに備えて槍衾を形成して少しでも対抗しようとするが、妖霊は器用に槍を掴むと兵ごと槍を引き落とし、一人また一人と兵を減らしていく。
あまりにも理不尽。恐怖などなく、余る力を存分に振るう妖霊に対して自分たちの無力を呪う。
それでも兵士たちは闘志を衰えさせることなく戦う。
一匹でも減らし、後ろに暮らす皆を守るために懸命に槍をふるう。
少し離れた場所で悲鳴が響き、その続々と上がる悲鳴が少しずつ自分に近づいてくるのを感じる。
「#####!!」
妖霊の吠え声が頭上で響き、また一人の兵士がその爪で裂かれそうになる。兵士はその目前に迫る死の運命に怯むことなく、気合の声とともに槍を突き出そうとしたその瞬間、
「やらせねぇよ。」
声が聞こえた。
同時に妖霊の体が上下に分かれる。
妖霊の向こうに黒を基調とした金色の文様が刻まれた鎧の男が赤く光る長剣を片手に立っていた。
「待たせた。よく、耐えていた!」
兵士は声を上げ、後ろにいる妖霊を睨みつける。
「ご機嫌のところ悪いが、反撃の時間だ!。
・・・ったく仕方ないとはいえ、無茶すぎる・・・!」
最後の独り言はほとんど聞こえなかったが、その男が長剣をふるうと、妖霊の堅い体をまるで柔らかい素材でできているかの如く、妖霊の体を切り刻んでいく。
ほかにも城壁の上に同様な格好をした兵士が数人、“降ってきた”。
ある兵士は手元から炎をまといその炎をまとった二刀で妖霊を切る。
ある兵士は輝く槍を突き立てて妖霊を貫く。
弓矢で妖霊の体を削る者、一刀のもとにねじ伏せる者、殴り飛ばす者、その一団の戦いはまるで妖霊をものともせず、あっという間に城壁の上で起きていた惨劇を終わらせていく。
降ってきた兵士は一様に黒を基調とした金で装飾された装備をしており、軽装、重装鎧も同様の意匠をしていた。
額から流れる血もそのままに行われる戦いを呆然と見ていたが砦の外側からおどろおどろしい雄たけびが聞こえなくなっているのに気付いた。
城壁から下を見ると壁上にいると同じ意匠の様々な鎧を付けた百ばかりの兵士が妖霊を一匹また一匹と倒していっていた。
その一団は黒の旗に金糸で竜を模った意匠がされていた。
「龍の一団だ。」
誰かが呟いた。あらゆる民が協力し、あらゆる場所で妖霊と戦う兵士。
この絶望が満ちた世界で抗う集団は、茜色が差し込む戦場で歓声の中、勝鬨を上げるのであった。
今日はここまでです。